爬虫類の国際共同研究 - 進化生態学の新しい展開
爬虫類は進化生態学的な観点から日米の研究者が共同研究を進めています。わが国の爬虫類研究の第一人者である長谷川雅美教授が、米国の現状と伊豆諸島における国際共同研究の報告をします。
米国における爬虫類研究
私の研究室では長年にわたり伊豆諸島でシマヘビとオカダトカゲの野外調査を行い、成長や繁殖開始年齢、食性や色彩パタンの島間変異を明らかにしてきました。近年は、伊豆諸島にシマヘビがどのように分布を広げたのか、各島の集団間でどれくらい遺伝的な分化が進んでいるのかを明らかにするため、シマヘビの組織からミトコンドリアDNAを抽出し、チトクロームb遺伝子の塩基配列約1000対を読み取り、島集団間の類縁関係を推定する研究を行っています。
2007年9-10月には、米国カリフォルニア大学バークレイ校(UC Berkeley)脊椎動物学博物館(http://mvz.berkeley.edu/) に滞在して共同研究を行いました。今回の国際共同研究には地理生態学研究室の栗山武夫君と博物館のMatt Brandley君の二名の大学院生が参加しました。滞在した博物館では動物の野外調査ばかりではなく、DNA解析の最新の施設を有して、自然史の教育や先端的な研究を行っています。
2007年9-10月には、米国カリフォルニア大学バークレイ校(UC Berkeley)脊椎動物学博物館(http://mvz.berkeley.edu/) に滞在して共同研究を行いました。今回の国際共同研究には地理生態学研究室の栗山武夫君と博物館のMatt Brandley君の二名の大学院生が参加しました。滞在した博物館では動物の野外調査ばかりではなく、DNA解析の最新の施設を有して、自然史の教育や先端的な研究を行っています。

地理生態学研究室の栗山君
UC Berkeley脊椎動物博物館のMatt君
砂漠で赤いトカゲ探し
カリフォルニア州は大半が砂漠です。水が極端に乏しい環境に適応したさまざまな動植物がいます。今回の共同研究では、この砂漠に生息する「赤い尻尾のトカゲ」を調査することがもう1つの目的でした。
栗山君は伊豆諸島に生息する青い尻尾のトカゲ(Plestiodon latiscutatus)の研究をしています。尻尾の色素細胞の組成を調べた結果、色素細胞の一種、虹色素胞の中には反射小板というグアニンの結晶構造があり、虹色素胞と黒色素胞の組み合わせが青色を発色させていること、胴体の虹色素胞と尾の虹色素胞では反射小板の厚みが異なり、尾の方が短い波長の光を反射する(だから青く見える)こと、を突き止めました。そんな折り、シマヘビの研究を一緒に行っているIllinois州立大学のポスドク(postdoctral fellow)のShawnVincent君がMatt君を紹介してくれました。メールで情報交換をしているうちに、同じ属のトカゲでも北アメリカには赤い尻尾をもつ種類がいることを教えてもらい、さっそく調べてみようということになったのです。
赤い尻尾のトカゲはどんな色素細胞を持っているのだろうか、という疑問を胸に抱き、私と栗山・Mattの3人はカリフォルニア州南部の都市、サンデイエゴに滞在して、海岸近くの乾燥低木林から、カシ林、針葉樹林、砂漠などでトカゲ探しを行いました。確かにカリフォルニアには赤い尻尾のトカゲ(Plestiodon girberti rubicaudatus)が生息しているのですが、残念ながら今回の野外調査では捕獲することはできませんでした。来年再挑戦し、詳しい解析結果を報告したいと思います。
栗山君は伊豆諸島に生息する青い尻尾のトカゲ(Plestiodon latiscutatus)の研究をしています。尻尾の色素細胞の組成を調べた結果、色素細胞の一種、虹色素胞の中には反射小板というグアニンの結晶構造があり、虹色素胞と黒色素胞の組み合わせが青色を発色させていること、胴体の虹色素胞と尾の虹色素胞では反射小板の厚みが異なり、尾の方が短い波長の光を反射する(だから青く見える)こと、を突き止めました。そんな折り、シマヘビの研究を一緒に行っているIllinois州立大学のポスドク(postdoctral fellow)のShawnVincent君がMatt君を紹介してくれました。メールで情報交換をしているうちに、同じ属のトカゲでも北アメリカには赤い尻尾をもつ種類がいることを教えてもらい、さっそく調べてみようということになったのです。
赤い尻尾のトカゲはどんな色素細胞を持っているのだろうか、という疑問を胸に抱き、私と栗山・Mattの3人はカリフォルニア州南部の都市、サンデイエゴに滞在して、海岸近くの乾燥低木林から、カシ林、針葉樹林、砂漠などでトカゲ探しを行いました。確かにカリフォルニアには赤い尻尾のトカゲ(Plestiodon girberti rubicaudatus)が生息しているのですが、残念ながら今回の野外調査では捕獲することはできませんでした。来年再挑戦し、詳しい解析結果を報告したいと思います。

尻尾の青いオカダトカゲの幼体
伊豆諸島は爬虫類研究のメッカ
今年6月にはMattとShawnと一緒に、伊豆諸島で野外調査を行います。Mattの研究テーマは分子マーカーを用いたトカゲ属の系統分類と生物地理で、すでに東アジア、北アメリカ、中央アメリカなど世界中のトカゲの遺伝的解析を行っています。一方、Shawnはヘビの食性と機能形態学を専門とし、ヘビの進化を種間比較、種内変異に注目して研究を進めており、京都大学のポスドクとして来日し、やはりヘビの研究で長い付き合いの森哲先生の紹介で2006年から伊豆諸島のシマヘビ研究プロジェクトに参加しています。私たちは、共同で伊豆諸島のシマヘビの進化研究を行っているのです。

伊豆諸島、祗苗(タダナエ)島
火山島である伊豆諸島は、本土とごく近い距離にありながら、植物、昆虫、爬虫類、鳥類に、ここでしか見られない固有な種、亜種が生息しています。派手ではないが、進化生態学的に興味深い生物が多い、という点で東洋のガラパゴスの名に恥じない存在であると思うのです。特に爬虫類の生息密度の高さは世界でも指折りで、進化生態学的研究のフィールドとしてのすばらしさは、海外の研究者にも魅力的です。
まず、オカダトカゲの生態に注目してみましょう。伊豆諸島ではオカダトカゲが単独で生息する島(三宅島、八丈小島、青ヶ島)と捕食者のシマヘビが生息する島(大島、利島、新島、式根島、神津島、そして御蔵島に大別されます。シマヘビのいない島々では、オカダトカゲは高い密度で生息し、成熟年齢は遅く、産卵数は少なく大型の卵を産みます。一方、シマヘビのいる島々では、ヘビの密度とトカゲの密度は、場所や年によって増減を繰り返しながら安定しています。ある場所でトカゲの密度が高くなるとヘビがやってきてトカゲの数を減らし、やがて餌の少なくなった環境からヘビはいなくなります。そしてヘビの少なくなった場所では、トカゲの密度が回復するというわけです。このようなサイクルの中で、シマヘビの肥満度や繁殖活動、そして体色も変動していることがわかってきました。
一方、シマヘビの生態も島によって大きく異なります。なかでも神津島の隣にある小さな無人島、祗苗島のシマヘビは特別です。私は1984年6月以来の長期個体群研究を続け、祗苗島に生息するシマヘビの巨大化が長寿命(30-40年)と良好な成長に支えられていることを明らかにしました。わずか1kmしか離れていない神津島では、その寿命は15年と推定され、祗苗島の約半分にすぎません。これまでにも、島に住むヘビが本土の同種集団に較べて大型化したり、小型化する現象は世界各地の島々から知られていましたが、大型化が寿命の延長と成長の改善によって達成されていることを明らかにしたのは、私たちの研究が初めてです。共同研究では、こうした変化が環境の違いによる可塑的な変化なのか、それとも遺伝的な変化を伴った適応進化なのかを明らかにしようとしています。
まず、オカダトカゲの生態に注目してみましょう。伊豆諸島ではオカダトカゲが単独で生息する島(三宅島、八丈小島、青ヶ島)と捕食者のシマヘビが生息する島(大島、利島、新島、式根島、神津島、そして御蔵島に大別されます。シマヘビのいない島々では、オカダトカゲは高い密度で生息し、成熟年齢は遅く、産卵数は少なく大型の卵を産みます。一方、シマヘビのいる島々では、ヘビの密度とトカゲの密度は、場所や年によって増減を繰り返しながら安定しています。ある場所でトカゲの密度が高くなるとヘビがやってきてトカゲの数を減らし、やがて餌の少なくなった環境からヘビはいなくなります。そしてヘビの少なくなった場所では、トカゲの密度が回復するというわけです。このようなサイクルの中で、シマヘビの肥満度や繁殖活動、そして体色も変動していることがわかってきました。
一方、シマヘビの生態も島によって大きく異なります。なかでも神津島の隣にある小さな無人島、祗苗島のシマヘビは特別です。私は1984年6月以来の長期個体群研究を続け、祗苗島に生息するシマヘビの巨大化が長寿命(30-40年)と良好な成長に支えられていることを明らかにしました。わずか1kmしか離れていない神津島では、その寿命は15年と推定され、祗苗島の約半分にすぎません。これまでにも、島に住むヘビが本土の同種集団に較べて大型化したり、小型化する現象は世界各地の島々から知られていましたが、大型化が寿命の延長と成長の改善によって達成されていることを明らかにしたのは、私たちの研究が初めてです。共同研究では、こうした変化が環境の違いによる可塑的な変化なのか、それとも遺伝的な変化を伴った適応進化なのかを明らかにしようとしています。

祗苗島(左)と神津島(右)のシマヘビ
さて、シマヘビやオカダトカゲは、それぞれどんな手段でいつごろ伊豆諸島の島々に住み着いたのでしょうか。この問題は、日本本土の祖先集団と伊豆諸島の子孫集団の遺伝子組成を比較し、両者が分かれてからの経過時間を推定することによって解くことが出来るはずです。伊豆諸島の生物群集は、その大半が本州からやってきた種類によって構成されているため、祖先と子孫の集団を見極めるのはそれほど難しくはありません。そのため、島の生物相の成立過程とその後の進化を明らかにすることを目的とした研究にとって、伊豆諸島は大変好都合なフィールドなのです。
栗山君やMatt君たちとUC Berkely校で行ったシマヘビの遺伝子研究、そして、現在京都大学の系統学教室によって行われている日本列島全体の解析によって、私たちは伊豆諸島に生息するシマヘビの集団が1つの単系統群群を形成するのか、それとも複数の本土集団から独立して移住し、派生したのかを判断しようとしています。すでにオカダトカゲはニホントカゲの姉妹種で伊豆諸島と伊豆半島の集団が1つの単系統群を形成していることが明らかにされています。そこで、シマヘビの伊豆諸島集団が異なる本土集団から派生した多系統群であるならば、オカダトカゲしかいなかった島々に後からシマヘビが独立に住み着いた、とのシナリオが支持されます。逆に伊豆諸島全体でシマヘビが単系統性を示せば、オカダトカゲとシマヘビが最初から共存し、現在オカダトカゲしかいない島はシマヘビの絶滅によって生じたとするシナリオが支持します。トカゲとヘビがどんな進化過程を経てきたのかを遺伝的に推定し、現在見られる生態、行動の地理的変異の成立過程を推定しようという目論見です。
伊豆諸島が生物進化と生態学の研究対象として、世界中の若い研究者が注目してくれるように、伊豆諸島から国際的な研究成果を発信することを誓って、今回の共同研究を進めていきます。新たな発見が見つかったらまたこの場で紹介したいと思います。
栗山君やMatt君たちとUC Berkely校で行ったシマヘビの遺伝子研究、そして、現在京都大学の系統学教室によって行われている日本列島全体の解析によって、私たちは伊豆諸島に生息するシマヘビの集団が1つの単系統群群を形成するのか、それとも複数の本土集団から独立して移住し、派生したのかを判断しようとしています。すでにオカダトカゲはニホントカゲの姉妹種で伊豆諸島と伊豆半島の集団が1つの単系統群を形成していることが明らかにされています。そこで、シマヘビの伊豆諸島集団が異なる本土集団から派生した多系統群であるならば、オカダトカゲしかいなかった島々に後からシマヘビが独立に住み着いた、とのシナリオが支持されます。逆に伊豆諸島全体でシマヘビが単系統性を示せば、オカダトカゲとシマヘビが最初から共存し、現在オカダトカゲしかいない島はシマヘビの絶滅によって生じたとするシナリオが支持します。トカゲとヘビがどんな進化過程を経てきたのかを遺伝的に推定し、現在見られる生態、行動の地理的変異の成立過程を推定しようという目論見です。
伊豆諸島が生物進化と生態学の研究対象として、世界中の若い研究者が注目してくれるように、伊豆諸島から国際的な研究成果を発信することを誓って、今回の共同研究を進めていきます。新たな発見が見つかったらまたこの場で紹介したいと思います。
(地理生態学研究室 長谷川雅美)