理学部生物学科

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あじさい

 ヒトの手のひらほどの大きな葉、ヒトの頭ほどもある紫色の丸い花の塊りが梅雨の間中、雨に打たれながらも元気に咲いています。雨に打たれた花は地面に着きそうなほどに垂れているのに、晴天になるとシャンと頭をあげて見せるのです。アジサイの花弁状に見えるところは萼です。
アジサイの花 東邦大学キャンパス
アジサイの花 東邦大学キャンパス
 アジサイの仲間に、ガクアジサイがあります。ガクアジサイの花は多数の小さい花が、真ん中に集まってつき、周辺の花(周辺花)の多くは蕚片が大きくなり花弁状となった飾り花となっています。中央の花を正常花とよび、1個の正常花をとってルーペでのぞくと、5枚の小さな白っぽい萼、5枚の小さな萼、雄蕊が10本、真ん中に雌蘂が見られます。このような花を両性花とよびます。しかし、周辺花には雄蕊も雌蘂も見られません。アジサイは正常花をすべて飾り花としてしまったのです。アジサイの花をかきわけて見ると、今でも飾り花にまじって未発達の正常花や、正常花の萼片が飾り花化しているのを見つけることができます。
ガクアジサイ 花全体(左)正常花(右) 東邦大学キャンパス
ガクアジサイ 花全体(左)正常花(右) 東邦大学キャンパス
 アジサイは、ガクアジサイを母種として古い時代に我が国で改良された園芸品です。周辺花の花色は、初め緑色で、白色、濃いコバルト(あるいはピンク)、そして最後は暗緑色となります。アジサイの花は、酸性土壌に生育するものは、土壌中のアルミニュウムが吸収されて青色に、アルカリ土壌に生育するものはピンクとなります。しかし、土壌のpH値や、水分、窒素、リン酸、カリウム等の含量も影響します。ヒマワリの舌状花は濃い黄色であり、ノハナショウブは濃い紫色と、花の色は種によってほとんど同じ色合いですが、アジサイは生育する環境を花色に正直に反映しているのです。
 セイヨウアジサイは、日本から中国に渡ったものが、揚子江沿岸の東部に野生化し、これを採集した J. Banks(英)が1788年に Kew Botanical Garden に寄贈したものだそうです。これはアジサイと異なり結実するので、その後品種改良がかさねられ、今日のセイヨウアジサイとなったものです。セイヨウアジサイの花色は基本的にピンクですが、上に述べたように土壌の性質により様々な色に変化します。

周辺花は花が咲き終わると反転します

ガクアジサイ(上)とセイヨウアジサイ(下)の葉の反転
ガクアジサイ(上)とセイヨウアジサイ(下)の葉の反転

 ガクアジサイの周辺花は正常花が咲き終わると、裏返しになります。従って、アジサイもセイヨウアジサイも、花後はすべての花が裏返しになります。反転した花の蕚片はしだいに紫色やピンクから緑色に変わります。老成したアジサイの花には、あの妖艶な紫の貴婦人の姿はなく、歳を経て薄汚れた姿となり、冬が来て葉が落ちてもまだカサカサと乾いた姿を見せ、翌年の花の時期を過ぎても花がらが残っています。

周辺花, 中性花(飾り花:装飾花)marginal flower, sterile flower, neuter flower
正常花(両性花)normal flower, bisexual flower, hermaphrodite flower

アジサイは昔から青かった

 アジサイは我が国では古くからよく知られた植物で、万葉集には「味狭藍」とか、「安治佐為」と歌われています。倭名類聚鈔(934) には「阿豆佐為」と、「紫陽花」と出ているそうです。「紫陽花」の名は、倭名類聚鈔の編者である源順(ミナモトノシタゴウ)が、アジサイに漢名を与える必要に迫られて、白楽天の詩中からアジサイとはまったく別の植物の紫陽花をもちだして勝手に当てたものだといわれています。和字正濫抄(1695)には「味狭藍」として、味はほむる詞、狭藍はさあゐというべきをあを略して言う詞と注釈され、アジサイの花の色が青いからこういったものでしょう。大言海には、「集真藍(アズサアイ)」の約転とし、あづは集まるの意, 真は意味のない接頭語:真青(サアオ)がつまってサオとなるように真藍となったとでています。
 このように、アジサイは、ガクアジサイを母種として古い時代に我が国で改良した園芸品です。アジサイは、中性花、つまり周辺花ばかりからなるので種子を生じることがありません。従って実生による変化を生じようがなく、江戸時代に描かれたアジサイの絵の色も、現在のアジサイの色と同じなのです。

究極のエコ

 昭和39年、筆者は神津島からの帰りに、三宅島に立ち寄ったことがありました。海岸で植物採集の後、畑の中のトイレで用を足しました。その時、目の前にガクアジサイの葉に糸を通したものが下がっていました。落とし紙が高価な時代には、アジサイの葉が代わりに用いられていたのですね。パリッとした青い葉ではなく、少し乾いた葉は、快適なものでした。
 新撰字鏡(898)には草冠に便と書いた文字があります。「止毛久佐」、「安知左井」とあり、言塵集には「またぶり草」とあるそうです。かつて、アジサイの葉は、ひろく落とし紙として用いられていたのでしょうね。これこそ、究極のエコではないでしょうか。

葉は食べられません

 大きな餅をゆでた柏の葉に包んで食べる柏餅は5月の食べ物です。もちろん柏餅の葉は固くて食べられません。アジサイの葉も、ご飯を包んだりすることができるほどに大きい。しかし、アジサイの葉には、青梅に含まれているような「青酸配糖体」と呼ばれる植物性有毒成分が含まれ、食べると中毒症状を引き起こします。特に若い葉に多く含まれます。アジサイの葉は食べられません。

習志野市の花はアジサイ

 千葉県内では、習志野市、成田市がアジサイを市の花に指定しています。多古町がアジサイを町の花に指定し、勝浦市は市の木に指定しています。松戸市はツツジ、アジサイ、ノギクを市の花に指定し、旭市はサジサイとツバキを市の花に指定、松戸市はツツジ、アジサイ、ノギクを市の花に指定しています。成田市では、成田山新勝寺でアジサイ祭りを、多古町では道の駅あじさい館の回りにたくさんのアジサイを植えてアジサイ祭りを開催しています。また、麻綿原もアジサイの名勝地として有名です。このように、アジサイは千葉県でも多くの人たちに好まれている花です。
 ちなみに、東邦大学習志野キャンパスのある船橋市の花は昨年、市制70周年を記念してヒマワリとカザグルマと指定されました。

オランダ商館員達の見たアジサイ

 江戸時代、唯一海外に開いていた窓が長崎の出島で、ここにはオランダ商館員が交代で来ていました。ケンペル(E. Kaempfer 1651~1716)、ツンベルグ(C. P. Thunberg)
、そしてシーボルト(Dr.Ph. Fr. De Siebold 1976~1866)の3人が日本の文化、特に植物学に大きな影響を及ぼした人達です。彼らは、いずれもわが国に来てアジサイを見ています。ツンベルグはアジサイをガマズミ属の1種と考えViburnum macrophyllum Thunbergという名前を与えました。後にSeringeは、これをアジサイ属(Hydrangea)に移しHydrangea macrophylla (Thunberg) Seringeとしました。
 シーボルは、1823年8月にオランダ商館員の一員として日本に渡来し長崎に来た医者でした。医者としての人望を集め、出島を出て鳴滝に塾を開き、多くの日本人弟子を育てました。シーボルトはわが国のあらゆるものに関心を持った人でした。特にわが国に生育する植物に強い関心を持ち、長崎から江戸に来る途中でもたくさんの人達に会って多方面の指導を行いながら、たくさんの植物を採集しました。シーボルトがヨーロッパに帰った後に、植物学者のツッカリニ(J. G. Zuccarini 1797~1848)と共著でFlora Japonica『日本植物誌』という本を出版しました。銅版画の絵に彩色を施した豪華な本です。東邦大学習志野メディアセンターにもFlora Japonicaの複製本が2冊あります。その中の1冊には、アジサイに彩色が施されています。Flora Japonica に掲載された多くの絵は川原慶賀(1786~1862)が描いたものが下絵となって、ドイツの画家が描いたものですが、Flora Japonica に川原慶賀のサインはどこにもありません。

Flora Japonica には、以下にあげた14種のアジサイ属(Hydrangea)植物が記載されています。
学名 Flora Japonicaにある和名 現在の和名
Hydrangea Asisai Sieb. Azisai, Sju-hats-sen ガクアジサイ
Hydrangea Otakusa S. et Z. Otakusa アジサイ
Hydrangea japonica Sieb. Gakuso ベニガク
Hydrangea petiolaris S. et Z. Jama-demari ツルアジサイ
Hydrangea Belzonii S. et Z. Oha-azisai エゾアジサイ
Hydrangea acuminata S. et Z. ヤマアジサイ
Hydrangea thunbergii Sieb. Ama-tsja, Do sjo San アマチャ
Hydrangea cordiflora S. et Z. Jabu-demai
Hydrangea stellata S. et Z. Sitsidankwa シチダンカ
Hydrangea virens Sieb. Jama-dosin, Kana-utsuki ガクウツギ
Hydrangea paniculata Sieb. Nori-nori ノリウツギ
Hydrangea hirta S. et Z.
Hydrangea involucrata Sieb. Ginbaisoo, Kinbaisoo タマアジサイ
Hydrangea bracteata S. et Z.
これらの中には、現在では見ることができない種類も含まれています。Flora Japonica に掲載されたアジサイ属についての詳細な観察は、シ-ボルトの高弟である高良斎(1799-1846)によるオランダ語の論文に基いています。シーボルトは、長崎滞在中に、たくさんの弟子を育てました。弟子達に様々な課題を設けてレポートを作成させました。シーボルトの帰国後も、弟子達はさまざまなものをシ-ボルトに送っているそうです。それらの多くものは現在はオランダのライデン博物館に納められ、高良斎のオランダ語筆記文は、ドイツの日本学会にあるそうです。高良斎の知識は、「大和本草」「広益地錦抄」と小野蘭山の関係書が基調となっているのでしっかりしたものであるといわれています。シーボルトが植物分類学の論文として発表したのは唯一アジサイ属植物についての研究であると言われ、アジサイ属の研究はシーボルトによって形作られたと言っても過言ではありません。それには、弟子の高良斎のすぐれた論文があったからであることも知って欲しいと思っています。

東邦大学習志野キャンパスのアジサイ達

 東邦大学習志野キャンパスにはアジサイ、ガクアジサイ、タマアジサイ、ベニガク、エゾアジサイ、シチダンカ、ノリウツギ、アマチャ、カシワバアジサイ、ウズアジサイ、ヤエアジサイ、スミダノハナビなどたくさんのアジサイの仲間達が植えられています。ちょうど梅雨から夏にかけての時期は、これらの花の観察には最適期です。アジサイの花が咲いているこの時期、種子植物分類学という講義の課題として、東邦大学のキャンパスを歩き回り、上の12種のアジサイがどこに植えられているのか、①地図上に書き、②その葉と花の特徴について述べ、③それらの特徴は、それぞれ他の種とどのように異なるのかについても明確に述べなさい-------という課題が出されます。学生達はキャンパス中を歩き回ってアジサイ属の勉強をします。
以下に東邦大学キャンパスに見られるアジサイの仲間達を紹介します。

アジサイ  Hydrangea macrophylla (Thunberg) Seringe var. macrophylla
(Hydrangea Otakusa Sieb. et Zucc.) (上の写真をごらんください。)

ガクアジサイ Hydrangea macrophylla (Thunberg) Seringe var. macrophylla f. mormalis (Wilson)
Hara (Hydrangea Asisai Sieb.) (上の写真をごらんください。)

ベニガク Hydrangea macrophylla (Thunberg) Seringe var. acminata Makino f. rosalba Ohwi
(Hydrangea japonica Sieb.)
葉は厚く、先端は尖り、周辺花は菱形でへりに鋸歯があり、何よりも赤く色づくことからこの名があります。暗い所をきらいます。(写真はありません。)

アマチャ(ヤマアジサイの系統とされています)
       Hydrangea macrophylla (Thunberg) Seringe subsp. serrata (Thunberg) Makino

 仏教徒を自認する日本人の中で、お釈迦様の誕生日をご存じの方はどれほどいるのだろうか。灌仏会といい、お釈迦様がお生まれになった時の姿の像を白い象に乗せて町を歩き、寺に帰ってからお釈迦様の像に甘茶をかけ、その甘茶をもらって家に帰って皆で飲んだものでした。ほのかに甘い飲み物でした。この甘茶は、アマチャの成熟した枝葉を乾燥してとっておき、揉んで煮出したもので、フィロズルチンが含まれているので甘いのです。
アマチャ 東邦大学キャンパス アマチャ 東邦大学キャンパス

タマアジサイ Hydrangea involucrata Sieb.

 毛深い葉、葉柄はわずかに赤く、蕾は球状で、はじけるように咲きます。夏から秋にかけてよく咲きます。茨城県筑波山から採集してきたものです。
タマアジサイ 東邦大学キャンパス タマアジサイ 東邦大学キャンパス

エゾアジサイ Hydrangea macrophylla (Thunberg) Seringe subsp. yezoensis (Koidzumi) Kitamura (Hydrangea Belzonii S. et Z.)

 北海道から東北地方に自生するアジサイです。下からよく分枝し、葉は薄く、葉のへりにやや大きな鋸歯があります。花は涼しい青色です。岩手間下閉伊郡山田町関口で採集してきたものです。
エゾアジサイ 東邦大学キャンパス エゾアジサイ 東邦大学キャンパス

シチダンカ Hydrangea macrophylla (Thunberg) Seringe f. prolofera (Regel) Ohwi (Hydrangea stellata S. et Z. )

 江戸時代にシーボルトが見たシチダンカは、現在に伝わっていないと言われています。六甲山で発見されたものが、シチダンカにもっとも近いものと言われています。飾り花は半八重です。(写真はありません。)

ノリウツギ Hydrangea paniculata Sieb.

 山野に普通に見られ、盛夏に全体的に3角形の白いガクアジサイ状の花をつけます。花をつける枝を斜上する傾向が強く、幹の内皮を紙漉用の糊としたのでこの名があります。(写真はありません。)

カシワバアジサイ

 飾り花は、八重で、長い穂になって咲きます。特徴とするのは、葉の形で、柏の葉に似ていることからこの名があります。
カシワバアジサイ 東邦大学キャンパス カシワバアジサイ 東邦大学キャンパス

ウズアジサイ

 アジサイのように飾り花だけからなります。アジサイの萼片はすんなりと伸びているのに、ウズアジサイの萼片のへりは厚く、寸詰まりになっています。
ウズアジサイ 東邦大学キャンパス ウズアジサイ 東邦大学キャンパス

ヤエアジサイ

 古来から作出された品種です。アジサイの飾り花が八重になり、密に咲く様子はなかなかに風情があって好ましい。
ヤエアジサイ 東邦大学キャンパス ヤエアジサイ 東邦大学キャンパス

スミダノハナビ

 近年作出された新品種のアジサイです。草丈が大きく、八重の飾り花が花火のように咲いて美しいと、急速に普及しています。
スミダノハナビ 東邦大学キャンパス スミダノハナビ 東邦大学キャンパス

(自然史研究室 吉崎 誠)

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