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プレスリリース 発行No.1624 令和8年7月7日

赤ちゃんが“撫でられて落ち着く”仕組みを解明

 撫でられると、なぜ赤ちゃんは落ち着くのでしょうか。また、その仕組みはどのように発達するのでしょうか。この身近な疑問に、研究から新たな手がかりが得られました。

 東邦大学医学部の吉田さちね講師と船戸弘正教授らの研究グループは、背中を撫でることで、ヒト乳幼児も離乳前の仔マウスも自発的な動きが減り、おとなしくなることを発見しました。仔マウスでの詳しい解析から、撫で続けることで、心拍数の低下・入眠促進・ストレス反応の緩和が確認されました。一方、母マウスとの触れ合い経験が乏しい人工的に育てられた仔マウスでは、背中を撫でてもこうした変化は見られなかったことから、“撫でられて落ち着く反応”は、生後早期の触れ合い経験を通じて発達すると考えられます。また、この反応には、脳の視床下部で発現するCacna1b遺伝子が関わることも明らかになりました。
 本成果は、生後早期の養育者との触れ合いが乳幼児の心身発達に与える影響を科学的に理解する一助となるほか、根拠に基づく育児・保育の実践への応用が期待されます。

 この研究成果は、2026年4月10日に学術誌「Communications Biology」にオンライン先行公開され、7月3日に本公開されました。

発表者名

吉田 さちね(東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野 講師)
原馬 明子(麻布大学獣医学部 特命研究員)
守口 徹(麻布大学 名誉教授)
恒岡 洋右(東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野 准教授)
成清 公弥(東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野 助教)
宮西 和也(筑波大学高等研究院国際統合睡眠医科学研究機構 研究員)
鹿島 誠(東邦大学理学部生物分子科学科 講師)
和田 真(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 脳機能系障害研究部 発達障害研究室長)
林 悠(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授/
    筑波大学高等研究院国際統合睡眠医科学研究機構 客員教授)
船戸 弘正(東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野 教授/
      筑波大学高等研究院国際統合睡眠医科学研究機構 客員教授)

発表のポイント

  • 背中を撫でられると、ヒト乳幼児も仔マウスも自発的な動きが減少することを見出しました。仔マウスでの詳細な解析の結果、撫でられることで心拍数が下がり、入眠が促されることが分かりました。
  • 母マウスと引き離し、孤立させた仔マウスの背中に撫でる刺激を与え続けると、ストレスホルモンの上昇が抑えられました。
  • 一方、母マウスとの身体接触経験がほとんどない人工飼育された仔マウスでは、背中を撫でても、体動と心拍数の低下・入眠促進・ストレス緩和のいずれも生じませんでした。撫でられて落ち着く反応は、生まれつき備わっているわけではなく、生後早期の養育個体との触れ合い経験を通じて発達すると考えられます。
  • 通常養育マウスと人工飼育マウスの脳の視床下部で発現する遺伝子を網羅的に比較したところ、カルシウムチャネル形成に関わるCacna1b(注1)遺伝子の発現が人工飼育マウスで低下していました。通常養育マウスの視床下部で、Cacna1bの発現を抑えると、撫でてもおとなしくならず、人工飼育マウスと同様の反応を示しました。撫でられて落ち着く反応には、Cacna1b遺伝子が関与することが明らかとなりました。
  • 本研究により、生後早期の養育者とのスキンシップが、子どもの脳の発達やストレスへの対応力を育むうえで重要であることが、客観的な数値データとともに示されました。今後、触れ合いによって子どもが落ち着く仕組みの解明が進めば、根拠に基づく育児や保育の工夫の提案や、触覚過敏や不安などを抱える子どもの理解と支援につながることが期待されます。

発表内容

 乳幼児期における養育者との身体的な触れ合いは、情緒や身体の健やかな発達を支える重要な経験と考えられています。さまざまな触れ合いのうち、乳幼児を撫でることは、なだめたり、寝かしつけたりする場面で広く行われています。しかし、どの身体部位を撫でると落ち着きやすいのか、撫でられることで落ち着く反応は生まれつき備わっているものなのか、また、どのような仕組みを介して生じるのかについては、よく分かっていませんでした。
 
 そこで本研究では、母親と0~2歳児の15組に大学実験室に来てもらい、撫でる刺激が乳幼児に及ぼす作用について、自発運動量と心拍数に着目して検討しました。母子には、実験室で用意した無地のTシャツやベビー肌着に着替えてもらいました。乳幼児には無線式の小型心電図センサーを装着し、全身の運動量を記録するため動画を撮影しました。撫でる刺激を与えるために、母子に「向き合って椅子に座る」あるいは「お互いに前方を向いて座る」という2種類の座り方のいずれかを自由に選択してもらいました(図1)。乳幼児の研究では、機嫌を損ねないように、なるべく自然な流れで、速やかに計測を開始することが肝要です。そのため使用するセンサー数を必要最小限にとどめ、最初の座り方の選択もそれぞれの母子に任せました。

 実験中、母親には、乳幼児の後頭部、背中、腹部を1か所ずつ撫でてもらいました。例えば、最初に母子が向き合って座った場合、母親は乳幼児の背中を撫でた後に、後頭部を撫でます。そして、お互いが前方を向くように座り直し、最後に乳幼児の腹部を撫でます。撫でる身体部位と順序は、座り方に応じて、研究者がランダムに指示しました。また、各身体部位を撫でる時間はそれぞれ1分間とし、撫でる前には、毎回1分間の撫でない時間を設けました。母親には、実験中に乳幼児に話しかける、アイコンタクトをとる、体を揺らすことを控えてもらい、十分な接触圧でしっかりと撫でるように依頼しました。
 解析の結果、母親が乳幼児の背中を撫でると、撫でる前と比べて頭部および下半身の運動量が大きく低下することが分かりました(図2)。一方、乳幼児の後頭部や腹部を撫でても、運動量の低下は見られませんでした。また、乳幼児の後頭部を撫でると、撫でる前と比べて、心拍数が増え、覚醒度が上がるような生理変化が見られました。一方、背中を撫でる刺激では、こうした心拍数の増加は起こりませんでした。動画データをもとに、母親が乳幼児の背中を撫でる速さを計算したところ、平均で約10.5 cm/sとなり、心地よい触覚刺激の受容に関わるC触覚線維(注2)を活性化する速さと同等であることが分かりました。これらの結果から、乳幼児は、後頭部・背中・腹部のうち、背中を撫でる刺激によって運動量が低下し、おとなしくなることが分かりました。
 母親が乳幼児をしっかり撫でるとき、その刺激は皮膚表面だけでなく皮下組織にも伝わり、C触覚線維をはじめ、複数の感覚神経を同時に活性化します。こうした複合的な刺激が、乳幼児を落ち着かせる反応を引き出すと考えられます。

 次に、実験動物である仔マウスを対象に、背中を撫でることで、ヒト乳幼児と同じような運動量の低下が起こるのかを調べました。母マウスは仔マウスを手で撫でることはしませんが、代わりに舌を使って全身を舐めます。こうした仔舐め行動は、仔の健全な発達に重要な養育行動の1つです。本研究では、この仔舐め行動を模して、研究者が筆で仔マウスの背中を3分間撫で、その最中に起こる筋活動、心拍、脳波の変化を記録しました。その結果、背中を撫でると、撫でる前と比べて、筋活動が低下しておとなしくなり、心拍数も減りました(図3)。さらに、ノンレム睡眠(注3)のときと同程度まで徐波(注4)とよばれるゆっくりとした低周波の脳波成分が増え、入眠が促されることが分かりました(図3)。また、仔マウスを孤立させている間に背中を撫で続けると、社会的な絆に重要とされるオキシトシンには変化が見られませんでしたが、ストレスホルモンの1つであるコルチコステロンの上昇が抑えられることも分かりました。
 一方、生後早期の母マウスとの触れ合い経験がほとんどない人工飼育された仔マウスでは、背中を撫でても、運動量および心拍数の低下・入眠促進・ストレス緩和は見られませんでした。そこで、母マウスに通常養育された仔マウスと人工飼育された仔マウスで、脳の視床下部(注5)に発現している遺伝子を網羅的に比較解析しました。その結果、人工飼育された仔マウスでは、カルシウムチャネル形成に必要なCacna1b遺伝子の発現が大きく低下していました。さらに、通常養育された仔マウスの視床下部で、Cacna1b遺伝子の発現を低下させたところ、背中を撫でても心拍数および運動量の低下、入眠促進は起こらず、人工飼育された仔マウスと同様の結果になりました。

 以上から、背中を撫でられて落ち着く反応は、生まれつき備わっている反応ではなく、生後早期の養育個体との触れ合い経験によって発達していくことが、初めて実験的に示されました。また、この反応が発達する分子メカニズムの1つとして、視床下部におけるCacna1b遺伝子の発現が関与することが明らかになりました。

 ヒト乳幼児と仔マウスを対象とした本研究によって、特に背中を撫でる刺激が子を落ち着かせること、また、その反応の背景には、生後早期の養育者との触れ合い経験によって育まれる仕組みがあることが示唆されました。今回得られた知見は、科学的な根拠に基づく育児・保育の手技の提案や、触覚過敏や不安などを抱える子どもの理解と支援につながることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「Communications Biology」
(オンライン先行公開:2026年4月10日、本公開:2026年7月3日)

論文タイトル
Early-life maternal care is required for the typical development of calming responses to back stroking

著者
Sachine Yoshida*, Akiko Harauma, Toru Moriguchi, Yousuke Tsuneoka, Kimiya Narikiyo,
Kazuya Miyanishi, Makoto Kashima, Makoto Wada, Yu Hayashi & Hiromasa Funato*(*責任著者)

DOI番号
10.1038/s42003-026-10012-6

論文URL
https://doi.org/10.1038/s42003-026-10012-6

用語解説

(注1)Cacna1b
電位依存性カルシウムチャネルの形成に関わる遺伝子の一つです。神経細胞における情報伝達に重要な役割を担っており、本研究では、背中を撫でる刺激によって生じる落ち着く反応の発達への関与が示されました。

(注2)C触覚線維
皮膚に分布する感覚神経線維の一種です。撫で刺激に応答しやすく、心地よいとされる触覚や情動的な触れ合いの知覚に関与すると考えられています。

(注3)ノンレム睡眠
睡眠は大きく、レム睡眠とノンレム睡眠に分けられます。レム睡眠は、脳の活動が比較的活発で夢を見やすい睡眠状態です。一方、ノンレム睡眠は、脳波上で徐波成分の増加がみられる睡眠状態で、心身の休息や回復に関わるとされています。

(注4)徐波
脳波にみられる低周波の成分で、主にノンレム睡眠時に増加します。脳波解析では、徐波活動はデルタ帯域の活動として評価されることがあります。覚醒時とは異なる脳活動状態を反映する指標の一つであり、睡眠状態の評価等に用いられます。

(注5)視床下部
脳の深部に位置する領域で、睡眠、体温、摂食、内分泌、ストレス応答など、生命維持に重要なさまざまな生理機能の調節に関与しています。

添付資料

撫でる実験での2種類の座り方
図1. 撫でる実験での2種類の座り方
母親は乳幼児をひざの上に座らせて後頭部・背中・腹部を撫でる。

背中を撫でられると乳幼児の自発運動量が低下
図2.背中を撫でられると乳幼児の自発運動量が低下する
(A)母親に背中を撫でられている乳幼児
(B)背中を撫でられている間、乳幼児の頭部および下半身の自発的な運動量は、撫でる前に比べて有意に低下した。各点は乳幼児1名のデータを示す。**P < 0.01, ***P < 0.001



背中を撫でられると仔マウスの自発運動量と心拍数は低下、入眠が促される
図3. 背中を撫でられると仔マウスの自発運動量と心拍数は低下し、入眠が促される
(A, B)仔マウスの背中を3分間撫でた。撫でる前3分間と撫でられている間の3分間について、筋活動量と心拍数を比較した。筋活動量と心拍数は、それぞれ解析区間の開始直後1分間に対する終了直前1分間の比として算出した。
(C)撫でられている間の徐波活動は、ノンレム(NREM)睡眠中と同程度まで増加した。徐波活動は、解析区間内のデルタ帯域パワーを合計して算出した。各点は仔マウス1匹のデータを示す。
*P < 0.05、**P < 0.01、***P < 0.001、ns:有意差なし。横線は中央値。
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野
講師 吉田 さちね
教授 船戸 弘正

〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-3762-4151 FAX: 03-5493-5437 
E-mail: sachine.yoshida[@]med.toho-u.ac.jp(吉田)
    hiromasa.funato[@]med.toho-u.ac.jp(船戸)
URL: https://www.toho-funatolab.jp/

【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp 
URL:www.toho-u.ac.jp

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