理学部生物学科

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ミトコンドリア呼吸鎖(電子伝達系)複合体のスーパーコンプレックス形成

ミトコンドリアとは

 2016年に掲載した生物学の新知識「ミトコンドリア呼吸鎖(電子伝達系)複合体と活性酸素種」では、ミトコンドリアは、直径が0.5~1µmの細胞小器官で、細胞全体の約10~20%を占めています。ミトコンドリアは極めて運動性の高い細胞小器官で、細胞質内を微小管に沿うように移動したり、エネルギー(ATP)消費量が多い部位に局在していたり、ミトコンドリア同士で結合や分裂をして、常に柔軟に変形していることが報告されています、と紹介しました。当時の高校生物教科書にも、ミトコンドリア断面を電子顕微鏡で観察した写真だけでなく、微小管に沿うように、網目状に広がっているミトコンドリアを蛍光顕微鏡で観察した写真や、網状のミトコンドリアを表現している模式図もありました。改訂後(2018年度以降)の高校生物の教科書では、ミトコンドリアの融合や分裂により、常に柔軟に変形している様子を蛍光顕微鏡で観察した写真を掲載している教科書もあり、高校生物の内容がより深くなってきていることを実感します。
 現在、小胞体(Endoplasmic reticulum, ER)はミトコンドリアや細胞膜、エンドソーム、リソソーム、ゴルジ体、脂肪滴、ペルオキシソームなど多様な細胞小器官と膜接触部位(membrane contact site, MCS)を形成しており、ミトコンドリアと小胞体が接触している領域(mitochondria-associated membrane, MAM)に関する研究が世界中で行われています。ミトコンドリアの融合、分裂などのダイナミクスにおいて重要な役割を担っており、ミトコンドリアと小胞体との接触した領域で、様々な因子が制御してることが明らかになってきています。神経変性疾患のミトコンドリア機能異常においても、ミトコンドリアと小胞体との接触した領域に疾患関連タンパク質が局在し、ミトコンドリア機能に影響を与えることが明らかになってきています。ミトコンドリア異常のメカニズムを解明するために、小胞体を切り離して考えられなくなってきています。

呼吸鎖(電子伝達系)複合体と活性酸素種

 ミトコンドリア呼吸鎖(電子伝達系)の複合体が存在している場所は、ミトコンドリア内膜上と考えられています。改定前の高校生物教科書では、内膜と外膜が並行になっている内膜(内境界膜)上に複合体が配置され、膜間腔にプロトンが汲み出される様子が描かれていましたが、改訂後の教科書では、呼吸鎖複合体はミトコンドリア内膜が折り畳まれた構造のクリステ膜上に配置され、プロトンはクリステ内腔へ汲み出されるように描かれるようになりました(図1)。高校の教科書には、複合体がさらに会合したスーパーコンプレックスやメガコンプレックスについては記載されておりませんが(図1のクリステ膜の上側)、各複合体が単独で存在する場合(図1のクリステ膜の下側)と比べて、電子伝達効率が上がるだけでなく、漏れ出す電子が減ることにより、漏れ出した電子が酸素分子を一電子還元したスーパーオキシド(活性酸素種の一種、「生体内のレドックス(酸化還元)反応と活性酸素種」を参照)の発生も抑えることができると考えられるようになってきました。
図1 ミトコンドリア呼吸鎖複合体のスーパーコンプレックス形成と活性酸素種

図1 ミトコンドリア呼吸鎖複合体のスーパーコンプレックス形成と活性酸素種
呼吸鎖複合体はオレンジ、活性酸素種は赤、抗酸化酵素は緑、NADHやFAHD2からの電子の流れは青で示す。SOD: スーパーオキシドジスムターゼ、Trxox:酸化型チオレドキシン、Trxred:還元型チオレドキシン、Prx:ペルオキシレドキシン、TR:チオレドキシンリダクターゼ、GPx:グルタチオンリダクターゼ、GPx:グルタチオンペルオキシダーゼ、GSH:還元型グルタチオン、GSSG:酸化型グルタチオン、GR:グルタチオンリダクターゼ、O2•-:スーパーオキシド、H2O2:過酸化水素、OH-:ヒドロキシラジカル。

呼吸鎖複合体スーパーコンプレックスの解析方法

 タンパク質の解析には、ポリアクリルアミド電気泳動(polyacrylamide gel electrophoresis, PAGE)が頻繁に用いられています。ここでは、ミトコンドリアの呼吸鎖複合体のスーパーコンプレックス形成で用いられている電気泳動法をご紹介します。ミトコンドリア呼吸鎖複合体は、その名の通り、たくさんのタンパク質が複合体を形成しています。複合体Iは約50個のサブユニットにより複合体を形成、複合体IIは4個のサブユニット、複合体IIIは11個のサブユニット、複合体IVは34個のサブユニットで複合体を形成していると報告されていますが、毎年のように新しい研究成果が報告され、明らかとなった構成サブユニット数は増加しております。複合体を形成した状態で解析するために、Native PAGEが頻繁に用いられています。
 Native PAGEは、タンパク質をSDSや還元剤で処理せずに電気泳動する方法で、タンパク質の移動度は、表面電荷と高次構造の影響を大きく受けます。そのため、タンパク質を分子量で分離することはできませんが、酵素活性が保たれる場合が多く、電気泳動後のゲルを酵素活性染色することで目的のタンパク質のバンドを検出することができます。Native PAGEの改良版としてBlue Native PAGEが開発された後、ミトコンドリア呼吸鎖複合体の研究が飛躍的に進みました。Coomassie Brilliant Blue G-250 (CBB G-250)という青い色素をタンパク質表面に弱く結合させて負に荷電させることにより、タンパク質や複合体がもつ表面荷電の影響を抑え、高次構造や複合体を保った状態で電気泳動ができるようになりました。一方で、CBB G-250はゲル全体やタンパク質を青く染めてしまうため、ゲル内酵素活性染色に影響を及ぼすという問題点がありました。その後、Blue Native PAGEをさらに改良したhigh resolution clear native PAGE (hrCN-PAGE)が開発され、青色色素CBB G-250の代わりに無色透明な陰イオン性の界面活性剤であるsodium deoxycholateをタンパク質試料や泳動バッファーにも添加してタンパク質表面を負に荷電させ、無色透明なゲルによりタンパク質の高次構造や複合体を保った状態で電気泳動することができるようになりました。当研究室では、ミトコンドリア呼吸鎖複合体の解析に、ミトコンドリア膜タンパク質を非イオン性活性剤のn-dodecyl-β-D-maltosideとdigitoninを用いて可溶化した後、hrCN-PAGEにより呼吸鎖複合体やスーパーコンプレックスを分離し、呼吸鎖複合体I~IVの活性染色法の改良を検討していますので、簡単にご紹介します。
 プロテオミクス研究で二次元電気泳動といえば、一次元目に等電点電気泳動(isoelectric focusing, IEF)を用いて、タンパク質の等電点(isoelectric point, pI)の違いを利用して分離する手法が多く用いられます。呼吸鎖複合体のスーパーコンプレックス形成の解析では、複合体やスーパーコンプレックスの形成を保った状態で解析できるという観点から、一次元目にBlue Native PAGEあるいはhrCN-PAGEを用いた二次元電気泳動法が頻繁に用いられています(図2)。まず、一次元目のBlue Native PAGEまたはhrCN-PAGEにより、ミトコンドリア膜タンパク質は、様々なサイズの複合体やスーパーコンプレックスを形成した状態で分離されます(図2の水色で囲んだゲル)。次に、泳動後のゲルを切り出して、そのまま二次元目のSDS-PAGEゲルに繋ぎ合わせて電気泳動することにより、一次元目のゲルからタンパク質が二次元目のゲルへと移動して分離されます。SDS-PAGEでは、タンパク質は、陰イオン性界面活性剤のSDSで変性され、還元剤によりジスルフィド(S-S)結合を切断されます。つまり、複合体どうしのスーパーコンプレックス形成が切り離されるだけでなく、それぞれの複合体I~IVを形成しているサブユニットも切り離されます。さらに、サブユニットの高次構造も壊れて一本鎖のタンパク質となって分離されます。このようにして、スーパーコンプレックスや複合体を形成を壊して、構成タンパク質を解析することが可能になります。
 電気泳動後は、様々な抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、その抗体に特異的に反応するタンパク質を検出することができます。また、電気泳動後のバンドやスポットを切り出して質量分析することにより、タンパク質を同定することもできます。
図2  hrCN/SDS-PAGE二次元電気泳動による複合体スーパーコンプレックスの分離

図2 hrCN/SDS-PAGE二次元電気泳動による複合体スーパーコンプレックスの分離
一次元目にhrCN-PAGE(水色で囲んだゲル)で電気泳動すると、様々なサイズの複合体が分離される。分離後のゲルを二次元目にSDS-PAGE(黄色で囲んだゲル)に繋ぎ合わせて電気泳動すると、高次構造が壊れて一本鎖のタンパク質となって分離される。

 呼吸鎖複合体については、臓器や細胞、生理条件などが異なると、複合体がどのような形態をとるのかなど、解明されていないことが多くあります。当研究室では、神経変性疾患の診断法への応用を視野に入れ、加齢や疾患による呼吸鎖複合体の変化を解析しています。興味のある方は、ぜひ生化学研究室のホームページも覗いてみてください。

生化学研究室 松本紋子

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