理学部生物学科

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タンパク質性下垂体ホルモンは脳に作用する?その2
~プロラクチンの脳内への移送メカニズム研究の進展~

はじめに

 2015年にこの生物学の新知識に、「タンパク質性下垂体ホルモンは脳に作用する?~プロラクチンの中枢神経系への作用を例に~」を寄稿しました。その中でプロラクチンは脳内にどのようなメカニズムで入り込むか、についてその当時考えられていた説について記載しました。正直なところ、約30年にわたり、ほとんどその説に対する反論もなく、多くの研究者に受け入れられている感がありましたが、その後この説に疑問を投げかける論文が出版されました(文献1)。まだプロラクチンの脳へ入り込むメカニズムが完全に解明されたわけではありませんが、新しい説とはどのようなものなのか、今後哺乳類をはじめ、脊椎動物全般でどのようなことを解明する必要があるかなどを紹介していきたいと思います。

プロラクチンとは? プロラクチンの脳への作用(おさらい)

 プロラクチンは下垂体前葉から分泌される分子量約22,000のタンパク質性ホルモンで、乳腺の発達や母乳の産生に関わるホルモンとして知られています。哺乳類では母性行動、神経新生、食欲などを制御することが知られ(文献2, 3, 4)、その脳への作用メカニズムについて注目されています。哺乳類にとどまらず、両生類(イモリ)の求愛行動などもプロラクチンが脳に作用して制御していることが明らかにされています(文献5)。前回の新知識でも解説を付しましたが、脳には血液脳関門(blood-brain barrier)および血液脳脊髄液関門(blood-cerebrospinal fluid barrier)があり、血液中の物質は脳内に自由に入り込むことはできません。これら関門によって選択的な物質の輸送が行われ、脳に必要な物質が取り込まれます。プロラクチンも分子量が約22,000であり、特別な機構がない限り自由に脳内には入り込むことはできません。

プロラクチンが脳内に入り込むメカニズム(従来の説)

 以前にも言及したように、放射性同位元素で標識したプロラクチンを末梢静脈に注入するとほどなく脳脊髄液中に放射性同位元素で標識されたプロラクチンが検出されるようになることから、末梢血中のプロラクチンが脳脊髄液中に移送されることは実験的に証明されています(文献6)。ここで着目されたのが脈絡叢です。脈絡叢は血液脳脊髄液関門を形成しており、血液中から脳脊髄液中に選択的に物質を取り込むための重要な器官です。1970年代には放射性同位元素で標識されたプロラクチンが脈絡叢の上皮細胞に多量に結合することが見出されており(文献7)、またその後の研究で脈絡叢にはプロラクチン受容体遺伝子が高レベルで発現していることもわかりました(文献8)。さらに、一定量の放射性同位元素で標識されたプロラクチンに加えて、未標識のプロラクチンを大量に投与すると、脳脊髄液中に移送される放射性同位元素で標識されたプロラクチンの量が減少することから、脈絡叢のプロラクチン受容体を介して、血液中のプロラクチンは脳脊髄液中に移送されるという説が提唱されました(文献9)。受容体を介した物質の輸送として想定されるメカニズムはトランスサイトーシスというものがあります(図1)。このように血液側でプロラクチンが受容体と結合し、一旦細胞内に受容体とともに取り込まれ、脳脊髄液中にプロラクチンが放出される、というものです。このように血液中から脳脊髄液中へプロラクチンが移送され、脳脊髄液を介してプロラクチンがプロラクチン受容体を保持する神経細胞等に作用すると考えられていました。
図1

図1 トランスサイトーシスの模式図
赤丸がホルモンとする。ホルモンは血液に接した側の細胞膜に存在する受容体分子に結合する。エンドサイトーシスによって細胞に取り込まれる。エクソサイトーシスによって脳側の細胞膜表面に露出し、ホルモンを放出する。逆方向の物質輸送もあり得る。

プロラクチンが脳内に入り込むメカニズム(新しい説)

 上述の説に対してどのような反論がなされたのでしょうか。ただ、この反論を発表した研究者らも、当初はこのような結果となることを想定していなかったようです。そのあたりの経緯から説明しましょう。そのためにまずプロラクチン受容体について解説する必要があります。
 プロラクチン受容体はクラスIサイトカイン受容体スーパーファミリーに属する細胞膜1回貫通型のタンパク質です。細胞外領域、膜貫通領域、細胞内領域の3部位から構成されています。プロラクチン受容体にはいくつかのアイソフォーム(脚注1)が知られており、細胞内領域が長いロングフォーム、細胞内領域が短いショートフォームに大別されます(図2)。そのほか、中間型やショートフォームにもいくつかのタイプが知られています。これらアイソフォームは選択的スプライシングに起因することがわかっています。実は多くのプロラクチンの作用は上記のロングフォーム型を介して発揮されることが知られており、ショートフォーム型の機能についてはまだ十分に理解されていません。脈絡叢にはロングフォーム型、ショートフォーム型いずれのプロラクチン受容体アイソフォームも発現していることが知られており、上述の研究者らは特に機能の不明なショートフォーム型のアイソフォームがプロラクチンの脳内への移送に関わると仮説を立てたようです。
図2

図2 プロラクチン受容体のアイソフォーム
プロラクチン受容体の2種類のアイソフォームでは細胞外領域と細胞膜貫通領域は共通である。ショートフォーム型では細胞内領域がロングフォーム型と比較して短くなっている。

 上述の研究者らはまず、プロラクチン受容体遺伝子ノックアウトマウスを用いて放射性同位元素で標識したプロラクチンを末梢静脈に投与しました。すると、驚くべきことに脳脊髄液中にプロラクチンが野生型マウスと同等に取り込まれることがわかったのです。つまり、血液中から脳脊髄液にプロラクチンを移送する過程で、プロラクチン受容体は必要ない、ということになります。もう一つは、末梢静脈にプロラクチンを投与すると、15分程度で脳内のプロラクチン受容体を保持する細胞がプロラクチンに応答し始めるが(脚注2)、脳脊髄液中のプロラクチンの濃度上昇は15分ではほとんど上昇せず、投与後90分ごろまで徐々に上昇していく傾向が見られたことです。つまり、プロラクチンは脳脊髄液を介して神経細胞に作用するのではなく、別の経路(例えば毛細血管)でもっと速やかに神経細胞に到達して作用している可能性があることがわかりました。
 まとめますと、1) プロラクチンの血液から脳脊髄液中への移送にはプロラクチン受容体は必要なく、どのような分子かは不明だが、プロラクチン輸送体の存在が示唆されること、2) プロラクチンは脳脊髄液ではなく、脳内に張り巡らされた毛細血管などに存在する上記プロラクチン輸送体を介して血液脳関門を通過し、神経細胞等に作用する、ということが新たに提唱されたことになります(図3)。
図3

図3 プロラクチンの血液から脳へ入り込むメカニズムの新説
脳内に入り込んでいる毛細血管の内皮細胞に存在するプロラクチン輸送体によって脳内にプロラクチンが運ばれているのではないか。

今後の研究の展開

 現状ではプロラクチン輸送体なるものの実体がどのようなものか全くわかっていません。この分子がどのようなタンパク質なのか、またこの分子を介したプロラクチンの脳内への移送メカニズムがどのようなものか明らかにすることが求められます。さらに、このメカニズムは魚類から哺乳類まで保存されたメカニズムなのか、についても興味深い点と言えるでしょう。一方で、脈絡叢のプロラクチン受容体の機能については上記新説が有力となると、一転して機能不明となります。哺乳類や鳥類、両生類でも脈絡叢にプロラクチン受容体が高レベルで発現していることはまぎれもない事実で、プロラクチンが脈絡叢に対してなんらかの作用をおよぼしていることは間違いありません。脈絡叢に対するプロラクチンの作用については新たな視点からの解析が必要と思われます。脈絡叢は脳脊髄液関門を形成するだけでなく、脳脊髄液の主要な産生器官です。まずは脳脊髄液の組成に対してプロラクチンがどのような影響をおよびしているか、を調べることが第一歩となるように思います。また、プロラクチンと同じファミリーに属する下垂体前葉ホルモンである成長ホルモンも末梢血中の分子が脳内に入り込むことが知られていることから、プロラクチンとともに脳に入り込むメカニズムについて比較検討することも重要と思われます。

最後に

 最近、母体のプロラクチンが胎児の脳に作用して、母性行動を司る神経系の発達に関与するという可能性を示した論文が報告されるなど(文献10)、依然としてプロラクチンの脳への作用に関する関心は高いと言えます(この論文でいえば、どのようなメカニズムで母体のプロラクチンが胎児に入り込むか、という点も興味深いところです)。一方で、下垂体から分泌されたプロラクチンがどのように脳内に入り込むかということについて、この稿で言及しているように近年新説が提唱されるなど、いまだに確定的なメカニズムは明らかになっていません。血液脳脊髄液関門を形成する脈絡叢でプロラクチン受容体が高レベルで発現していることが、かえって真相を明らかにする障壁になってしまった感があります。また、プロラクチン受容体ノックアウト動物を用いてこれまで検証されてこなかったこともメカニズム解明が遅れた要因と思われます。私自身、両生類でのプロラクチンの脳への作用を研究してきた身として、この新説に対して少なからず驚きがありましたが、一方で想定の範囲内と感じる部分もありました。今後の研究の展開に注視しつつ、近い将来に両生類におけるプロラクチンの脳への作用についてこの場でご報告できればと思います。
  • 脚注1
    機能的には等しいが、構造的に一部異なるようなタンパク質の複数の分子形態のことを指す。
  • 脚注2
    プロラクチン受容体のロングフォーム型は、Jak2-STAT5というシグナル伝達経路を活性化することがわかっている。Jak2はリン酸化酵素で、STAT5は転写因子であり、プロラクチンがプロラクチン受容体と結合するとJak2は受容体の細胞内領域に結合して活性化され、STAT5をリン酸化する。リン酸化されたSTAT5はホモ二量体となって核内へ移行し、標的となる遺伝子の転写調節領域に結合して転写を調節する。リン酸化されたSTAT5タンパク質を検出する方法で、プロラクチンに応答した細胞を特定することが可能である(文献11)。

文献

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生体調節学研究室 蓮沼 至

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