理学部生物学科

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B染色体 — B級の染色体?

Bs?

 細胞の中に存在するものの中で最もよく観察されてきたのは、「染色体」であると言っても過言ではないでしょう。細胞を初めて観察した先人達は、細胞分裂の際に出現しては消えるこの不思議な構造物に魅了されたに違いありません。今では、染色体の主体は遺伝を司るDNAで、細胞から細胞へ、親から子へ、世代から世代へと遺伝情報を伝える極めて重要な仕事を担っていることはよく知られています。染色体の数はヒトでは46本(図1)ですが、この数は生物種によってほとんどの場合一定で、染色体数が違えば多くの場合は種が違います。ところが稀に、染色体数が1か2、またはそれ以上異なることもありますが、このような数の変異は一般的に次の世代には受け継がれません。しかし、安定してある一定の数の「ゆらぎ」を維持している生物種が存在します。このような数の「ゆらぎ」を多型と呼びます。染色体数の多型の原因となっているのは、過剰染色体(supernumerary chromosome)で、一般の染色体に比べて小さいのが特徴です。
ヒト男性の染色体像(ギムザ液で染色)
図1 ヒト男性の染色体像(ギムザ液で染色)
染色体数は2n=46(44A+XY)
ヒト男性の染色体像(Cバンド分染済み)
図2 ヒト男性の染色体像(Cバンド分染済み)
ヘテロクロマチンが濃染されています(矢印はY染色体)
 染色体は遺伝子を多く含む部分とあまり含まない部分に大別され、一般に前者は真正染色質(euchromatin;ユークロマチン)、後者は異質染色質(heterochromatin;ヘテロクロマチン)と呼ばれています。ヒトの染色体においては、染色体のくびれの部分(動原体と呼ぶ)とY染色体の大部分がヘテロクロマチンから成ります(図2)。過剰染色体は染色体が小さいことに加え、ふつうは染色体全体がヘテロクロマチンから成るのが特徴の一つです。染色体は性決定に関連して雌雄で異なる染色体、例えばヒトにおけるX染色体やY染色体を性染色体、それ以外を常染色体(autosome)と呼びます。このautosomeの頭文字のAを使って、常染色体をAと略すことから、過剰染色体はB染色体とも呼ばれます。
 過剰染色体を初めてB染色体と呼んだのは、1928年のトウモロコシの研究で、その論文の中で通常の染色体As(autosomes)と区別するのに用いられました。それ以来、まるでB級・二流扱いの名前B chromosome(Bs:B chromosomes)が、過剰染色体を示す言葉として定着しています。B染色体による染色体数の多型を示す生物種は意外に多く報告されており、植物では500種、動物でも100種を越えています。動物の中で最も多くの報告例があり、またよく研究されているのがバッタの仲間で、それ以外にカメムシ等の節足動物、更に、キツネやネズミ等の哺乳類でも報告されています。ふつう自然集団の中でB染色体を持つものと持たないものは区別できないので、B染色体を持つ生物種は実際にはもっともっと多く存在するかもしれません。

ザトウムシ

 B染色体を持つ生き物の中の一つに、ザトウムシが上げられます。ザトウムシは、一見クモに似ていますが、実はクモとは少し違います。一般にクモと呼ばれる生き物はクモ綱クモ目に属しており、糸を出してえさを捕獲したり営巣したりする特徴を持ちます。一方ザトウムシは、クモ綱ザトウムシ目に属するクモ形動物であり、クモ目のように糸をだすことはありません。最も特徴的なのは、非常に細長い8本の脚です。実はザトウムシは、第2歩脚対が他の脚に比べて顕著に長く、この2本の脚で前方を探りながら歩くという特徴的から「座頭」虫と呼ばれています。英語では、harvestmanあるいはdaddy-longlegs(足長おじさん)と呼ばれています。ちなみに、テレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の第9使徒マトリエルやスタジオジブリの宮崎駿監督作品「千と千尋の神隠し」に登場する釜爺は、その形態からザトウムシをモデルにしていると言われています。
 ヒトハリザトウムシの雄個体
図3 ヒトハリザトウムシの雄個体
第二歩脚対の長さに注目(左) 目(矢印)はあります(右) (渡邉舞 撮影)
 日本に生息するザトウムシの一種ヒトハリザトウムシ(図3)は、高頻度にB染色体を維持していることが知られており、この種を材料とした研究も進んでいます(文献1)。ヒトハリザトウムシの基本染色体数は2n=18で、B染色体数は、最大で18という変動を示します。同じ節足動物のバッタが持つB染色体が数本程度であることを考慮すると、ヒトハリザトウムシのB染色体はかなり多い本数と言えます(図4)。では、このヒトハリザトウムシのB染色体には、どんなDNAが乗っているのでしょうか?また、このB染色体はどのようにして生まれてきたのでしょうか?B染色体は多くの動植物で確認されており、その起源を明らかにしようと様々な研究がなされているのですが、実は未だ充分な結論は見出されていません。はっきりしていることは、B染色体には反復性のDNA配列が乗っていることが多いということだけです(文献2)。

ザトウムシのB染色体

 我々はザトウムシ研究の第一人者である鳥取大学の鶴崎展巨先生のご指導の下、ヒトハリザトウムシにおけるB染色体の起源と進化を明らかにするため、2年前から研究を開始しました。その結果、少しずつですがB染色体に乗っているDNAに関する以下の事柄が判ってきました。1)5S rDNA:B染色体は一般に反復配列を多く持つことから、まず既知の反復性配列である5S rDNA(生物学の新知識バックナンバー2008年11月号参照)に着目しました。ヒトハリザトウムシのゲノムDNAから増幅した5S rDNAを蛍光標識し、これを用いて染色体上の位置を解析するFluorescence in situ hybridization(FISH)解析を行った結果、ヒトハリザトウムシにおいて5S rDNAはB染色体上には存在しないことが判りました(文献3)。2)テロメア配列:多くの昆虫は染色体末端に昆虫型テロメア配列(TTAGG)nを持っています。この配列を使って、上記同様のFISH解析を行った結果、B染色体のテロメア配列は常染色体と同様に染色体末端部にのみ局在していることが判りました(図5)。3)反復配列:ヒトハリザトウムシのゲノムから反復配列を検索した結果、B染色体上に局在するひとつの反復配列を検出しました。現在詳細な解析を行っていますが、この配列以外の反復配列も引き続き探しています。
ヒトハリザトウムシの第1減数分裂染色体像(矢印はB染色体)
図4 ヒトハリザトウムシの第1減数分裂染色体像(矢印はB染色体)
染色体数は2n=21(9 x 2A+3B)で、常染色体のみ相同対を形成している。
ヒトハリザトウムシの第1減数分裂染色体のFISH解析像
図5 ヒトハリザトウムシの第1減数分裂染色体のFISH解析像
黄色い部分はテロメア配列が局在する染色体末端部を示している
 実は、生物学の新知識2007年7月号で紹介したヌタウナギの仲間も、生殖細胞だけにしか存在しないB染色体を持っています(文献5,6)。この染色体にも反復性のDNA配列が乗っていることが判っています。B染色体と反復性のDNA配列の間にはやはり切っても切れない関係があるようです。我々はB染色体に局在するDNA配列を見つけ、その配列を詳細に解析していけば、いつかはB染色体の起源の解明に近づけると考えています。トノサマバッタのB染色体は、ある常染色体から約75万年前に生じたという研究結果が最近報告されました(文献4)。ヒトハリザトウムシのB染色体の起源を追い求めることは、何万年前の出来事まで遡る必要があるのか、ヌタウナギの仲間場合は何百万年あるいは何千万年も遡る必要があるのか今現在では想像がつきません。この謎解きの時間旅行、B級どころかA級なみにまだまだ楽しめそうです。

(分子・細胞遺伝学研究室 久保田宗一郎)

参考文献

  1. Tsurusaki, N., Shimada, T. (2004). Geographic and seasonal variations of the number of B chromosomes and external morphology in Psathyropus tenuipes (Arachnida: Opiliones). Cytogenet. Genome Res. 106: 365-375.
  2. Camacho, J.P.M., Sharbel, T.F., Beukeboom, L.W. (2000). B chromosome evolution. Phil. Trans. R. Soc. Lond. B355: 163-178.
  3. Watanabe, M., Tsurusaki, N., Kubota, S. Molecular cytogenetic characterization of 5S ribosomal DNA in the harvestman Psathyropus tenuipes (Arachnida: Opiliones). Chromosome Sci (in press)
  4. Cabrero, J., Lopez-Leon, M.D., Teruel, M., Camacho, J.P.M. (2009). Chromosome mapping of H3 and H4 histone gene clusters in 35 species of acridid grasshoppers. Chromosome Res. 17: 397?404.
  5. Kubota, S., Nakai, Y., Kuro-o, M., Kohno S. (1992) Germ line-restricted supernumerary (B) chromosomes in Eptatretus okinoseanus. Cytogenetics and Cell Genetics 60: 224-228.
  6. Shichiri, M., Kikuma Y., Kuo, C.-H., Liu, L.-L., Kubota, S., Kohno, S. (1997) Chromosome elimination and germ line-restricted microchromosomes in Paramyxine sheni fromTaiwan. Chromosome Sci. 1: 49-53.

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