理学部生物学科

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雑種のはなし

雑種ってなに?

 雑種というと何を思い浮かべますか?犬が好きなひとなら、ダックスフントとチワワの雑種のことをチワックスと呼んだりするのを思い浮かべるかもしれません。けれども、生物学で雑種というと、違う種のかけ合わせでできた生き物のことを指します。ダックスフントとチワワは同じ犬という種のなかでのかけ合わせですから、生物学でいう雑種とは少し違います。今、この「雑種」が生物学のホットなトピックになっています。

雑種から生まれたオオカミ

 アメリカでの話です。かつてアメリカアカオオカミというオオカミの一種が、アメリカの広い地域にたくさん生息していました。しかし、狩猟の対象となったり生息地破壊の影響をうけたりして数が減り、コヨーテと交雑するようになってしまいました。レッドウルフの遺伝的な純系を守ろうと、人々は生き残った野生のアメリカアカオオカミを捕まえて数を増やし、再び野生に返そうという試みを1970年代に始めました。しかし、1990年代になって行われた遺伝解析から驚くべきことがわかりました。アメリカアカオオカミの由来がそもそも、ハイイロオオカミとコヨーテの雑種に起源するものだというのです。そうなると、アメリカアカオオカミの純系を保全しようという試みの意味を、改めて考えなおす必要が出てきます。もし、アメリカアカオオカミを生んだハイイロアカオオカミとコヨーテの交雑が人間活動のもたらしたものならば、アメリカアカオオカミは人が作り出した人工的な生物ということになり、あえて保全する必要はないのかもしれません(とはいえアカオオカミには何の罪もないのです)。もし、アメリカアカオオカミを生んだハイイロオオカミとコヨーテの交雑がずっと以前に自然に起きたものならば、アメリカアカオオカミは自然に生まれた原生種ということになるので、絶滅しないよう保全しなくてはならないのかもしれません。みなさんはどのように考えますか?
コヨーテとハイイロオオカミの雑種から生まれたアメリカアカオオカミ

失われる生物多様性

シクリッドという魚たちがいます。鮮やかな体色をもつ美しい種が多く、熱帯魚としても人気が高いので、ご存じのかたも多いかもしれません。またシクリッドは進化生物学の研究者にとっても有名な魚です。とくにビクトリア湖やタンガニイカ湖、マラウィ湖といったアフリカの大地溝湖に住むシクリッドたちは、湖の中のいろいろなニッチを利用するように多くの種に進化しており、適応放散の格好の研究材料になっています。また、このシクリッドたちのなかには、自分たちの体色を使って、他の個体が自分と同じ種か違う種なのかを見分けたりするものもいます。たとえば、ある種のオスは赤い体色をしており、同じ種のメスは相手の体色を確認して交尾相手を選ぶので、別の種の青い体色のオスがいても交尾しないというようなことが知られています。この赤いシクリッドと青いシクリッドはビクトリア湖の同じ場所に住んでおり、同種個体の体色を見分けることで交雑を防いでいるのだと考えられます。ところが近年、湖の周辺地域の開発が進んだために湖に流れ込む河川が汚れて湖が濁ってきました。すると困ったことに、濁った水の中では赤いシクリッドと青いシクリッドがお互いを区別できないので、この二種の交雑が頻繁に起こるようになってしまったのです。今では、湖の濁った場所では、そこに住むこれらのシクリッドの雑種ばかりが見られるようになってしまいました。実はそれ以前に、ビクトリア湖のシクリッドたちは、人間が食用魚として放したナイルパーチという大型の魚によって捕食され、ずいぶん数が減ってしまっていました。幸いナイルパーチは湖の水深が深い場所に住むので、浅瀬を好む赤いシクリッドや青いシクリッドたちはナイルパーチの捕食を何とか逃れて生き延びていたのです。ところが水が濁って交雑が進んでしまったことによって、浅瀬のシクリッドの多様性も減ってしまいました。ビクトリア湖のシクリッドの多様性は、人間がもたらしたナイルパーチと湖の汚濁というダブルパンチによって、ひどい痛手を被ってしまいました。
湖が濁ったためにメスが同種のオスを見分けられなくなり雑種のシクリッドが生まれた

両刃の剣

 雑種が生まれることは、生物の多様性にとって両刃の剣のようなものです。もしアメリカアカオオカミがハイイロオオカミとコヨーテの自然な交雑によって生まれたならば、この雑種は生き物の多様性を増やしたことになります。しかし、ビクトリア湖のシクリッドの交雑は、湖の生き物の多様性を減らすことになりました。心配なのは、人間活動がもたらす生息地の改変が、生き物の生息環境をのっぺりした一様なものにしてしまうことが多いということです。そうなると、これまで長い時間をかけて豊かで多様な環境に適応して進化してきた種が、一様な環境を共通に利用するようなことが起こってきてしまうかもしれません。これまで別のニッチで隔離されてきた近縁種が出会うと、交雑して単一の雑種になってしまうかもしれません。このように生息地破壊が直接にもたらす種の絶滅だけでなく、より目立たない雑種の形成を通じて生物多様性が失われてしまうことが、今、心配されています。

理論生態学研究室
瀧本 岳

参考文献

  • Fox D. 2008. Identity crisis. Conservation Magazine 9: 22-27.
  • Seehausen O, Takimoto G et al. 2008. Speciation reversal and biodiversity dynamics with hybridization in changing environments. Molecular Ecology 17: 30-44.

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