外来生物とその管理【2009年1月号】
外来生物問題
外来生物問題に対する社会の認識は、過去10年ほどの間に急速に広まってきました。その背景には、外来生物がもたらす被害がもはや看過できないほど大きくなってきたことがあります。例えばアメリカでは外来生物による被害が年間1380億ドル(約14兆円)以上にも上るというような推定がされています(Pimentel et al. 2000)。日本では2004年に外来生物法(特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律)が公布され、外来生物に対する社会的関心、学術的関心の高まりに火をつけました。近年外来生物の研究が進むにつれ、問題の複雑さ、難しさがことさら浮き彫りになってきています。
外来生物の進化
外来生物法で特定外来生物に指定されている生き物には、例えばグリーン・アノール(Anolis carolinensis)とブラウン・アノール(Anolis sagrei)がいます。グリーン・アノールはフロリダ半島などアメリカ合衆国の南東部が原産地ですが、日本では小笠原諸島の父島と母島に定着し、在来の生物相を捕食し絶滅に追いやっていると言われています。キューバやバハマなどのカリブ海諸国が原産のブラウン・アノールの方は、まだ日本に定着してはいませんが、ハワイや台湾、フロリダなどに定着しています。
非常に興味深いことに、小笠原では猛威をふるっているグリーン・アノールですが、その原産地のフロリダではブラウン・アノールの侵略を受けて個体数が減ってしまったという報告があります(Gerber and Echternacht 2000)。外来生物としてのブラウン・アノールの影響力の大きさの原因を探ろうと、フロリダのブラウン・アノールの遺伝的起源を調べた研究があります(Kolbe et al. 2004; Kolbe et al. 2007)。その研究から、フロリダのブラウン・アノールの個体群は原産地のあちこちの個体群からやってきた個体が交雑してできたものであることが明らかになりました。すなわちフロリダのブラウン・アノールは原産地の個々の個体群よりもずっと多様な遺伝的資源を持っているわけです。さらに、この多様な遺伝的資源はフロリダのブラウン・アノールの進化を引き起こしているかもしれないと考えられています。フロリダのブラウン・アノールは、原産地のブラウン・アノールと比べて体が大きくなっていることが知られています(Campbell and Echternacht 2003)。ひょっとするとフロリダのブラウン・アノールの遺伝的多様性が、彼らの体サイズの進化を引き起こしているのかもしれません(Kolbe et al. 2007)。
非常に興味深いことに、小笠原では猛威をふるっているグリーン・アノールですが、その原産地のフロリダではブラウン・アノールの侵略を受けて個体数が減ってしまったという報告があります(Gerber and Echternacht 2000)。外来生物としてのブラウン・アノールの影響力の大きさの原因を探ろうと、フロリダのブラウン・アノールの遺伝的起源を調べた研究があります(Kolbe et al. 2004; Kolbe et al. 2007)。その研究から、フロリダのブラウン・アノールの個体群は原産地のあちこちの個体群からやってきた個体が交雑してできたものであることが明らかになりました。すなわちフロリダのブラウン・アノールは原産地の個々の個体群よりもずっと多様な遺伝的資源を持っているわけです。さらに、この多様な遺伝的資源はフロリダのブラウン・アノールの進化を引き起こしているかもしれないと考えられています。フロリダのブラウン・アノールは、原産地のブラウン・アノールと比べて体が大きくなっていることが知られています(Campbell and Echternacht 2003)。ひょっとするとフロリダのブラウン・アノールの遺伝的多様性が、彼らの体サイズの進化を引き起こしているのかもしれません(Kolbe et al. 2007)。
侵入溶融
複数種の外来生物が係わって起こる問題も多くあります。例えば、日本からハワイに導入され定着したメジロ(Zosterops japonicus)が、同じハワイの外来植物であるミリカ・ファヤ(Myrica faya、ヤマモモ科、カナリア諸島・アゾレス諸島原産)の種子分散を助け、その分布拡大を促しています(Woodward et al. 1990)。このミリカ・ファヤは菌根菌と共生し窒素固定能力を持つので、火山灰地に由来するハワイの土壌の栄養条件を変えることによって、ハワイの植物相に甚大な影響をもたらします(Vitousek et al. 1987)。
また、シカ(Cervus nippon)は原産地である日本でもその食害が問題となっていますが、アイルランドにも導入され現地のアカジカ(Cervus elaphus)の生息地を奪うなど、その被害は深刻です。それだけでなく、アイルランドにおけるシカの在来植生への食害は、地中海沿岸から導入された外来植物、セイヨウシャクナゲ(Rhododendron ponticum)、にとって好適な環境を作り出し、その生育を助けています。さらに悪いことにセイヨウシャクナゲの茂みがシカの隠れ場所となってシカの駆除を困難にしているのです(Simberloff and Von Holle 1999)。
このように外来生物どうしが助け合うことによる相乗効果で、在来生態系への悪い影響が強められてしまうことを指して、侵入溶融(invasional meltdown)と呼びます(宮下 and 野田 2003)。それまでに出会ったことのない外来生物どうしが助け合うなんて、めったに起こらないことのようにも考えられます。しかし、侵略的外来生物を研究した論文のうちの60%以上が侵入溶融を扱った論文であるという報告もあり(Simberloff and Von Holle 1999)、外来生物に満ちあふれた生態系では侵入溶融が決して例外的な現象ではないことがわかります。
また、シカ(Cervus nippon)は原産地である日本でもその食害が問題となっていますが、アイルランドにも導入され現地のアカジカ(Cervus elaphus)の生息地を奪うなど、その被害は深刻です。それだけでなく、アイルランドにおけるシカの在来植生への食害は、地中海沿岸から導入された外来植物、セイヨウシャクナゲ(Rhododendron ponticum)、にとって好適な環境を作り出し、その生育を助けています。さらに悪いことにセイヨウシャクナゲの茂みがシカの隠れ場所となってシカの駆除を困難にしているのです(Simberloff and Von Holle 1999)。
このように外来生物どうしが助け合うことによる相乗効果で、在来生態系への悪い影響が強められてしまうことを指して、侵入溶融(invasional meltdown)と呼びます(宮下 and 野田 2003)。それまでに出会ったことのない外来生物どうしが助け合うなんて、めったに起こらないことのようにも考えられます。しかし、侵略的外来生物を研究した論文のうちの60%以上が侵入溶融を扱った論文であるという報告もあり(Simberloff and Von Holle 1999)、外来生物に満ちあふれた生態系では侵入溶融が決して例外的な現象ではないことがわかります。
外来生物を管理する難しさ
複数種の外来生物が相互作用する生態系では、ある外来生物の除去が必ずしも在来生態系をとりもどす結果にならないことがよくあります。例えば、ヤギを導入し在来の植物相がすっかり食い尽くされてしまった太平洋西部に位置するサリガン島でヤギを駆除したところ、元の植生が戻るのではなく、島は外来のつる植物(Operculina ventricosa)にすっかり覆われてしまった例が知られています(Courchamp et al. 2003)。またニュージーランドでは、西洋人が導入したネコが在来のカカポ(Strigops habroptilus、フクロウオオムともよばれ世界で唯一の飛べないオオム)を捕食して絶滅に追いやろうとしています。しかしネコを駆除することがかえってカカポの絶滅の危険性を増やしてしまうという逆説的な可能性が指摘されています(Courchamp et al. 1999)。その理由は、ネコの他に外来のネズミもカカポを捕食しており、ネコはカカポ以外にネズミも捕食しているということがあるためです。すなわち、もしネコを駆除してしまうとネズミが増えてカカポはネズミによりよく食べられてしまうかもしれないからなのです。
このように複雑な問題を解決するには、群集生態学、個体群生物学、進化生物学などの知見を総合する必要があります。外来生物問題は今日の生態学の最も挑戦的なフロンティアの一つといえるでしょう。
このように複雑な問題を解決するには、群集生態学、個体群生物学、進化生物学などの知見を総合する必要があります。外来生物問題は今日の生態学の最も挑戦的なフロンティアの一つといえるでしょう。
(理論生態学研究室 瀧本 岳)
引用文献
Campbell, T. S., and A. C. Echternacht. 2003. Biological Invasions 5:193-212.
Courchamp, F., J. L. Chapuis, and M. Pascal. 2003. Biological Reviews 78:347-383.
Courchamp, F., M. Langlais, and G. Sugihara. 1999. Journal of Animal Ecology 68:282-292.
Gerber, G. P., and A. C. Echternacht. 2000. Oecologia 124:599-607.
Kolbe, J. J., R. E. Glor, L. R. G. Schettino, A. C. Lara, A. Larson, and J. B. Losos. 2004. Nature 431:177-181.
Kolbe, J. J., A. Larson, and J. B. Losos. 2007. Molecular Ecology 16:1579-1591.
Pimentel, D., L. Lach, R. Zuniga, and D. Morrison. 2000. Bioscience 50:53-65.
Simberloff, D., and B. Von Holle. 1999. Biological Invasions 1:21-32.
Vitousek, P. M., L. R. Walker, L. D. Whiteaker, D. Muellerdombois, and P. A. Matson. 1987. Science 238:802-804.
Woodward, S. A., P. M. Vitousek, K. Matson, F. Hughes, K. Benvenuto, and P. A. Matson. 1990. Pacific Science 44:88-93.
宮下 直・野田隆史 2003, 群集生態学, 東京大学出版会
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