粘菌のオーガナイザーと形態形成
形態形成とは?
生物のそれぞれの種が持っている独自の形を形態と言います。その形態が作られる、つまりは、形成される過程のことを形態形成(morphogenesis)と言います。ある高校の教科書では「生物の発生において、固有の形態が生じる過程」と書いてあります。生物が発生をするときには3つの重要な現象を伴います。それらは「細胞の成長(増殖)」と「細胞の分化」、それと「形態形成」です。ガン細胞や人工的に培養している細胞(培養細胞)は「細胞の成長」と「細胞の分化」を伴っていますが、「形態形成」は見られません。ガン細胞はむしろ無制限に増殖するようになってしまったものです。
形態形成にはいろんな過程が含まれ、その1つに「パターン形成」というものがあります。パターン形成とは生物のからだの中で異なっている細胞集団が幾何学的に一定の法則性を持って配置され、その配置のされ方によって模様が形成されることを言います。いろんな生物に見られる体表の模様や体節構造などがこれに相当します。最近では数学や物理学を用いて理論的にパターン形成を導きます試みが盛んになされるようになってきました。実のところ、「形態形成」と「パターン形成」は区別しないで使われることも多く見受けられます。
形成体(オーガナイザー)=発生の初期に重要な働き
1924年にドイツの科学者ハンス・シュペーマン(Hans Spemann)とヒルデ・マンゴールド(Hilde Mangold)は,クシイモリ(図1で青で示す)の初期原腸胚の原口背唇領域(dorsal lip)の部分を切り取り、これを同じ時期のスジイモリ(図1で赤で示す)の胚の他の部分(将来腹側になるところ)したところ、移植片は脊索に分化し、やがて神経管などの分化を誘導して本来の胚(1次胚)とは異なるほぼ完全な2次胚が誘導されることを見出しました(図1)。このとき、切り出された原口背唇領域の部分がオーガナイザーです。このシュペーマンによる「胚発生におけるオーガナイザー作用」の研究は発生生物学の金字塔と呼ばれ、これに対してノーベル生理学・医学賞が与えられました。
図1 オーガナイザーの移植実験による2次胚の誘導 シュペーマンとマンゴールドによって行なわれたイモリ初期胚の原口背唇領域(オーガナイザー)の移植実験の模式図。分かりやすいようにオーガナイザー断片供与体のイモリを青、それを移植される受け取り手のイモリを赤で示してあります。移植されたオーガナイザー(形成体)は本来のオーガナイザーとともに原腸陥入を生じ、それぞれの領域からほぼ正常な胚発生を行ないます。結果として、本来のオーガナイザーに由来する1次胚(赤)の他に移植されたオーガナイザーによって形成された2次胚(青)が出来ます。ただし、実際の実験での2次胚の色は移植片の色(ここでは青色)とは異なり、移植された場所の色(ここでは赤い色)となります。このことは、移植片そのものは変化せずにむしろ周りの細胞に作用を及ぼして2次胚を誘導することを意味しています。
ホメオボック遺伝子はショウジョウバエを使った体節構造を決定する遺伝子群として見つかってきたものです。これらの遺伝子のDNA塩基配列を調べると、共通配列が存在してこの部分をホメオボックスと言います。その後、ヒトやマウスなど他の生物にもホメオボック遺伝子があることが分かってきました。これらの遺伝子に突然変異が起こると、体の一部が別の部分に変わります。これをホメオーシスと呼び名前はこれに由来します。例えば触角が肢に変わるという様な劇的な形態形成の変化を引き起こします。オーガナイザーで機能する遺伝子にはこのようなホメオボック遺伝子が幾つかあるということになります。
細胞性粘菌のオーガナイザー
実のところ、オーガナイザーに相当する細胞がどの細胞(群)でどの時期にオーガナイザーとしての性質を獲得するのかということについてはよく分かっていません。しかし、おおよそどの領域に位置する細胞群がオーガナイザーに相当するかは1940年代に行なわれたRaperによる移動体の時期の移植実験により明らかにされています(図2、文献1)。移動体期の多細胞体では前方のおよそ25%は将来子実体が形成された時には柄に分化するために予定柄細胞、後方のおよそ75%は胞子に分化するので予定胞子細胞と呼ばれます。Raperは1つの移動体の予定柄細胞部分を切り出し、それをもうひとつの移動体の途中(予定胞子細胞の領域)に移植しました。そうすると、移動体は2つに分かれて、やがてそれぞれの2つの移動体はほぼ完全な子実体を形成しました。このことは、移植された予定柄細胞部分のどこかにその後の発生を「ガイド」する活性を持った領域があることを示しています。つまり、予定柄細胞領域のどこかにオーガナイザー活性を持った細胞群が存在することを意味します。予定柄細胞を移植された方の移動体からも子実体が出来たことは、ちょうどイモリにおいて2次胚が誘導されたことと同じことと考えられます。
しかしながら、予定柄細胞の何処にオーガナイザーがあるか、また、オーガナイザーがいつ出現するのかについては詳しいことは分かっていないということを言いました。これらを明らかにするためには、オーガナイザー(と思われる領域)に特異的に発現する遺伝子の転写をモニターしてゆく必要があります。この領域にはさまざまな遺伝子が発現しており、発現する場所、時間、強さがそれぞれ異なっています(図3)。これらのどれがオーガナイザーに相当するのか、あるいは全く別のところに予期せぬ時期に出現するのかを明らかにするのが今後の課題です。
図2 細胞性粘菌のオーガナイザー活性を示す移植実験 左は細胞性粘菌の発生途中の移動体を示しています。図で移動体は上の方へ向かって移動しています。青い移動体の先端領域(予定柄細胞)を赤で示した移動体の先端部以外の領域へ移植します。そうすると頭を2つ持った移動体が人工的に作られます。これをそのまま発生させると、イモリの時とは異なり、移動体は2つに分かれていきます。この時に、それぞれの移動体はもとからあった先端領域と移植された先端領域に導かれるように移動し、やがて2つの子実体を形成します。この2つの子実体はイモリを用いたシュペーマンらの実験におけるそれぞれ1次胚と2次胚に相当するもので、移植された移動体の先端領域のどこかがオーガナイザーとしての活性を持つことを意味しています。オーガナイザーを含む先端領域の細胞は子実体において柄になります。細胞性粘菌の生活環については以前紹介しましたのでこちらの生物学の新知識のバックナンバーの記事をご覧下さい。
図3 オーガナイザー領域で転写されるさまざまな遺伝子の発現の様子 図はレポーター遺伝子として大腸菌由来のlacZ遺伝子を用いて、細胞性粘菌の発生途中の移動体中のオーガナイザーに特異的なさまざまな分化マーカー遺伝子の発現ようすを簡単な手法で検出したものを示しています。図で移動体は先端は上方側になります。青く染色されている移動体の先端領域(この部分は将来柄を形成する細胞群なので予定柄細胞と呼ばれます)は、それぞれのマーカー遺伝子が発現しているところを示しています。ただし、この方法では細胞性粘菌を固定してしまうために、その時点までの蓄積した転写活性に近いものを見ていることになり、時間的な変化まで正確に見ることは出来ません。図では写真ごとにマーカー遺伝子の種類が異なりますが、それによって発現している場所や時期及び強さも全部異なります。
オーガナイザーによる形態形成を転写因子との関わり
大阪大学の平野先生のグループは脊椎動物のゼブラフィッシュをモデルとして用いて、STAT3がオーガナイザー領域でIL-6ファミリーと呼ばれるサイトカインを介して活性化され、原腸陥入時の細胞運動を制御していることを見いだしました。さらに、オーガナイザー細胞にみられる上皮-間葉転換(EMT)という形態形成運動のひとつを制御するSTAT3の標的遺伝子としてLIV1という亜鉛トランスポーターを同定しました(文献2)。
細胞性粘菌にも4種類のSTATが存在します(文献3)。その中で最も興味のある挙動を示すのがSTATaです。面白いことに、STATaは予定柄細胞領域のさらに先端の方、つまりはオーガナイザーの存在が推測されている領域において活性化されて核に移行しています。つまり、STATaによって転写が制御される遺伝子が形態形成を司っている可能性が大いにあります。野生型の細胞は移動体を形成すると移動体はらせん運動をしながら(動画1)光や熱の方向へ移動します(図4)。図4の写真では、移動体が光へ向かっておりこのような性質は走光性といいます。STATaそのものの機能を人工的な遺伝子組換えによって破壊した株を作製すると、動画1のような奇麗ならせん運動はみられなくなり、少なくとも走光性はなくなります。このことは、STATaがないとオーガナイザーが形成されないかあるいは形成されても正しく働くことが出来ないことを意味しています。
また、図3で示したオーガナイザー領域特異的な発現を示すいろいろなマーカー遺伝子の転写はどれもSTATaによって直接的あるいは間接的に制御されていることが分かっています。図には示されてはいませんが、STATaによって制御される遺伝子の中には細胞性粘菌の亜鉛トランスポーターも存在していました(文献4)。細胞性粘菌の細胞分化に亜鉛イオンが深く関わっていることは以前から示されていましたが、これらの亜鉛トランスポーターがどのように形態形成に関わっているのかはこれからの課題です。その他、STATaによって制御されるものの中には、たくさんのセルラーゼやセルロース結合能を持つ細胞外基質タンパク質が含まれていました。オーガナイザーそのものがSTATaのない株で作られるのかどうかも含めて、まだまだ謎が一杯あります。また、最近になってオーガナイザーを構成する細胞群はどうやらひとつでないことも示されています。もう一度原点に帰ってオーガナイザーの研究について突き詰めて行こうと考えています。
図4 細胞性粘菌の移動体が光に向かって移動する様子 野生型の細胞性粘菌の細胞を細いスリット(光が入るような細い切れ目)が入った容器に入れて寒天上で発生させると、移動体はどれも光の来る方に向かって移動をします(走光性を示します)。この性質はおそらくオーガナイザーによって制御されていると考えられています。
分子発生生物学研究室
参考文献
- Raper, K.B. (1940) Pseudoplasmodium formation and organization in Dictyostelium discoideum. J. Elisha Mitchell Sci. Soc. 56:241-282.
- Yamashita, S., Miyagi, C., Fukada, T., Kagara, N., Che. Y.S., Hirano. T. (2004) Zinc transporter LIVI controls epithelial-mesenchymal transition in zebrafish gastrula organizer. Nature, 429: 298-302.
- Kawata, T. (2011) STAT signaling in Dictyostelium development. Develop. Growth & Differ. 53:548-557.
- Sunaga, N., Monna, M., Shimada, N., Tsukamoto, M. and Kawata, T. (2008) Expression of zinc transporter family genes in Dictyostelium. Int. J. Dev. Biol., 52:377-381.