プレスリリース 発行No.1586 令和8年2月25日
社会性アメーバの多細胞化進化を比較できるゲノム編集技術を確立
~ 単細胞が協力して多細胞体をつくる過程を種間で比べられる基盤技術 ~
~ 単細胞が協力して多細胞体をつくる過程を種間で比べられる基盤技術 ~
東邦大学理学部の村本哲哉准教授の研究グループは、社会性アメーバとして知られる細胞性粘菌を対象に、多細胞化の進化過程を種間で比較できるCRISPRゲノム編集技術を確立しました。本成果により、これまで限られた粘菌でしか行えなかった遺伝学的解析を、複数種の粘菌にまたがって実施することが可能となりました。
この研究成果は、2026年2月5日に科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
この研究成果は、2026年2月5日に科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
発表者名
大石 秋佳(東邦大学大学院理学研究科生物学専攻 博士前期課程1年)
村本 哲哉(東邦大学理学部生物学科 准教授)
村本 哲哉(東邦大学理学部生物学科 准教授)
発表のポイント
- 祖先的特徴を保持する種から形態が複雑な種までの幅広い細胞性粘菌(注1)において、共通して利用可能なCRISPRベクターを用いたゲノム編集(注2)を初めて実現しました。
- ドナーDNA(注3)を併用することでゲノム編集効率を大幅に高め、従来は改変が難しかった粘菌種での遺伝子破壊を実現しました。
- 本研究成果により、単細胞として生活する細胞が集合し多細胞体を形成するしくみを種間で比較できることから、多細胞化の進化過程の理解を深める研究基盤として、発生・進化生物学研究に貢献することが期待されます。
発表概要
単細胞生物が集合し、多細胞の体を形成する「多細胞化」は、生命進化を理解するうえで重要な現象です。社会性アメーバとして知られる細胞性粘菌は、単細胞として生活する細胞が協力して多細胞体を形成する特徴をもち、多細胞化研究のモデル生物として利用されてきました。しかし、分子遺伝学的な解析は一部のモデル種に限られ、異なる種を比較する研究は困難でした。
研究グループは、こうした課題を解決するため、細胞性粘菌におけるゲノム編集技術の拡張に取り組みました。本研究では、共通して利用可能なCRISPRベクターを用い、祖先的特徴を保持する種から形態が複雑な種まで、複数の細胞性粘菌で遺伝子改変を実現しました。さらに、ドナーDNAを併用することでゲノム編集効率を大幅に高め、従来は改変が難しかった種においても遺伝子破壊を可能にしました(図1)。
本研究成果により、単細胞が協力して多細胞体を形成する過程を種間で比較できる研究基盤が整い、多細胞化の進化過程や協調行動の理解を深めることが期待されます。
研究グループは、こうした課題を解決するため、細胞性粘菌におけるゲノム編集技術の拡張に取り組みました。本研究では、共通して利用可能なCRISPRベクターを用い、祖先的特徴を保持する種から形態が複雑な種まで、複数の細胞性粘菌で遺伝子改変を実現しました。さらに、ドナーDNAを併用することでゲノム編集効率を大幅に高め、従来は改変が難しかった種においても遺伝子破壊を可能にしました(図1)。
本研究成果により、単細胞が協力して多細胞体を形成する過程を種間で比較できる研究基盤が整い、多細胞化の進化過程や協調行動の理解を深めることが期待されます。
発表内容
多くの生物は、単一の細胞から始まり、細胞同士が協調することで組織や器官をつくり、複雑な多細胞生物へと進化してきました。しかし、その過程を分子レベルで理解することは容易ではありません。社会性アメーバとして知られる細胞性粘菌は、この問いに迫るための優れたモデル生物です。細胞性粘菌は、通常は単細胞として生活し、細菌を捕食しながら増殖しますが、栄養が不足すると細胞同士が集合し、多細胞体を形成して子実体(注4)をつくります。このように、単細胞と多細胞の両方の状態を行き来する特徴から、多細胞化や細胞間コミュニケーションのしくみを理解するために、長年研究されてきました。
これまで、細胞性粘菌を用いた分子遺伝学的研究は、主にキイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)という1種に集中してきました。この種は培養が容易で、遺伝子操作技術も比較的整っており、細胞運動、形態形成、シグナル伝達などの研究において重要な役割を果たしてきました。一方、細胞性粘菌には系統的に異なる多数の近縁種が存在し、現在までに約150種が知られています。これらの種は共通した生活環を持つ一方で、多細胞体や子実体の形態、細胞が集合する際に利用する化学シグナルなどに多様性が見られます。このような種間差は、多細胞化や発生過程がどのように進化してきたのかを理解する上で重要な手がかりとなります。しかし、近縁種では遺伝子改変技術が十分に確立されておらず、種間で遺伝子機能を直接比較することは困難でした。
研究グループは、この課題を解決するため、キイロタマホコリカビで確立してきたCRISPR/Cas9ゲノム編集技術を、系統的に異なる複数の細胞性粘菌へと拡張しました。CRISPR/Cas9は、狙った遺伝子を効率よく破壊できるゲノム編集技術として広く利用されていますが、種が異なると同じ手法をそのまま適用できない場合も多く、個々の生物に合わせた条件設定が必要になることが少なくありませんでした。
本研究では、複数の細胞性粘菌で共通して利用可能なCRISPRベクターを用いることで、種ごとに新たな系を構築することなくゲノム編集を行えるかどうかを検証しました。その結果、グループ4に属するムラサキカビモドキ(Polysphondylium violaceum)、グループ2のシロカビモドキ(Heterostelium pallidum)、さらにグループ1のカベンデリア属の1種(Cavenderia fasciculata)において、遺伝子破壊を実現しました。これは、祖先的特徴を保持する種から形態がより複雑な種まで、幅広い細胞性粘菌において同一のゲノム編集戦略が有効であることを示しています。
さらに研究グループは、CRISPRベクターとともにドナーDNAと呼ばれる短いDNA断片を同時に導入する手法を採用しました。このドナーDNAを併用することで、ゲノム編集効率が大幅に向上し、従来は遺伝子改変が特に困難であったシロカビモドキにおいても、安定した遺伝子破壊が可能となりました。この結果は、ゲノム編集の成否が生物種によって大きく左右されるという課題に対し、汎用性の高い解決策を示すものです。
本研究によって、単細胞として生活する細胞が集合し、多細胞体を形成する過程を、異なる細胞性粘菌種間で比較するための研究基盤が整いました。これにより、多細胞化に共通する基本的なしくみと、種ごとに独自に進化してきた特徴とを切り分けて理解することが可能になります。本研究成果は、細胞性粘菌を用いた進化・発生研究を大きく前進させるとともに、比較遺伝学的解析を進めるための基盤技術として、今後の生命科学研究に貢献することが期待されます。
これまで、細胞性粘菌を用いた分子遺伝学的研究は、主にキイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)という1種に集中してきました。この種は培養が容易で、遺伝子操作技術も比較的整っており、細胞運動、形態形成、シグナル伝達などの研究において重要な役割を果たしてきました。一方、細胞性粘菌には系統的に異なる多数の近縁種が存在し、現在までに約150種が知られています。これらの種は共通した生活環を持つ一方で、多細胞体や子実体の形態、細胞が集合する際に利用する化学シグナルなどに多様性が見られます。このような種間差は、多細胞化や発生過程がどのように進化してきたのかを理解する上で重要な手がかりとなります。しかし、近縁種では遺伝子改変技術が十分に確立されておらず、種間で遺伝子機能を直接比較することは困難でした。
研究グループは、この課題を解決するため、キイロタマホコリカビで確立してきたCRISPR/Cas9ゲノム編集技術を、系統的に異なる複数の細胞性粘菌へと拡張しました。CRISPR/Cas9は、狙った遺伝子を効率よく破壊できるゲノム編集技術として広く利用されていますが、種が異なると同じ手法をそのまま適用できない場合も多く、個々の生物に合わせた条件設定が必要になることが少なくありませんでした。
本研究では、複数の細胞性粘菌で共通して利用可能なCRISPRベクターを用いることで、種ごとに新たな系を構築することなくゲノム編集を行えるかどうかを検証しました。その結果、グループ4に属するムラサキカビモドキ(Polysphondylium violaceum)、グループ2のシロカビモドキ(Heterostelium pallidum)、さらにグループ1のカベンデリア属の1種(Cavenderia fasciculata)において、遺伝子破壊を実現しました。これは、祖先的特徴を保持する種から形態がより複雑な種まで、幅広い細胞性粘菌において同一のゲノム編集戦略が有効であることを示しています。
さらに研究グループは、CRISPRベクターとともにドナーDNAと呼ばれる短いDNA断片を同時に導入する手法を採用しました。このドナーDNAを併用することで、ゲノム編集効率が大幅に向上し、従来は遺伝子改変が特に困難であったシロカビモドキにおいても、安定した遺伝子破壊が可能となりました。この結果は、ゲノム編集の成否が生物種によって大きく左右されるという課題に対し、汎用性の高い解決策を示すものです。
本研究によって、単細胞として生活する細胞が集合し、多細胞体を形成する過程を、異なる細胞性粘菌種間で比較するための研究基盤が整いました。これにより、多細胞化に共通する基本的なしくみと、種ごとに独自に進化してきた特徴とを切り分けて理解することが可能になります。本研究成果は、細胞性粘菌を用いた進化・発生研究を大きく前進させるとともに、比較遺伝学的解析を進めるための基盤技術として、今後の生命科学研究に貢献することが期待されます。
発表雑誌
雑誌名
「Scientific Reports」(2026年2月5日)
論文タイトル
Genome editing across Dictyostelia species enables comparative functional genetics of social amoebas
著者
Shuka Oishi, Sousuke Doi, Takumi Sekida, Kensuke Yamashita, Yoko Yamada, Tetsuya Muramoto*
DOI番号
10.1038/s41598-026-38605-5
論文URL
https://doi.org/10.1038/s41598-026-38605-5
「Scientific Reports」(2026年2月5日)
論文タイトル
Genome editing across Dictyostelia species enables comparative functional genetics of social amoebas
著者
Shuka Oishi, Sousuke Doi, Takumi Sekida, Kensuke Yamashita, Yoko Yamada, Tetsuya Muramoto*
DOI番号
10.1038/s41598-026-38605-5
論文URL
https://doi.org/10.1038/s41598-026-38605-5
用語解説
(注1)細胞性粘菌
細胞性粘菌は社会性アメーバの一種で、植物や動物、真菌(カビやキノコなど)とは異なる独自の分類群(アメーボゾア)に属し、主に土壌の表層で生活しています。普段は単細胞として細菌を貪食して増殖しますが、餌となる細菌が不足すると細胞同士が集まって協力し、子孫を残すための構造である「子実体」を形成します。特にキイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)は研究の歴史が長く、無菌的な実験環境で培養できることに加え、遺伝子操作が比較的容易であることから、細胞性粘菌研究の代表的なモデル生物として広く利用されています。
(注2)ゲノム編集
ゲノム編集とは、生物のDNA上の特定の配列を狙って切断し、その修復過程を利用して遺伝子に変化を加える技術です。CRISPR/Cas9法では、ガイドRNA(gRNA)がCas9という酵素を目的のDNA配列へ導き、Cas9がその部位を切断します。切断後のDNA修復の際に変異が生じることで、特定の遺伝子の働きを失わせることができます。
(注3)ドナーDNA
本研究で使用したドナーDNAは一本鎖DNAで、CRISPR/Cas9によって切断されたDNAに挿入されるように設計されています。標的部位には、遺伝子の働きを止めるためのストップコドンを含む短い配列と、その両端に標的遺伝子と相同な配列を付加しました。ゲノム編集時にCas9発現ベクターと同時に導入することで、遺伝子破壊の効率を高めることができます。
(注4)子実体
子実体とは、細胞性粘菌が栄養不足のときに形成する分化した多細胞構造で、柄細胞と胞子細胞から構成されます。柄の先端に胞子の塊を形成し、胞子は環境が整うと発芽して再び単細胞アメーバとして増殖を始めます。子実体は、細胞が協力して役割分担を行う多細胞化の象徴的な構造です。
細胞性粘菌は社会性アメーバの一種で、植物や動物、真菌(カビやキノコなど)とは異なる独自の分類群(アメーボゾア)に属し、主に土壌の表層で生活しています。普段は単細胞として細菌を貪食して増殖しますが、餌となる細菌が不足すると細胞同士が集まって協力し、子孫を残すための構造である「子実体」を形成します。特にキイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)は研究の歴史が長く、無菌的な実験環境で培養できることに加え、遺伝子操作が比較的容易であることから、細胞性粘菌研究の代表的なモデル生物として広く利用されています。
(注2)ゲノム編集
ゲノム編集とは、生物のDNA上の特定の配列を狙って切断し、その修復過程を利用して遺伝子に変化を加える技術です。CRISPR/Cas9法では、ガイドRNA(gRNA)がCas9という酵素を目的のDNA配列へ導き、Cas9がその部位を切断します。切断後のDNA修復の際に変異が生じることで、特定の遺伝子の働きを失わせることができます。
(注3)ドナーDNA
本研究で使用したドナーDNAは一本鎖DNAで、CRISPR/Cas9によって切断されたDNAに挿入されるように設計されています。標的部位には、遺伝子の働きを止めるためのストップコドンを含む短い配列と、その両端に標的遺伝子と相同な配列を付加しました。ゲノム編集時にCas9発現ベクターと同時に導入することで、遺伝子破壊の効率を高めることができます。
(注4)子実体
子実体とは、細胞性粘菌が栄養不足のときに形成する分化した多細胞構造で、柄細胞と胞子細胞から構成されます。柄の先端に胞子の塊を形成し、胞子は環境が整うと発芽して再び単細胞アメーバとして増殖を始めます。子実体は、細胞が協力して役割分担を行う多細胞化の象徴的な構造です。
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物学科
准教授 村本 哲哉
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-5165
E-mail: tetsuya.muramoto[@]sci.toho-u.ac.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL: www.toho-u.ac.jp
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