形態測定学:体の大きさ
はじめに
私が担当する本連載では、生物形態を正確に定量化する手法として形態測定学の紹介を行っている。前回は、三角形を例に、形態測定学における体の大きさ(体サイズ; body size)を説明した。このような体サイズに関する研究を行う場合、具体的にどのような計測値または計測値から求まる変量を用いて解析を行えばよいのだろうか。本連載2回目となる今回は、巻貝(図1)を材料に、体サイズとして頻繁に用いられる以下の5変量を概説する。
- 代表的一変量
- 算術平均
- 幾何平均
- 第一主成分
- 平方和平方根、重心サイズ
代表的一変量
人間の体の大きさの目安として身長が日常的によく使われるように、生物種それぞれにおいても体の大きさの指標となる代表的な変量が頻繁によく用いられる。巻貝に関していえば、最後の螺層(体層)と外唇(lip)までの長さを殻径(shell width)とよび、殻の大きさの指標として多々用いられる(図2)
昆虫では大顎先端や上唇から上翅端までの長さを体サイズとして用いることが多く(Sota et al. 2010)、魚では上顎の前端から下尾骨後端までの長さを体長として頻繁に用いる(Svanbäck and P. Eklöv 2002)。犬では、立った状態での地面から背中までの高さを体高とよび、体サイズの指標として用いられる(Hayward et al. 2016)。これらの変量は、計測が簡便であることから、先行研究としての蓄積も多く、自身の標本と比較できる点において利便性が高いといえる。
算術平均と幾何平均
実際は、1変量だけでなく様々な形態部位を計測し、より情報量の多い多変量の計測値を用いて体サイズを定義したい場合もあるだろう。そのような多変量の計測値から、どのように体サイズを定義すればよいだろうか。ここでは巻貝の形態解析研究でよく用いられる以下の4変量を使い、多変量の計測値を用いた体サイズを考えてみる(図3)。
古典的な変量として、算術平均(arithmatic mean)を体サイズとして用いる場合がある。算術平均とは、統計で馴染み深い、いわゆる平均であり、値の総和を値の数で割ったものを意味する。図3の計測値の場合、以下の数式で表される。
近年の研究では、この算術平均よりも幾何平均(geometric mean)を用いる場合の方が多い(Konuma et al. 2011; Komurai et al. 2017)。幾何平均とは、それぞれの値を掛け合わせ、その積の冪根によって求まる値を意味する。図3の計測値の場合、以下の数式で表される。
幾何平均の対数を体サイズとして用いる場合もよくみられる。幾何平均の対数は、以下に示すように、各値の対数の算術平均に一致する。
第一主成分と平方和平方根
主成分分析などの多変量解析を用いて形態変異の主要軸を求め、その値を体サイズとして用いる場合も多い(Marko 2005)。主成分分析では、第一主成分の主成分負荷量が全て正の値を示す場合が多く、その場合、第一主成分得点は体サイズと解釈することできる(Konuma and Chiba 2007)。第二主成分以降の主成分負荷量は、正と負の値が混在する場合が多く、それらは体の形と解釈することができる。主成分分析を用いた形態測定の詳細については、体のかたちを扱う次回以降に解説する。
体サイズとして、計測値の平方和(sum of squares)の平方根(squre root)を使う場合も多々みられる。図3の計測値の場合、平方和平方根は以下の数式で表される。
体サイズとして、計測値の平方和(sum of squares)の平方根(squre root)を使う場合も多々みられる。図3の計測値の場合、平方和平方根は以下の数式で表される。
この平方和平方根による体サイズ表現は、幾何学的形態測定法(geomtric moprhometrics)において一般的なものとなっている。幾何学的形態測定法とは、標識点(landmark)とよばれる座標点に基づき、生物形態を幾何学的に分析する手法である(Klingenberg 2010)。図4に巻貝に標識点をおいた実例を示す。
ここで、赤点は、殻頂、体層、体層と次体層の境界、臍孔の標識点を示し、中央の黒点が、それら標識点の重心を表している。重心からそれぞれの標識点までの距離をaからfとした場合、それらの平方和平方根は、重心サイズ(centroid size)とよばれ、以下のように求まる。
重心サイズの対数を用いる場合もある(Adams and Nistri 2010)。
各体サイズ変量の特徴
以上の体サイズ変量のうち何れを使うかは、研究目的に依存する。例えば、系統的に大きく離れた種間同士で体サイズを比較したいが、自身で標本を所有しておらず計測が難しい場合もあるだろう。巻貝の殻径のように、生物種で頻繁に計測される代表的な変量は、図鑑や文献から見積もることが可能であり、自身の標本と比較することが容易である。広い分類群における形態進化の一般的なパターンを検証する研究では(Okajima and Chiba 2009)、そのような代表的な体サイズ変量は利便性が高い。ノギス等を使って複数の形態部位を計測したのち、体の大きさだけでなく形にも焦点をあて、アロメトリーなどを議論する場合では、多変量の計測値の算術平均や幾何平均を求めるのが便利だろう(Konuma et al. 2013)。特に形態に関与する遺伝子特定を目指した研究では、多くの量的遺伝解析がパラメトリック検定に基づいているので、対数変換した計測値を用いる場合が多い(Konuma et al. 2014)。体の大きさと形の進化パターンを検証する近年の研究では、主成分分析や幾何学的形態測定法を用いる研究が多く、幾何平均や重心サイズが体サイズの指標として用いられている(Konuma et al. 2011; Adams and Nistri 2010)。
引用文献
- Adams, D. C., and A. Nistri. Ontogenetic convergence and evolution of foot morphology in European cave salamanders (Family: Plethodontidae). 2010. BMC Evolutionary Biology 10: 216.
- Svanbäck, R., and P. Eklöv. 2002. Effects of habitat and food resources on morphology and ontogenetic growth trajectories in perch. Oecologia 131: 61-70.
- Klingenberg, C. P. 2010. Evolution and development of shape: integrating quantitative approaches. Nature Reviews Genetics 11: 623.
- Komurai, R., T. Fujisawa, Y. Okuzaki, and T. Sota. 2017. Genomic regions and genes related to inter-population differences in body size in the ground beetle Carabus japonicus. Scientific reports 7: 7773.
- Konuma, J., and S. Chiba. 2007. Trade-offs between force and fit: extreme morphologies associated with feeding behavior in carabid beetles. The American Naturalist 170: 90-100.
- Konuma, J., N. Nagata, and T. Sota. 2011. Factors determining the direction of ecological specialization in snail‐feeding carabid beetles. Evolution 66: 408-418.
- Konuma, J., T. Sota, and S. Chiba. 2013. Quantitative genetic analysis of subspecific differences in body shape in the snail-feeding carabid beetle Damaster blaptoides. Heredity 110: 86.
- Konuma, J., S. Yamamoto, and T. Sota. 2014. Morphological integration and pleiotropy in the adaptive body shape of the snail‐feeding carabid beetle Damaster blaptoides. Molecular ecology 23: 5843-5854.
- Okajima, R., and S. Chiba. 2009. Cause of bimodal distribution in the shape of a terrestrial gastropod. Evolution 63: 2877-2887.
- Marko, P. B. 2005. An intraspecific comparative analysis of character divergence between sympatric species. Evolution 59: 554-564.
- Sota, T., Y. Takami, K. Kubota, M. Ujiie, and R. Ishikawa. 2000. Interspecific body size differentiation in species assemblages of the carabid subgenus Ohomopterus in Japan. Population Ecology 42: 279-291.