プレスリリース 発行No.1645 令和8年9月4日
アオミノウミウシやゾウクラゲなどの浮遊性巻貝は魚に捕食されるのか?
~ 寄生虫(吸虫)をバイオタグにした海洋食物綱のルート追跡 ~
~ 寄生虫(吸虫)をバイオタグにした海洋食物綱のルート追跡 ~
東邦大学、黒潮生物研究所、新江ノ島水族館などの研究グループは、日本近海の海面や水中を漂って生活する「浮遊性巻貝」から寄生虫の一種である吸虫(寄生生活を行う扁形動物の一群)の幼虫を見出しました。これらの吸虫の成虫がシイラやサバ類などの海産魚から検出されたことから、これらの魚が浮遊性巻貝を捕食して感染したことが示唆されました。
本研究成果は、「Journal of Helminthology」に2026年6月15日に掲載されました。
本研究成果は、「Journal of Helminthology」に2026年6月15日に掲載されました。
発表者名
関根 百悠(東邦大学大学院理学研究科環境科学専攻 博士前期課程2年)
太田 悠造(鳥取県立山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館 学芸員)
戸篠 祥 (公益財団法人黒潮生物研究所 主任研究員)
新田 理人(国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所 主任研究員)
山本 岳 (新江ノ島水族館 飼育員)
福森 啓晶(東北大学大学院生命科学研究科附属浅虫海洋生物学教育研究センター 助教)
山崎 大志(東邦大学理学部生命圏環境科学科 講師)
髙野 剛史(目黒寄生虫館 研究員)
脇 司 (東邦大学理学部生命圏環境科学科 准教授)
太田 悠造(鳥取県立山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館 学芸員)
戸篠 祥 (公益財団法人黒潮生物研究所 主任研究員)
新田 理人(国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所 主任研究員)
山本 岳 (新江ノ島水族館 飼育員)
福森 啓晶(東北大学大学院生命科学研究科附属浅虫海洋生物学教育研究センター 助教)
山崎 大志(東邦大学理学部生命圏環境科学科 講師)
髙野 剛史(目黒寄生虫館 研究員)
脇 司 (東邦大学理学部生命圏環境科学科 准教授)
発表のポイント
- 浮遊性巻貝は、海中や海表で生活する巻貝で、アオミノウミウシやゾウクラゲの仲間が知られています。一方で、浮遊性巻貝の生態系における役割は不明な点が多く、食物連鎖の中でどの動物の餌になっているかなども良く分かっていないのが現状です。
- 吸虫(扁形動物の寄生虫の一群)は、宿主の主要な餌に寄生して感染することから、生態系における捕食-被食関係の指標となることが知られています。本研究では、日本沿岸域において、浮遊性巻貝に感染した吸虫の幼虫を調べ、魚類に寄生する吸虫と比較することで、浮遊性貝類と魚類の捕食-被食関係を推定しました。
- 浮遊性巻貝からは吸虫の幼虫139虫体が得られ、形態とDNAで7種に分けられました。これらのうち5種は、その成虫が海産魚類4種から検出されたほか、先行研究ではシイラからも見つかっています。したがって、これらの魚が浮遊性巻貝を捕食することが示唆されました。寄生虫を指標(バイオタグ)(注1)にすることで、浮遊性巻貝が魚の餌として重要な役割を果たしている可能性が初めて示されました。
発表内容
海を漂う生物といえば、クラゲを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、巻貝の仲間にも海を漂って生きる「浮遊性巻貝」と呼ばれるグループがいます。アオミノウミウシやクリイロカメガイ、ゾウクラゲの仲間です(図1)。浮遊性巻貝の研究では、分類や生物地理(注2)などが盛んに行われていますが、これらの巻貝の生態系における役割はよく分かっておらず、その捕食者となる動物も謎のままです。
吸虫は、扁形動物に属する寄生虫のグループで、その幼虫はクラゲ類を含むさまざまな動物に寄生することが報告されてきました(「クラゲ類(刺胞動物)に寄生する吸虫の網羅的調査を実施 ~クラゲ類と魚をつなぐ海洋食物網を推定~」*)。吸虫は、その一生の間に複数の宿主を乗り換えることが知られています。吸虫の成虫は海産魚などの脊椎動物(終宿主:成虫の宿主のこと)に感染します。成虫は産卵し、終宿主の糞などとともに体外に出ます。その卵はやがて貝類に感染し、貝類の体内で幼虫(スポロシストやレジア)となります。この貝類のことを第一中間宿主と言います。スポロシストやレジアは、体内で新たな幼虫を無性的に増やします。こうして生じたセルカリアと呼ばれる遊泳性の幼虫が体外に泳ぎ出し、次の宿主に感染してメタセルカリアという幼虫になります。このメタセルカリアの宿主のことを第二中間宿主と言います。最終的に、そのメタセルカリアが第二中間宿主とともに終宿主に食べられて成虫になります。第二中間宿主が終宿主以外の動物に食べられた場合に、メタセルカリアがそのまま生き続けることがあります。そのメタセルカリアを保持した動物が終宿主に食べられると、成虫まで発達できます。この中継ぎの宿主動物を待機宿主と言います。これらのように、第二中間宿主と待機宿主の中のメタセルカリアは捕食によって終宿主に感染します。このため、メタセルカリアは一般的に、終宿主の主要な餌に寄生すると考えられています。したがって、吸虫の成虫とメタセルカリアそれぞれの宿主を調べることで、通常は見えにくい捕食-被食関係を推定できます。本研究では、2016~2025年にかけて日本近海で採集された浮遊性巻貝に感染した吸虫のメタセルカリアと、海産魚類に感染した成虫を調べて、DNAを用いてそれらが同種か検討していきました。
10種415個体の浮遊性巻貝を調べたところ、シリキレヒメゾウクラゲ、ハダカゾウクラゲ、アオミノウミウシ、クリイロカメガイの4種7個体から、計139虫体ものメタセルカリアが見つかりました。得られたメタセルカリアについて形態観察とDNA解析を行ったところ、7種に分けることができました。一方で海産魚については、本研究と先行研究で調査した寄生状況から、マサバ、ゴマサバ、イッセンタカサゴ、タカベおよびシイラからこれらの吸虫の成虫が出ていることが分かりました。したがって、これらの魚種が浮遊性巻貝を捕食している可能性があることが分かりました(ただし、今回得られたマヒマヒ吸虫Dinurus tornatusのメタセルカリアが検出されたアオミノウミウシに限っては、過去に魚に食べられるといった情報が全く見当たらず、この浮遊性巻貝は魚には食べられないかもしれません)。また、浮遊性貝類から得られた吸虫種のうち3種は、先行研究ではクラゲ類にも寄生することが報告されており、浮遊性巻貝がクラゲ類を捕食することで吸虫を体内に蓄積する可能性も示されました。なお本研究では、今回検出された浮遊性貝類の吸虫1種について、その第一中間宿主がタカラガイ科貝類であることも明らかにしています。
本研究は、浮遊性巻貝に寄生する吸虫の感染経路を手がかりとして、これまで捉えにくかった海洋表層の食物連鎖を読み解く視点を示すことができました。本研究によって、浮遊性巻貝類は、見た目の面白さや珍しさだけでなく、海産魚類へつながる食物として重要な役割を担っている可能性があることが分かりました。今後、浮遊性巻貝と海産魚類に感染する吸虫の生活史をさらに追うことで、これまで見えていなかった新たな海のつながりが明らかになることが期待されます。
*参考文献)
東邦大学プレスリリース:https://www.toho-u.ac.jp/press/2025_index/20251223-1571.html
Tsukasa Waki, Hakuyu Sekine, Ayane Aou, Masato Nitta, Gaku Yamamoto, Sho Toshino, Hikaru Nakano, Toshiyuki Okawa, Koki Takano, Daishi Yamazaki, Ryo Hagihara. Metacercariae infecting seven cnidarian species with their life cycle information including their adult stages in Japan. Journal of Helminthology, Volume 100, 2026, e4
吸虫は、扁形動物に属する寄生虫のグループで、その幼虫はクラゲ類を含むさまざまな動物に寄生することが報告されてきました(「クラゲ類(刺胞動物)に寄生する吸虫の網羅的調査を実施 ~クラゲ類と魚をつなぐ海洋食物網を推定~」*)。吸虫は、その一生の間に複数の宿主を乗り換えることが知られています。吸虫の成虫は海産魚などの脊椎動物(終宿主:成虫の宿主のこと)に感染します。成虫は産卵し、終宿主の糞などとともに体外に出ます。その卵はやがて貝類に感染し、貝類の体内で幼虫(スポロシストやレジア)となります。この貝類のことを第一中間宿主と言います。スポロシストやレジアは、体内で新たな幼虫を無性的に増やします。こうして生じたセルカリアと呼ばれる遊泳性の幼虫が体外に泳ぎ出し、次の宿主に感染してメタセルカリアという幼虫になります。このメタセルカリアの宿主のことを第二中間宿主と言います。最終的に、そのメタセルカリアが第二中間宿主とともに終宿主に食べられて成虫になります。第二中間宿主が終宿主以外の動物に食べられた場合に、メタセルカリアがそのまま生き続けることがあります。そのメタセルカリアを保持した動物が終宿主に食べられると、成虫まで発達できます。この中継ぎの宿主動物を待機宿主と言います。これらのように、第二中間宿主と待機宿主の中のメタセルカリアは捕食によって終宿主に感染します。このため、メタセルカリアは一般的に、終宿主の主要な餌に寄生すると考えられています。したがって、吸虫の成虫とメタセルカリアそれぞれの宿主を調べることで、通常は見えにくい捕食-被食関係を推定できます。本研究では、2016~2025年にかけて日本近海で採集された浮遊性巻貝に感染した吸虫のメタセルカリアと、海産魚類に感染した成虫を調べて、DNAを用いてそれらが同種か検討していきました。
10種415個体の浮遊性巻貝を調べたところ、シリキレヒメゾウクラゲ、ハダカゾウクラゲ、アオミノウミウシ、クリイロカメガイの4種7個体から、計139虫体ものメタセルカリアが見つかりました。得られたメタセルカリアについて形態観察とDNA解析を行ったところ、7種に分けることができました。一方で海産魚については、本研究と先行研究で調査した寄生状況から、マサバ、ゴマサバ、イッセンタカサゴ、タカベおよびシイラからこれらの吸虫の成虫が出ていることが分かりました。したがって、これらの魚種が浮遊性巻貝を捕食している可能性があることが分かりました(ただし、今回得られたマヒマヒ吸虫Dinurus tornatusのメタセルカリアが検出されたアオミノウミウシに限っては、過去に魚に食べられるといった情報が全く見当たらず、この浮遊性巻貝は魚には食べられないかもしれません)。また、浮遊性貝類から得られた吸虫種のうち3種は、先行研究ではクラゲ類にも寄生することが報告されており、浮遊性巻貝がクラゲ類を捕食することで吸虫を体内に蓄積する可能性も示されました。なお本研究では、今回検出された浮遊性貝類の吸虫1種について、その第一中間宿主がタカラガイ科貝類であることも明らかにしています。
本研究は、浮遊性巻貝に寄生する吸虫の感染経路を手がかりとして、これまで捉えにくかった海洋表層の食物連鎖を読み解く視点を示すことができました。本研究によって、浮遊性巻貝類は、見た目の面白さや珍しさだけでなく、海産魚類へつながる食物として重要な役割を担っている可能性があることが分かりました。今後、浮遊性巻貝と海産魚類に感染する吸虫の生活史をさらに追うことで、これまで見えていなかった新たな海のつながりが明らかになることが期待されます。
*参考文献)
東邦大学プレスリリース:https://www.toho-u.ac.jp/press/2025_index/20251223-1571.html
Tsukasa Waki, Hakuyu Sekine, Ayane Aou, Masato Nitta, Gaku Yamamoto, Sho Toshino, Hikaru Nakano, Toshiyuki Okawa, Koki Takano, Daishi Yamazaki, Ryo Hagihara. Metacercariae infecting seven cnidarian species with their life cycle information including their adult stages in Japan. Journal of Helminthology, Volume 100, 2026, e4
発表雑誌
雑誌名
「Journal of Helminthology」(2026年6月15日)
論文タイトル
Insights into the life cycles of trematodes infecting pelagic gastropods in Japan
著者
Hakuyu Sekine, Yuzo Ota, Sho Toshino, Masato Nitta, Gaku Yamamoto, Hiroaki Fukumori,
Daishi Yamazaki, Tsuyoshi Takano, Tsukasa Waki *(*責任著者)
DOI番号
10.1017/S0022149X26101564
論文URL
https://doi.org/10.1017/S0022149X26101564
「Journal of Helminthology」(2026年6月15日)
論文タイトル
Insights into the life cycles of trematodes infecting pelagic gastropods in Japan
著者
Hakuyu Sekine, Yuzo Ota, Sho Toshino, Masato Nitta, Gaku Yamamoto, Hiroaki Fukumori,
Daishi Yamazaki, Tsuyoshi Takano, Tsukasa Waki *(*責任著者)
DOI番号
10.1017/S0022149X26101564
論文URL
https://doi.org/10.1017/S0022149X26101564
用語解説
(注1)バイオタグ
生物の生態や由来などを知るため、寄生虫などの生物を目印・標識として利用すること。
(注2)生物地理
生物の分布と、その分布が歴史や環境の変化によってどのように形成されたかを研究する分野。
生物の生態や由来などを知るため、寄生虫などの生物を目印・標識として利用すること。
(注2)生物地理
生物の分布と、その分布が歴史や環境の変化によってどのように形成されたかを研究する分野。
添付資料
図1. 吸虫のメタセルカリアが感染していた浮遊性巻貝(矢印:感染している吸虫)
A:アオミノウミウシ B:クリイロカメガイ C-D:ハダカゾウクラゲ C:宿主の全体像
D:ハダカゾウクラゲ内に寄生した吸虫の幼虫(白矢印)。
撮影:関根 百悠・脇 司
A:アオミノウミウシ B:クリイロカメガイ C-D:ハダカゾウクラゲ C:宿主の全体像
D:ハダカゾウクラゲ内に寄生した吸虫の幼虫(白矢印)。
撮影:関根 百悠・脇 司
図2.浮遊性貝類から得られた吸虫(メタセルカリア)
A:アオミノウミウシから得られたマヒマヒ吸虫Dinurus tornatusのメタセルカリア。
B:クリイロカメガイから得られたクラゲホシクズ吸虫Prodistomum orientaleのメタセルカリア。
撮影:関根 百悠・脇 司
A:アオミノウミウシから得られたマヒマヒ吸虫Dinurus tornatusのメタセルカリア。
B:クリイロカメガイから得られたクラゲホシクズ吸虫Prodistomum orientaleのメタセルカリア。
撮影:関根 百悠・脇 司
図3. 本研究で推定された吸虫の生活史(感染経路)
浮遊性貝類のゾウクラゲ類、クリイロカメガイに感染した吸虫の幼虫(メタセルカリア)は、捕食されることで次の宿主であるシイラなどの海産魚類(終宿主・成虫の宿主)に到達すると考えられる。上図のうち、アオミノウミウシは過去に魚に捕食された事例が見当たらず、アオミノウミウシに感染した吸虫はそこで生涯を終えてしまうかもしれない。多くの吸虫種の第一中間宿主は不明であるが、吸虫のProdistomum Type 5(ゾウクラゲに寄生)はハナマルユキ(海産貝類のタカラガイの一種)が第一中間宿主であり、そこから遊出した遊泳性の幼虫(セルカリア)がゾウクラゲ類に感染すると考えられる。
浮遊性貝類のゾウクラゲ類、クリイロカメガイに感染した吸虫の幼虫(メタセルカリア)は、捕食されることで次の宿主であるシイラなどの海産魚類(終宿主・成虫の宿主)に到達すると考えられる。上図のうち、アオミノウミウシは過去に魚に捕食された事例が見当たらず、アオミノウミウシに感染した吸虫はそこで生涯を終えてしまうかもしれない。多くの吸虫種の第一中間宿主は不明であるが、吸虫のProdistomum Type 5(ゾウクラゲに寄生)はハナマルユキ(海産貝類のタカラガイの一種)が第一中間宿主であり、そこから遊出した遊泳性の幼虫(セルカリア)がゾウクラゲ類に感染すると考えられる。
以上
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
東邦大学理学部生命圏環境科学科
准教授 脇 司
〒274-8510 千葉県船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1653
E-mail: tsukasa.waki[@]sci.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/env/synecology/
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
【報道に関するお問い合わせ】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 東京都大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL:www.toho-u.ac.jp
公益財団法人 黒潮生物研究所
主任研究員 戸篠 祥
〒788-0333 高知県幡多郡大月町西泊560番イ
TEL: 0880-62-7077 FAX: 0880-62-7078
E-mail: toshino[@]kuroshio.or.jp
URL: https://kuroshio.or.jp/
新江ノ島水族館 広報部 広報チーム
〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸2-19-1
TEL: 0466-29-9963(広報直通) FAX: 0466-29-9972
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