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プレスリリース 発行No.1634 令和8年8月6日

なぜ哺乳類には「父親」が必要なのか?
~ 単為発生胚由来の細胞を用いた脳の補完に成功 ~

 東邦大学理学部生物学科の山口新平准教授、武智真里奈(研究当時、理学部生物学科特任研究員)らの研究グループは、浙江大学、大阪大学、神戸学院大学との共同研究により、単為発生胚(注1)由来の細胞を用いてマウス胎仔脳の一部を補完することに成功しました。

 様々な動物で、受精せずに発生を始める単為発生が知られています。しかし、ヒトを含む哺乳類では、母親と父親の両方に由来する染色体がそろわなければ、正常な個体は生まれません。父親由来と母親由来の染色体は、DNAの塩基配列が99%以上共通しており、ほぼ同じ遺伝子をもっています。それにもかかわらず、一部の遺伝子では、どちらの親に由来するかによって働き方が異なります。父親由来と母親由来の染色体が発生過程の中で、特にその後期においてどのように役割分担しているのかは、十分には分かっていませんでした。これは、父親由来の染色体をもたない単為発生胚が、発生の早い段階で死んでしまうためです。
 本研究では、脳の一部を作れない受精胚に単為発生胚由来細胞を組み込むことで、通常は初期発生で解析ができなくなってしまう単為発生胚由来細胞を、発生後期の脳の中で調べることを可能にしました。この方法を、単為発生胚由来細胞置換 CReP(Cell Replacement with Parthenogenote-derived cells)法(注2)と名付けました。

 そして、このCReP法を用いて脳の一部に単為発生胚由来細胞が高い割合で組み込まれたマウスを作製したところ、神経幹細胞(注3)の維持、細胞増殖、神経細胞とグリア細胞(注4)の分化バランスに異常が生じることが分かりました。さらに、父親由来の染色体から働くDlk1(注5)遺伝子の低下により、Notchシグナル(注6)が過剰に活性化し、神経細胞への分化が減少することを明らかにしました。
 本成果は、父親由来の染色体が、脳の細胞分化のバランスを保つうえで重要であることを示します。また、Prader-Willi症候群、Angelman 症候群、Beckwith-Wiedemann 症候群、Silver-Russell 症候群など、インプリンティング疾患の理解につながる可能性があります。

 本研究成果は、国際誌「Scientific Reports」に2026年6月8日オンライン先行公開され、8月4日に本公開されました。

発表者名

山口 新平(現在:東邦大学理学部生物学科 准教授、研究当時:大阪大学大学院生命機能研究科)
武智 真里奈(研究当時:東邦大学理学部生物学科 特任研究員/大阪大学大学院生命機能研究科)
Yezhang Zhu(浙江大学生命科学研究院)
Zezhen Lu(浙江大学生命科学研究院)
Ying Zeng(神戸学院大学大学院薬学研究科)
水谷 健一(神戸学院大学大学院薬学研究科)
仲野 徹(大阪大学大学院生命機能研究科)
Li Shen(浙江大学生命科学研究院)

発表のポイント

  • 父親由来の染色体をもたない胚(単為発生胚)に由来する細胞を、マウス胎仔の脳に組み込む新しい実験系 CReP法を開発しました。
  • 単為発生胚由来細胞は脳の形づくりには参加できましたが、神経幹細胞の細胞増殖の低下と細胞死の亢進が認められました。
  • 単為発生胚に由来する細胞では、父親由来の染色体から働く Dlk1遺伝子が低下するため、Notchシグナルが過剰になり、神経細胞とグリア細胞の分化バランスが崩れることを明らかにしました。

発表内容

研究の背景:なぜ哺乳類には父と母の染色体が両方必要なのか
 魚類、両生類、爬虫類などでは、卵子が受精することなく発生する単為発生が見られることがあります。単為発生では、母親由来の染色体のみで発生が進みます。しかし、ヒトを含む哺乳類では、単為発生は全て胎内で致死となり、正常な個体発生には至りません。また、父親由来の染色体しか持たないマウスを実験的に作製しても、着床直後に死んでしまいます。

 その理由の一つが、母親由来の染色体と父親由来の染色体の役割分担です。父母由来の染色体はDNAの塩基配列が99%以上共通しており、もっている遺伝子の大部分も同じです。しかし、一部の遺伝子では、父か母か、どちらの親に由来するかによって働き方が変わります。この現象はゲノムインプリンティング(注7)と呼ばれます。ゲノムインプリンティングの重要性は40年以上前から知られていました。しかし、単為発生胚は早い時期に死んでしまうため、父親由来の染色体と母親由来の染色体が、発生後期以降にどのような役割を果たすのかは十分に分かっていませんでした。
研究成果1:脳の「空席」を単為発生胚由来細胞で補う手法の開発に成功
 本研究では、胚盤胞補完法(注8)という技術を応用しました。胚盤胞補完法とは、ある臓器を作れない受精胚に正常な細胞を組み込み、欠けた臓器を外から加えた細胞に作らせる発生工学的手法です。これまで膵臓などの臓器形成研究に用いられてきましたが、今回、脳の発生に重要なWnt1遺伝子を欠損させた受精胚を用いました。この胚では、中脳や小脳などの脳領域が正常に形成されません。ゲノム編集技術でWnt1遺伝子を欠損した胚と、父親由来の染色体をもたない単為発生胚を組みあわせて発生させることで、受け手胚で作れない脳領域に単為発生胚由来細胞を優先的に取り込ませました。

 この方法によって通常は発生初期で死んでしまう単為発生胚由来細胞を、胎仔期後半の脳の中で解析できるようになりました。この単為発生胚由来細胞を用いた細胞置換法を CReP(Cell Replacement with Parthenogenote-derived cells)法と名付けました(図1)。CReP法により、単為発生胚由来細胞は胎生14.5日の脳に高い割合で組み込まれ、出生時まで脳内で生存することが確認されました。また、Wnt1欠損による脳形態の異常も大きく改善しました。
単為発生胚の組織を持つマウス作出
研究成果2:単為発生胚由来細胞は、脳の形づくりには参加できたが、神経幹細胞の増殖や維持に異常を示した
 CReP法により、単為発生胚由来細胞は胎仔期の脳に高い割合で組み込まれました。この結果は、父親由来の染色体をもたない細胞にも、脳の形を作る能力があることを示します。一方で、CReP胎仔は体重が低く、多くが出生後1週間以内に死亡しました。これは、脳の形態を補うことはできても、父親由来の染色体を欠くことによる発生異常が残ることを示しています。

 単一核RNA-seq解析(注9)では、CReP脳の多くの細胞集団で、単為発生胚由来細胞の寄与が低下していました。特に、神経幹細胞の集団で低下が目立ちました。組織解析でも、神経幹細胞や神経前駆細胞の減少および増殖能の低下が認められました(図2)。さらに、培養した脳細胞では、単為発生胚由来細胞の増殖低下と細胞死の増加が確認されました。
A.CRePマウス胚の脳
研究成果3:Dlk1-Notch 経路が神経細胞とグリア細胞のバランスを制御する
 CReP脳では、父親由来の染色体から発現する Dlk1遺伝子の発現が低下していました。一方で、Notch1、Dll1、Hes1など Notchシグナル関連遺伝子の発現は上昇していました。Notchシグナルは、神経幹細胞の維持や、神経細胞・グリア細胞への分化を調節する重要なシグナルです。
 CReP由来脳細胞ではNotchシグナルが過剰に活性化し、神経細胞への分化が低下し、オリゴデンドロサイト前駆細胞が増加しました。さらに、組換え Dlk1 タンパク質を加えると、神経細胞への分化が増加し、オリゴデンドロサイト前駆細胞が減少しました。
 これらの結果から、父親由来のDlk1がNotchシグナルを適切に調節し、神経細胞とグリア細胞の分化バランスを保つことが分かりました(図3)。
CRePマウスで明らかになった神経発生における父性ゲノムの機能

発表雑誌

雑誌名
「Scientific Reports」(オンライン先行公開:2026年6月8日、本公開:2026年8月4日)

論文タイトル
Parthenogenote-Derived Brain Unveils the Critical Role of Paternal Genome in Neural Development

著者
Marina Takechi, Yezhang Zhu, Zezhen Lu, Ying Zeng, Ken-ichi Mizutani, Toru Nakano, Li Shen,
Shinpei Yamaguchi

DOI番号
10.1038/s41598-026-55790-5

論文URL
https://doi.org/10.1038/s41598-026-55790-5

用語解説

(注1)単為発生胚
卵子が受精することなく発生を始めた胚のこと。父親由来の染色体をもたず、母親由来の染色体だけをもつ。
魚類、両生類、爬虫類、鳥類などでは様々な種で単為発生が見られるが、哺乳類では正常な個体発生には至らない。

(注2)CReP法
Cell Replacement with Parthenogenote-derived cellsの略。
本研究で開発した、単為発生胚由来細胞を用いる細胞置換法。通常は発生初期で死んでしまう単為発生胚由来細胞の機能を、胎仔期後半の脳の中で解析できるようにした。将来的には、出生後や老化における父母由来ゲノムの機能解明にも活用できると期待される。

(注3)神経幹細胞
神経や神経をサポートするグリア細胞を作るもとになる細胞。
自分自身を増やしながら、神経細胞やグリア細胞へ分化する。脳の発生には、神経幹細胞の数と分化のタイミングが適切に制御される必要がある。

(注4)グリア細胞
神経細胞を支え、脳の機能維持に関わる細胞の総称。
神経細胞とグリア細胞はどちらも脳に不可欠であり、発生過程では両者が適切なバランスで作られる必要がある。

(注5)Dlk1
父親由来の染色体から発現するインプリンティング遺伝子の一つ。
本研究では、Dlk1の発現低下がNotchシグナルの過剰な活性化と関係し、神経細胞とグリア細胞の分化バランスに影響することを示した。Dlk1を含むインプリンティング領域の異常は、Kagami-Ogata症候群やTemple症候群などのインプリンティング疾患と関連する。

(注6)Notchシグナル
細胞同士の情報伝達に関わるシグナル経路。
脳発生では、神経幹細胞の維持や、神経細胞・グリア細胞への分化を調節する。

(注7)ゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)
母親由来または父親由来のどちらか一方の遺伝子だけが発現する現象。
DNA配列そのものではなく、DNAメチル化やヒストン修飾などのエピゲノム情報によって制御される。哺乳類の発生、成長、脳機能に重要であり、異常が起こるとインプリンティング疾患の原因となる。

(注8)胚盤胞補完法
ある臓器を作れない胚に別の胚や幹細胞を組み込み、欠けた臓器を補う発生工学的手法。
本研究では、脳の一部を作れない受精胚に単為発生胚由来細胞を組み込むことで、脳領域を補完した。

(注9)単一核RNA-seq解析
細胞の核に含まれるRNAを、1個の核ごとに読み取る解析法。
多様な細胞が混在する組織の中で、どの種類の細胞がどれだけ存在し、それぞれの細胞でどの遺伝子が働いているかを調べることができる。脳の細胞は形が複雑で壊れやすいため、細胞全体ではなく核を用いる単一核RNA-seq解析が有効である。

研究支援

 本研究は、東邦大学重点領域研究補助金(TUGRIP)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(25H02581ほか)、内藤記念科学振興財団、持田記念医学薬学振興財団、第一三共生命科学研究振興財団、武田科学振興財団の支援を受けて実施されました。
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物学科
准教授 山口 新平

〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1906
E-mail: shinpei.yamaguchi[@]sci.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/bio/reprogramming/

【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

〒143-8540 大田区大森西5-21-16
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