理学部生物学科

メニュー

霊長類はどのような社会で暮らしているか?—DNA分析が明かすチンパンジー・ゴリラの社会

はじめに

 私は、哺乳類の社会の研究を行なっていますが、「動物の社会の研究」と聞いて内容が思い浮かぶでしょうか? 多くの動物は、交渉の頻度に差はありますが、同じ種の他個体と関わり、多様な関係をつくりだしています。哺乳類の場合は、授乳を行なうので、少なくとも母子は一緒にいる期間があります。アフリカスイギュウなど群れをつくる哺乳類では、異性もしくは同性の他個体と日常的に社会交渉をしますし、普段単独であるトラなどの哺乳類であっても繁殖するために雌雄間で交渉を行ないます。大まかにいうと、どのような個体と暮らしていて、どのような交渉をしているかを調査するのが、動物の社会の研究です。
 今回は、私が関わってきたアフリカ大型類人猿(ゴリラ・チンパンジー)の社会を中心に霊長類の社会について紹介します。知っている方も多いと思いますが、類人猿とは、ヒトに近縁な霊長類で、テナガザル、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーが含まれます。この文章と直接は関係ないですが、類人猿の特徴の1つは人間と同じように尻尾がないことです(図1)。さて、ヒトに近い類人猿はどんな社会で暮らしているのでしょうか?
図1

図1.ガボン共和国ムカラバ・ドゥドゥ国立公園の野生のニシゴリラのオスです。ムカラバは日本人研究者とガボン人研究者を中心にゴリラなどの野生動物の研究を進めている調査地です。オスのお尻をよく見ると、尻尾がないのがわかると思います。

霊長類の社会の研究法

 霊長類の社会に関する研究の多くは野外で観察して得られた結果をもとにしています。しかし、野生動物を直接観察することはそれほど容易ではありません。動物番組などで野生動物の映像が流れることがあるので、野生の哺乳類を観察するのは難しくないと思っている人もいるかもしれませんが、多くの野生哺乳類は人間が近づくと逃げてしまいます。サバンナのような開けた環境であれば、遠くからでも動物の観察ができますが、森林の場合は遠くからでは観察がほとんどできません。比較的近距離から行動観察を行なうには、まず野生動物に人間が危害を加えない存在であることをわかってもらい、人間がいても逃げずに普段の生活をしてもらうようにしないといけません。食べ物を用いずに野生動物を慣らすには何年もかかることがあり、森林に生息する野生動物の行動データを収集することはそれほど容易ではありません。
 もう1つ、社会を明らかにする上で重要になってくるのが、個体識別です。個体がわかることにより、誰と誰が交渉しているかや、どのような個体が群れを出入りしているかを明らかにすることができます。サルの個体識別は、かなり大変に思うかもしれませんが、慣れれば、それほど難しくはありません。最初は怪我の場所など大きな特徴で識別していきますが、慣れてくると顔や、個体によっては後ろ姿だけでも個体識別が可能となります。私のホームページ内で、東邦大学の実習でもお世話になっている京都市嵐山モンキーパークいわたやまのサルたちの顔写真を掲載しておりますので、興味ある方はサルの顔の個体差を体感してみて下さい。
 個体識別をした霊長類を長期に観察することで、そのときどきに誰とどのような交渉をしているかや、どのような個体が群れを移籍しているかなどを捉えることができます。野生霊長類の行動観察の多くは、今でも人間が追跡し、ノートやビデオなどを用いて記録しています。詳しく知りたい方は、野生動物の行動観察法の本を書きましたので、ご覧下さい(文献1)。技術が進歩している時代に、人間が観察して記録するなんて遅れていると思う人もいるかもしれませんが、様々な行動パターンを示す動物の映像からコンピューターで自動的に行動解析するのは簡単ではありません。一定の条件のもとで撮影された飼育下の動物の行動研究では、新しい解析技術が用いられるようになってきましたので、限定的な解析であれば最新技術を駆使した解析も可能になるかも知れませんが、野生動物の場合は一定の条件で撮影することが難しいですし、多様な行動を示す野生動物の行動解析をすべて自動化するのはかなり難しいだろうと思っています。また、個体追跡自体は、現状では機械化に頼るのは難しいので、個体ベースの細かいデータを収集するには、しばらくは旧来的な手法が重要だと考えています。
 行動観察以外の分析ツールも進歩しています。その1つとして、私は、DNA分析も用いて、哺乳類の社会の研究をしています。血縁関係の情報は、社会を考える上で重要であるにも関わらず、行動観察からだけでは得ることが難しい情報です。調査を開始して間もない群れの場合は、個体識別ができていたとしても、母子などの関係は行動から推察するしかありません。また、長期調査が行なわれている場合は、メスの出産の記録から母子関係がわかるので母親が同じ兄弟姉妹などの血縁関係を把握することはできますが、群れに複数のオスがいるニホンザルなどの場合は、メスは複数のオスと交尾をするので、行動観察からだけでは、父子関係を特定することはできません。そこで、私は、DNA分析を用いた血縁関係の推定を行なっています。後で、その成果の一端を簡単に紹介します。

霊長類の社会の分類

 霊長類は、どのような社会で暮らしているのでしょうか? 社会を分類する方法はいくつかありますが、一番基本的な方法は、誰と暮らしているかで分類する方法です。霊長類の多くは、群れで生活していますが、普段は群れをつくらない単独生活をしている霊長類もいます。ヒトに近い類人猿では、オランウータンが基本的に単独で生活していることが知られています(母子は一緒にいます)。現代人のように、雌雄のペア(とその子どもたち)で構成される単雄単雌型の群れで暮らす霊長類もいますが、それは決して霊長類では多数派ではありません。類人猿の中では、テナガザルが雌雄ペアの社会で暮らしています。テナガザルは、動物園で、大声を出している姿を見たことがある人も多いと思います。東邦大学の実習でお世話になっている千葉市動物公園でも、フクロテナガザルが大声を出して、腕渡りをする姿が、多くの来園者の注目を集めています。
 また、オトナオス一頭とオトナメス複数頭(とその子どもたち)が含まれる単雄複雌型の群れで暮らす霊長類もいます。類人猿の中では、ゴリラが単雄複雌型の群れで暮らしています。また、逆に、メス一頭とオトナオス複数頭(とその子どもたち)で構成される複雄単雌型の群れで暮らす霊長類もいます。類人猿の中に、この群れの形態をとる種はいませんが、中南米にいる新世界ザルと呼ばれるグループに含まれる、マーモセットやタマリンに、複雄単雌型の群れをつくる霊長類がいます。さらに、複数のオトナオスと複数のオトナメス(とその子どもたち)で構成される複雄複雌型の群れで暮らす霊長類もいます。類人猿の中ではチンパンジーがそうで、日本人にとって身近なニホンザルも複雄複雌型の群れで暮らしています。
 このように、誰と暮らしているかで分類するだけでも、霊長類の社会が多様であることがわかると思います。様々なパターンがあり、しかも類人猿のように、近い分類群の中でも、多様なパターンがみられます。このような群れの説明の際に私がよく補足説明するのは、現代の人間社会との違いです。現代の日本人は核家族の世帯が多いですが、毎日のように、家族以外の他者とも出会います。むしろ、会社などで働いている人にとって、家族より職場の仲間と一緒にいる時間の方が長いと思います。しかし、多くの霊長類は、群れのメンバー以外とは、ほとんど交流がありません。もちろん、新しいメンバーが他の群れから入ったり、群れのメンバーが出て行ったりすることや、他の群れと出会うこともありますが、基本的には群れのメンバーと暮らしています。移動手段の発達した現代では、非常に多くの人と交流を持って生活していますが、多くの動物たちは、限られた相手としか関わっていないのです。そんなことは当たり前だと思う人も多いかもしれませんが、この違いをきちんと意識することは重要だと考えています。

チンパンジーの社会

 チンパンジーは、先ほど紹介したように複数のオトナオスと複数のオトナメスで暮らしています。チンパンジーの社会の特徴の1つとして、すべての群れのメンバーが常に一緒にいるわけではないことがあげられます。群れのすべてのメンバーと一緒に行動することもありますが、一人もしくは複数頭で行動することもあります。それが一日のうちの数時間ではなく、数日もしくは数週間にわたって出会わないメンバーがいることもあります。このような行動をとる霊長類は少なく、これには食物が関係していると考えられています。チンパンジーの主要な食物は果実ですが、彼らが暮らすアフリカの森林では、果実が常に豊富にあるわけではありません。果実が豊富な時期は群れのすべてのメンバーが一緒に行動できますが、果実が少なくなると一緒に移動するメンバーを減らして食物を確保しています。
 チンパンジーの社会の特徴のもう1つは、オスが生まれた群れに残り、メスが生まれた群れから移出することです。群れをつくる霊長類では、両方の性の個体がどちらも生まれた群れに残って繁殖することはほとんどありません。人間の社会のように、お嫁さんに出た後に定期的に実家に帰るようなことはないので、基本的には、群れを出た個体は、その後、親と出会うことはありません。ニホンザルなどの旧世界ザルといわれる霊長類では、オスが分散する種が多いですが、チンパンジーではメスが群れを移籍します。このことは、メスが出産、子育てをする際には自分の母親が近くにいないことを意味します。核家族化が進んだ現代の日本でも、出産前後に自分の母親が身の回りの世話などを手伝うことは結構ありますが、チンパンジーのメスでは出産時に自分の母親は近くいにいないのが当たり前なのです。
図2

図2. タンザニア、マハレ山塊国立公園の野生チンパンジーの親子です。この調査地は、日本人研究者を中心に、長期にわたり研究が実施されています。私も関わっているマハレ野生動物保護協会のホームページ内に、マハレとチンパンジーについて学べるサイトがございますので、よければ参照して下さい。

 そのようなチンパンジーを対象として、群れの血縁度(個体間がどれだけ遺伝的に近いかを示す値)を調べる研究をしました(文献2)。群れの移籍のパターンから予想されるように、オス同士の血縁度は、メス同士の血縁度より高いことがわかりました。これは、オスが群れに残りメスが群れから出ていくので、当然といえば当然ですが、オス同士の方がメス同士より多く血縁者(兄弟や親子など)が群れ内にいることを意味します。しかし、オス同士の血縁度の平均値はそれほど高くないことがわかりました。チンパンジーは、オス同士が協力することが多く、それは群れの多くのメンバーが血縁者であることが影響していると考える研究者もいましたが、血縁解析の結果は必ずしもそうではなく、オス同士に血縁者はいるが、その割合は決して高くないことを示しています。ここでは詳細に紹介しませんが、個体同士が仲良しであるとか協力するというのは、実際に血縁が近いかどうかだけが重要ではないと考えています。その1つの要因は、自分の父親と血がつながっているかや父親が同じ兄弟姉妹と血がつながっているかを認識することは霊長類には難しいと考えているからです。これについては、霊長類でも認識できるという報告もありますので、また機会があれば詳しく紹介したいと思います。

ゴリラの社会

 ゴリラは、先ほど紹介したように一頭のオトナオスと複数のオトナメスの社会構造が一般的です。オトナオスの中には、群れではなく、単独で暮らすものもいます。また、群れに複数のオトナオスがいることもあり、とくにマウンテンゴリラで、その割合が高いことが知られています。
 チンパンジーと異なり、ゴリラの群れのメンバーは比較的まとまって移動しています。食べ物を食べるときなど群れが広がることもありますが、基本的に、群れのメンバーは一緒に移動していて、寝るときもまとまっています。大雑把に説明すると、ゴリラとチンパンジーの群れのまとまり方の違いは、果実へのこだわりによると考えられます。果実が少なくなっても果実を求め、群れのメンバーと一緒に移動しなくなるチンパンジーと、果実が少なくなると、葉など他の食物も食べて、群れのメンバーと一緒に移動するゴリラといったイメージです。
 先ほど紹介したように、チンパンジーはオスが群れに残る社会(父系社会とよびます)ですが、私たちに身近な人間社会の多くも息子が土地を引き継ぎ、娘は違う家にお嫁にいくというイメージがあるのではないでしょうか。このようなことから、ヒトがチンパンジーと分かれる前の共通祖先も父系社会であったと考える研究者が多くいました。しかし、ヒトは農耕して定住生活をするようになる以前は、必ずしも父系的な社会ではなかったという報告もあります。そこで、次にヒトに近いゴリラの社会に注目することにしました。

図3.ガボン共和国ムカラバ・ドゥドゥ国立公園の野生のニシゴリラの親子です。細い道を渡っている親子が途中でこちらの様子を窺っている写真です。

 ゴリラは基本的にはオスもメスも群れを移籍します。マウンテンゴリラで、オスが生まれた群れに残ることもあるため、ゴリラが父系社会であると考える研究者もいますが、マウンテンゴリラではオスより頻度は低いですがメスも生まれた群れに残ることがあるので、この事実だけで父系的であると結論づけることは難しいと思っています。私は、DNA分析を用いて、オスとメス、どちらが遠くへ分散しているかをニシゴリラで調べました(文献3)。ゴリラは一頭のオスと複数のメスで群れをつくりますが、近隣のオス同士が血縁者で、オス間に群れを超えた血縁ネットワークが存在すれば、チンパンジーのオスが群れに残る複雄複雌型の社会と類似の構造だといえるかもしれないと思ったからです。ここでは細かい結果は省きますが、解析の結果、オスが遠くへ分散していることが示唆されました。つまり、オスは近くに留まるわけではないので、ゴリラでは群れを超えたオス間の血縁ネットワークは存在しないと考えられます。このことは、チンパンジーとゴリラの血縁者の集まり方は似ていないことを意味します。先ほど紹介したように、農耕以前のヒトの社会が必ずしもが父系ではないという報告も考え合わせると、ヒトがチンパンジーと分かれる前の共通祖先が父系であったと考えない方がよいかもしれません。その辺りの詳しい考察について知りたい方は、文献4を参照頂ければと思います。

最後に

 最後まで、お読み頂きありがとうございます。本稿では、高校生など多くの方が理解できるように、なるべく簡単に説明をしたつもりです。少しは、霊長類の社会がわかって頂けたでしょうか? 霊長類一般についてもう少し詳しく知りたい方は文献5を、チンパンジーについて詳しく知りたい方は文献6や7を、ゴリラについて詳しく知りたい方は文献8を読んで頂ければと思います。他にも霊長類の研究については、日本語の本が数多く出版されていますので、興味を持たれた方は本屋さんやインターネットなどで探して頂ければ幸いです。
 霊長類だけでなく、野生動物はそれぞれの社会の中で暮らし、その中で様々な行動を進化させてきました。それぞれの動物の社会を知ることは、その動物を理解する上で非常に重要なことだと考えています。ヒトも、進化の中で獲得した行動形質を持ちながら、複雑化した現代社会に生きています。本稿が、身の回りの人間社会について考えるきっかけになれば幸いです。

文献

  1. 井上英治、中川尚史、南正人.『野生動物の行動観察法—実践日本の哺乳類学』、東京大学出版会、2013. ISBN: 978-4-13-062223-3
  2. Inoue E, Inoue-Murayama M, Vigilant L, Takenaka O, Nishida T. Relatedness in wild chimpanzees: influence of paternity, male philopatry, and demographic factors. American Journal of Physical Anthropology 137(3), pp: 256-262, 2008. DOI: https://doi.org/10.1002/ajpa.20865
  3. Inoue E, Akomo-Okoue EF, Ando C, Iwata Y, Judai M, Fujita S, Hongo S, Nze-Nkogue C, Inoue-Murayama M, Yamagiwa J. Male genetic structure and paternity in western lowland gorillas (Gorilla gorilla gorilla). American Journal of Physical Anthropology 151:583-588, 2013. DOI: https://doi.org/10.1002/ajpa.22312
  4. 井上英治.DNA分析が明かす大型類人猿の分散パターン、現代思想44(22): 150-158, 2016. http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2996
  5. 西田利貞、上原重男(編).『霊長類学を学ぶ人のために』、世界思想社、1999.ISBN:978-4-7907-0743-1
  6. 西田利貞、上原重男、川中健二(編).『マハレのチンパンジー《パンスロポロジー》の37年』、京都大学学術出版会、2002.ISBN: 9784876986095
  7. 中村美知夫.『チンパンジー—ことばのない彼らが語ること』、中公新書、2009.ISBN: 978-4121019974
  8. 山極寿一.『ゴリラ 第2版』、東京大学出版会、2015.ISBN:978-4-13-063344-4

行動生態学研究室 井上英治

お問い合わせ先

東邦大学 理学部

〒274-8510
千葉県船橋市三山2-2-1
習志野学事部

【入試広報課】
TEL:047-472-0666

【学事課(教務)】
TEL:047-472-7208

【キャリアセンター(就職)】
TEL:047-472-1823

【学部長室】
TEL:047-472-7110