貝の上に生きる藻類
生き物どうしの「着生」関係
生き物どうしの直接的な相互関係と言われて思い出すのは「共生」や「寄生」という関係でしょう。共生とは広辞苑では「異種の生物が行動的、生理的な結びつきを持ち、一所に生活している状態」と書かれています。また、寄生とは「生物が、栄養の大部分や暮らす場所を他の生物体(宿主)に一方的に依存して生活すること」とあります。この共生でもないし、寄生でもないけれども、二つの生物の間で協関して生きる関係として「着生」というものがあります。これは、動物どうし、あるいは植物どうしが相互に着生して共に生きる、あるいは、動物に植物が、反対に植物に動物が着生して共に生きるという関係のことです。着生は、決してともに利益を与えているわけでもないし、また一方的に寄生しているわけでもありません。とにかく二者がくっつくことで生きている関係だといえます。
陸上での着生関係
落語の一節にヒトの頭の上に桜の木がはえ、花見をすると言う話がありますが、これは作り話です。陸上動物の上に植物が着くことに近い例としては、冬虫夏草のようなものがあるかもしれません。しかし、これは冬蛾の幼虫にキノコが生長する現象であり、生きた動物に植物が着いているわけではありません。陸上動物の上に動物が着く例としては、哺乳動物の毛や皮膚に付着して生きる昆虫類などをあげて良いでしょう。しかし、陸上動物の着生の例は比較的少ないのです。もちろん、陸上植物の上に植物が着いているのは、しばしば目にすることができます。例えば、杉の巨木にシダや蘭がついていることは稀なことではありません。
水中での着生関係と基質特異性
陸上での着生関係は比較的乏しいのですが、水の中になると話は別です。水中での着生関係は決して珍しくないのです。例えば、貝の上にイソギンチャクが着いていたり、フジツボが貝の上に着いていたりすることなどがあります。また、動物の上に植物がつくことも珍しくはなく、例えば、サザエやアワビ、シッタカなど軟体動物の巻き貝や二枚貝の殻に植物、すなわち海藻が着くことは日常茶飯事です。特に、高級貝として知られているサザエやアワビには良く若干ピンクや深紅色をした石のようなものや、赤や緑や褐色のひらひらした葉や針金のようものが着いています。これらの多くは、紅藻や無節石灰藻という海藻です。その他に石灰藻ではありませんが、殻状藻と言って、葉や茎や根がないこんもりしたフェルト状のパッチが貝の上に着いていることもあります。これらは主に紅藻です。これらの藻類には基質特異性というものがありません。基質特異性というのは、着く基質にある特定のものを要求することです。基質特異性がないことの例として、アワビに着く藻類が岩の上や他の貝の上にも着くことがあります。このように水中での着生関係には基質特異性がないことが多いのですが、2008年2月に紹介した蓑亀の蓑には基質特異性があります。つまり、蓑には亀の甲羅以外には着かない性質があるのです。また、貝の上に着く藻類にも基質特異性を持った藻類がいます。このような貝の上につく基質特異性を持つ藻類についての話をしましょう。
基質特異性を持つ藻類:カイゴロモ
貝の上に藻類が着くことで有名なのがカイゴロモです。カイゴロモには典型的な基質特異性があり、スガイと言う貝にしか着きません。スガイは巻き貝の一種で、日本の磯では極普通に見られます。スガイの名前の由来は、蓋を酢に入れて自然に動くのを楽しんだことから来ています。磯に行ってみると、スガイに似た巻き貝が幾つもあるのに、カイゴロモが着いているのはスガイだけで、その他の巻き貝には着いていないことに気づきます。このカイゴロモはなぜスガイだけに着くのかという問題は、実は、約50年前にスガイが新種として発表されて以来未だに解決されていない謎なのです。カイゴロモは最初、シオグサ属に属していましたが、最近の研究結果から普通のシオグサ属ではなく、新属である可能性もあることが明らかになってきています。また、このカイゴロモは亀に着生するキッコウジュズモ属ともマリモ属とも非常に近縁であることが最近の分子系統学的な研究から分かってきています。
新種?タニシに着くタンスイカイゴロモ
スガイの上にカイゴロモが着き、淡水亀の甲羅の上にキッコウジュズモが着くのと同じように、淡水の巻き貝であるタニシにもカイゴロモやキッコウジュズモと同じような緑藻が着いています。この緑藻を見つけたのは、6年前筆者が香川県の溜め池で、シャジクモという淡水の陸上植物につながる緑藻を捜していた時のことです。ヒメタニシの殻の上に緑の苔のような藻類が見られたので、採集してみると、その緑藻は貝殻の上を匍匐する細胞群と直立する一列な細胞群から出来ており、その一列の細胞の並びは下部から上部に向けて太くなり、細胞は樽型で、一方向だけに枝を出していました。また、この緑藻の上部には成熟細胞も出来ていました。これらの特徴から、何という緑藻なのか調べたのですが、よく分かりませんでした。名無しの権兵衛ではいろいろと不都合なので、カイゴロモに似ていて淡水に生育するので、タンスイカイゴロモと仮称することにしました。ただ、単列な細胞の並びで多核体であり多裂型のピレノイドを持つことから、カイゴロモやキッコウジュズモ属と近縁であるだけは分かりました。
もう一つのタンスイカイゴロモ
その後、千葉の里山の保護活動をしている我が学科の長谷川雅美先生が、里山の保護活動の拠点の一つである大草の田圃から、今度は分枝しないタイプのタンスイカイゴロモを見つけました。こちらのタンスイカイゴロモはキッコウジュズモ属の一種で、アメリカ合衆国5大湖のエリー湖の中にあるSouth Bass Islandの池に生育していたBasicladia vivipara Normandin et Taftとして記載された種と良く似ていました。この合衆国の緑藻はアメリカのタニシの仲間に付着します。長谷川雅美先生が見つけたタンスイカイゴロモは、生殖細胞の形態などに若干の違いはありますが、おそらくB. viviparaと同定して良いでしょう。ただ亀の甲羅に付着するキッコウジュズモ属とは貝殻の上を這う細胞群の形態が完全に異なっているなどの違いがあるため、タニシに付着している緑藻はキッコウジュズモ属ではなく、多分新属の緑藻であることが示唆されています。また、日本のタニシの上に生育するタンスイカイゴロモは分枝しないタイプと分枝するタイプの二つあることから、少なくとも2種存在するようです。さらに分枝するタイプもその生殖細胞の形態から複数種からなる可能性もあります。いまのところ、この2種のタンスイカイゴロモはタニシ以外からは見つかっていません。おそらくタニシ以外には付着せず、川や湖の水草の上とかコンクリートの上や岩の上などには生育しないであろうと予想しています。
生活環境からせまる基質特異性の謎
マリモ、キッコウジュズモ、カイゴロモ、さらに、キッコウジュズモに良く似たミゾジュズモ…。これら緑藻はカイゴロモを除いて、淡水産であり分子系統学的にも近縁であることが既に発表されています。そして、今回話題にしたタンスイカイゴロモも、ミゾジュズモとマリモを除くと、不思議なことに貝や亀という動物に着生して生育しています。また、マリモは浮遊する生活形をとっていますが、ときには岩の上や貝殻にも生育することが知られています。筆者もマリモがタニシに着生することを観察しています。しかし、なぜマリモやマリモの仲間が動物の上に着くのか、今のところよく分かっていません。ただ、マリモの仲間は意外と暗黒下でも生きられるという特徴を持っていることが基質特異性と関係があるのかもしれません。マリモの鞠が存続するのは、その鞠の中心付近でも、藻体は緑色をしており、光が届かなくても、生き続けることが出来るからです。またカイゴロモもミゾジュズモにも同じ性質があることを筆者は実験的に確かめています。さらに、カイゴロモやキッコウジュズモが着く亀やタニシなどは、泥の中等に潜ったり乾燥したり、藻類にとっては過酷な環境を利用することがあります。そこで筆者は、このような過酷な環境でカイゴロモやキッコウジュズモが生きられるのは、マリモとマリモの仲間が暗黒下でも生きられることからきているのではないだろうかと考えています。つまり、マリモの仲間以外の藻類は着いていたとしても過酷な環境下で脱落し、マリモの仲間だけが残るから、結局マリモの仲間だけが生育することができるという仮説を立てているのです。それでも、スガイの上にカイゴロモが、亀の甲羅の上にキッコウジュズモが、そしてタニシの上にタンスイカイゴロモがなぜ、着くのか未だ謎のままなのです。
細胞構造学研究室
宮地和幸