理学部生物学科

メニュー

後葉ホルモン受容体研究の展開

はじめに

 研究は時に、ちょっと気になったことが、とても大きな発見につながることがあります。これは一研究者としてぜひ経験をしてみたいものですし、研究者としての醍醐味の一つでもあると思います。できれば、重要な発見につながった自分の経験談を、と思うのですが、今回は私が下垂体後葉ホルモン受容体の研究を進めていく中で「あの時、手放さずに取り組んでいれば‥」という話を、自戒を込めて述べるとともに、後葉ホルモン受容体研究の最近の動向について触れたいと思います。 

下垂体後葉ホルモンとは?

 下垂体後葉ホルモンというホルモンは、その名の通り下垂体後葉(神経葉)から分泌されるホルモンです。この下垂体後葉には下垂体前葉や中葉とは異なった特徴を持っています。前葉や中葉ではホルモン産生細胞があり、そこからホルモンが分泌されます。一方、後葉にはホルモン産生細胞はありません。脳の一部である視床下部でホルモンが作られ、神経の軸索を通って運ばれて後葉に貯留しているのです。このような違いから前者を腺性下垂体、後者を神経性下垂体とも呼びます。

アルギニンバソプレシン/アルギニンバソトシンと受容体

 今回は後葉ホルモンの中でもアルギニンバソプレシン(AVP)/アルギニンバソトシン(AVT)に焦点を当てます。AVPは哺乳類で見られる後葉ホルモンの一つで1954年にdu Vigneaudら[ 1 ]によって、単離•同定されたホルモンでその研究の歴史は長いと言えます。AVPの代表的な生理作用は腎臓において水を再吸収することや血圧を上昇させることなどが挙げられます。その他に、下垂体前葉からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌に関わることや、中枢神経系内では神経ペプチドとして作用し、生殖行動などの発現に関与することが明らかにされています。AVPの受容体についてもよく研究がなされています。AVP受容体には3種類の分子が知られており、いずれも7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体です。それぞれ比較的アミノ酸配列に相同性を有していますが、発現する組織•器官が異なっています。一つめの分子はV1a型受容体で、この受容体は主として血管や中枢神経系に発現しており、血圧上昇や中枢作用に関与します。二つ目はV2型受容体で、主として腎臓に発現し、水分の再吸収に関与します。三つ目がV1b型で、これは主に下垂体前葉に発現し、ACTH分泌に関わります。これら受容体分子のシグナル伝達経路も特徴的で、V1a型およびV1b型受容体はリガンドであるAVPと結合すると、Gqタンパク質を介してホスホリパーゼC(PLC)が活性化され、イノシトール1, 4, 5-トリスリン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)を生じ、細胞内のCa2+濃度の上昇やプロテインキナーゼC(PKC)を介し、細胞の活動や種々の遺伝子発現を制御する経路(PLC/PKC Ca2+経路)が活発化します。一方、V2型受容体の場合、Gsタンパク質を介してアデニル酸シクラーゼ(AC)が活性化され、サイクリックAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)を介し、やはり細胞の活動や遺伝子発現の制御したりする経路(AC/PKA経路)が活発化します(図1)。

 一方、AVTは非哺乳類の脊椎動物に見られるホルモンで、下垂体後葉ホルモンファミリーに属するホルモンの中でも祖先型分子であると考えられています。その生理作用は種々の脊椎動物で多岐に渡りますが、水分の保持・吸収や生殖活動などに関わることが報告されています。AVT受容体はやはりGタンパク質共役型受容体ですが、詳細は後述します。

図1. AVP/AVT V1a型、V1b型、V2型受容体のシグナル伝達経路
V1a型およびV1b型のシグナル伝達経路では、IP3は小胞体からのCa2+放出を促し、カルモジュリン依存性キナーゼを介し、また、DAGはPKCを介して種々のタンパク質をリン酸化し、生理作用が発現する。一方、V2型受容体シグナル伝達経路では、cAMPはPKAを介し、種々のタンパク質がリン酸化され、生理作用が発現する。

両生類におけるAVTおよびその受容体の研究

 この辺りからそれでは私たちの研究について触れていきましょう。AVTは両生類では生殖活動に関わることが知られています。有尾両生類であるアカハライモリは繁殖期に雄が雌に対して求愛行動を示します(図2)。この時、雄は雌に対して雌誘引フェロモンであるソデフリンというペプチド性のフェロモンを放出します[ 2 ]。その後、雌は雄の求愛を受け入れると雌が雄を追従する行動に移り、雄は精子の塊(精包)を落とし、雌は総排出口より精包を取り込みます。この一連の行動の中で、AVTは求愛行動の発現、フェロモンや精包の放出に関わることが実験的に確かめられています[ 3 ]。私はこのAVTの脳やフェロモン合成器官である腹部肛門腺での作用機序を明らかにすべく、アカハライモリAVT受容体の研究に着手しました。AVTの受容体分子について近年まで、哺乳類のAVP受容体と比べるとだいぶ遅れていたと言えるでしょう。1994年に硬骨魚類からAVT受容体遺伝子がクローニングされ、哺乳類のAVP受容体に類似した受容体分子(V1a型)であることは分かっていましたが、1種類の動物に何種類の受容体が存在するか、ということについては長い間はっきりしていませんでした。私はこのAVTの脳やフェロモン合成器官である腹部肛門腺での作用機序を明らかにすべく、アカハライモリAVT受容体遺伝子のクローニングを試みました。すると、アカハライモリでは少なくとも哺乳類の3種類のAVP受容体の相同分子と考えられる受容体(V1a型、V2型、V1b型)の遺伝子が存在していることが分かりました。非哺乳類の脊椎動物で、3種類の受容体が確認されたはじめての例となりました[ 4 ]。 前述のように、AVTは腹部肛門腺からのフェロモンの放出を促進します。そこでRT-PCR法でどのタイプの受容体が発現しているかを確認すると、V1a型受容体の発現を確認しましたが、非常に発現レベルが低いという結果となりました。その他、V2型、V1b型の遺伝子発現もさらに低いレベルでした。

図2.アカハライモリの求愛行動
雄(A)は雌(B)の進行を側頭部で止め、尾を激しくうちふるわせて水流を起こす(求愛行動)。このとき、雄は総排出口より雌誘引フェロモンを放出する。AVTは雄の求愛行動発現、フェロモンや精包の放出を促す。

トライはしたものの・・

 確かに低い発現レベルでも、機能的な分子として働くことは可能ですが、もう一つの可能性として、別のタイプの受容体が機能している、ということが考えられます。この時思い浮かんだのは、2000年にTanら[ 5 ]がニワトリからクローニングしたAVT受容体(VT1受容体と命名されています)です。この受容体は当時からやや変わったタイプのAVT受容体として認識されていました。そのアミノ酸配列を用いて分子系統解析をすると、どうもV2型受容体に分類されるが、AVTが結合した後、細胞内で活性化されるシグナル伝達経路は、上述のPLC/PKC Ca2+経路だったのです。V2型受容体であれば、AC/PKA経路が活性化されるはずですが、本来V1a型、V1b型受容体で活性化される経路が活性化されるわけです。私自身、この分子に相当する分子が他脊椎動物で見つかっていないことから、鳥に特有の受容体なのではないかと思っていました。しかし、イモリ腹部肛門腺でのAVT受容体発現レベルが低いことから、鳥特有と思っていたAVT受容体の相同分子が両生類であるイモリで発現している可能性について考え始めました。そこで、両生類でゲノム情報が明らかになっているネッタイツメガエルのデータベースを用いて、ニワトリAVT受容体と相同性の高い遺伝子配列を検索してみました。ネッタイツメガエルもアカハライモリ同様に、V1a型、V2型、V1b型受容体遺伝子がありましたが、それとは別に、どうもニワトリAVT受容体と相同性の高い配列が存在していることがわかりました。私は両生類で第4のAVT受容体があるのではないかと思い、さっそくイモリ腹部肛門腺でこのAVT受容体遺伝子の探索を始めました。しかし、残念なことに遺伝子のクローニングは不発に終わり、腹部肛門腺ではV1a型受容体が発現レベルは低いながらも、機能分子として働いていると結論付け、手が遠のいてしまったのでした。せめて、ネッタイツメガエルの受容体に着目して研究を続けていればよかったのですが‥。

AVT受容体研究の新展開

 2012年に入り、スウェーデンおよび日本の2つの研究グループよりほぼ同時期に、鳥類でVT1受容体と呼ばれていたAVT受容体遺伝子が、軟骨魚類、硬骨魚類、両生類、爬虫類、鳥類に存在し、新しいAVT受容体グループを形成することが報告されました[ 6, 7 ]。この受容体はV2型受容体とアミノ酸配列が類似しており、しかもシグナル伝達はPLC/PKC Ca2+経路が主として活性化されることも確かめられたのでした。この報告により、既存のV2型受容体はV2a型受容体、新しい受容体はV2b型受容体として分類するように提唱されています。また、哺乳類ではどうも進化の過程でこのタイプの受容体遺伝子は欠損しているということも合わせて報告されました。この研究はAVT受容体は哺乳類AVP受容体と同様に、3種類の受容体分子が存在するという概念を打ち破った重要な研究となりました。 2つの研究グループが今回の論文を発表できた背景には、様々な動物のゲノムデータベースが利用できる環境になってきたということが挙げられると思います。私自身、両生類に固執していたため、手広くゲノムデータベースを解析する作業を怠っていました。あのとき、もっとこの分子に執着していれば、と思わざるを得ません。いずれにしても、まだ、V2b型受容体に関する研究の報告は少ないですが、哺乳類を除くほぼ全ての脊椎動物でその遺伝子の存在が明らかになっていますので、今後の研究の展開が楽しみな分野となりました。またの機会に両生類での研究の展開が報告できればと思います。

生体調節学研究室
蓮沼 至

参考文献

  1. Du Vigneaud V., Gish D.T., Katsoyannis P.G. (1954) A synthetic preparation possessing biological properties associated with arginine-vasopressin. J. Am. Chem. Soc. 76: 4751-4752. 
  2. Kikuyama S, Toyoda F, Ohmiya Y, Matsuda K, Tanaka S, Hayashi H. (1995) Sodefrin: A female-attracting peptide pheromone in newt cloacal glands. Science 267: 1643-1645. 
  3. Toyoda F., Yamamoto K., Ito Y., Tanaka S., Yamashita M., Kikuyama S. (2003) Involvement of arginine vasotocin in reproductive events in the male newt Cynops pyrrhogaster. Horm. Behav. 44: 346-353. 
  4. Hasunuma I., Sakai T., Nakada T., Toyoda F., Namiki H., Kikuyama S. (2007) Molecular cloning of three types of arginine vasotocin receptor in the newt, Cynops pyrrhogaster. Gen. Comp. Endocrinol. 151: 252-258. 
  5. Tan F.I., Lolait S.J., Brownstein M.J., Saito N., MacLeod V., et al. (2000) Molecular cloning and functional characterization of a vasotocin receptor subtype that is expressed in the shell gland and brain of the domestic chicken. Biol. Reprod. 62: 8-15. 
  6. Ocampo Daza D., Lewicka M., Larhmmar D. (2012) The oxytocin/vasopressin receptor family has at least five members in the gnathostome lineage, including two distinct V2 subtype. Gen. Comp. Endocrinol. 175: 135-143. 
  7. Yamaguchi Y., Kaiya H., Konno N., Iwata E., Miyazato M., et al. (2012) The fifth neurohypophysial hormone receptor is structurally related to the V2-type receptor but functionally simiar to V1-type receptors. Gen. Comp. Endocrinol. 178: 519-528. 

お問い合わせ先

東邦大学 理学部

〒274-8510
千葉県船橋市三山2-2-1
習志野学事部

【入試広報課】
TEL:047-472-0666

【学事課(教務)】
TEL:047-472-7208

【キャリアセンター(就職)】
TEL:047-472-1823

【学部長室】
TEL:047-472-7110

お問い合わせフォーム