理学部生物学科

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体温はなぜ37℃なのか

 動物には爬虫類のような変温動物と私たち哺乳類に代表される恒温動物がいます。では、外界の温度によって体温が変動する変温性から、体内で発熱し体温を自立的に保つ恒温性への進化はどのようなプロセスで進化したのでしょうか。体温を高く、一定に保つことにはどんな意義があるのでしょうか。これが、爬虫類の行動研究を始めて以来30年、私がずっと考え続けてきた疑問です。
 現在、私たちは伊豆諸島の島々において、オカダトカゲとその捕食者であるシマヘビの生活様式、捕食を回避する行動に及ぼす体温の影響などを調べながら、体温調節の進化について研究しています。今回は、温度計とストップウオッチを使ったシンプルな野外研究の成果と、内温性の進化に関する最近の研究成果、そして新しい考えについて紹介します

捕食者がトカゲの体温を高くする

 伊豆諸島に生息するオカダトカゲにとって、シマヘビは強力な天敵(捕食者)です。しかし島々の中には、シマヘビが生息せずにオカダトカゲが高い生息密度でのびのびと暮らしている所があります。そこで、シマヘビのいる神津島と御蔵島、シマヘビがいない三宅島でオカダトカゲの体温を調べてみたところ、シマヘビの捕食にさらされている島の平均活動体温は36℃と、シマヘビのいない島の活動体温(32度)よりも、4度近く高かったのです。
 爬虫類は体温が低くて動きののろい生き物という印象をもたれているかもしれませんが、実際にはいつでもすばやく動けるように体温を高めに調節しています。昼間に活動するトカゲの平均体温は、温帯の種類も砂漠の種類も32-38度程度です。つまり、私たち人間とほぼ同じ体温で活動しているのです。

 シマヘビにねらわれたオカダトカゲはすばやく走ってシマヘビの捕食を避けます。だから、シマヘビのいる島のオカダトカゲは捕食を回避するために高い体温を維持していた、と考えることができます。このことから、体温調節の進化には、外界の温度条件に対する生理的な適応という面だけでなく、捕食と捕食回避という生物間の相互作用が大きな役割を果たしていたのではないかと考えるようになりました。スピードと持久力は体温が高いほど向上するので、配偶者をめぐる種内の争いでも、捕食者と被食者(ヘビとトカゲ)の生存闘争でも、高い体温を維持することのメリットは大きいのです。実際に、神津島で調べたところ、体温が25度の時の徘徊速度は、シマヘビが秒速1.2mで、トカゲ(秒速0.6m)よりも速かったのですが、体温が35度の時は逆にトカゲが秒速2.5mでシマヘビ(秒速1m)よりはるかに素早く疾走していました。

内温性の進化と有酸素能仮説

 外部の熱源に頼って体温を上げる変温性の動物から、体内の熱生産によって高い体温を恒常的に維持する内温生への進化に関する最も信憑性の高い説明は、1979年にカリフォルニア大学のベネット博士とオレゴン大学のルーベン博士によって提唱されました。博士らの考えは、体温を高く維持すること自体よりも、まずは有酸素呼吸能を高めて運動機能を向上(スピードと持久力)させることに対して自然選択が作用する、このような自然選択によって上昇した最大代謝率(有酸素能)が基礎代謝率を引き上げ、体温維持の熱生産を発達させる、というものです。
日向で腹を広げて日光浴をするトカゲ
図1 日向で腹を広げて日光浴をするトカゲ
 しかし、体温を高く保つためにはコスト(対価)を払わなくてはなりません。私たち哺乳類の場合は、食物を異化する際に生じるエネルギーを熱源として体温を維持するために、大量の食物を摂取しています。一方爬虫類は、食物から熱を得る割合が少ない代わりに、太陽に直接体をさらして(日光浴)体温を上げます(図1)。例えば、同じ体重(1kg)のネズミとトカゲは活動時にほぼ同じ体温(37℃)を保っていますが、そのために、1時間当たりの消費エネルギーは、ネズミ(約2400キロカロリー)が、トカゲ(540キロカロリー)の4倍になります。
 面白いことに、オカダトカゲは餌を主に森の中でとるために、日向で日光浴をしていると、自分自身が餌をとる時間が少なくなってしまいます。そんな時、トカゲたちは捕食を回避することと自分自身が餌を食べることのどちらを優先させているのでしょうか。私たちは今、オカダトカゲが本当に運動能力を高めることで捕食を避けているのか、日光浴時間と餌獲得時間をどう調和させているのか、ベネット・ルーベン博士の説を行動学的、生態学的に立証する研究を進めています。

体内での熱生産とATP生産の関係

 ベネットとルーベン博士の有酸素能説を立証するためには、有酸素呼吸と運動能力、そして体温の関係を明らかにしなければならないでしょう。ここからは、オーストラリア、ウロンゴン大学のハルバート博士、エルス博士らの精力的な研究成果をもとに、最近の進展を紹介していきます。
 高い運動能力(スピードと持久力)は、筋収縮にエネルギーを提供するATP(アデノシン三リン酸)の高い供給能によって支えられています。それを可能にするのが、ミトコンドリアの酸素呼吸です。ブドウ糖1モルの酸化によって、36モルのATPが生産されることは高校の教科書でも習うことです。そこで、ハルバートとエルス両博士は、ミトコンドリアの酸素呼吸に注目し、内温性のネズミと外温性のトカゲで比較研究を行いました。私も、博士らの研究を知る前に、同じようなことを考えていました。その時に考えていたのは2つの可能性です。哺乳類のミトコンドリアはATP生産、熱生産の面で爬虫類よりも性能が良いのかどうか、もしミトコンドリアの性能に差がなかったら、哺乳類の細胞にはミトコンドリアがより多く含まれているのかどうか、ということです。

 ハルバートとエルス両博士は明確な結果を示しました。哺乳類が爬虫類よりも優れたミトコンドリアを持っているのではなくて、哺乳類はその内臓(肝臓や心臓)に爬虫類の5倍以上の密度でミトコンドリアを持っていたのです。さらに肝心な点は、筋細胞のミトコンドリアの密度は哺乳類と爬虫類の間で差がなかったという点です。筋肉を構成する細胞の大半は筋繊維で占められています。筋細胞にミトコンドリアを詰め込もうとすると、スペースに限りがあるため、筋繊維の量を減らさなければなりません。哺乳類たちは、高い運動能力のために必要なATPを筋肉内で生産するのではなく、内臓の細胞に詰め込んだミトコンドリアによってまかなうように設計されてきたのです。要するに、内温性動物におけるスピードと持久力を担うATP生産と体内での熱生産は、内臓に増やされたミトコンドリアが担当し、強い心肺機能を使って血流を通じて全身に分配している、という説明です。ここまできて、ベネットとルーベン博士の説は立証されたかに思えました。しかし、ここで新たな展開がありました。

脱共役タンパク

 食物という高分子の化合物を分解する過程で発生する自由エネルギーを完全に利用してATPを作ることが出来れば、異化の代謝過程とATP合成の過程が完全共役し、原理的に熱は発生しません。逆に、エンジンを空ふかしするように、食物を分解しても酸化的リン酸化の過程が脱共役して、ATPを合成しなければ、自由エネルギーは熱として発散してしまいます。面白いことに、さまざまな脊椎動物からわざわざ脱共役してATP合成効率を低下させてしまうタンパク質が発見されました。これを脱共役タンパクと呼び、褐色脂肪細胞にたくさん含まれていることもわかりました。このタンパクの役割は、ミトコンドリアの内部でATPを作らずにより多くの熱生産をさせることだといわれてきました。
 脱共役による熱生産はATP生産との間にトレードオフの関係にあります。体内熱生産を優先すれば、ATP生産が低下してしまいます。もしかしたら、過去には体温が高くてものろまな動物が存在したのかもしれません。しかし、ベネット・ルーベン説が正しければ、進化は無駄に体温を高くするよりも、たとえ変温であっても食物から効率よくATPを生産する動物に味方したはずです。事実、短距離走ならば、トカゲたちはネズミに負けませんし、日光浴で体温を暖めればよいだけです。そうであれば、脱共役タンパクは内温性の進化に大きな役割を果たさなかったのかもしれません。

ATP、フリーラジカル、脱共役

 科学の進歩は直線ではありません。回り道にもまた意味があります。脱共役タンパクについて勉強したおかげで、いろいろと面白いアイデアが湧いてきました。なぜ昆虫から脊椎動物まで幅広い動物たちが30-40度の体温を維持しているのか、考えるようになったのです。鍵を握るのが、寿命を左右すると考えられているフリーラジカルです。すこし複雑になるので、フリーラジカルの関与がどのようなものかを考える前に、ミトコンドリアにおけるATP生産と脱共役タンパクとの関係を分子レベルで説明しましょう。
 自由生活するさまざまなバクテリアから多細胞生物のミトコンドリアまで、すべての生物における生命活動はATPによってまかなわれます。ATPを生産する基本的なしくみは全ての生物で同じで、ミトコンドリアの基質から内膜の外へ汲みだされたプロトン(水素イオン)の濃度勾配(浸透エネルギー)を利用してATPを合成します。バクテリアは細胞膜と細胞壁の間にプロトンを貯め、ミトコンドリアでは内膜と外膜の間にプロトンを貯めます。膜間にたまったプロトンはその浸透勾配に応じて内膜に戻ろうとしますが、脂質二重膜を通らず、膜に埋め込まれたATPアーゼと呼ばれるタンパクの中を通って基質に戻ります。その時のエネルギーを利用して、ADPとリン酸からATPが合成されるのです(図2)。
ミトコンドリアにおけるプロトンポンプ、ATPアーゼ、脱共役タンパク
図2 ミトコンドリアにおけるプロトンポンプ、ATPアーゼ、脱共役タンパク
 脱共役タンパクは、内膜の外にたまったプロトンをATPアーゼを通さずに膜内に逃がしてしまいます。ATP合成に使われなかった自由エネルギーは熱として発散されるのです。これが、脱共役タンパクによる熱生産とATPの合成速度がトレードオフの関係にあることの分子レベルでの説明です。しかし、脱共役タンパクの役割は熱生産だけではありませんでした。
 脱共役にはフリーラジカルの生成を制御するという役目があることを、ケンブリッジ大学のブランド博士が指摘しました。膜間にプロトン濃度が高まっても、ATP生産の必要が無い時には、ミトコンドリア内膜の電子伝達系にたまった電子が細胞基質に漏れ出し、酸素と反応して反応性が高く細胞を傷つける活性酸素(フリーラジカル)を作ってしまいます。つまり、脱共役タンパクはATP生産の必要性が小さい時に余分なプロトンを逃がし、呼吸鎖をアイドリングさせて熱として発散し、細胞障害を防ぐという役目を果たしているというのです。どうやら、熱生産は、それ自体が自然選択されたのではなく、フリーラジカルを制御する目的の副次的効果だった可能性があります。

なぜ37度なのか

 ATP生産による運動機能の向上、脱共役タンパクによる熱生産とフリーラジカルの制御、プロトン濃度勾配によるATP生産、フリーラジカルの危険性、と役者がそろい、なぜ体温が37度なのかを考える段階にきました。私は、ATPの生産にはフリーラジカルのリスクがつきまとうというミトコンドリアのシステムにおいて、リスクを最小化し、利益を最大化するシステムが自然選択されたのではないか、と考えました。プロトンの濃度勾配によるATP生産速度は温度に依存して高くなるけれど、電子の漏出によるフリーラジカルの発生もまた温度の上昇とともに高くなるでしょう。こう考えれば、リスクの最小化と、利益の最大化がある温度で実現するはずです。それが37度なのだと思ったのです。
 この考えを思いついたのは、野外調査からの帰りの船中でした。その後、いろいろと論文を探してはみたのですが、まだ同じ考えの論文を見つけていません。本当にオリジナルなアイデアであれば、理論を固め、しっかりと実験で検証し、論文として発表する価値があります。ということで、今回はこの辺で筆を置きたいと思います。

地理生態学研究室 (長谷川 雅美)

参考図書

ニック・レーン(斉藤隆央訳 田中正嗣解説)2007 ミトコンドリアが進化を決めた (原題 Nick Lane POWER, SEX, SUICIDE Mitochondria and the Meaning of Life 2005)みすず書房

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