理学部生物学科

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食物連鎖はどこまで続く?

食物連鎖の「長さ」とは

 食物連鎖とは、食うものと食われるもののつながりのことです。二酸化炭素を固定して有機物をつくる生産者から始まって、それを食べる一次消費者、さらにそれを食べる二次消費者とつながっていくのが食物連鎖です。さて、いちばん上の捕食者にいたるまで何段階の食物連鎖がつづくでしょう。この食物連鎖の段階の数を、生態学では、食物連鎖の長さ、つまり「食物連鎖長」とよびます。これまでの研究から、食物連鎖長は2から3、どんなに長くてもせいぜい4や5であることが多いことが知られています。
 案外短いと思いませんか。いったい何が食物連鎖の長さを短くしているのでしょうか。食物連鎖の長さを制限している原因を探るため、これまでにたくさんの研究が行われてきましたが、いまだにはっきりした答えは見つかっていません。そこで僕は、複数の研究をまとめて一度に分析することのできる「メタ解析」という方法をつかって、その答えを調べてみようと思いました。

一次生産性

 「食物連鎖長は一次生産性によって制限されている」とする仮説があります。これを生産性仮説とよびましょう。
 動物はウンチをします。それはつまり、消費者が食べたものは全て消費者の血肉とはならないということです。また生き物は絶え間なく呼吸しています。呼吸によって出す二酸化炭素も元をたどれば、食べ物に由来します。食べたエサのうち消費者の生物量になる割合のことを転換効率といいますが、どんな生き物も転換効率は100%ではありません。そのため、一次生産者(植物)ががんばって固定した炭素も、その一部だけが一次消費者の生物量となります。ということは、二次消費者がエサとして利用できる一次消費者の生物量は、はじめに植物が作り出した有機物全体の一部分だけとなるということです。さらに、二次消費者の生物量も自身が食べたエサの一部だけからなるので、三番目の消費者が利用できる生物量は、植物が作り出した生物量全体からはいっそう減ってしまいます。
 つまり、植物が作り出した生物量全体のうち、消費者がエサとして利用できる生物量は、食物連鎖のより高い位置にいる消費者ほど少なくなります。すると、あまりに高い位置にいる消費者は、利用できるエサが少ないため、その個体群を維持することができなくなります。このように、長くつながった食物連鎖の先では、それより上の消費者を維持するのに十分な生物量がなくなってしまい、そこで食物連鎖長は制限されます。いいかえると、もし植物が作り出す生物量が多ければ、長い食物連鎖の先でも、消費者を維持するのに十分な生物量が残るので、より長い食物連鎖が可能になるということです。
 つまり、植物の一次生産性が高いほど、食物連鎖は長くなると考えられます。これが「生産性仮説」です。

撹乱

 積み上げた積み木を想像してください。数個の積み木を重ねたものは、少しくらい指で押しても崩れませんが、たくさんの積み木を高く重ねたものは、ちょっと揺らすと崩れてしまうでしょう。
 食物連鎖についても似たようなことがいえます。短い食物連鎖では、洪水、日照り、台風などといった環境撹乱によって生産者や消費者の生物量が少し失われても、それらはすぐに回復しますが、長い食物連鎖では、撹乱によって失われた生物量はなかなか回復せず、消費者のなかにはそのまま絶滅してしまうものもでてきます(このことは数理モデルを使って確かめられます)。
 このことから、撹乱の少ない安定した環境では、長い食物連鎖が維持されるが、撹乱が頻繁に起こる環境では食物連鎖は短くなると予想できます。これを「撹乱仮説」といいます。

生態系サイズ

 「生態系サイズ」とは耳慣れない言葉だと思います。分かりやすい例としては、小さな島や湖を考えるといいでしょう。島を一つの生態系だと考えると、島の面積が生態系サイズということになります。また湖の場合は、湖水の体積を生態系サイズとみなします。河川生態系の生態系サイズを定義するのはもう少し難しいのですが、河積(河川の横断面のうち水が流れる部分の断面積)あるいは集水域面積を河川生態系のサイズと考えたりします。
 「生態系サイズ仮説」は、大きな生態系ほど食物連鎖が長くなると予想するものです。その理由にはいくつかあります。
 その一つは、「生産性仮説」の応用編です。植物の一次生産性は単位面積あたりの炭素固定速度として定義されます。そのため、植物が作り出している生物量の総量は、[一次生産性]×[生態系サイズ]として計算できるはずです。「生産性仮説」では、一次生産性が高くなると植物が作り出す生物量が増えて食物連鎖も長くなると予想しますが、「生態系サイズ仮説」では、生態系サイズが大きくなっても植物が作る生物量が増えることによって長い食物連鎖が維持されると考えます。
 二つめの理由は、「撹乱仮説」の応用編です。大きな生態系だと、消費者の個体群が一つではなく複数存続できます。すると、もし撹乱が起こってある消費者の個体群のうち一つが絶滅したとしても、他の個体群から移入個体がやってきて絶滅した個体群を再生することができます。複数の個体群が個体の移動分散によってつながっているものを「メタ個体群」といいます。大きな生態系では、この「メタ個体群」のしくみが働くため、少々の撹乱があっても消費者の個体群が維持され、長い食物連鎖が可能になります。
 これら二つの理由のほかにも、生態系サイズが大きいと多種多様な生息地や生き物が含まれるために、長い食物連鎖が安定に維持されるといったような理由もあります。

メタ解析

 これまでにたくさんの研究が行われて、「生産性仮説」や「撹乱仮説」、「生態系サイズ仮説」が検証されてきました。しかし、その結果は研究ごとに異なり、どうやら一貫した一つの答えというものはないようです。
 例えば、僕自身が島の食物連鎖を調べた結果からは、「撹乱仮説」は支持されず、「生態系サイズ仮説」が支持されました。川の食物連鎖を調べた別の研究では、「撹乱仮説」が支持されて、「生産性仮説」は支持されませんでした。また、湖の食物連鎖を調べたある研究では、「生産性仮説」は支持されず、「生態系サイズ仮説」が支持されました。
 このように研究によって結果が異なるということは、生産性や撹乱、生態系サイズが食物連鎖長に与える影響の強さが、いろいろな食物連鎖によって異なるということを示唆しています。そこで、生産性や撹乱、生態系サイズの影響の強さの平均を求めて、それらを比べてみることにしました。
 この強さの平均を求めるために、医学分野などで発展してきた「メタ解析」という統計解析を行うことにします。医学分野では、ある治療法について、それがどれくらいの効果をもつのかを調べた研究が、複数行われることがあります。そして、その結果が研究ごとに異なることも往々にして起こります。そんなときに、この治療法の平均的な効果がどのくらいなのかを計算する方法として、「メタ解析」は用いられています。
 食物連鎖長の決定要因をメタ解析した結果を図に示しました。生産性(Productivity)、撹乱(Disturbance)、生態系サイズ(Ecosystem size)のそれぞれのグラフに並べられた横棒が、異なる研究例の一つ一つに対応しています。横棒の中央付近の小さな縦線がそれぞれの研究例から得られた生産性や撹乱、生態系サイズの効果の強さを表しています。三つのグラフの一番下に「Summary effect」として表示された横棒がありますが、これが各要因の平均効果を計算したものです。横棒の中央付近の縦線が平均効果の値を表し、横棒の太い部分の長さがその平均効果の確からしさ(95%信頼区間)を表しています。横棒の細い部分の長さは予測区間といって、一つ一つの研究が示す効果の強さのばらつきの程度を表しています。
 Summary effectの95%信頼区間をよく見てみると、生産性と生態系サイズの信頼区間は0を含んでいません。このことから、生産性と生態系サイズの平均効果は十分強く、生産性や生態系サイズが大きくなると、食物連鎖は長くなることが分かります。一方、撹乱の信頼区間は0を含んでいます。これは、撹乱の平均効果が0でないとはいえないということを意味しています。つまり、平均的には撹乱の効果は弱いということになります。

これから

 これまでの食物連鎖の研究を振り返ってみると、食物連鎖の決定要因はただひとつだけではないことが分かります。また、メタ解析の結果から、生産性や撹乱、生態系サイズといった異なる決定要因の平均的な影響の強さが分かりました。しかし、何が強い影響をもつ決定要因となるのかを決める条件は明らかにはなっていません。この条件を明らかにして初めて、食物連鎖の長さが決まるしくみが分かったことになるのです。
 現代社会の人間は食物連鎖のてっぺんに位置しているといっていいでしょう。人間にいたる食物連鎖の長さはどれくらいなのでしょう。また、その食物連鎖は安定なのでしょうか。人間は食物連鎖の高い位置にいる消費者を好んで食べる傾向があるようです。たとえば、イワシやサンマといった食物連鎖の下位の魚より、マグロやカツオといった食物連鎖の上位捕食者を好んで消費するため、このような上位捕食者の乱獲が起こってその存続が危惧されています。つまり、マグロなど上位捕食者を食べすぎる人間の食物連鎖は安定だとはいえないのです。ご飯を食べるときに自分にいたる食物連鎖の長さはどのくらいなのかを考えてみると、環境問題が身近に感じられるかもしれません。

理論生態学研究室:瀧本岳

参考文献

Takimoto, G., and Post, D. M. (2013) Environmental determinants of food-chain length: a meta-analysis. Ecological Research 28: 675-681.
Takimoto, G., Post, D. M., Spiller, D. A., and Holt, R. D. (2012) Effects of productivity, disturbance, and ecosystem size on food-chain length: insights from a metacommunity model of intraguild predation. Ecological Research 27:481-493.
Takimoto, G., Spiller, D. A., and Post, D. M. (2008) Ecosystem size, but not disturbance, determines food-chain length on islands of the Bahamas. Ecology 89:3001?3007.
瀧本 岳 (2008)「食物連鎖はなぜ短いか?:生態系サイズの効果」大串隆之・近藤倫生・野田隆史編『生物群集と空間』(シリーズ「群集生態学」第5巻):27-50.


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