恐竜を見ていた動物
この動物を知っていますか?
カブトガニと答えた方は実際の大きさはいかがでしょう。岡山県笠岡近辺の方や、九州伊万里湾の近くにお住まいの方はおわかりでしょうが、結構大きな動物です。写真は雌の成体ですが、丸い本体の直径25~30cm位、尻尾の長さもそれぐらいあります。節足動物としては、かなり大きい方でしょう。海の中でゆっくりと泳ぐか、海底を歩くかして過ごし、干潟に卵を産みますが、沿岸開発が進んでいる日本では、大分生きにくくなっているようです。
カブトガニは生きている化石として有名で、ジュラ紀に今とほとんど同じ形態のものが生きていたことが、化石からわかっています。水の中から恐竜を見ていたことでしょう。笠岡市にあるカブトガニ博物館では、ジュラ紀の小型恐竜とカブトガニを同じ風景の中に展示していました。身を守る武器を持たず、逃げ足もあまり早くなさそうなカブトガニは、たしかに小型の肉食恐竜には手ごろな獲物だったかもしれません。それでも結果的には恐竜は滅び、カブトガニは生き残りました。もしカブトガニが近い将来に絶滅したら、原因を作った人間は、肉食恐竜よりも貪欲だったということになるかも知れません。
カブトガニの中腸腺
カニと名前がついていますが、実際にはクモの仲間(狭角亜門 Chelicerata)です。そのせいか、クモを愛し研究している研究者がカブトガニに興味を持ち、集まってカブトガニを調べるグループができました。現在も研究を引き継いでいます。私もカブトガニの中腸腺とよばれる臓器の構造を観察しました。これがえらい大きな臓器で、複雑に枝分かれしていて大変。でも何か大事な働きをしているらしい。消化に関係している可能性もあるので、消化酵素を調べてみることにしました。
中腸腺をすりつぶして、遊離してきた酵素を調べてもいいのですが、それだとたくさんのカブトガニを殺さなければなりません。カブトガニから少しだけ中腸腺を分けていただいて、薄い切片を作り、顕微鏡で酵素活性がある部分を探しました。すると酵素を盛んに分泌している細胞が、中腸腺の中に見つかりました。下の写真左は、組織を染めていないのでわかりにくいですが、赤く見える部分がリパーゼと思われる酵素を含む顆粒です。三角形の細胞の中に、ぎっしりとつまっています。写真右は別な処理の仕方をしたもので、この酵素を含む顆粒が青黒く染まっています。
中腸腺をすりつぶして、遊離してきた酵素を調べてもいいのですが、それだとたくさんのカブトガニを殺さなければなりません。カブトガニから少しだけ中腸腺を分けていただいて、薄い切片を作り、顕微鏡で酵素活性がある部分を探しました。すると酵素を盛んに分泌している細胞が、中腸腺の中に見つかりました。下の写真左は、組織を染めていないのでわかりにくいですが、赤く見える部分がリパーゼと思われる酵素を含む顆粒です。三角形の細胞の中に、ぎっしりとつまっています。写真右は別な処理の仕方をしたもので、この酵素を含む顆粒が青黒く染まっています。
リムルス テスト
この研究の最中にはどうしてもカブトガニの血液が手につきます。手についた血液は、はじめはさらっとしていますが、だんだんゼリーか寒天のようにぶよぶよしてきます。これは手についた細菌(グラム陰性菌)の内毒素に反応して、血液が凝固したもので、「グラム陰性菌の内毒素の検出に利用できるんじゃないか」ということに気がつきました。そこで日米でカブトガニの血液の研究が始まりました。内毒素の検出法の先鞭を担ったリムルス テストLimulus testは、こうして生まれたのです。アメリカ産のカブトガニの学名Limulusから名付けられましたが、日本で先に見つけていたら日本産カブトガニTachypleusの学名をとってタキプリュウス テストになっていたでしょう。
今では医療や食品汚染の検出など広く使われていますので、カブトガニの血液の需要がとても多くなってきました。実際には生きたカブトガニの尻尾から採血した後、また海に返しています。病気の人たちのためにわれわれは献血しますが、内毒素の検出のために「生きている化石」のカブトガニから献血してもらっています。
ちなみにカブトガニの血液は、ヘモシアニンを含んで青い色をしています。あざやかな青ではなく、すこしくすんだ水色といった色です。欧米の人は、高貴な方のことを指して青い血を持つと言いますが、この表現を見るといつもカブトガニを思い出します。
(発生生理学研究室 谷本さとみ)