タンパク質性下垂体ホルモンは脳に作用する?その2
~プロラクチンの脳内への移送メカニズム研究の進展~
はじめに
プロラクチンとは? プロラクチンの脳への作用(おさらい)
プロラクチンが脳内に入り込むメカニズム(従来の説)
図1 トランスサイトーシスの模式図
赤丸がホルモンとする。ホルモンは血液に接した側の細胞膜に存在する受容体分子に結合する。エンドサイトーシスによって細胞に取り込まれる。エクソサイトーシスによって脳側の細胞膜表面に露出し、ホルモンを放出する。逆方向の物質輸送もあり得る。
プロラクチンが脳内に入り込むメカニズム(新しい説)
プロラクチン受容体はクラスIサイトカイン受容体スーパーファミリーに属する細胞膜1回貫通型のタンパク質です。細胞外領域、膜貫通領域、細胞内領域の3部位から構成されています。プロラクチン受容体にはいくつかのアイソフォーム(脚注1)が知られており、細胞内領域が長いロングフォーム、細胞内領域が短いショートフォームに大別されます(図2)。そのほか、中間型やショートフォームにもいくつかのタイプが知られています。これらアイソフォームは選択的スプライシングに起因することがわかっています。実は多くのプロラクチンの作用は上記のロングフォーム型を介して発揮されることが知られており、ショートフォーム型の機能についてはまだ十分に理解されていません。脈絡叢にはロングフォーム型、ショートフォーム型いずれのプロラクチン受容体アイソフォームも発現していることが知られており、上述の研究者らは特に機能の不明なショートフォーム型のアイソフォームがプロラクチンの脳内への移送に関わると仮説を立てたようです。
図2 プロラクチン受容体のアイソフォーム
プロラクチン受容体の2種類のアイソフォームでは細胞外領域と細胞膜貫通領域は共通である。ショートフォーム型では細胞内領域がロングフォーム型と比較して短くなっている。
まとめますと、1) プロラクチンの血液から脳脊髄液中への移送にはプロラクチン受容体は必要なく、どのような分子かは不明だが、プロラクチン輸送体の存在が示唆されること、2) プロラクチンは脳脊髄液ではなく、脳内に張り巡らされた毛細血管などに存在する上記プロラクチン輸送体を介して血液脳関門を通過し、神経細胞等に作用する、ということが新たに提唱されたことになります(図3)。
図3 プロラクチンの血液から脳へ入り込むメカニズムの新説
脳内に入り込んでいる毛細血管の内皮細胞に存在するプロラクチン輸送体によって脳内にプロラクチンが運ばれているのではないか。
今後の研究の展開
最後に
- 脚注1
機能的には等しいが、構造的に一部異なるようなタンパク質の複数の分子形態のことを指す。 - 脚注2
プロラクチン受容体のロングフォーム型は、Jak2-STAT5というシグナル伝達経路を活性化することがわかっている。Jak2はリン酸化酵素で、STAT5は転写因子であり、プロラクチンがプロラクチン受容体と結合するとJak2は受容体の細胞内領域に結合して活性化され、STAT5をリン酸化する。リン酸化されたSTAT5はホモ二量体となって核内へ移行し、標的となる遺伝子の転写調節領域に結合して転写を調節する。リン酸化されたSTAT5タンパク質を検出する方法で、プロラクチンに応答した細胞を特定することが可能である(文献11)。
文献
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生体調節学研究室 蓮沼 至