プレスリリース 発行No.1610 令和8年5月28日
環境を変えるだけで記憶は回復する?
~ 遺伝的に低下した記憶機能を改善する仕組みを解明 ~
~ 遺伝的に低下した記憶機能を改善する仕組みを解明 ~
東邦大学の上田(石原)奈津実准教授、福井大学の深澤有吾教授、名古屋大学の木下専教授らの研究グループは、記憶に関わる細胞骨格タンパク質セプチン3(以下、Septin-3)(注1)を欠損したマウス(Septin3欠損マウス)において、環境を豊かにすることで記憶機能が改善される可能性を明らかにしました。これまでに、Septin3欠損マウスでは、長期記憶の低下とともに、ニューロンの樹状突起スパイン(注2)内に存在する滑面小胞体(sER)(注3)の割合が減少することが報告されていました。本研究では、こうした状態に対して、環境要因がどのように影響するかを検証しました。その結果、4週間の環境富化(enriched environment, EE)(注4)により、記憶成績が改善するとともに、sERを含むスパインの割合が増加することが明らかになりました。
本研究成果は、2026年5月28日に米国の神経科学分野の学術誌「Molecular Brain」に掲載されました。
本研究成果は、2026年5月28日に米国の神経科学分野の学術誌「Molecular Brain」に掲載されました。
発表者名
上田(石原)奈津実(東邦大学理学部生物分子科学科 准教授)
布施 尚城(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
鈴木 絢子(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
深澤 有吾(福井大学医学部 教授)
木下 専(名古屋大学大学院理学研究科 教授)
布施 尚城(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
鈴木 絢子(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
深澤 有吾(福井大学医学部 教授)
木下 専(名古屋大学大学院理学研究科 教授)
発表のポイント
- Septin3欠損マウスにおいて、4週間の環境富化により新規物体認識試験(注5)における記憶(24時間後)の成績が向上することを示しました。
- 環境富化により、海馬歯状回においてシナプス密度の増加および滑面小胞体(sER)を含むスパインの割合の増加が観察されました。
- 一方で、スパイン体積やシナプス後肥厚(PSD)(注6)面積には顕著な変化は見られず、構造の大きさではなく構成要素の変化が関連する可能性が示されました。
- 遺伝的に記憶機能が低下した状態においても、環境要因によって神経回路の可塑性が補償されうる可能性を示す結果です。
発表内容
研究の背景
記憶は、ニューロン同士の接続部位であるシナプスにおける構造的・機能的変化によって支えられています。特に、樹状突起スパイン内に存在する滑面小胞体(sER)は、カルシウム調節を通じてシナプス機能に重要な役割を果たすことが知られています。
研究グループの以前の研究*により、Septin-3は強い刺激に伴ってsERがスパイン内へ侵入する過程に関与することが明らかにされており、Septin3欠損マウスでは、sERを含むスパインの割合が減少し、新規物体認識試験など特定の行動試験において、長期記憶が低下することが報告されていました。
一方で、飼育環境を豊かにする「環境富化」は、神経活動や記憶機能を向上させることが知られていますが、遺伝的に記憶機能が低下した個体において、どのように作用するかは十分に明らかではありませんでした。
記憶は、ニューロン同士の接続部位であるシナプスにおける構造的・機能的変化によって支えられています。特に、樹状突起スパイン内に存在する滑面小胞体(sER)は、カルシウム調節を通じてシナプス機能に重要な役割を果たすことが知られています。
研究グループの以前の研究*により、Septin-3は強い刺激に伴ってsERがスパイン内へ侵入する過程に関与することが明らかにされており、Septin3欠損マウスでは、sERを含むスパインの割合が減少し、新規物体認識試験など特定の行動試験において、長期記憶が低下することが報告されていました。
一方で、飼育環境を豊かにする「環境富化」は、神経活動や記憶機能を向上させることが知られていますが、遺伝的に記憶機能が低下した個体において、どのように作用するかは十分に明らかではありませんでした。
研究の内容
本研究では、2~3か月齢の雄のSeptin3欠損マウスを用い、4週間にわたり通常環境(standard housing, SH)または環境富化(EE)条件で飼育しました。その後、新規物体認識試験を行い、記憶機能を評価しました。
その結果、環境富化群では、24時間後の新規物体認識成績が有意に向上しました。一方で、試験中の移動距離には差が認められず、この効果が単なる活動量の増加によるものではないことが示されました。
さらに、試験直後の海馬歯状回を電子顕微鏡により解析したところ、Septin3欠損マウスにおいて、
さらに、試験直後の海馬歯状回を電子顕微鏡により解析したところ、Septin3欠損マウスにおいて、
- シナプス密度が増加
- sERを含むスパインの割合が増加 していることが明らかになりました。一方で、スパイン体積やシナプス後肥厚面積には有意な変化は見られませんでした。
意義・今後の展開
本研究は、生まれつき記憶機能が低下しやすい状態であっても、飼育環境を工夫することで、記憶成績が改善する可能性を示しました。これは、記憶の力が遺伝的な要因だけで決まるのではなく、経験や環境によっても変化しうることを示す結果です。
また本研究では、記憶に関わる脳の部位で、神経細胞同士のつながりや、神経細胞内の小さな構造にも変化が見られました。今後、このような変化がどのように記憶の改善につながるのかを詳しく調べることで、記憶機能の維持や回復を支える仕組みの理解につながることが期待されます。
* 参考文献)
Cell Rep. 2025 Mar 25;44(3):115352.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115352
Septin 3 regulates memory and L-LTP-dependent extension of endoplasmic reticulum into spines
本研究は、生まれつき記憶機能が低下しやすい状態であっても、飼育環境を工夫することで、記憶成績が改善する可能性を示しました。これは、記憶の力が遺伝的な要因だけで決まるのではなく、経験や環境によっても変化しうることを示す結果です。
また本研究では、記憶に関わる脳の部位で、神経細胞同士のつながりや、神経細胞内の小さな構造にも変化が見られました。今後、このような変化がどのように記憶の改善につながるのかを詳しく調べることで、記憶機能の維持や回復を支える仕組みの理解につながることが期待されます。
* 参考文献)
Cell Rep. 2025 Mar 25;44(3):115352.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115352
Septin 3 regulates memory and L-LTP-dependent extension of endoplasmic reticulum into spines
発表雑誌
雑誌名
「Molecular Brain」(2026年5月28日)
論文タイトル
Environmental enrichment is associated with enhanced novel object recognition performance and an increased proportion of smooth endoplasmic reticulum–containing spines in the dentate gyrus of Septin3−/− mice
著者
Natsumi Ageta-Ishihara*, Naoki Fuse, Ayako Suzuki, Yugo Fukazawa, Makoto Kinoshita
DOI番号
10.1186/s13041-026-01315-0
論文URL
https://doi.org/10.1186/s13041-026-01315-0
「Molecular Brain」(2026年5月28日)
論文タイトル
Environmental enrichment is associated with enhanced novel object recognition performance and an increased proportion of smooth endoplasmic reticulum–containing spines in the dentate gyrus of Septin3−/− mice
著者
Natsumi Ageta-Ishihara*, Naoki Fuse, Ayako Suzuki, Yugo Fukazawa, Makoto Kinoshita
DOI番号
10.1186/s13041-026-01315-0
論文URL
https://doi.org/10.1186/s13041-026-01315-0
用語解説
(注1)細胞骨格タンパク質セプチン3(Septin-3)
細胞骨格セプチンを構成するセプチンファミリーに属するタンパク質です。
セプチンは、細胞分裂や細胞の形状維持など、多様な細胞機能に関与しています。特にSeptin-3はこれまでの研究でニューロンにおいて顕著に発現しており、Septin-3の異常は神経疾患の発症と関連する可能性が示唆されていました。
(注2)スパイン
ニューロンが情報を受け取る突起である樹状突起の上に存在する小さな突起構造で、他のニューロンからのシナプス入力を受け取る部位。
(注3)滑面小胞体(sER)
真核細胞内に存在するオルガネラである小胞体の一部で、リボソームが付着していないため滑らかな外観を持っています。特に脂質の合成、細胞内カルシウムの貯蔵・調節などにおいて重要な役割を果たします。たとえば、筋細胞ではCa2+の放出と再取り込みを通じて筋収縮が制御されています。
(注4)環境富化(enriched environment, EE)
遊具や広い空間などを用いて動物に、より複雑で外部刺激が豊富な環境を与えることで、新規刺激の認知や行動の選択、または他の動物と社会的に触れ合う機会が提供される飼育環境です。神経可塑性や学習能力を高めることが知られています。
(注5)新規物体認識試験
動物は新しい物体に興味を示す習性があります。この習性を利用し、最初に見せた物体を、新しい物体に置き換えたときの反応を観察します。記憶が正常なら新しい物体に興味を示し、記憶に障害があると新しい物体を認識できません。
(注6)シナプス後肥厚(PSD)
シナプスは、ニューロン同士が情報を伝達する接続部位であり、主にシナプス前部とシナプス後部に分かれます。シナプス後部には、神経伝達物質(例えば、グルタミン酸など)を受け取るための受容体や、それを支えるタンパク質が集まる構造があり、シナプス後肥厚と呼ばれます。
細胞骨格セプチンを構成するセプチンファミリーに属するタンパク質です。
セプチンは、細胞分裂や細胞の形状維持など、多様な細胞機能に関与しています。特にSeptin-3はこれまでの研究でニューロンにおいて顕著に発現しており、Septin-3の異常は神経疾患の発症と関連する可能性が示唆されていました。
(注2)スパイン
ニューロンが情報を受け取る突起である樹状突起の上に存在する小さな突起構造で、他のニューロンからのシナプス入力を受け取る部位。
(注3)滑面小胞体(sER)
真核細胞内に存在するオルガネラである小胞体の一部で、リボソームが付着していないため滑らかな外観を持っています。特に脂質の合成、細胞内カルシウムの貯蔵・調節などにおいて重要な役割を果たします。たとえば、筋細胞ではCa2+の放出と再取り込みを通じて筋収縮が制御されています。
(注4)環境富化(enriched environment, EE)
遊具や広い空間などを用いて動物に、より複雑で外部刺激が豊富な環境を与えることで、新規刺激の認知や行動の選択、または他の動物と社会的に触れ合う機会が提供される飼育環境です。神経可塑性や学習能力を高めることが知られています。
(注5)新規物体認識試験
動物は新しい物体に興味を示す習性があります。この習性を利用し、最初に見せた物体を、新しい物体に置き換えたときの反応を観察します。記憶が正常なら新しい物体に興味を示し、記憶に障害があると新しい物体を認識できません。
(注6)シナプス後肥厚(PSD)
シナプスは、ニューロン同士が情報を伝達する接続部位であり、主にシナプス前部とシナプス後部に分かれます。シナプス後部には、神経伝達物質(例えば、グルタミン酸など)を受け取るための受容体や、それを支えるタンパク質が集まる構造があり、シナプス後肥厚と呼ばれます。
添付資料
Septin3欠損マウスを通常飼育(SH)または環境富化(EE)条件で4週間飼育し、新規物体認識試験を実施しました。EE群では24時間後の記憶成績が向上し、海馬歯状回においてシナプス密度および滑面小胞体(sER)を含むスパインの割合が増加しました。一方で、スパイン体積およびシナプス後肥厚(PSD)面積に顕著な変化は認められませんでした。
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物分子科学科
准教授 上田(石原) 奈津実
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL/FAX: 047-472-5022
E-mail: natsumi.ageta-ishihara[@]sci.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/biomol/mbb/index.html
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL: www.toho-u.ac.jp
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