ES細胞とiPS細胞:幹細胞のあれこれ
はじめに
1. 幹細胞(stem cells)ってなに?
1–1. 幹細胞とは
幹細胞とは,必要に応じて分裂を繰り返すことができる自己複製能(self-renewal potency)と機能的に分化した細胞を供給できる分化能(differentiation potency)を合わせ持つ細胞です.例えば,骨髄には造血幹細胞と呼ばれる体性幹細胞が存在し,自己増殖しながらも白血球や赤血球,血小板などさまざまな血球系細胞を絶え間なく供給しています.造血幹細胞は,骨髄移植によって他人の体に注入されても,状況が整うと増えて血球系細胞を供給します (図1).
1–2. 多能性幹細胞とは
1–3. リプログラミング因子とは
細胞の中には,さまざまなタンパク質が詰め込まれています.ヒト子宮頸がん細胞株HeLaの場合,1細胞当たり20億個のタンパク質を含んでいます(文献5).小さな大腸菌E. coliは,ヒトより少ない230万個のタンパク質を含みますが,体積当たりで比較すると,驚くことにヒトの2倍以上のタンパク質を含んでいます.量だけでなくタンパク質の種類が重要で,細胞種によって大きく異なる組成のタンパク質は,相互に作用し合って固有の細胞機能を制御しています.iPS細胞研究における最大の発見は,山中4因子と呼ばれる4つの遺伝子Oct4, Sox2, Klf4, cMycだけで,あらゆる体細胞型の分子ネットワークを抑制し,新たに多能性幹細胞型の分子ネットワークを再構築できることを見いだしたことにあります.メインスイッチが入って幹細胞型の遺伝子発現制御機構が働き出すと,外来性の山中4因子はもはや不要で,体細胞だったときに眠っていた遺伝子群が活発に未分化性を維持するようになります.このように発生を巻き戻して未分化に戻す因子を,リプログラミング因子または初期化因子と呼びます(図2).
1–4. マウスES細胞の未分化性維持に必要なLIFとは
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図4. マウスES細胞の未分化性を維持するしくみと山中4因子との関係
マウスES細胞培養液にLIFを加えると山中4因子が動きだし,未分化性を維持します. -
図5. リプログラミング因子の働き
癌遺伝子cMycは,リプログラミングよりも分化抑制にはたらいています.
2. 体細胞から幹細胞へ発生を巻き戻す
1996年に世界初の体細胞核移植クローン動物である羊のドリーが誕生し,卵の細胞質に体細胞核をリプログラミングする因子が含まれていることが示されました(文献15).同じ頃,私たちは,ES細胞と等しい多分化能をもつ胎児生殖細胞由来の幹細胞であるEG細胞(embryonic germ cells)を体細胞と細胞融合すると,体細胞核のDNAのメチル化修飾がほとんど消えてしまうことを見いだしました(文献16).次に,マウスES細胞と体細胞を細胞融合して,体細胞核のDNAメチル化修飾が消えるだけでなく,ヒストンタンパク質にDNAが巻き付く強さを制御しているタンパク質修飾が固い体細胞型から緩いES細胞型に書き換えられることを見いだしました(図6)(文献17, 18).DNAやヒストンタンパク質に付けられている書き換え可能な遺伝子発現のプログラムをエピジェネティクスといいます。私たちは,このように細胞融合実験をもちいて,世界で始めて遺伝子発現のプログラムが書き換えられるエピジェネティクスの再プログラム化(リプログラミング)現象を目で捉えられる形で証明しました.同時に,ES細胞の中ではリプログラミング因子が常に発現していることを示したのです(図6).
2–1. 細胞融合が解き明かしたES細胞のリプログラミング活性
2–2. リプログラミングの解析技術開発の試み
リンパ球には,さまざまな種類の抗体や細胞表面抗原を1対の遺伝子から作りだすため,遺伝子のDNAを少しずつ切り出してつなげるV(D)J組換えを起こしていることが知られています.ES細胞には,このDNA組換えの痕跡はありません.この情報は,共同研究をした徳島大学の高浜洋介先生に教えて頂きました.Oct4-EGFPマウスのリンパ球をES細胞と細胞融合し緑に光っている多能性の融合細胞のDNAを調べると,V(D)J組換えの痕跡が見つかるのです.リプログラミングされた細胞が本当に分化していた細胞だったのかを調べる方法として,今でも活用されています.この方法が,Oct4-EGFPと共にSTAP細胞の証明に活用されたことは,とても,とても複雑な気持ちです.
融合細胞の中では,体細胞とES細胞に由来するDNAやRNAが混在した状態になります.ES細胞と遺伝的に離れた種や系統の体細胞を用いると,DNA配列の違いから容易に2者を識別同定できるようになります.当時,ES細胞とは異なる亜種のJF1マウスが国立遺伝学研究所で繁殖され始めていました.私たちは,JF1マウスの体細胞を細胞融合に用いて,融合細胞のDNAや転写されているRNAの配列を解析しました.これにより,ES細胞のリプログラミング活性は十分に高く,リプログラミングされた体細胞核はES細胞の核と同等に変化し,遺伝子が同等に使われていることをようやく示すことができました(文献18, 19).
おわりに
次回の予告
現在,私たちは,ヒトiPS細胞から創薬開発に有用な良質のヒト肝細胞を代替する細胞を沢山作り出すことを目指しています.マウスやヒトのES細胞で既に膨大な分化研究がなされているものの、その品質は生体肝細胞からは遥かに遠いものに留まっています.溢れるほどの情報を活用しながらも,組織細胞が機能的に成熟するとはどういうことか?ということを追求して品質の高いヒト組織細胞の創出に取り組んでいます.次回は,私たちの成果を含め,ヒト幹細胞を用いた応用研究のトピックスをご紹介したいと思います.
文献
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幹細胞リプログラミング研究室 多田 政子