理学部生物学科

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タンパク質性下垂体ホルモンは脳に作用する?-プロラクチンの中枢神経系への作用を例に-

はじめに

 今回は、下垂体前葉ホルモンの一つであるプロラクチンに焦点をあて、このホルモンの特徴を紹介しつつ、脳への作用についてこれまでの研究背景や、現在の知見、まだ明らかにされていない点などをまとめてみたいと思います。プロラクチンは哺乳類で乳汁の分泌や乳腺の発達を促すという生理作用が最も有名ですが、これらは多くのプロラクチンの生理作用のごく一部にすぎません。中でも、古くより脳への作用が注目されてきました。プロラクチンはおよそ200アミノ酸残基からなる分子量約22,000の分子です。ここで疑問となるのが、分子量22,000ほどの分子が脳の中に入り込めるのだろうか、ということです。脳には血液脳関門(blood-brain barrier)および血液脳脊髄液関門(blood-cerebrospinal fluid barrier)があり、血液中の物質は自由に脳の中に入り込むことはできません。一方で、脳で必要な物質は選択的に取り込まれることになりますが、物質により脳の中に入り込む特別なシステムが必要となります。ではプロラクチンの場合はどうなのでしょうか?プロラクチンが脳の中に入り込むことをどのように証明したのか、またどのようなシステムにより脳の中へ運び込まれるのか、その研究の経緯や、現状についてその一旦を紹介できればと思います。

プロラクチンとは?

 まずはプロラクチンとはどのようなホルモンなのかもう少し詳しく説明しましょう。私が高校生の時(1990年代中盤)には、まだ生物の教科書には乳汁の分泌や乳腺の発達を促す「泌乳刺激ホルモン」という名前でかろうじて紹介されていましたが、残念ながら現在の高校生物の教科書では、ほとんど紹介されていないようです。プロラクチンの研究の歴史は古く、1928年にはウサギの下垂体前葉には母乳分泌を促す物質があるとして、その存在が報告されています(文献1)。ホルモンという語の提唱につながったセクレチンの発見が1902年ですから、プロラクチンはホルモン研究の歴史上、比較的初期に見つかったホルモンの一つと言えます。

 プロラクチンは確かに上述の機能が有名ですが、実はプロラクチンの最大の特徴は何といってもその生理作用の多様さが挙げられます。プロラクチン以外の下垂体前葉ホルモンは、生体内の他の内分泌器官からホルモンを放出させることが主要な機能となっています。例えば甲状腺刺激ホルモンは甲状腺からの甲状腺ホルモン、生殖腺刺激ホルモンは生殖腺からの性ステロイドホルモン、副腎皮質刺激ホルモンは副腎皮質からの糖質コルチコイド、というように下垂体前葉ホルモンがその他のホルモンの分泌を制御しているわけですが、プロラクチンはその他のホルモンの放出を調節することが主たる機能ではありません。少々古い総説となりますが、P.A. Kellyの研究グループにより、PRLは大きく6つの主要な機能を有すると述べられています。列挙しますと、1) 水分および電解質の調節、2) 成長および発生の制御、3) 内分泌および代謝の制御、4) 脳および行動の制御、5) 生殖の制御、6) 免疫反応および生体防御、となっています(文献2)。これほど多くの機能を有する下垂体ホルモンは他にはありません。既にこれらに関連した数百にのぼる生理作用が報告されています。本稿では特に4)に着目することになります。

プロラクチンの脳への作用

 プロラクチンは他の下垂体前葉ホルモンと比較して、脳への作用について古くから着目されていました。というのも、齧歯目等の研究で、雌へのプロラクチン投与が母性行動(仔を養育する行動)を誘起することや、脳へのプロラクチンの投与が、下垂体からのプロラクチン自身の放出を抑制するという現象が見られたからです。

 前者の母性行動については、性ステロイドホルモンとの協調が必要ですが、脳内にプロラクチンを投与することで、母性行動を起こしやすくなることが示されています(文献3)。実際、妊娠後期から授乳期にはプロラクチンの血液中の濃度は高く、これは前出の通り、母乳の産生や乳腺の発達に効果があるわけですが、同時に脳にも作用し、行動を制御している、ということになります。

 下垂体前葉ホルモンは、視床下部ホルモンによってその分泌が制御されています。プロラクチンについても同様にその分泌には視床下部ホルモンが関わっており、その主要な因子としてドーパミンが挙げられます。ドーパミンはプロラクチン放出抑制因子として知られています。プロラクチンの脳への投与でプロラクチン自身の放出が抑制される、ということはプロラクチンが視床下部のドーパミンニューロンに働きかけてドーパミンの放出を促し、プロラクチンの放出を抑えるという、負のフィードバックが働いていることを示しています。間脳視床下部、下垂体、末梢内分泌器官を結ぶ系には図1Aのように超短環フィードバック、短環フィードバック、長環フィードバックの3種類のフィードバック経路が知られていますが、プロラクチン放出制御の場合、短環フィードバックが重要と考えられています(図1B)(文献4)。
図1 視床下部ホルモンを中心にした階層的フィードバック機構

Aは視床下部、下垂体前葉、末梢内分泌器官が関連するフィードバック機構の模式図。Bはプロラクチンの分泌制御に着目した模式図。
 現在までに齧歯目において、脳内のプロラクチン受容体の詳細な発現分布について報告されています。母性行動の発現については間脳視床下部の一部である内側視索前野が重要な部位と考えられていますが,この部位にもプロラクチン受容体の発現が観察されます。また、プロラクチン分泌制御に関わる視床下部の隆起漏斗路のドーパミンニューロンにもプロラクチン受容体の発現が確認されています(文献5, 6)。

 以上2点のプロラクチンの作用については、研究の歴史も長く、多くの論文がこれまでに発表されています。近年哺乳類では、ストレス応答や脳内で新しい神経が作り出される現象にプロラクチンが関与するという新しい作用についても研究が展開されています(文献7, 8)。比較内分泌学的観点での研究となりますと、両生類では(後述しますが)有尾両生類アカハライモリ雄が、繁殖期に雌に対して示す求愛行動の発現にプロラクチンが関わっていることが明らかにされており、この作用はプロラクチンの脳への作用に由来することも証明されています(文献9)。

プロラクチンが脳内に入り込むメカニズム

 哺乳類ではプロラクチンが脳内に入り込むことが実験的に証明されています。例えば、アカゲザルを用いた研究によると、脳脊髄液中にプロラクチンが存在すること、血液中のプロラクチン濃度を上昇させると、脳脊髄液中のプロラクチン濃度も上昇する現象が捉えられています(文献10)。齧歯目を用いた研究で、放射性同位元素で標識したプロラクチンを末梢の静脈に注射し、一定時間後に脳脊髄液を採取すると、標識されたプロラクチンが検出された、という事例も一つの証明といえるでしょう。また、放射性同位元素で標識したプロラクチンに加えて、種々の濃度の未標識プロラクチンを同時に末梢静脈へと注入すると、未標識プロラクチンの量が多いほど、標識されたプロラクチンの脳脊髄液中への取り込みが少なくなる現象が観察されています。これは、競合反応が生じていることを示しており、プロラクチンの脳への取り込みにはプロラクチンと特異的に結合する受容体分子が介在することが想定されました(文献11)。ここで注目されたのが脈絡叢です。脈絡叢は冒頭で述べた血液脳脊髄液関門の形成に重要な役割を果たす器官ですが、末梢静脈に標識プロラクチンを利用した実験により、脈絡叢に高いプロラクチン結合能があることが分かりました。また、同時に未標識プロラクチンを同時に投与すると標識プロラクチンの脈絡叢への結合が抑えられることから、脈絡叢にはプロラクチン受容体が存在し、血液中のプロラクチンはまず脈絡叢上皮細胞に発現するプロラクチン受容体に結合し、脳脊髄液中へ移送される、というメカニズムが想定されています(文献12)。実際に、脈絡叢ではプロラクチン受容体遺伝子が発現していることも後の研究により明らかにされています。

 現在までに、血液中のプロラクチンが脳内まで到達することが証明されている例は哺乳類および鳥類のみです。有尾両生類アカハライモリでもプロラクチンは雄の求愛行動を制御するホルモンの一つであり、上述のようにプロラクチンの脳への作用によるものであると証明されています。実際に、プロラクチン受容体がイモリ脳に発現していることも確認しています。ここでやはり特筆すべきは、イモリでも脈絡叢にプロラクチン受容体が高レベルで発現していることです(図2)。血液中のプロラクチンがイモリ脳内にも取り込まれるのかということについて現状直接的な証明はありませんが、哺乳類や鳥類と同様の仕組みで脳内に移送されている可能性はあると考えています。魚類ではまだ脳内でのプロラクチン受容体発現部位の特定が行われていないのでこのメカニズムが脊椎動物に普遍的なものかは未だ不明です。哺乳類や鳥類で採用されてきた手法ではなく、ホルモン活性を失わない蛍光物質を標識化合物として利用する新たな手法を開発できると、小型脊椎動物で個体を生きたままの状態でプロラクチンが脳へ入り込む様子をリアルタイムで観察することも可能かもしれません。

図2 アカハライモリ第三脳室脈絡叢に発現するプロラクチン受容体mRNA
35S標識したRNAプローブを用いたin situ hybridizationの結果を示している。矢印の白いシグナルが第三脳室脈絡叢のプロラクチン受容体mRNAの存在を示している。コントロールであるセンスプローブを用いるとシグナルは消失する。

 なお、脳には脳室周囲器官と呼ばれる部分があり(終板器官、脳弓下器官、正中隆起、最後野など)は、血液脳関門の外側に位置し血液中の物質が直接作用できます。これら部位でも哺乳類においてプロラクチン受容体の発現が確認されていますが、今回の話題では、血液脳関門内の神経核について焦点を当てています。

実験的証明が待たれている課題

①プロラクチンの脳内への移送について
 実際にプロラクチンがプロラクチン受容体を介し、血液中から脳脊髄液中にどのように移送されるのか、細胞レベル、分子レベルでの説明が未だにできない状況です。免疫電顕などを利用すると、プロラクチンが脈絡叢を介して移送される時に、細胞内のどのような構造に存在しているのか、プロラクチン受容体と結合した状態なのか、なども解析できると思いますし、前述のように生きた個体を利用してリアルタイムで観察することも工夫次第でできる可能性があります。

②脳脊髄液中のプロラクチンがどのように神経細胞にアクセスしているか
 これまでのところ、プロラクチンは脈絡叢を介して血液中から脳脊髄液中へと移送されることまでは理解されているのですが、では脳脊髄液中のプロラクチンはどのように神経細胞まで運ばれているのか、実はそのメカニズムがよくわかっていません。脳室近傍の細胞で、突起を脳室面に伸ばしている脳脊髄液接触細胞であれば理解しやすいですが、必ずしもプロラクチン受容体を発現している神経細胞がそのような細胞ではないようです。単純に分子の拡散・浸潤を前提とする可能性もありますが、近年のラットを用いた研究で同じ視床下部の神経核でも低濃度のプロラクチンでも反応する部位や、高濃度でなくては反応しない部位など、プロラクチンに対する反応性が多様であることが分かってきています(文献13)。これは単純に細胞当りの受容体数の違いによる反応性の違いとも考えられますが、この現象を解析することは脳室から離れた部位に存在する細胞にある程度の大きさを持った分子が如何に到達するか、という問題を解明する足がかりとなる可能性があります。

③プロラクチンの脈絡叢への作用
 本稿では脈絡叢はプロラクチンの移送の要としての観点から述べてきましたが、プロラクチンは脈絡叢に対して何らかの別の機能を有している可能性についても考えられます。つまり、脈絡叢の機能は物質の選択的輸送を司るだけでなく、脳脊髄液の主要な産生部位でもあり、プロラクチンが脳脊髄液の組成に影響を与える可能性もあります。

最後に

 今回の話題はプロラクチンという下垂体前葉ホルモンのやや細かい話題でしたが、ホルモンの中枢神経系への作用を考える上では重要な視点となります。また不思議なことに進化的に近縁の分子である成長ホルモンも、脳内に取り込まれることが明らかになっていますが、標識された成長ホルモンの脳内の取り込み率は、未標識成長ホルモンの存在量にさほど影響を受けないことが分かっており、脳内へ取り込まれるメカニズムがプロラクチンとは異なっているのではないかと考えられています(文献14)。ともするとホルモンが脳内でどのような働きをするか、ということに目が行きがちですが、そもそもそこへどのように到達するのかという点は、より根本的な問題として重要な課題と考えられます。

生体調節学研究室:蓮沼至

参考文献
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