プレスリリース 発行No.1573 令和8年1月7日
CYP2D6活性を高めたヒト肝細胞モデルHepaRG細胞を開発
~ 薬物性肝障害の早期予測と動物実験代替法への貢献に期待 ~
~ 薬物性肝障害の早期予測と動物実験代替法への貢献に期待 ~
東邦大学理学部の山口新平准教授と多田政子教授(故人、研究当時:理学部教授)、同薬学部の安齊洋次郎教授、飯坂洋平講師らの研究グループは、ヒト肝細胞モデルとして広く利用されている「HepaRG細胞(注1)」に対し、遺伝子工学的手法を用いて薬物代謝酵素の一つであるCYP2D6(注2)の機能を大幅に強化した新しい細胞株を開発しました(図1)。
本研究により、CYP2D6で代謝される薬の肝障害リスクを、より人に近い条件で評価できるin vitro(試験管内)肝細胞モデルの構築に一歩近づきました。
研究成果は、国際学術誌「PLOS ONE」に2025年12月29日に掲載されました。
本研究により、CYP2D6で代謝される薬の肝障害リスクを、より人に近い条件で評価できるin vitro(試験管内)肝細胞モデルの構築に一歩近づきました。
研究成果は、国際学術誌「PLOS ONE」に2025年12月29日に掲載されました。
発表者名
山口 新平(東邦大学理学部生物学科 准教授)
小原 千寿香(研究当時:東邦大学理学部生物学科 博士研究員)
峰 明里(研究当時:東邦大学大学院理学研究科生物学専攻 博士前期課程2年)
多田 政子(故人、研究当時:東邦大学理学部生物学科 教授)
安齊 洋次郎(東邦大学薬学部 教授)
飯坂 洋平(東邦大学薬学部 講師)
小原 千寿香(研究当時:東邦大学理学部生物学科 博士研究員)
峰 明里(研究当時:東邦大学大学院理学研究科生物学専攻 博士前期課程2年)
多田 政子(故人、研究当時:東邦大学理学部生物学科 教授)
安齊 洋次郎(東邦大学薬学部 教授)
飯坂 洋平(東邦大学薬学部 講師)
発表のポイント
- ヒト成人肝臓組織レベルの代謝能を実現した次世代型肝細胞モデルの樹立 従来HepaRG細胞で課題であったCYP2D6の代謝活性を最大約8,000倍に強化し、試験管内でヒト成人肝臓組織に近い発現量を再現することに成功しました。
- GFPによる可視化と分化能維持により、高い実用性を確保 蛍光タンパク質(GFP)を用いて酵素の発現をリアルタイムで監視できるほか、肝細胞様細胞への分化後も高発現が維持されるため、複雑な薬物反応の追跡が可能となりました。
- CYP2D6の多様性が影響する薬物毒性予測による、動物実験代替法への貢献 CYP2D6が代謝を担う薬物(ペルヘキシリン(注3)等)を用いた毒性効果を検証したところ、CYP2D6を強化したHepaRG細胞では細胞生存率が向上していました。本発明は、ヒトCYP2D6活性の多様性が影響する薬物毒性の予測など、実験動物での再現が難しい解析に有効であり、医薬品開発初期の安全性評価を向上させるのみならず、動物実験代替法(注4)の有力なツールとしても貢献します。
発表内容
研究の背景:薬物性肝障害予測における「ミッシングリンク」
医薬品開発のプロセスにおいて、薬物性肝障害(DILI)(注5)は開発中止や市場撤退を引き起こす最大の要因の一つで、その安全性を早期に予測することは極めて重要です。従来、新薬の安全性評価は動物実験に頼ってきましたが、ヒトと動物では薬物代謝酵素の種類や働きが大きく異なるため、動物実験ではヒト特有の毒性を完全に見抜くことはできません 。この課題を解決するため、ヒトの肝細胞を用いたin vitro(試験管内)モデルの活用が進んでいます。
中でも「HepaRG細胞」は、未分化状態で維持でき、分化誘導すると多くの薬物代謝酵素を高発現する、ヒト肝臓に近い機能を長期間維持できる非常に優れたモデル細胞です。しかし、これまでのHepaRG細胞には決定的な弱点がありました。それは、全医薬品の約25%の代謝を担う重要な酵素「CYP2D6」の発現量と活性が、ヒト成人の生体肝臓と比較して著しく低いという点です。CYP2D6は遺伝的な個人差が大きく、この酵素の活性が低い人は特定の薬で副作用が出やすいことが知られています。そのため、単一ドナー由来であるHepaRG細胞において、多様なCYP2D6活性を備えた、より現実的なヒト肝細胞モデルの構築が切望されていました。
研究の手法:遺伝子工学による代謝機能の強化
研究グループは、この課題を解決するため、未分化なHepaRG細胞に対して、ヒトCYP2D6遺伝子を安定的に導入する遺伝子工学的手法を用いました。今回の研究の特徴は、単に遺伝子を導入するだけでなく、CYP2D6の発現を可視化できる仕組みを取り入れた点にあります。具体的には、FLAGタグを付加したCYP2D6もしくは、蛍光タンパク質(GFP)とCYP2D6を同時に発現させる2種類のシステムを構築しました。顕微鏡下でGFP発現細胞が光る強度を確認するだけで、CYP2D6の発現をリアルタイムで追跡・監視することが可能となりました。
研究成果(1):最大約8,000倍の代謝活性とヒト成人肝臓レベルの発現量
樹立した複数の細胞株を解析した結果、野生型のHepaRG細胞と比較して、作製した細胞株は5倍から最大約8,000倍という極めて高い代謝活性を示しました。特に、最も活性の高かった細胞株においては、CYP2D6の発現レベルが実際のヒト成人肝臓組織の発現量と同等であることが確認されました。これは、本細胞モデルが、試験管内でありながらヒト生体内に近い代謝環境を再現できていることを示唆します。
研究成果(2):薬物毒性の「解毒」を実証
次に研究グループは、この強化された代謝能が、実際の薬物による毒性評価に与える影響について検証しました。対象としたのは、狭心症治療薬であるペルヘキシリンです 。この薬は主にCYP2D6によって代謝・解毒されます。in vitroの実験では、CYP2D6が低い状態にある野生型のHepaRG細胞ではある濃度の薬剤暴露により毒性が強く現れ、細胞が死滅してしまいます。これに対して、CYP2D6を強化したHepaRG細胞では、ペルヘキシリンを迅速に解毒できるため、当該濃度でも細胞死が抑制されました(図2)。一方で、CYP2D6以外の酵素(CYP3A4等)で代謝される薬物に対しては、野生型と同様の毒性効果を示したことから、今回開発したモデルがCYP2D6特異的な毒性評価に有効であることが証明されました。
医薬品開発のプロセスにおいて、薬物性肝障害(DILI)(注5)は開発中止や市場撤退を引き起こす最大の要因の一つで、その安全性を早期に予測することは極めて重要です。従来、新薬の安全性評価は動物実験に頼ってきましたが、ヒトと動物では薬物代謝酵素の種類や働きが大きく異なるため、動物実験ではヒト特有の毒性を完全に見抜くことはできません 。この課題を解決するため、ヒトの肝細胞を用いたin vitro(試験管内)モデルの活用が進んでいます。
中でも「HepaRG細胞」は、未分化状態で維持でき、分化誘導すると多くの薬物代謝酵素を高発現する、ヒト肝臓に近い機能を長期間維持できる非常に優れたモデル細胞です。しかし、これまでのHepaRG細胞には決定的な弱点がありました。それは、全医薬品の約25%の代謝を担う重要な酵素「CYP2D6」の発現量と活性が、ヒト成人の生体肝臓と比較して著しく低いという点です。CYP2D6は遺伝的な個人差が大きく、この酵素の活性が低い人は特定の薬で副作用が出やすいことが知られています。そのため、単一ドナー由来であるHepaRG細胞において、多様なCYP2D6活性を備えた、より現実的なヒト肝細胞モデルの構築が切望されていました。
研究の手法:遺伝子工学による代謝機能の強化
研究グループは、この課題を解決するため、未分化なHepaRG細胞に対して、ヒトCYP2D6遺伝子を安定的に導入する遺伝子工学的手法を用いました。今回の研究の特徴は、単に遺伝子を導入するだけでなく、CYP2D6の発現を可視化できる仕組みを取り入れた点にあります。具体的には、FLAGタグを付加したCYP2D6もしくは、蛍光タンパク質(GFP)とCYP2D6を同時に発現させる2種類のシステムを構築しました。顕微鏡下でGFP発現細胞が光る強度を確認するだけで、CYP2D6の発現をリアルタイムで追跡・監視することが可能となりました。
研究成果(1):最大約8,000倍の代謝活性とヒト成人肝臓レベルの発現量
樹立した複数の細胞株を解析した結果、野生型のHepaRG細胞と比較して、作製した細胞株は5倍から最大約8,000倍という極めて高い代謝活性を示しました。特に、最も活性の高かった細胞株においては、CYP2D6の発現レベルが実際のヒト成人肝臓組織の発現量と同等であることが確認されました。これは、本細胞モデルが、試験管内でありながらヒト生体内に近い代謝環境を再現できていることを示唆します。
研究成果(2):薬物毒性の「解毒」を実証
次に研究グループは、この強化された代謝能が、実際の薬物による毒性評価に与える影響について検証しました。対象としたのは、狭心症治療薬であるペルヘキシリンです 。この薬は主にCYP2D6によって代謝・解毒されます。in vitroの実験では、CYP2D6が低い状態にある野生型のHepaRG細胞ではある濃度の薬剤暴露により毒性が強く現れ、細胞が死滅してしまいます。これに対して、CYP2D6を強化したHepaRG細胞では、ペルヘキシリンを迅速に解毒できるため、当該濃度でも細胞死が抑制されました(図2)。一方で、CYP2D6以外の酵素(CYP3A4等)で代謝される薬物に対しては、野生型と同様の毒性効果を示したことから、今回開発したモデルがCYP2D6特異的な毒性評価に有効であることが証明されました。
研究成果(3):肝細胞としての分化能の維持
遺伝子操作を行った細胞においてしばしば問題となるのが、細胞本来の性質の変化です。しかし本研究で樹立された有力な細胞株(CYP2D6-iGFP株等)は、HepaRG細胞の最大の特徴である「肝細胞様細胞への分化能」を保持していました。また、分化した細胞は、グリコーゲンの蓄積やアルブミンの産生といった肝特有の機能を保持した細胞へと分化可能であることがわかりました。これにより、創薬の現場で求められる複雑な分化・成熟プロセスを伴う試験にも応用することが可能となりました。
結論と今後の展望:創薬の未来と動物実験代替への貢献
本研究による成果は、これまで困難であったHepaRG細胞を用いたCYP2D6の多様性に関連する薬物安全性評価を飛躍的に高めるものです。米国で成立したFDA近代化法を背景に、世界的に動物実験から細胞ベースの試験法へのシフトが加速しています。本研究で開発されたCYP2D6強化型HepaRG細胞は、ヒトの個人差を考慮したより安全な新薬開発を支えるとともに、動物実験を削減・代替するための強力な科学的ツールとなる可能性があります。今後は、本細胞株のさらなる改良を通じて、薬物性肝障害のリスクをゼロに近づけるための研究が期待されます。
本研究は、東邦大学重点領域研究補助金(TUGRIP)の補助を受けて実施されました。
遺伝子操作を行った細胞においてしばしば問題となるのが、細胞本来の性質の変化です。しかし本研究で樹立された有力な細胞株(CYP2D6-iGFP株等)は、HepaRG細胞の最大の特徴である「肝細胞様細胞への分化能」を保持していました。また、分化した細胞は、グリコーゲンの蓄積やアルブミンの産生といった肝特有の機能を保持した細胞へと分化可能であることがわかりました。これにより、創薬の現場で求められる複雑な分化・成熟プロセスを伴う試験にも応用することが可能となりました。
結論と今後の展望:創薬の未来と動物実験代替への貢献
本研究による成果は、これまで困難であったHepaRG細胞を用いたCYP2D6の多様性に関連する薬物安全性評価を飛躍的に高めるものです。米国で成立したFDA近代化法を背景に、世界的に動物実験から細胞ベースの試験法へのシフトが加速しています。本研究で開発されたCYP2D6強化型HepaRG細胞は、ヒトの個人差を考慮したより安全な新薬開発を支えるとともに、動物実験を削減・代替するための強力な科学的ツールとなる可能性があります。今後は、本細胞株のさらなる改良を通じて、薬物性肝障害のリスクをゼロに近づけるための研究が期待されます。
本研究は、東邦大学重点領域研究補助金(TUGRIP)の補助を受けて実施されました。
発表雑誌
雑誌名
「PLOS ONE」(2025年12月29日)
論文タイトル
Development of a CYP2D6-enhanced HepaRG Cell Model with Improved CYP2D6 Metabolic Capacity
著者
Chizuka Obara, Yohei Iizaka, Akari Mine, Yojiro Anzai, Masako Tada* and Shinpei Yamaguchi 1*
DOI番号
10.1371/journal.pone.0339559
論文URL
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0339559
「PLOS ONE」(2025年12月29日)
論文タイトル
Development of a CYP2D6-enhanced HepaRG Cell Model with Improved CYP2D6 Metabolic Capacity
著者
Chizuka Obara, Yohei Iizaka, Akari Mine, Yojiro Anzai, Masako Tada* and Shinpei Yamaguchi 1*
DOI番号
10.1371/journal.pone.0339559
論文URL
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0339559
用語解説
(注1)HepaRG細胞(ヘパアールジー細胞)
ヒトの肝臓がん細胞株から樹立された細胞モデル。試験管内で培養することで安定的に増殖可能であり、また、薬物でヒトの生体肝細胞に近い細胞へと分化を誘導することができます。そのため、新薬開発におけるヒト初代培養肝細胞の代替候補の1つとして毒性研究や薬物代謝の研究で広く利用されています。
(注2)CYP2D6 (チトクロームP450-2D6)
肝臓に存在する主要な薬物代謝酵素(CYP酵素)の一つ。約25%の医薬品の代謝に関与しており、人によって遺伝的に酵素の活性に大きな個人差があることが知られています。この酵素の活性が低い人は、特定の薬で副作用が出やすい傾向があります。
(注3)ペルヘキシリン
主に狭心症(虚血性心疾患)の治療に用いられる医薬品。心臓のエネルギー代謝を調節し、心筋を保護する作用があります。この薬は、主にCYP2D6によって代謝され、無毒化されます。そのため、CYP2D6の機能が低い人では薬物が体内に蓄積しやすく、重篤な肝毒性や末梢神経障害などの副作用を引き起こすリスクが高いことが知られています。本研究では、CYP2D6の解毒・代謝機能の有無が毒性発現に直結する薬物として、モデル的に使用されました。
(注4)動物実験代替法
医薬品や化学物質の安全性・毒性評価において、動物実験に依存せず、細胞実験(in vitro)やコンピューター解析(in silico)などの新しい手法に置き換える国際的な取り組み。倫理的な観点に加え、ヒトの反応をより正確に予測する目的で推進されています。
(注5)薬物性肝障害(DILI:Drug-Induced Liver Injury)
販医薬品や健康食品などが原因で肝臓に炎症や損傷が起こる病態。医薬品の開発中止や市販後の回収の主な原因の一つとなるため、新薬の安全性評価で最も重要視される項目の一つです。
ヒトの肝臓がん細胞株から樹立された細胞モデル。試験管内で培養することで安定的に増殖可能であり、また、薬物でヒトの生体肝細胞に近い細胞へと分化を誘導することができます。そのため、新薬開発におけるヒト初代培養肝細胞の代替候補の1つとして毒性研究や薬物代謝の研究で広く利用されています。
(注2)CYP2D6 (チトクロームP450-2D6)
肝臓に存在する主要な薬物代謝酵素(CYP酵素)の一つ。約25%の医薬品の代謝に関与しており、人によって遺伝的に酵素の活性に大きな個人差があることが知られています。この酵素の活性が低い人は、特定の薬で副作用が出やすい傾向があります。
(注3)ペルヘキシリン
主に狭心症(虚血性心疾患)の治療に用いられる医薬品。心臓のエネルギー代謝を調節し、心筋を保護する作用があります。この薬は、主にCYP2D6によって代謝され、無毒化されます。そのため、CYP2D6の機能が低い人では薬物が体内に蓄積しやすく、重篤な肝毒性や末梢神経障害などの副作用を引き起こすリスクが高いことが知られています。本研究では、CYP2D6の解毒・代謝機能の有無が毒性発現に直結する薬物として、モデル的に使用されました。
(注4)動物実験代替法
医薬品や化学物質の安全性・毒性評価において、動物実験に依存せず、細胞実験(in vitro)やコンピューター解析(in silico)などの新しい手法に置き換える国際的な取り組み。倫理的な観点に加え、ヒトの反応をより正確に予測する目的で推進されています。
(注5)薬物性肝障害(DILI:Drug-Induced Liver Injury)
販医薬品や健康食品などが原因で肝臓に炎症や損傷が起こる病態。医薬品の開発中止や市販後の回収の主な原因の一つとなるため、新薬の安全性評価で最も重要視される項目の一つです。
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物学科
准教授 山口 新平
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1906
E-mail: shinpei.yamaguchi[@]sci.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/bio/reprogramming/
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL:www.toho-u.ac.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。



