理学部生物学科

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東京湾の運河から新種の糸状緑藻(シオグサ科植物)キヌイトジュズモを発見

はじめに

 筆者の現在の研究分野は植物形態学或いは微細構造学であるが,筆者が生物の研究を始めたのは植物分類学,それも藻類の分類学からであった。博士論文は緑色植物門アオサ藻綱ヒビミドロ目モツレグサ科モツレグサ属の分類であった。この緑藻は寒流域にしか出現せず,北海道以外では全然お目にかかれない海藻なので,大半の人にはおなじみではない海藻である。さて,分類学の研究に手を染めると,大抵の研究者は一つぐらい新種を見つけてみたいなという夢を見るものである。筆者は残念ながら,大学院時代のモツレグサ属では新種は見つけられなかった。現在の東邦大学に採用された後は専門にする分野が変わったこともあり,分類学から若干遠ざかっていた時期もあって,院生時代の夢は叶えられないなと思ってきた。しかし,何と定年退職となる歳になって,念願の新種の報告をすることができた。それも3種である。どの様な生物で,新種が見つかったのか?それはモツレグサ属と似た形態のシオグサ科植物が属するジュズモ属やネダシグサ属で見つかったのだった。

シオグサ科植物

 シオグサ科植物は,緑色植物門アオサ藻綱に属し,目はシオグサ目に属す。この目の特徴は多核嚢状で,多細胞からなる。大学院生時代に研究していたモツレグサ科植物もシオグサ科植物と同じ特徴を持っているが,違うのはシオグサ科植物が同型世代交代であり,モツレグサ科植物が異型世代交代である点だ。さてシオグサ科植物は,単列糸状体で枝分かれがあるかないか、それと,仮根糸の有無で分けられる。代表的な属はネダシグサ属,ジュズモ属,シオグサ属の3属となっている。簡単にこの3属を分けると,シオグサ属は枝分かれがあって、ジュズモとネダシグサは枝分かれをしない糸状体である。仮根糸の有無については,ネダシグサ属は仮根糸を発出し,ジュズモ属は仮根糸を出さない。また、ジュズモ属とネダシグサ属は単列糸状体なので,形態が単純で,種を分ける形質は細胞の太さと細胞の形状,即ち細胞の長さと幅の比,それに葉緑体の形態,生育場所などである。これまで多くの種がこの両属で記載されているが,その境界が曖昧であり,多くの種が,地域特産種というより,世界的に分布するコスモポリタンな種である。それでも,本当にヨーロッパの種と日本の種が同じであるかどうかはその形態から単純に言い切れないことが多く,この仲間は非常に分類が難しいと言われている。そのようななかで,この両属において新種を見つけられたのは,快挙といって良いと自画自賛をしている。それもこれも,この20年で発達した分子系統学的な解析の発達のおかげであり,昨年度まで2年間在籍していた博士研究員の市原健介博士がこの手法を用いて解析してくれたおかげである。この研究結果なしでは新種の発表はできなかっただろう。

汽水域のネダシグサ属

 前置きはさておき本題に入る。新種の3種は全て日本の河川の河口域にのみ生育している。このなかで,キヌイトジュズモと和名を称することにしている新種C. tokyoensis Ichihara and Miyajiについてのみ今回は話題に載せたいと思う。このネダシグサ属に目をつけたのは、たまたま1992年に東京で学会があり,その行き帰りに高浜運河を通る橋の上から両岸の護岸を見ると,緑の層を見つけたので,その緑の層は何という海藻かなと見に行ったのがきっかけだった(図1)。その時の緑の層はホソヒメアオノリで,これは汽水域では最もポピュラーな海藻で,最も上部の層に出現する。この時もそうなっており,とくに驚きはない。しかし,その下の層で,フジツボやムラサキイガイのあるところに緑の糸が絡み合ったふさふさした塊が護岸に引っかかっていた。これを採集して,研究室で観察したところ,全く分枝のない単列糸状体で,長い細胞,多核嚢状,一細胞の核数が多いということが分かった。核数が多く,無分枝であれば,ジュズモかなとも思ったが、若干分枝らしきものも見られそうなので,この時は,シオグサ属の1種で,淡水にも生育しヨーロッパで記載されている種に同定しました。新産種でもあり,もうちょっと調べてみても良いかなと考え,そのあと2年間ほど,各月毎に採集し,その糸状体の太さやら,細胞の長さの割合やら一細胞内の核数などを調べた。その時には,それをネタに学会でも発表したが,一般的なシオグサ科植物の特徴を持った11種かなという印象だけで,後は種の同定も難しいという結論だった。
図1.高浜運河。緑の層の下にある層に生えていた藻類を調べた。

シオグサ科植物のピレノイド

 見つけてから約2年後だったか,何かのきっかけで葉緑体やらピレノイド(生物の新知識『マリモの不思議』を参照)を電顕で見てみようという気になり,固定包埋し,観察した。その時には予想をしていなかったのだが,そのピレノイドは多裂型のピレノイドを持っていた(図2)。シオグサ科植物は通常盃状2杯型のピレノイドが普通である。それまでシオグサ科植物で,多裂型のピレノイドを持つとで知られている種類は唯一カイゴロモのみだった(この種は千葉の海の潮間帯であれば,スガイという巻貝に付着して生活している)。東京湾の運河で見つけたシオグサ科植物が多裂型ピレノイドを持つならば、この種は多裂型ピレノイドを持つ2種類目のシオグサ科植物ということになる。その時、これが新種である可能性を予感した。さらに,このほかにも、シオグサ科植物には多裂型のピレノイドを持った仲間があるのではと思うようになった。そこで,これまで培養株で持っていたネダシグサ属植物やその他のシオグサ科植物で,まだそのピレノイドの形態の報告の無い種を調べることにした。その結果,石垣島の宮良川のマングローブ林から採集したジュズモ属植物や,長崎島原半島国見町神代川から採集したネダシグサ属植物(詳細な観察をするまでは単にホソネダシグサと思っていた),さらにミゾジュズモ(淡水産のジュズモ)と,次々にそのピレノイドが多裂型のものが見つかった。また、マリモも多裂型のピレノイドを持っていることが分かった。
図2.多裂型のピレノイドが多数見られる。

マリモグループ

 ミゾジュズモが多裂型のピレノイドを持つことが分かったので,この仲間であるキッコウジュズモやその仲間はどうであろうかと思い,調べてみた。やはり、これらでも多裂型のピレノイドが見つかった。そうしているうちに,マリモの保護研究をしている研究者グループの分子系統学的な解析研究結果から,シオグサ目植物は大きく二つのグループに分けられ,一つがマリモグループで,もう一つが真のシオグサグループとなることが明らかにされた。マリモグループは多裂型のピレノイドを持つのが特徴で,カイゴロモ,ミゾジュズモ,キッコウジュズモなども入っていた。またマリモグループは,動物の体に付着する種類が多いのも特徴である(このコラムに以前書いた『ミノガメの秘密』と『貝の上に生きる藻類』を参照)。

キヌイトネダシグサあらためキヌイトジュズモ

 1992年に東京都港区にある高浜運河で見つけたシオグサ科植物を仮称キヌイトネダシグサと称し,1999年にやっと,その葉緑体とピレノイドについて,学会誌に報告した。その時は新種として報告するつもりが,色々と曲節があって,新種としての記載をあきらめて,葉緑体とピレノイドの形態中心の記載となってしまった。そのキヌイトネダシグサの特徴は糸状体の太さが20 - 60 µm, 細胞の長さと幅の比が1 - 13倍である。一細胞の核数が普通は20 - 35 µmで,2倍から4倍の長さがある。核数は一細胞あたり10から30ほどである。この糸状体はホソネダシグサから見ると,若干太く,長い細胞からなり,深緑色しているのが特徴である(図3)。このキヌイトネダシグサを見つけたときから,ジュズモ属にするか,それともネダシグサ属にするか,色々と悩んだけれど,藻体が細いのと,一部仮根糸らしき物が見えたりするので,ネダシグサ属に属することにした。その時も最終的に新種として報告できなかったのは,キヌイトネダシグサのような種は分子系統学的な解析,すなわち一部の遺伝子の塩基配列の比較検討(rRNAの塩基配列),が出来ていないため,新種であることを強調できなかったからである。しかし最近,博士研究員であった市原博士の分子系統学解析結果から,このキヌイトネダシグサの塩基配列は、形態的に似たどの種とも一致しないことが分かった。このことから,キヌイトネダシグサは間違いなく新種であり,所属する属もネダシグサ属グループではないことが明確になった。しかし,やっかいなことに,では明確にジュズモ属に属するかというと,そうとも言い切れない。結局,その他の形質が見つかるまで,無分枝であることからキヌイトネダシグサはChaetomorpha tokyoensis Ichihara et Miyajiという学名で,この9月に,学会誌に掲載され登録された。ジュズモ属として掲載されたので,キヌイトネダシグサではなくキヌイトジュズモを今後C. tokyoensisの和名にするつもりである。種小名(種名を表す)をtokyoensisとしたのは,キヌイトジュズモが東京都から見つかったからである。
図3.キヌイトジュズモは単列糸状体で長い細胞からなる。

キヌイトジュズモの生育場所

 キヌイトジュズモを初めて東京水産大(現東京海洋大学海洋科学部)の近くにある高浜運河で見つけた後,これが東京湾内や船橋市の海老川,千葉市の花見川に生育することを確認した。花見川では河口流域の何処の場所に生育しているのか,以前の卒研生に調べさせたことがある。そのときは,河口から3.2kmから3.7kmまでの護岸に生育していたと報告した。その後,さらに調べた結果,それより5km上流あたりでも生息が確認できた。花見川は5km付近に水門があり,それより上流は堰があるので完全に淡水となり、キヌイトジュズモは生えていない。そのほかにも,房総半島の内房や外房を調べ,千葉県の13の河川から生息を確認した。さらに,日本各地の河川を調べたところ,1級河川程度の大きさの川の自然河岸よりも人工の石やコンクリートの護岸に好んで生えており,最初に見つけた場所のようにフジツボやムラサキイガイのある層で,アヤギヌ,ホソアヤギヌ,タニコケモドキと一緒に生えていることが多いことが分かった。また,河口からどれほど上流に生えているのか調べてみると,河口の大きさや川幅と若干関係して,河口の川幅が120mの花見川では,あるが河口から3.2km地点で確認している。反対に河口の川幅が約50mの河川では河口から約600m地点までで観察された。筆者の経験では,川幅の小さな川では河口近くでも見つかり,川幅が大きくなると,上流にならないと見られない傾向がある。また,日の良く当たる場所より日の当たらない場所,例えば橋脚のコンクリートに,フジツボなどに混ざって生えていることがある。

キヌイトジュズモの生育量

 初めて1992年から1993年にかけて東京港区で生育調査をしたときには,3月から5月までが非常に繁茂しており,多くの標本を作ることができた。しかし,これまでかれこれ20年以上キヌイトジュズモを見てきているが,高浜運河でのように絹糸が絡み合い房のようになるほど繁茂している状況(図4)は,一カ所の例外を除いて,見たことがない。ほとんどの場所では,小さな糸状体がアヤギヌなどの紅藻と絡んだ小さな糸が見られる程度で,純粋なキヌイトジュズモが束になった状況を見たことがない。例外は,一昨年,沖縄県石垣島の磯辺川で,倒木の樹皮一面にこの藻類が生えていたもので,このような状況も磯辺川以外では見つかっていない。
図4. キヌイトジュズモの繁茂の様子。

キヌイトジュズモの分布

 東京湾の高浜運河で見つけて以来,ことある毎に,全国各地の河川を多く調べ,北は青森県八戸から南は沖縄西表島まで調べた。その結果,琉球列島の西表島,石垣島,沖縄本島,鹿児島県の奄美大島,種子島,九州本島の鹿児島県,熊本県,長崎県,福岡県,高知県,広島県,兵庫県(瀬戸内海側),静岡県,神奈川県,東京都,千葉県,青森県の八戸で見つけることができた。日本海側では島根県出雲と富山県富山市(?)で見つけている。去年,北海道の室蘭周辺を調べたが見つからず,まだ北海道での確認はできていない。また,日本海側のほとんどの場所でも確認していない。いくつかの情報の欠落はあるが,この種は本州,四国,九州,種子島から南西諸島各地の河川の河口域のある特定の場所にまんべんなく生育している非常に普遍的な種であることが分かった。この種は多分朝鮮半島にも中国沿岸にもそしてベトナムを初め東南アジアの河川の河口域にも生育する普遍的な種であると想像している。

最後に

 最初,キヌイトジュズモは東京湾から見つかったので,もしかすると,外国から移入した帰化種かなと思ったこともあった。なぜなら,海藻の分類学の開祖である岡村金太郎先生もその後輩に当たる遠藤吉三郎先生も,東道太郎先生もお膝元の東京湾の河口に生育するキヌイトジュズモを記載していないというのは考えられなかったからである。すなわち,このキヌイトジュズモは戦後,外国からバラスト水に混じって,東京湾の運河に入り込み繁殖するようになったと考えたわけである。しかし,この20年間の研究から,日本各地,それも温帯から亜熱帯地域までいろいろな河川にでも生育することが分かったので,決して帰化種ではなく,在来種であり,古来より日本に生育していた種であると考えられる。それも,日本の固有種ではなく,世界中に普遍的に分布し,河口域にのみ生育する種ではないかと想像できる。これほど普遍的な海藻であるのに,今まで記載されてこなかったのは,奇跡であり,これを新種として記載できた筆者は運が良かったのかもしれない。ひょんなきっかけから見つかったキヌイトジュズモが今後もひっそりと河口域に生え続けることを祈るばかりである。
                         
細胞構造学研究室
宮地和幸

引用文献

  1. Ichihara K., Shimada S. and Miyaji K. 2013. Systematics of Rhizoclonium-like algae (Cladophorales, Chlorophyta) from Japanese brackish waters, based on molecular phylogenetic and morphological analyses. Phycologia 52: 398-410.
  2. Miyaji K. 1999. A new type of pyrenoid in the Rhizoclonium (Cladophorales, Chlorophyta). Phycologia 38: 267-276.

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