理学部生物学科

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両生類は魔弾の射手

 2017年7月の生物学の新知識では、これまでとは少し趣向を変え、2016年12月に行われた日本比較内分泌学会のシンポジウム「内分泌から見た生物学の不思議」において、私(岩室)が発表しました「魔弾の射手 両生類の先天的防御機構」という講演の内容を、HP用に少々アレンジし、ご紹介することといたしました。
 このシンポジウムは、同学会の会員たちが編集委員を務め、裳華房社から発行された「ホルモンから見た生命現象と進化シリーズ」(全7巻)の刊行を記念して、2016年の12月に行われました。私は第7巻「生体防御・社会性」の執筆陣の代表として発表する機会をいただきました。学会のシンポジウムって、どんな話をするのだろう?そう思っていらっしゃる方々に、ささやかながらそのさわりを感じていただければ、幸いです。
 近年、学会での口頭発表のほとんどが、講演者のコンピュータ上の画面をプロジェクターで投影しながら行われています。様々なプレゼンテーションツールによるスライド上映に加え、動画も上映することができます。本稿も発表時に使用したスライドと発表原稿をベースに、話を進めていくことにいたします。スライドの図は意図的に画質を落としてありますが、ご了承ください。それでは、前置きはこのくらいにして、「魔弾の射手 両生類の先天的防御機構」の再現です。

魔弾の射手 両生類の先天的防御機構

01)東邦大学の岩室です。本日はこのような発表の機会を頂戴しましたこと、オーガナイザーの先生方(北里大学の高橋明義先生、新潟大学の安東宏徳先生)にお礼申し上げます。「内分泌現象から見た生物の不思議7 生体防御・社会性」の第12章を執筆させていただいたことから、この場に登場しております。堅苦しいのは苦手ですので、どうぞリラックスしてお聞きください。

02)発表のタイトルは「魔弾の射手(まだんのしゃしゅ)」としました。ご存知の方も多いかと思いますが、「魔弾の射手」はドイツのウェーバーが作曲した全3幕のオペラのことで、ドイツの民間伝説に登場する、意のままに命中する弾をもつ射手のお話です。本日は、この「意のままに命中する弾」を抗菌ペプチドに、その射手を両生類に見立てて、お話をします。余談ですが、 ハンガリーの切手で、魔弾の射手を描いているものがあります。

03)本日はこのような内容で話を進めていきます。オペラにならって三部構成になっております。

04)続いて、お話のなかに登場するものたちです。

第一幕:魔弾とは

05)では、本題に入ります。第一幕は、魔弾とはどういうものか、お話しします。

06)魔弾、すなわち抗菌ペプチドは、種々の細菌やカビなどの真菌類に対して広範囲に作用し、殺菌もしくは増殖抑制(静菌といいます)の効果を示します。 微生物から昆虫、魚類や哺乳類まで、広く、多くの生物種に存在する先天的防御機構で、もちろん私たち人間にも存在します。抗菌ペプチドの 遺伝子発現は全身的に検出できますが、両生類では特に皮膚で強く発現していて、ペプチドレベルでも大量に存在します。 “抗菌ペプチド特有”のアミノ酸配列は特にありませんが、たいていは十〜数十アミノ酸残基から構成され、疎水性アミノ酸であるLeuやIleを含む一方、水にも脂質にも馴染みやすい両親媒性であるとともに、塩基性アミノ酸であるLysやArgを含むため、正電荷を帯びている、という共通性があります。

07)抗菌ペプチド研究の歴史を少々お話しします。最初に見つかったのは土壌細菌バチルスのグラミシジンでした。その後、いろいろな生物から見つかり、両生類ではキバラスズガエルの皮膚から見つかったbombininが最初のようです。そして、抗菌ペプチドの存在を一躍有名にしたのは、アメリカのMichael Zasloffにより単離されたmagaininでした。これをきっかけに、両生類は抗菌ペプチドの探索源の花形役者となりました。

08)次に抗菌作用のメカニズムを説明します。抗菌ペプチドの多くは、水溶液中では水にも脂質にも馴染む両親媒性の二次構造をとります。この二次構造が重要で、親水面で細菌細胞膜と結合して膜を覆った後にくびりとったり(カーペットモデル)、疎水面が細胞膜内の脂質と結合することにより細菌の細胞内に入り込んだり(樽型モデル)、あるいは膜を曲げることで穴をあけ(トロイダルポアモデル)、細菌細胞の内容物を流出させることで抗菌活性を示すと考えられています。

第二幕:両生類は魔弾の射手

09)続いて第二幕、両生類とその抗菌ペプチドのお話をします。

10)まず、どうして両生類が抗菌ペプチドの探索源として好まれるか、その理由を説明します。両生類の生息環境には水も土もあります。微生物は水中にも土中にも存在していますので、どちらか一方の環境中に生息している生物よりも、皮膚や消化管上皮を介して微生物と接する機会が非常に多くなります。また、両生類は世界各地で多様な種分化を遂げていて、しかもそれぞれの種が複数類独自の抗菌ペプチドをもっています。さらに、両生類の皮膚は大きく回収しやすいうえに、注射によって皮膚からの分泌を誘導すれば、希少種からもその個体を殺さずに体表から抗菌ペプチドを回収することができます。これら様々な理由から、両生類は抗菌ペプチド研究に好まれています。

11)抗菌ペプチドの代表格として有名なのは、ディフェンシンとカセリシジンの2つです。東京書籍の生物基礎の教科書では、ディフェンシンが太字で紹介されていますので、お持ちの方は広げてみてください。ディフェンシンもカセリシジンも広範囲の生物種に存在しますが、両生類ではどちらも非常にマイナーな存在で、その気になって探してやっと見つかった、というのが現状です。その代わりに、両生類は独自の抗菌ペプチドシステムを発達させています。

12)世界中に広く分布するアカガエル科について、その抗菌ペプチドの特徴をまとめてみました。大別すると、ペプチド分子の中に1個のジスルフィド結合をもつタイプのものと、C末端がアミド化したタイプとに分けられます。また、抗菌ペプチドの名称ですが、多くの場合、そのペプチドが最初に得られたカエルの種小名に由来して付けられます。例えばTemporinはヨーロッパアカガエル(Rana temporaria)に由来します。同様に、brevinin-1とbrevinin-2はトノサマガエル(Rana brevipoda)に、japonicin-1とjaponicin-2はニホンアカガエル(Rana japonica)に、それぞれ由来します。

13)先ほど紹介しましたディフェンシンもカセリシジンも、またアカガエル科の抗菌ペプチドも、いずれも前駆体タンパク質からプロセシングと翻訳後修飾を経て生じます。前駆体の構造はそれぞれのペプチドファミリーで独自のものをもっています。両生類の前駆体タンパク質の場合は、シグナルペプチド(Signal peptide)領域、介在配列(Intervening sequence)領域、そして抗菌ペプチド(Antimicrobial peptide)領域の3つからなります。塩基配列レベルでもアミノ酸配列レベルでも、シグナルペプチド領域はいろいろな抗菌ペプチドファミリーにおいて非常に高い保存性を維持している一方、抗菌ペプチド領域で激しく変異しています。介在配列領域では、temporinやbrevininなど、それぞれのファミリー内においては保存性が高く、また3′-UTRの塩基配列も各ファミリーに特徴があります。このような性質を利用すれば、RT-PCRで容易に抗菌ペプチド前駆体のcDNAを増幅することができます。

14)次に、カエルの皮膚のどこで抗菌ペプチドが作られているかを説明します。カエルの皮膚には皮膚腺と呼ばれる、たくさんの分泌腺があります。しかし、ご覧のとおり、カエルの種によって皮膚腺構造も多様で、形や内容物もそれぞれ異なります。この皮膚腺の多様性も抗菌ペプチドの多様性に関係があるのかもしれません。

15)続いて、魔弾を操る物質についてお話しします。変態前の両生類、つまりオタマジャクシの頃は皮膚構造が薄くて柔らかく、抗菌ペプチドをつくる皮膚腺も未発達ですが、変態が進み、成体(カエル)に近づくにつれて、皮膚腺も発達します。そこで、卵から育てたヤマアカガエルについて、適当な発生段階ごとに皮膚を採取し、抗菌ペプチドの遺伝子発現の変化を調べてみることにしました。ターゲットの遺伝子には、両生類の抗菌ペプチドの代表的存在であるtemporinを選びました。その結果、折れ線グラフに示すように、変態の進行と抗菌ペプド遺伝子の発現には強い関連性があることがわかりました。両生類の変態は甲状腺ホルモンによりコントロールされていますので、今度は甲状腺ホルモン(チロキシン、T4)を含む飼育水で飼育した成体の皮膚におけるtemporinの発現量を測定したところ、甲状腺ホルモン処理でその発現が有意に増加していることがわかりました。

16)抗菌ペプチドと甲状腺ホルモンは密接に関係していることがわかりましたので、もう一押ししてみることにしました。プラスチックの可塑剤として知られているビスフェノールA (BPA)には顕著な甲状腺ホルモン受容体に対するアンタゴニスト作用が知られています(いわゆる内分泌撹乱化学物質の一種です)。そこでタゴガエル成体を甲状腺ホルモン(トリヨードチロニン、T3)やビスフェノールAで処理したところ、ビスフェノールAにより甲状腺ホルモン依存的なTemporinの発現が抑制されることがわかりました。

17)両生類の抗菌ペプチドは、皮膚以外に消化管からも見つかっていました。しかしそれ以外の器官はあまり目を向けられていなかったこともあり、器官ごとのmRNAの発現状況を、RT-PCRで検証してみました。すると、ペプチドによってはほぼすべての器官で遺伝子発現しているものがありました。面白いことに、脳のように微生物とは直接接触することのないような器官でも発現しており、抗菌作用以外の別の作用があるのではないか、という考えが浮かんできました。スライドはオキタゴガエルを例にしていますが、同じような発現パターンをタゴガエルやナガレタゴガエル、ニホンアカガエルなどでも検出しています。

18)皮膚以外の抗菌ペプチドのことに目が行き始めた頃、ハーダー腺(HG)にも抗菌ペプチドがあるかもしれないから探ってみろ、という天の声が聞こえました(天の声の主は、シンポジウムの会場にいらした私の恩師・菊山榮先生です)。ハーダー腺とは四足動物の眼窩にある外分泌腺で、分泌液により眼の潤滑を行うほか、ラットではフェロモンを分泌するなど、いろいろな機能が報告されていますが、抗菌ペプチドの存在については誰も報告していませんでした。

19)そこで、ウシガエルを対象に、皮膚・脳・ハーダー腺から抗菌ペプチド前駆体のcDNAクローニングを行ったところ、3つの器官に共通するクローンをいくつか得ました。

20)得られたクローンのうち、私たちが最も興味をもったのは、catesbeianalctin、略してCBLというペプチドをコードするものでした。というのも、cDNAクローニングで得られた配列をデータベースで検索したとき、既知の配列がヒットし、catesbeianalectinという名前で中国のグループが登録していたからです。しかし、この名称を文献検索にかけても、論文は全くヒットしませんでした。また、ウシガエルの皮膚を用いた抗菌ペプドの単離に関する論文が数本あるにも関わらず、CBLが得られていないことも不思議でした。そういうわけでCBLの機能を探索することとしました。その際、皮膚・脳・HGに共通する要素として、マスト細胞の存在に注目しました。

第三幕:魔弾の威力

21)では、実際に抗菌ペプチドがどのような活性をもっているかをご紹介します。

22)まずは抗菌活性の測定です。ほぼ同じ菌数を含む懸濁液にペプチドを加えて培養し、菌液の濃度を測定する方法(微量液体希釈法)を用いました。その結果、グラム陰性菌である大腸菌に対して弱い抗菌活性がありましたが、グラム陽性菌である黄色ブドウ球菌には効果が検出できませんでした。また、大腸菌とCBLを1時間反応させてから寒天培地にまいたところ、菌が生えてきましたので、その作用は静菌型あるいは弱い殺菌型であることが示されました。

23)次は、CBLにその名のとおりレクチン活性があるのかどうかを検証した結果です。レクチンは、「免疫反応産物以外の糖結合性のタンパク質または糖タンパク質で、細胞または複合糖質を沈降させ、動・植物細胞を凝集することができ、凝集は単糖またはオリゴ糖により特異的に阻止される。」と定義されています。レクチンの代表的な活性測定法に赤血球の凝集作用がありますので、市販されている馬の保存血を使って検証しました。図のように、スライドガラス上でCBLを血液に添加し、顕微鏡で観察したところ、赤血球が凝集し、部分的に透明なゾーンが生じたのが観察されました。このとき、グルコースやNアセチルグルコサミン(GlcNAc)を添加したところ、その濃度に依存して赤血球の凝集が妨げられたことから、レクチン様の活性があることが示されました。

24)続いて、細菌の細胞表面にも多糖類が多くありますので、CBLによる菌の凝集を調べてみました。事前にCTCという蛍光物質を大腸菌に取り込ませおいてから、CBLを作用させたところ、大腸菌細胞が凝集することがわかりました。また、黄色ブドウ球菌培養液にCBLを加えてしばらくおいたものをグラム染色することでも凝集を検出することができました。CBLのもつ菌の増殖抑制効果はあまり強くありませんが、体内に侵入して来ようとする菌を凝集させて1箇所に集め、自身で攻撃する、あるいは他の抗菌ペプチドで攻撃する、といったことが考えられます。

25)続いてマスト細胞に対する作用を検証してみました。皮膚や脳、ハーダー腺にはいずれもマスト細胞が散見されることや、cathelicidinなど他の抗菌ペプチドがマスト細胞に作用することが知られています。マスト細胞といえば脱顆粒することが有名ですので、CBLにその作用があるかを調べました。その結果、NAGというマスト細胞の顆粒内の成分が培養液中に放出されたことから、CBLには脱顆粒作用があることがわかりました。

26)続いて、マスト細胞を誘引する作用があるかどうかも調べてみました。これも一般的によく用いられる方法で、小さな穴のあいたメンブレンのついた培養皿を、CBLを含む培養液の入ったひとまわり大きい培養皿に重ねて入れたとき、細胞誘引作用があればメンブレンの穴を細胞が通り抜けという原理を利用しています。この実験では、図のように、釣鐘型のグラフが描けました。これは細胞遊走物質の作用を示すグラフの典型的な形と同じです。

終幕:魔弾についてのまとめと使い途

27)では、まとめです。両生類の皮膚は抗菌ペプチドの単離源として非常にすぐれています。その遺伝子発現は甲状腺ホルモンで促進されます。 抗菌ペプチドは、直接菌に作用することもあれば、間接的に抗菌作用を示すこともわかりました。さらに、 その作用は抗菌だけでなく、もっと広い意味で生体防御に関わっているので、生体防御ペプチドと呼ばれるようになっています。

28)最後に、本の宣伝です。学校関係者の方々はぜひとも教科書としてご採択ください。全7巻のシリーズですが、私も書いている第7巻だけで構いません。1家に1冊、図書館に10冊、よろしくお願いいたします。以上、御清聴をいただき、誠に有難うございました。

あとがき

 学会シンポジウムでの講演の再現、いかがだったでしょうか?なお、実際の講演は、埼玉大学理学部の小林哲也先生との共同発表という形をとっており、本稿の形態で研究成果を紹介することについて、ご快諾をいただいています。また、当日は私が最後の講演者でしたので、発表時間が押していたこともあり、早口の私がさらに1.5倍速、まさにマシンガントークとなりました。(本稿では割愛していますが)お笑いネタも随所に仕込んであり、「あの人、落研出身?」というささやき声まで聞こえる始末でした(違います!)。本稿をお読みいただき、「面白いなあ」と思っていただければ、嬉しいこと、この上ありません。
 なお、今回紹介しました実験結果は、いずれも当生体調節学研究室に所属した学生たちが卒業研究において得たデータに基づくものであることを付記しておきます。

引用文献

  1. 岩室祥一,比較内分泌学第35巻133号,71-92ページ,2009年5月.
  2. Ohnuma A, Conlon JM, Iwamuro S. Annals NY Acad Sci 1163, 494–496, 2009.
  3. Ohnuma A, Conlon JM, Kawasaki H, Iwamuro S. Gen Comp Endocrinol 146, 242–250, 2006.
  4. Tazato S, Conlon JM, Iwamuro S. Peptides 31, 1480–1487, 2010.
  5. Hasunuma I, Iwamuro S. Kobayashi T, Shirama K, Conlon JM, Kikuyama S. Comp Biochem Phys C Toxicol Pharmacol 152, 301–305, 2010.
  6. Konishi Y, Iwamuro S, Hasunuma I, Kobayashi T, Kikuyama S. Zool Sci 30, 185–191, 2013.
  7. 岩室祥一,小林哲也.「ホルモンから見た生命現象と進化」シリーズ第7巻第12章,148–159, 2016.

生体調節学研究室 岩室祥一

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