理学部生物学科

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抗菌性ヒストンを追いかけろ! Part I 【2009年6月号】

 6月になりました。6月といえば梅雨の季節ですが、さて今年はどのような空模様になるのでしょう(この原稿は5月中旬に書いております)。私達が生きていく上で雨はなくてはならない大切な自然現象ですので、梅雨もまた多くの生き物に命の水をもたらすことでしょう。それでも、適当に温かくまた十分に湿度もあるこの季節、1ヶ月を超える長雨は(6月を「水無月」というのは不思議ですね)、畢竟、食中毒やカビの繁殖も起こり易いことから、まったく油断がなりません。ところで、当たり前のことではありますが、カビや細菌などの微生物は、食品だけでなく自然界の生き物も寄生や感染の対象としています。しかし、生き物はそう簡単には負けてはおりません。なぜなら、多くの生物には微生物に対抗するためのいろいろな防御機構が備わっているからです。その一つに、以前、当ホームページ上でご紹介しました抗菌ペプチドがあります。今回はシュレーゲルアオガエルから得られた抗菌ペプチド(正しくは抗菌タンパク質ですが)が、意外にもある有名な物質だったというお話をご紹介します。

1.抗菌ペプチドとは?

 抗菌ペプチドは、私たちヒトをはじめとした脊椎動物はもとより、無脊椎動物、植物、細菌にまで存在する生体防御機構です。簡単に言ってしまえば、体外に分泌されることにより微生物の細胞膜と作用し、膜を覆ってしまったり孔を開けたりすることで微生物の増殖を抑制したり殺菌したりする性質をもったペプチドのことです。その活性はペプチドのアミノ酸配列に依存するため、耐性菌を生じにくく、広い菌種に作用することから、医薬品としての応用に高い可能性を秘めています(詳細についてはすでに「生物学の新知識」2008年1月号「生体防御の秘密兵器・抗菌ペプチド」において紹介をすませておりますので、ぜひバックナンバーをご覧下さい)。また、近年はホルモンなどすでに生理活性がよく知られているペプチドにおいても、新たに抗菌活性を有することが見つかるようになって来ました。

2.シュレーゲルアオガエルの抗菌ペプチドの正体は?

 今からちょうど10年前、生物学科では両生類の生理活性ペプチド研究の世界的な権威である米国Creighton大学のJ. Michael Conlon博士(その後はアラブ首長国大学でご活躍中です)を客員教授としてお招きする機会がありました。これをきっかけに、Conlon博士と当研究室は両生類の皮膚抗菌ペプチドに関する共同研究を行うことになり、現在に至っています。主にアカガエル(Rana)属を研究対象としているのですが、ある年、樹上棲のカエルであるシュレーゲルアオガエル(Rhacophorus schlegelii)に目を向け、Conlon博士が抗菌ペプチドの単離を試みることになりました。海を越え、はるかアラビアの国にわたったシュレーゲルアオガエルの皮から高速液体クロマトグラフィー(HPLC)という機器を用いて、徐々に抗菌成分を純化していったところ得られたのが…。

3.はじまりは1通のメイルから

 Conlon博士から届いた途中経過を知らせる1通の電子メイルには、「部分配列と質量分析の結果から、得られた抗菌物質はまず間違いなくヒストンH2Bであろう、しかしサンプル量が少なく全長のアミノ酸配列は決定できないので遺伝子レベルから決めてくれ」とありました。このメイルは私にとってとても衝撃的でした。なぜなら、それまでヒストンというのは規則的にDNAを巻き付けて染色体の構造を作り出す、真核細胞の核内に存在するタンパク質であると強く認識していたからです。それが抗菌性を持つなんて!? 不思議とびっくりの中、シュレーゲルアオガエルのシーズンの到来を待ち、またヒストンの研究にチャレンジしてくれる学生の登場を待つことになりました。

4.ヒストンとは

 ヒストンについてはご存知でしょうか?ヒストンにはリンカーヒストンであるヒストンH1とコアヒストンであるヒストンH2A、H2B、H3、H4という計5種類が存在します。正電荷を強く持つコアヒストンはそれぞれ2分子ずつが会合して8量体となり、これが負電荷を帯びているDNAを巻き付けてリンカーヒストンが留める、というヌクレオソーム構造を作ります。これがクロマチンの基本構成単位で、数珠上にヌクレオソームが連続し、細胞の核内にコンパクトにDNAを収納します(図1)。DNAの遺伝情報を読む必要が生じたときは、いろいろな酵素群の働きによってヌクレオソーム構造におけるコアヒストンの正電荷数を減少させてDNAとの結合力を弱めている間に遺伝情報がRNAに読み取られます。このうちヒストンH2Bをシュレーゲルアオガエル皮膚から抗菌物質として得たわけです。ちなみにヒストンH2Bのアミノ酸残基数は100を超えるので、いわゆる「ペプチド」と呼ぶには大き過ぎるため、抗菌タンパク質と呼ぶことにしています。
ヒストンとは

5.抗菌性ヒストンを追いかけろ!

 幸いなことに、ヒストンH2Bの抗菌性について興味を持ってくれた学生さんはすぐに現れました。その学生さんは以後6年間にわたりヒストンの研究を行うこととなり、ヒストンに関わる一連の研究で昨年の3月に学位を取得しました。彼はまず、Conlon博士の期待に見事に応え、シュレーゲルアオガエル皮膚からヒストンH2Bの遺伝子をクローニングし、配列決定を行いました。一連の成果は直ちに論文にまとめられました(参考文献1)。ここまではよかったのですが、ここから先がたいへんでした。私達にとってとても興味深い発見であったが故に、次から次へと解かねばならない疑問が生じて来るのです。それこそがサイエンスの醍醐味には違いありませんが、その一つ一つをクリアすることは、大きなプレッシャーでした。最初に浮かんだクリアすべき疑問は、「果たしてシュレーゲルアオガエルの皮膚においてヒストンH2Bが他の抗菌ペプチドのように皮膚腺で合成され分泌されるのか?」というものでした。前述のようにヒストンタンパク質は真核生物のすべての細胞核内に存在するので、何らかの形で核内のヒストンH2Bが抗菌活性を発現しているかも知れません。当然、私たちもその可能性も意識していました。

6.核外ヒストンの存在

 この疑問はシンプルな方法で解決しました。カエルの皮膚腺は平滑筋に取り囲まれ、これが神経刺激によって収縮することにより皮膚腺の内容物が体外に分泌されます。そこでノルエピネフリンという神経刺激物質をシュレーゲルアオガエルに皮下注射することにより皮膚腺を収縮させて分泌を誘導し、分泌物を回収しました。これをドットブロットという方法で特殊な膜状に濃縮・転写し、ヒストンH2Bの抗体を用いてヒストンH2Bの検出を行いました。さらに、シュレーゲルアオガエルの皮膚組織切片にもヒストンH2B抗体を反応させ、皮膚腺の細胞核以外の部分にヒストンH2Bが存在するかどうかを検証しました。得られた結論は、「シュレーゲルアオガエルは皮膚腺の細胞質において分泌性のヒストンH2Bを合成している」というものでした(図2)。
核外ヒストンの存在

7.昔から知られていたヒストンの抗菌性

 自分の不勉強ぶりをさらけ出すようでお恥ずかしい限りですが、実はヒストンの抗菌性を報じた論文は今から60年以上も前の1942年にMillerらによって発表されていることを研究に着手してから知りました。今のところこれが最も古い報告と認識されています。ただ残念なことに、Millerらの報告はアルギニンの多いヒストン(H3とH4)に活性がありリシンの多いヒストン(H2AとH2B)には活性がない、というものでしたが、現在はその反対であることが定着しています。また、思いのほか多くの論文がヒストンの抗菌性を報じていることもわかりました。特にヒストンH1とH2Aはいずれも完全長のヒストンが酵素によってフラグメント化することにより抗菌活性を強く示すことや、また抗菌性のメカニズムが他の抗菌ペプチドと大きく異なることがよく研究されています(参考文献2)。従って、私たちの目指すところはこれら先行研究に匹敵するものとせねばなりませんでした。そして長い年月がかかりましたが、努力はやがて報われ、ヒストンH2Bの驚きの抗菌メカニズムを明らかにしました。
 さて、物語はいよいよ佳境に入るところなのですが、残念ながら紙面が尽きてしまいましたので、この続きはいずれまた「Part II」としてお届けするつもりです。詳しい掲載時期はお知らせできませんが、どうぞお楽しみに!そんなに待てない、という方がもしいらっしゃいましたら、参考文献3をお読み下さい。あ、それよりも生物学科に入学して私達と一緒に研究する、というのもファンタスティックなアイデアですね!2010年度の受験案内は(こちら)をどうぞ!

生体調節学研究室 岩室 祥一

参考文献

  1. Kawasaki H, Isaacson T, Iwamuro S, Conlon JM, 2003. A protein with antimicrobial activity in the skin of Schlegel's green tree frog Rhacophorus schlegelii (Rhacophoridae) identified as histone H2B. Biochem Biophys Res Commun 312, 1082-1086.
  2. Kawasaki H, Iwamuro S, 2008. Potential roles of histones in host defense as antimicrobial agents. Infect Disord Drug Targets 8, 195-205.
  3. Kawasaki H, Koyama T, Conlon JM, Yamakura F, Iwamuro S, 2008. Antimicrobial action of histone H2B in Escherichia coli: evidence for membrane translocation and DNA-binding of a histone H2B fragment after proteolytic cleavage by outer membrane proteinase T. Biochimie 90, 1693-1702.

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