プレスリリース

メニュー

プレスリリース 発行No.1641 令和8年8月21日

三フッ化ホウ素によるアルキノールのドミノ型脱水・求電子的環化反応の反応機構を解明
~ 置換基によって反応の律速段階が切り替わることを発見 ~

 東邦大学薬学部の吉川武司准教授・坂田健教授、富山大学学術研究部薬学・和漢系の沖津貴志准教授、神戸薬科大学薬学部の波多野学教授らの研究グループは、三フッ化ホウ素(BF3)を用いるアルキノールのドミノ型(注1)脱水・求電子的環化反応(注2)について、実験と計算化学を組み合わせることで反応機構を詳細に検討しました。その結果、置換基の違いによって反応の律速段階が切り替わり、生成物の立体構造(E体・Z体)(注3)が決定されることを明らかにしました。本成果は、求電子的環化反応の反応機構や立体選択性の理解を深め、今後の関連反応の開発や反応設計に貢献することが期待されます。

 本研究成果は、2026年8月7日に英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)の学術誌「RSC Advances」に掲載されました。
BF3を用いたドミノ型・求電子的還化反応

発表者名

吉川 武司(東邦大学薬学部薬品物理化学教室 准教授)
坂田 健(東邦大学薬学部薬品物理化学教室 教授)
沖津 貴志(富山大学学術研究部薬学・和漢系分子合成化学研究室 准教授)
波多野 学(神戸薬科大学薬学部生命有機化学研究室 教授)

発表のポイント

  • 三フッ化ホウ素を用いた環化反応において、生成物の立体選択性が決まる反応機構を実験と密度汎関数理論(DFT)計算(注4)により解明しました。
  • β-シリル効果(注5)の有無によって反応の律速段階が切り替わり、それに伴って立体選択性が決定されることを初めて明らかにしました。
  • 求電子的環化反応の反応機構や立体選択性の理解を深め、今後の関連反応の開発や反応設計に貢献することが期待されます。

発表概要

 有機合成では、目的とする立体構造を選択的に合成することが重要ですが、その立体選択性がどのように決まるかが十分に理解されていない反応も少なくありません。研究グループは、三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体(BF3・OEt2)(注6)を用いたアルキノールのドミノ型脱水・求電子的環化反応に着目し、実験と密度汎関数理論(DFT)計算を組み合わせて反応機構を詳細に解析しました。その結果、反応中に生成する三フッ化ホウ素水和物(BF3・H2O)が実際の反応活性種として働くことを明らかにするとともに、シリル基(注7)の有無によって反応の律速段階が切り替わることを見い出しました。さらに、この違いはシリル基が示すβ-シリル効果に由来し、その結果として生成物の立体構造(E体・Z体)が決定されることを初めて示しました。本成果は、求電子的環化反応の反応機構や立体選択性の理解を深め、今後の関連反応の開発や反応設計に役立つことが期待されます。

発表内容

 有機合成化学では、医薬品や機能性分子のような複雑な分子を効率よく合成するため、目的とする構造だけを選択的に得る反応の開発が重要です。そのためには、反応がどのような経路で進行し、なぜ目的の生成物が選択的に得られるのかという反応機構を分子レベルで理解することが不可欠です。しかし、反応途中で現れる不安定な中間体や遷移状態を実験では直接観測することは難しく、立体選択性が生じる仕組みには未解明な点が多く残されています。

 研究グループは、BF3・OEt2を用いるアルキノールのドミノ型脱水・求電子的環化反応に着目しました。この反応は、一度の反応操作の中で脱水反応と求電子的環化反応が連続して進行し、三環式ベンゾフルベン骨格を効率よく構築できる有用な反応です(図1)。一方で、反応中にどの化学種が実際に反応を進めているのか、また生成物の立体構造(E体・Z体)がどのような仕組みで決まるのかは十分に理解されていませんでした。
 そこで、まずシリル基をもつ基質(R = TIPS)(注8)とシリル基をもたない基質(R = iPr)(注9)を合成し、それぞれの反応性や生成物を比較しました。その結果、置換基の種類によって反応速度だけでなく、E体とZ体の生成の比が大きく変化することを見い出しました。また、反応時間の経過を詳細に追跡するとともに、脱水によって生成する中間体を単離して反応させることで、この中間体が実際に環化反応を起こすことを実験的に確認しました。
三フッ化ホウ素を用いるアルキノールのドミノ型脱水・求電子的環化反応と置換基による立体選択性変化

図1.三フッ化ホウ素を用いるアルキノールのドミノ型脱水・求電子的環化反応と置換基による立体選択性の変化

 さらに、実験では直接観測できない反応途中の分子の状態を明らかにするため、DFT計算を行いました。その結果、反応開始時にはルイス酸(注10)として添加したBF3・OEt2が、反応の進行に伴って系中で水和物(BF3・H2O)となり、実際にアルキンを活性化するブレンステッド酸(注11)として働くことを明らかにしました。すなわち、環化反応を直接進行させる活性種はルイス酸BF3そのものではなく、反応中に生成するBF3・H2Oであることが示されました。加えて、シリル基が存在する場合には、β-シリル効果によってビニルカチオン中間体が安定化されるため、アルキンへのプロトン付加は容易に進行し、その後の求電子的環化反応が律速段階となることが分かりました。一方、シリル基をアルキル基に置き換えるとβ-シリル効果が失われ、アルキンへのプロトン付加のエネルギー障壁が高くなります。その結果、反応経路に応じてプロトン付加または求電子的環化が律速段階となることが示されました(図2)。
三フッ化ホウ素を用いるドミノ型脱水・求電子的環化反応の反応機構

図2.三フッ化ホウ素を用いるドミノ型脱水・求電子的環化反応の反応機構

 また、DFT計算によって遷移状態の構造を詳細に解析しました。TIPS基をもつ基質では、律速段階である求電子的環化反応において、E体を生成する経路ではTIPS基とシクロヘキセニル基との間に大きな立体反発が生じます。そのため、E体を生成する経路のエネルギー障壁が高くなり、結果としてZ体を生成する経路が優先して進行することが分かりました。一方、シリル基をiPr基に置き換えると、E体を生成する経路ではアルキンへのプロトン付加が律速段階となります。この段階のエネルギー障壁はZ体を生成する経路より低くなることに加え、求電子的環化の遷移状態における立体反発も小さくなります。その結果、全体としてE体が優先して生成されることが示されました。

 以上のように、本研究では、置換基の種類によって律速段階や反応経路のエネルギー関係が変化し、その結果として立体選択性が決定されることを、実験と計算化学を組み合わせて明らかにしました。

 本研究は、BF3を用いる求電子的環化反応において、置換基の違いが反応経路や立体選択性に与える影響を分子レベルで明らかにした成果です。これにより、求電子的環化反応における置換基効果の理解が深まり、今後の関連反応の開発や反応設計に役立つことが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「RSC Advances」(2026年8月7日)

論文タイトル
Boron trifluoride-mediated domino dehydration/electrophilic cyclization of alkynols: mechanistic insights and origin of stereoselectivity

著者
Takashi Okitsu,* Takeshi Yoshikawa,* Yuka Takayori, Syuto Hirata, Masanari Shinoki, Momoka Ito, Ken Sakata, Manabu Hatano(* 責任著者)

DOI番号
10.1039/d6ra05267c

論文URL
https://doi.org/10.1039/d6ra05267c

用語解説

(注1)ドミノ型反応
一度の反応操作で複数の化学反応が連続して進行する反応。
途中で生成した化合物を取り出すことなく、次の反応へと進むため、効率的に複雑な分子を合成できる。

(注2)求電子的環化反応
電子を受け取りやすい化学種(求電子種)がアルキンなどに作用し、環状構造を形成する有機化学反応。

(注3)E体・Z
二重結合をもつ分子では、二重結合の周りで原子が回転できないため、置換基の並び方が異なる立体異性体が生じる。高順位の置換基が二重結合を挟んで反対側にあるものをE体、同じ側にあるものをZ体と呼ぶ。

(注4)密度汎関数理論(DFT)計算
Density functional theoryの略称。電子密度を基本変数として電子系の基底状態のエネルギーを求める理論であり、この理論を用いて原子や分子といった多体電子系のエネルギー等の物性を求める計算のことをDFT計算という。

(注5)β-シリル効果
ケイ素(Si)原子を含む置換基が、β位の炭素原子の正電荷を安定化することで反応性を変化させる現象。
本研究では、この効果の有無が反応経路や立体選択性に大きく影響することを示した。

(注6)三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体(BF3・OEt2
三フッ化ホウ素(BF3)とジエチルエーテル(OEt2)が結合した化合物。
BF3は非常に反応性が高いため、通常は取り扱いやすいBF3・OEt2の形で試薬として用いられる。

(注7)シリル基
ケイ素(Si)原子を含む置換基。

(注8)TIPS基
トリイソプロピルシリル基(triisopropylsilyl group、Si(iPr)3)の略称。シリル基の一種。

(注9)iPr基
イソプロピル基(isopropyl group、–CH(CH3)2)の略称。炭素と水素からなるアルキル基の一種。

(注10)ルイス酸
電子対を受け取る性質をもつ酸。

(注11)ブレンステッド酸
相手に水素イオン(H+)を与える性質をもつ酸。
以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
東邦大学薬学部薬品物理化学教室
教授  坂田 健
准教授 吉川 武司

〒274-8510 千葉県船橋市三山2-2-1
TEL/FAX: 047-472-2894
E-mail: ken.sakata[@]phar.toho-u.ac.jp(坂田)
    takeshi.yoshikawa[@]phar.toho-u.ac.jp(吉川)
URL: https://www.lab2.toho-u.ac.jp/phar/yakuhin_butsurikagaku/

富山大学学術研究部薬学・和漢系分子合成化学研究室
准教授 沖津 貴志

〒930-0194 富山県富山市杉谷2630
TEL: 076-434-7556
E-mail: okitsu[@]pha.u-toyama.ac.jp
URL: http://www.pha.u-toyama.ac.jp/sboc/index-j.html

神戸薬科大学薬学部生命有機化学研究室
教授 波多野 学

〒658-8558 兵庫県神戸市東灘区本山北町4-19-1
TEL/FAX: 078-441-7560
E-mail: mhatano[@]kobepharma-u.ac.jp
URL:https://mhatano1.wixsite.com/ocls

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。

【報道に関するお問い合わせ】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

〒143-8540 東京都大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp 
URL:www.toho-u.ac.jp

富山大学 総務部総務課広報・基金室
〒930-8555 富山県富山市五福3190
TEL: 076-445-6028 FAX: 076-445-6063
E-mail: kouhou[@]u-toyama.ac.jp
URL: https://www.u-toyama.ac.jp

神戸薬科大学 広報窓口(入試広報課内)
〒658-8558 兵庫県神戸市東灘区本山北町4-19-1
TEL: 078-441-7691 FAX: 078-441-7693
E-mail: kouhou[@]kobepharma-u.ac.jp
URL: https://www.kobepharma-u.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。