理学部生物学科

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CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集

はじめに

2018年11月末、ゲノム編集技術を用いて遺伝子操作した赤ちゃんが誕生したという衝撃的なニュースが世界中を駆け巡りました。これには、技術的にも倫理的にも多くの問題が含まれていることは言うまでもありません。ここで用いられたとされるCRISPR/Cas9によるゲノム編集技術は、そのはじめの報告からわずか6年にも関わらず、一般的な分子生物学の基礎知識があり、Cas9とsgRNAという酵素とRNAさえ用意すれば、誰でも扱えるほど身近な技術になりました。実際、研究室の大学院生と生み出した技術を用いて [1]、今年の秋に研究室生活をスタートさせた大学3年生が、遺伝子改変生物を1ヶ月で作製し、標的となった遺伝子の機能解析を始めています。まさに、分子生物学の必須技術であるPCRのような存在になりつつあります。今回は、生命科学の発展を加速させる遺伝子改変法として脚光を浴びているCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集技術について解説します。

従来の遺伝子改変法

遺伝子を破壊するという遺伝子改変法は、生命科学の基本的な技術として多くの生物で利用されてきました。古くは、変異原である放射線や紫外線、化学変異原に生物をさらすことで、ゲノム上のDNAにランダムな損傷を起こさせ、出現してきた変異体を解析してきました。しかしこの方法は、ゲノム配列の解読が終わっていなかった当時、その原因遺伝子の特定に莫大な時間と労力を費やしました。一方、DNA修復で必須の相同組換えを利用し、特定の遺伝子を狙い撃ちして遺伝子配列を改変する手法も開発されてきました。例えば、マウスの遺伝子を破壊したいとき、標的領域の相同配列からなるターゲッティングベクターを作製することで、標的とする遺伝子配列が改変できます。しかし、相同組換えは、標的とする遺伝子領域で常に起こるのではなく、自然に発生する現象です。そのため、標的とする領域が破壊される効率が低く、遺伝子改変されたマウスの作製に年単位の時間と労力を費やしてきました。したがって、狙った遺伝子を数週間といった短時間で高効率に改変する技術は、生命科学の研究者の長年待ち望んでいたものだったのです。

CRISPR/Cas9のゲノム編集への利用

CRISPR/Cas9による遺伝子改変には、sgRNAという狙い撃ちしたい標的DNAに対して相補的な配列を含む短いRNAとCas9という細菌に由来するDNAを切断する酵素の2つが必要です。この2つのはたらきによりDNA配列を試験管内で特異的に切断できることが報告されたのは、2012年8月でした [2]。そのわずか6ヵ月後の2013年2月には、生体内でCRISPR/Cas9によるゲノム編集の成功が報告されています [3,4]。これにより、生命科学の研究者が待ち望んでいた狙った遺伝子を短時間・高効率で改変することが可能になりました。この結果、年単位でかかっていたマウスの遺伝子破壊が、1ヶ月程度で行えるようになってきています。
図 遺伝子改変に必要なCas9とsgRNAの標的配列への結合
CRISPR/Cas9は、元々細菌が有していた外来DNAの排除に関わる獲得免疫機構の一部をゲノム編集に応用したものです。通常、ウイルスが細菌に感染すると、ウイルスは細胞内で自己複製します。しかし、細菌はウイルス由来のDNAを切るという対抗手段を用いながら、ウイルスの攻撃から生き延びています。Cas9というDNAを切断する酵素の中で現在最もよく使われているのは、化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)から得られたものです。この酵素がsgRNAと結合して標的となる塩基配列へ導かれると、ゲノム上で配列特異的なDNA切断が引き起こされます。Cas9が標的とするDNAと結合する際には、PAM配列と呼ばれるわずか数塩基の短い配列が必要です。ヒトのゲノム中には、8~12塩基ごとという高頻度でこの配列が出現しますが、どこでも好きなところに標的配列を設計できるという状況にはありません。

Cas9によるDNA切断の様式は、二本鎖いずれも切断する二本鎖切断です。そのため、生細胞内では直ちに二本鎖切断を修復しなければなりません。細胞周期に依存しない修復の過程では、切断されたDNA末端同士をつなぎ合わせる方法が取られます。このつなぎ合わせの過程では、数塩基の挿入や欠失というエラーが頻繁に生じることがあります。その結果、遺伝子の内部では、3塩基ずつからなる読み枠がずれ、すぐに終止コドンが現れてしまいます。そのため、完全な遺伝子の機能をもたないタンパク質の断片が合成されます。この遺伝子改変生物を解析することで、その遺伝子機能を明らかにすることができるのです。

今後期待されること

現在、CRISPR/Cas9は、遺伝子改変法として脚光を浴びていますが、万全ではありません。例えば、狙い撃ちした場所以外の領域を切断する可能性があります。このため研究者たちは、狙い撃ちした場所以外が切断される被害を最小限に抑える方法を模索しています。つまり、より安全性の高いゲノム編集技術の開発が試みられているのです。したがって、現行の手法が患者さんへ適用されるには、さらに何年もの研究を要することでしょう。

参考文献

  1. Sekine, R.; Kawata, T.; Muramoto, T. CRISPR/Cas9 mediated targeting of multiple genes in Dictyostelium. Sci Rep 2018, 8, 8471, doi:10.1038/s41598-018-26756-z.
  2. Jinek, M.; Chylinski, K.; Fonfara, I.; Hauer, M.; Doudna, J.A.; Charpentier, E. A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity. Science 2012, 337, 816-821, doi:10.1126/science.1225829.
  3. Cong, L.; Ran, F.A.; Cox, D.; Lin, S.; Barretto, R.; Habib, N.; Hsu, P.D.; Wu, X.; Jiang, W.; Marraffini, L.A., et al. Multiplex genome engineering using CRISPR/Cas systems. Science 2013, 339, 819-823, doi:10.1126/science.1231143.
  4. Mali, P.; Yang, L.; Esvelt, K.M.; Aach, J.; Guell, M.; DiCarlo, J.E.; Norville, J.E.; Church, G.M. RNA-guided human genome engineering via Cas9. Science 2013, 339, 823-826, doi:10.1126/science.1232033.

分子発生生物学研究室 村本哲哉

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