理学部生物学科

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臍帯血(さいたいけつ) と HLA 【2009年5月号】

「人には合縁奇縁、血を分けた親子でも仲の悪いがあるもの」 (心中宵庚申より)

 近松の世話物の台詞のように、母親の血液は胎児の身体を循環すると誤解されてきました。今でも多くの人々はそう思っているのではないでしょうか。実際には母親の血液は胎盤を介して、栄養物と酸素を供給し老廃物を取り去るだけで、胎児の血液と混じり合うことは決してありません。胎盤は胎児とへその緒(臍帯)でつながっていて、出産すると赤ちゃんと一緒に子宮から出されます(後産といわれるものです)。胎盤と胎児は臍帯でつながっているので、赤ちゃんのおへその近くで臍帯を切り離します。乾燥した臍帯を今でも大切に保存している人たちも多いことでしょう。最近、この臍帯に残されている血液が注目を浴びています。今月はこのへその緒(臍帯)に残された胎児の血液、臍帯血がテーマです。

臍帯血

 胎児は羊水の中で成長しますから、肺呼吸をしていません。臍帯は胎盤の中に多数の絨毛突起を出し、臍帯動脈は母親の血液から酸素や栄養分を受けとります。一方、臍帯静脈は二酸化炭素や老廃物を母親の血液に送る生命維持に重要な役割を果たしています(図1)。胎児の血液は母親の血液と混じることなく、胎盤で物質交換を行っています。臍帯血とはこの臍帯内血管にある血液であり、胎児の血液そのものなのです。この臍帯血は血液細胞(赤血球、白血球や血小板等)を作る造血幹細胞を多く含んでいるため、臍帯血バンクなどではへその緒(臍帯)の提供を呼び掛けています。
胎盤と臍帯

図1 胎盤と臍帯(万有製薬HPより)

 最近、新聞などで大きな話題になった人工多能性幹細胞、iPS細胞(induced pluripotent stem cell) は、分裂しない体細胞に外から人工的に遺伝子を組み込んで、色々な細胞に分裂する能力を備えた細胞(幹細胞)です。われわれの身体の中にも幹細胞があります。骨髄中には造血幹細胞をはじめ、図2のように赤芽球など幼若な細胞を含みます。
赤芽球

図2 赤芽球(日本血液検査学会HP より)

 血液幹細胞が壊れている再生不良性貧血症や白血病等の化学療法により造血幹細胞が著しく低下した患者には、他の健康な人の骨髄移植が行われています。しかし、他人から得た骨髄を移植すると成熟したリンパ球の混入もあるため、副作用(拒絶反応)が起こりやすいのです。そこでまだリンパ球の発達していない臍帯血を輸血する試みが行われています。臍帯血には血液細胞を作る造血幹細胞が多く含まれます。また、臍帯血は長期冷凍保存することができるため、白血病、悪性リンパ腫、再生不良性貧血等になった時に使用することができます。現在世界中で、臍帯血の幹細胞からさらに色々な臓器を再生し、病気やけがの治療に利用する研究もおこなわれています。

HLA (ヒト白血球抗原)

 ABO式血液型は皆さんもよく知っていると思います。これは赤血球の表面にある糖タンパクの違いを利用した分類方法ですが、これ以外にもRh式、I式など250種類を越える血液型抗原があります。一方、骨髄移植では白血球を移植するので、ヒト白血球抗原(Human Leukocyte Antigen、HLA)は判定はきわめて重要になってきます。

 私たちの体内のほとんどの細胞には自分を認識する印が付いています。このため、自分とは異なる細胞や異物が体内に侵入すると、この印の違いをもとにリンパ球が攻撃を加えて除去しています。この印が同一であれば、リンパ球は自分外の細胞でも自分自身の細胞と認めてしまい、決して攻撃はしません。このため臓器移植では患者の細胞の印と同一または類似した印を有する他人の臓器が必要になってきます。この印のことをHLAと呼びます。このHLAの構造を決める遺伝子は第6染色体にあり、特に移植に重要な領域はHLA-A, HLA-B, HLA- DRにある遺伝子です。ヒトの染色体は母親から受け継いだ染色体と、父親から受け継いだ染色体の2本づつありますから、これらの遺伝子領域の合計6個の遺伝子型が一致することが重要です。これはカジノのスロットマシーンのマークをすべて一致させるのが難しいように、HLAの型が同じ白血球を探すことはとても困難になります。移植には患者と同じ型のHLAを有する人を探さなければなりません。そこで、まだHLAの表現が未分化な幼若な細胞である臍帯血を輸血する試みが行われています。さらにHLAが完全に一致した臓器を再生して、移植しようとする研究が盛んに行われています。

血液生物学研究室 丹羽 和紀

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