理学部生物学科

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ヌタウナギ-二つのゲノムと染色体放出-

 今回の主役は、刺激を受けるとヌタを分泌させ、まわりの海水を瞬時にゼリー状に変えてしまいます。この奇妙な「得意技」を持つ生き物、ヌタウナギ(Eptatretus burgeri)は、「染色体放出」と呼ばれる遺伝的に極めて特異なことを行います。このヌタウナギの不思議については、「生物学の新知識」2007年7月号でも触れました。今回は、ヌタウナギの染色体放出について別誌1)でまとめる機会をいただいたので、この期に「生物学の新知識」でも2007年7月号より少し踏み込んで紹介しましょう。

染色体放出と染色質削減

 著者の恩師、河野晴一先生(現東邦大学名誉教授)が後口動物では初めての事例として、1986年にヌタウナギの染色体放出をCytogenetics and Cell Genetics 誌(現 Cytogenetics and Genome Research 誌)2)に発表されてから、まもなく30年になります。この驚きの発見については、河野先生によって「生物学の新知識」2007年9月号の中でとても慎ましく紹介されています。

 多細胞の高等生物は一般に、からだのどの組織や器官由来でもそれぞれの細胞が持つ染色体数は一定で、核内のDNA量も原則同じです。しかし、幾つかの生物群ではからだを作る体細胞(体細胞系列)と配偶子を作る生殖細胞(生殖細胞系列)の間で、染色体数(やDNA量)が異なることが知られています。これは個体発生の初期の段階で、二つの細胞系列に分化する際に、始原体細胞から染色体やその一部(染色質)が失われることに起因します。そのためこの現象は染色体放出あるいは染色質削減と呼ばれています。この現象は、Boveriによって1887年に線形動物ウマカイチュウ(図1)で初めて報告され、その後、節足動物のケンミジンコやタマバエなどの生物種でも確認されています。しかし、いずれも先口動物の限られた一部の生物種でしか、1980年代当時は見つかっていませんでした3)

図1.ウマカイチュウ(Parascaris univalens)における染色質削減。予定始原生殖細胞から分裂した片方の割球(予定始原体細胞)が次の分裂時に染色質を放出し始原体細胞を生じる。この種では第2卵割から第5卵割までの間に染色質削減が行われ、第5卵割終了時に染色体をそのままの形で保った割球が始原生殖細胞となる。参考文献3)より改変。

 単細胞性の原生動物繊毛虫類に属するテトラヒメナやゾウリムシなどは、細胞内に大核(栄養核)と小核(生殖核)と呼ばれる二つの核を持つことが知られています。大核はその名の通り小核に比べ、DNA量がはるかに大きいですが、実は完全なゲノム・セットを持っているのは小核の方で、小核から大核を作る際にゲノム再編成と呼ばれる一連の工程を踏んで、小核が持つゲノムの一部のみを増幅させています。この工程は、遺伝学的には染色体放出や染色質削減と同義と見なされています。実際の工程は、DNA鎖の断片化と残すDNA断片への末端へのテロメア付加(DNA fragmentation & telomere addition) 、あるいはDNA鎖の一部を切り抜くように削除(Internal DNA deletion)する、2種類の削減を行います。興味深いことに、線形動物が行う染色質削減は前者の、そして節足動物が行う染色質削減は後者の削減方法を選択しています4)。

ヌタウナギの仲間の染色体放出

 さて、今回の主役のヌタウナギですが、不思議な生き物とはいえ後口動物で最も高等な脊椎動物に属します。脊椎動物とは、まさに背中に背骨を持つ動物という意味ですが、顎がある顎口類と、顎が無い無顎類の二つの群に別れ、皆さんが目にする魚類からほ乳類まではすべて顎口類に含まれます。無顎類に含まれる脊椎動物のほとんどは、長い地球の歴史の中で絶滅したと考えられている化石種です。ヌタウナギの仲間、ヌタウナギ目(Myxiniformes; 旧称メクラウナギ目)は、ヤツメウナギの仲間、ヤツメウナギ目(Petromyzontiformes)と共に、この絶滅を免れた唯一の無顎類で、その口器の形から「円口類」と呼ばれています。

図2.ヌタウナギの染色体(中期分裂像)。写真は左列が精母細胞、中央が体細胞、右列が精原細胞の中期分裂像染色体(撮影:中井康晴氏、1987年)。

 前述の1986年の論文の中で河野先生らは、1)ヌタウナギでは染色体放出により体細胞では失われている染色体は16本であること、2)核あたりのDNA量の測定によって、16本の染色体は生殖細胞DNAの約21%を占めること、3)この生殖細胞特異的な16本の染色体は、C-banding と呼ばれる染色体分染法では陽性を示し(いわゆるヘテロクロマチン)、4)減数分裂中の精母細胞染色体では、この16本の染色体は2次対合と呼ばれる独特の形状を示す傾向にあることなども報告されました(図2)。続く日本近海のヌタウナギの仲間3種並びに海外産4種についての染色体観察の結果、染色体数やヘテロクロマチンの分布様式等は種によって異なりますが、どの種においても明らかに生殖細胞は体細胞より多くの染色体を持つこと、また多くの場合生殖細胞特異的な染色体は主にヘテロクロマチンから構成されることが明らかになりました(表1)。これにより、染色体放出はヌタウナギ一種に特異的な現象ではなく、このヌタウナギ目の仲間に共通する現象であることが強く示唆されています5,6)

放出染色体は反復配列のモザイク

 体細胞で失われる染色体に存在するDNAはどのような塩基配列を持っているのでしょうか。ヘテロクロマチンは一般に高頻度反復配列からなると考えられ、線形動物を使った先行研究でも、ブタカイチュウから生殖細胞特異的な高頻度反復配列が見つかっています7)。著者らが最初に単離した生殖細胞特異的な2種類の高頻度反復配列は、ともにムラサキヌタウナギからもたらされました。これをムラサキヌタウナギの放出配列という意味で、Eliminated Element of E. okinoseanus 1、2(EEEo1、2)と名付けました8)。現在までに8種のヌタウナギの仲間から16種類の生殖細胞で特異的に増幅した高頻度反復配列を検出しています。このうちヌタウナギで検出されている反復配列を表2にまとめました。

図3.精母細胞染色体へのFISH解析像。写真は左がヌタウナギの精母細胞中期染色体へ EEEb1 をプローブとした、中央がニュージーランド産E. cirrhatusの精母細胞中期染色体へ EEEo2 をプローブとした、右が台湾産 P. sheni の精母細胞中期染色体へ EEEo2 をプローブとしたFISH解析像で、スケールバーは共に10マイクロメートルを示す。左のヌタウナギの EEEb1 が座する緑色の染色体や、中央のE. cirrhatusのEEEb2 が座する黄色の染色体は体細胞には存在しないが、右の P. sheni では、EEEo2 が座する染色体は黄色の末端部分を切り離して体細胞にも存在する(撮影:左 大沢大樹氏、2014年;中央 後藤友二氏、1995年;右 藤原美香氏、2000年)。

図4.染色体放出様式の分類。図は EEEo2 の分布様式に注目した概略図で、種の和名は表1を参照のこと。E. stoutiiM. garmaniM. glutinosa は載せていない。

 現在までに検出された高頻度反復配列は、どれもその機能については解っていませんが、種に特異的な配列もあれば、種を跨いで複数種に存在するものもあります。更に当初は生殖細胞特異的な高頻度反復配列と報告してきましたが、そのほとんどは体細胞ゲノムにも存在することが解ってきました。生殖細胞ゲノムに比べ体細胞ゲノムにおけるコピー数があまりにも少なかったため、体細胞ゲノムでの存在に気付かなかったのです。例えば、ヌタウナギの生殖細胞特異的な反復配列の中で、一番大きな割合を占める EEEb1(図3左)は、生殖細胞ゲノムの中には550万コピーも存在し、これは放出されるDNA量の1/4以上に相当しますが、体細胞ゲノムでは数百コピーしかなく、またこの配列は他の近縁種からは見つかっていません9)。一方、EEEo2はヌタウナギでは体細胞ゲノムと生殖細胞ゲノムで大きな差は無く、ともに数万コピー程度しか存在しませんが、この配列はヌタウナギ目に広く分布することが解っています。この EEEo2 は上述のように最初にムラサキヌタウナギで見つかった配列ですが、大変興味深い動態を示す配列です。この配列はムラサキヌタウナギやクロヌタウナギ(Paramyxine atami; 旧称クロメクラウナギ)、ニュージーランド産のE. cirrhatusいずれにおいても生殖細胞特異的なヘテロクロマチン化した染色体に分布しています10) (図3中央、図4)。ところが、台湾産のP. sheniでは、このEEEo2 は生殖細胞中の34本の染色体の両末端に存在しますが、体細胞中のこれら34本の染色体上には存在しません(図3右、図4)11)。すなわち、染色体放出時に間違いなく染色体切断が起きていることになります。この切断工程が、上述の「DNA fragmentation & telomere addition」なのか、あるいは「Internal DNA deletion」なのかは、現在までのところ解っていませんが、どちらにせよヌタウナギの仲間も染色体放出は、染色体ごとに失われる以外に、切断機構を兼ね備えていることは明らかです(図5)12)

図5.台湾産 P. sheni の染色体切断の模式図。 図は台湾産 P. sheni の精母細胞中期染色体で EEEo2 が観察された染色体末端部切断についての二つのモデルを表す。左が「DNA fragmentation & telomere addition」、右が「Internal DNA deletion」(モデル作成:小島典子氏、2010年)。

反復配列の海の中に

 反復配列は、一般にヘテロクロマチンに座することが多く、またその機能解析が充分に進まなかったため、ジャンクDNA(がらくた配列)と呼ばれてきました。そのため、ヌタウナギの仲間が持つ生殖細胞特異的な染色体は、「ジャンクの海」との解釈に陥りがちでした。しかし今では機能を持つ反復配列が見つかり始め、反復配列=ジャンクの考えは通じなくなってきています。上記の16種類の反復配列の中でも、転写されていることが明らかな配列も存在します。実際、この16種類の高頻度反復配列以外に、明確な機能を有する遺伝子を著者らは既に見つけています(論文準備中)。

 生殖細胞に特異的に増幅している反復配列の分子進化学的解析等の実験結果から、ヌタウナギ目の染色体放出はヌタウナギ目とヤツメウナギ目の分岐の後に生じた現象と著者らは長年考えてきました。更に著者らはこれまで本邦産のスナヤツメ(Lethenteron reissneri)やカワヤツメ(L. japonicum)を材料に染色体観察を重ねてきましたが、染色体放出現象の明確な証拠は得られませんでした。ところが、北米大西洋岸に生息するヤツメウナギ目の一種ウミヤツメ(Petromyzon marinus)において染色体放出を行っているとの報告が2009年に届きました13)。さらに次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer:NGS)によるウミヤツメの体細胞の全ゲノム・データが、2013年に明らかにされています14)

 真核生物は「体細胞と生殖細胞に分化する」ことで大きくゲノムを進化させてきたと言えます。生殖細胞は万能性や継続性、体細胞は特異性や有限性を担いますが、一般的に両者のゲノムに本質的な差はありません。しかし、この2細胞系列の「分化」を「染色体放出」というダイナミックなゲノム再編成で体現しているのが円口類ヌタウナギ目、そしてヤツメウナギ目です。いわゆるタンパク質をコードしている何らかの遺伝子が生殖細胞特異的な染色体に、反復配列の海に隠れて存在していても、何も不思議はありません。NGSによりヌタウナギの生殖細胞と体細胞の全ゲノムを決定し、両者を比較することで、生殖細胞に特異的なゲノムの中身を網羅的に把握する研究を、既に著者らも進めています。二つのヌタウナギ・ゲノムをまるハダカにして、この仲間が行う染色体放出の抜本的な理解と、更には染色体放出と2細胞系列の「分化」との関わりが明らかされる日はもう間もなくです。

分子・細胞遺伝学研究室:久保田宗一郎

参考文献
1) 後藤友二,久保田宗一郎: 生物工学会誌 93(1), p45 (2015).
2) Kohno, S.et al.: Cytogenet Cell Genet 41, 209 (1986).
3) Tobler, H.: Germline–soma differentiation 13, ed Hennig, W., Springer-Verlag, p.1 (1986).
4) Meyer, E., Chalker, D. L.:Epigenetics, eds Allis, C. D. et al., Cold Spring Harbor Laboratory Press,p.127 (2007).
5) Nakai, Y.et al.: Cytogenet Cell Genet 54, 196 (1991).
6) Nakai, Y.et al.: Chromosome Res 3, 321 (1995).
7) Müller, F., Tobler, H.: Int J Parasitol 30, 391 (2000).
8) Kubota, S. et al.: Chromosoma 102, 163 (1993).
9) Kubota, S. et al.: Genetica 111, 319 (2001).
10) Goto, Y. et al.: Chromosoma 107, 17 (1998).
11) Nabeyama, M. et al.:J Mol Evol 50, 154 (2000)
12) Kojima, N. F.et al.: Chromosome Res 18, 383 (2010).
13) Smith J. J. et al.: PNAS 106, 11212 (2009).
14) Smith J. J. et al.: Nature Genet 45, 415 (2013).

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