ミトコンドリア呼吸鎖(電子伝達系)複合体のスーパーコンプレックス形成
ミトコンドリアとは
現在、小胞体(Endoplasmic reticulum, ER)はミトコンドリアや細胞膜、エンドソーム、リソソーム、ゴルジ体、脂肪滴、ペルオキシソームなど多様な細胞小器官と膜接触部位(membrane contact site, MCS)を形成しており、ミトコンドリアと小胞体が接触している領域(mitochondria-associated membrane, MAM)に関する研究が世界中で行われています。ミトコンドリアの融合、分裂などのダイナミクスにおいて重要な役割を担っており、ミトコンドリアと小胞体との接触した領域で、様々な因子が制御してることが明らかになってきています。神経変性疾患のミトコンドリア機能異常においても、ミトコンドリアと小胞体との接触した領域に疾患関連タンパク質が局在し、ミトコンドリア機能に影響を与えることが明らかになってきています。ミトコンドリア異常のメカニズムを解明するために、小胞体を切り離して考えられなくなってきています。
呼吸鎖(電子伝達系)複合体と活性酸素種
図1 ミトコンドリア呼吸鎖複合体のスーパーコンプレックス形成と活性酸素種
呼吸鎖複合体はオレンジ、活性酸素種は赤、抗酸化酵素は緑、NADHやFAHD2からの電子の流れは青で示す。SOD: スーパーオキシドジスムターゼ、Trxox:酸化型チオレドキシン、Trxred:還元型チオレドキシン、Prx:ペルオキシレドキシン、TR:チオレドキシンリダクターゼ、GPx:グルタチオンリダクターゼ、GPx:グルタチオンペルオキシダーゼ、GSH:還元型グルタチオン、GSSG:酸化型グルタチオン、GR:グルタチオンリダクターゼ、O2•-:スーパーオキシド、H2O2:過酸化水素、•OH-:ヒドロキシラジカル。
呼吸鎖複合体スーパーコンプレックスの解析方法
Native PAGEは、タンパク質をSDSや還元剤で処理せずに電気泳動する方法で、タンパク質の移動度は、表面電荷と高次構造の影響を大きく受けます。そのため、タンパク質を分子量で分離することはできませんが、酵素活性が保たれる場合が多く、電気泳動後のゲルを酵素活性染色することで目的のタンパク質のバンドを検出することができます。Native PAGEの改良版としてBlue Native PAGEが開発された後、ミトコンドリア呼吸鎖複合体の研究が飛躍的に進みました。Coomassie Brilliant Blue G-250 (CBB G-250)という青い色素をタンパク質表面に弱く結合させて負に荷電させることにより、タンパク質や複合体がもつ表面荷電の影響を抑え、高次構造や複合体を保った状態で電気泳動ができるようになりました。一方で、CBB G-250はゲル全体やタンパク質を青く染めてしまうため、ゲル内酵素活性染色に影響を及ぼすという問題点がありました。その後、Blue Native PAGEをさらに改良したhigh resolution clear native PAGE (hrCN-PAGE)が開発され、青色色素CBB G-250の代わりに無色透明な陰イオン性の界面活性剤であるsodium deoxycholateをタンパク質試料や泳動バッファーにも添加してタンパク質表面を負に荷電させ、無色透明なゲルによりタンパク質の高次構造や複合体を保った状態で電気泳動することができるようになりました。当研究室では、ミトコンドリア呼吸鎖複合体の解析に、ミトコンドリア膜タンパク質を非イオン性活性剤のn-dodecyl-β-D-maltosideとdigitoninを用いて可溶化した後、hrCN-PAGEにより呼吸鎖複合体やスーパーコンプレックスを分離し、呼吸鎖複合体I~IVの活性染色法の改良を検討していますので、簡単にご紹介します。
プロテオミクス研究で二次元電気泳動といえば、一次元目に等電点電気泳動(isoelectric focusing, IEF)を用いて、タンパク質の等電点(isoelectric point, pI)の違いを利用して分離する手法が多く用いられます。呼吸鎖複合体のスーパーコンプレックス形成の解析では、複合体やスーパーコンプレックスの形成を保った状態で解析できるという観点から、一次元目にBlue Native PAGEあるいはhrCN-PAGEを用いた二次元電気泳動法が頻繁に用いられています(図2)。まず、一次元目のBlue Native PAGEまたはhrCN-PAGEにより、ミトコンドリア膜タンパク質は、様々なサイズの複合体やスーパーコンプレックスを形成した状態で分離されます(図2の水色で囲んだゲル)。次に、泳動後のゲルを切り出して、そのまま二次元目のSDS-PAGEゲルに繋ぎ合わせて電気泳動することにより、一次元目のゲルからタンパク質が二次元目のゲルへと移動して分離されます。SDS-PAGEでは、タンパク質は、陰イオン性界面活性剤のSDSで変性され、還元剤によりジスルフィド(S-S)結合を切断されます。つまり、複合体どうしのスーパーコンプレックス形成が切り離されるだけでなく、それぞれの複合体I~IVを形成しているサブユニットも切り離されます。さらに、サブユニットの高次構造も壊れて一本鎖のタンパク質となって分離されます。このようにして、スーパーコンプレックスや複合体を形成を壊して、構成タンパク質を解析することが可能になります。
電気泳動後は、様々な抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、その抗体に特異的に反応するタンパク質を検出することができます。また、電気泳動後のバンドやスポットを切り出して質量分析することにより、タンパク質を同定することもできます。
図2 hrCN/SDS-PAGE二次元電気泳動による複合体スーパーコンプレックスの分離
一次元目にhrCN-PAGE(水色で囲んだゲル)で電気泳動すると、様々なサイズの複合体が分離される。分離後のゲルを二次元目にSDS-PAGE(黄色で囲んだゲル)に繋ぎ合わせて電気泳動すると、高次構造が壊れて一本鎖のタンパク質となって分離される。
生化学研究室 松本紋子