プレスリリース 発行No.1557 令和7年11月13日
細胞骨格タンパク質セプチン5が欠けたマウスは
恐怖条件付け文脈記憶が障害される
恐怖条件付け文脈記憶が障害される
東邦大学の上田(石原)奈津実准教授、滋賀県立総合病院臨床研究センターの谷垣健二専門研究員、University of Texas Health Science Center at San Antonioの廣井昇教授、福井大学の深澤有吾教授、藤田医科大学の宮川剛教授、富山大学の高雄啓三教授、名古屋大学の木下専教授らの研究グループは、脳の神経細胞(ニューロン)に広く発現する細胞骨格タンパク質セプチン5(以下、Septin-5)(注1)に欠損を持つ成体雄マウス(Septin5−/−)を用い、電子顕微鏡解析と行動試験を実施しました。その結果、海馬歯状回およびCA3・CA1のシナプス(注2)密度、スパイン(注3)体積、シナプス後肥厚(注4)面積、滑面小胞体(注5)を含むスパイン割合はいずれも野生型と同等でありながら、恐怖体験時の文脈(環境、場所、チャンバーなど)を条件刺激とする恐怖条件付け(注6)文脈記憶は訓練1日後(最近)および1か月後(遠隔)に有意に低下すること、一方で、音刺激に依存する手がかり恐怖条件付け記憶は保たれていることが分かりました。恐怖条件付け文脈記憶は、動物が危険を予測する学習現象として神経科学研究で広く用いられており、外傷後ストレス障害(PTSD)(注7)などの恐怖記憶の研究にも用いられています。本研究は恐怖記憶の仕組みの理解に資する基礎的知見といえます。
本研究成果は、2025年11月13日に米国の神経科学分野の学術誌「Molecular Brain」に掲載されました。
本研究成果は、2025年11月13日に米国の神経科学分野の学術誌「Molecular Brain」に掲載されました。
発表者名
上田(石原) 奈津実(東邦大学理学部生物分子科学科 准教授)
福枡 直人(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
榊原 広大(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
藤井 一希(富山大学学術研究部医学系 助教)
腰髙 由美恵(富山大学生命科学先端研究支援ユニット 技術専門職員)
桂川 さおり(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
谷垣 健二(滋賀県立総合病院臨床研究センター 専門研究員)
平本 豪志(University of Texas Health Science Center at San Antonio Instructor)
Gina Kang(University of Texas Health Science Center at San Antonio Senior Research Associate)
廣井 昇(University of Texas Health Science Center at San Antonio Professor)
深澤 有吾(福井大学医学部 教授)
宮川 剛(藤田医科大学システム医科学研究部門 教授)
高雄 啓三(富山大学学術研究部医学系 教授)
木下 専(名古屋大学大学院理学研究科 教授)
福枡 直人(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
榊原 広大(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
藤井 一希(富山大学学術研究部医学系 助教)
腰髙 由美恵(富山大学生命科学先端研究支援ユニット 技術専門職員)
桂川 さおり(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
谷垣 健二(滋賀県立総合病院臨床研究センター 専門研究員)
平本 豪志(University of Texas Health Science Center at San Antonio Instructor)
Gina Kang(University of Texas Health Science Center at San Antonio Senior Research Associate)
廣井 昇(University of Texas Health Science Center at San Antonio Professor)
深澤 有吾(福井大学医学部 教授)
宮川 剛(藤田医科大学システム医科学研究部門 教授)
高雄 啓三(富山大学学術研究部医学系 教授)
木下 専(名古屋大学大学院理学研究科 教授)
発表のポイント
- 成体雄のSeptin5欠損マウスで、海馬歯状回・CA3・CA1のシナプス超微細構造(シナプス密度、スパイン体積、シナプス後肥厚面積)および滑面小胞体含有スパイン割合は野生型と同等であることが示されました。
- 恐怖文脈条件付けでは、訓練1日後と1か月後の文脈テストで、すくみ反応(凍結行動)が低下(記憶障害)することが示されました。
- 一方、手がかり恐怖(音提示)では1日後・1か月後とも野生型と同等であることが示されました。
- 条件付け取得中のフットショック反応やフットショック前後の自発運動、明暗箱での不安様行動指標に大きな差は認められず、ショック知覚、基礎的運動や不安様行動の差が主因とは考えにくいことが分かりました。以上より、Septin-5は恐怖条件付け文脈記憶(最近・遠隔)の成績に選択的に関与することが示されました。
発表内容
セプチン細胞骨格は、アクチン、微小管、中間径フィラメントに次ぐ第4の細胞骨格として位置づけられ、Septin-5はその中でも成熟ニューロンに高発現するサブユニットです。本研究は、Septin-5の機能を、形態学・行動学の両面から検証したものです。研究チームは、C57BL/6N系統(注8)のSeptin5欠損マウスと野生型マウスを用い、海馬歯状回、CA3、CA1の連続した超薄切片を用いた電子顕微鏡観察を行いました。その結果、シナプス密度、スパイン体積、シナプス後肥厚面積に差はなく、滑面小胞体を含むスパインの割合も変化しませんでした。
行動試験では、(1)新奇物体認識(1日後)は野生型と同等、(2)恐怖文脈条件付けにおける文脈テストでは1日後および1か月後の凍結行動が有意に低下、(3)手がかり恐怖(別のテスト空間における音提示)では1日後・1か月後ともに野生型と同等、という選択的な障害パターンが認められました。フットショック反応やフットショック前後の移動距離、明暗箱での不安様行動指標に顕著な群差はみられませんでした。これらの結果から、ショック知覚、基礎的運動や不安様行動の差が、恐怖文脈条件付けにおける、訓練1日後と1か月後の文脈テストでのSeptin5欠損マウスの凍結行動低下の主因とは考えにくいことが分かりました。
以上の結果は、Septin-5の欠損は海馬の超微細構造の顕著な改変を伴わずに、最近・遠隔両方の段階での恐怖条件付け文脈記憶の持続的な低下をもたらすことを示しています。
行動試験では、(1)新奇物体認識(1日後)は野生型と同等、(2)恐怖文脈条件付けにおける文脈テストでは1日後および1か月後の凍結行動が有意に低下、(3)手がかり恐怖(別のテスト空間における音提示)では1日後・1か月後ともに野生型と同等、という選択的な障害パターンが認められました。フットショック反応やフットショック前後の移動距離、明暗箱での不安様行動指標に顕著な群差はみられませんでした。これらの結果から、ショック知覚、基礎的運動や不安様行動の差が、恐怖文脈条件付けにおける、訓練1日後と1か月後の文脈テストでのSeptin5欠損マウスの凍結行動低下の主因とは考えにくいことが分かりました。
以上の結果は、Septin-5の欠損は海馬の超微細構造の顕著な改変を伴わずに、最近・遠隔両方の段階での恐怖条件付け文脈記憶の持続的な低下をもたらすことを示しています。
発表雑誌
雑誌名
「Molecular Brain」(2025年11月13日)
論文タイトル
Septin5 deficiency impairs both recent and remote contextual fear memory
著者
Natsumi Ageta-Ishihara*, Naoto Fukumasu, Kodai Sakakibara, Kazuki Fujii, Yumie Koshidaka, Saori Katsuragawa, Kenji Tanigaki, Takeshi Hiramoto, Gina Kang, Noboru Hiroi, Yugo Fukazawa, Tsuyoshi Miyakawa, Keizo Takao, Makoto Kinoshita
DOI番号
10.1186/s13041-025-01260-4
論文URL
https://doi.org/10.1186/s13041-025-01260-4
「Molecular Brain」(2025年11月13日)
論文タイトル
Septin5 deficiency impairs both recent and remote contextual fear memory
著者
Natsumi Ageta-Ishihara*, Naoto Fukumasu, Kodai Sakakibara, Kazuki Fujii, Yumie Koshidaka, Saori Katsuragawa, Kenji Tanigaki, Takeshi Hiramoto, Gina Kang, Noboru Hiroi, Yugo Fukazawa, Tsuyoshi Miyakawa, Keizo Takao, Makoto Kinoshita
DOI番号
10.1186/s13041-025-01260-4
論文URL
https://doi.org/10.1186/s13041-025-01260-4
用語解説
(注1)細胞骨格タンパク質セプチン5(Septin-5)
細胞骨格セプチンを構成するセプチンファミリーに属するGTP(グアノシン三リン酸)結合タンパク質です。
セプチンは、細胞分裂や細胞の形状維持など、多様な細胞機能に関与しています。Septin-5はこれまでの研究でニューロンにおいて顕著に発現していることが報告されており、遺伝学的には、Septin5を含むヒト22q11.2領域のコピー数変動が多様な神経精神症状と関連付けられています。マウスのSeptin5欠損個体では社会行動などの異常が報告されています。
(注2)シナプス
ニューロン同士が情報を受け渡す接続部位。
送信側の軸索末端(前シナプス)から放出された神経伝達物質が、受信側の樹状突起やスパイン(後シナプス)にある受容体に結合し、シナプス間隙を介して信号が伝わります。
(注3)スパイン
ニューロンが情報を受け取る突起である樹状突起の上に存在する小さな突起構造で、他のニューロンからのシナプス入力を受け取る部位。
(注4)シナプス後肥厚
後シナプス膜の直下(細胞質側)に形成される高密度のタンパク質複合体です。
電子顕微鏡でこの領域が電子線を通しにくく細胞膜が厚く見えることから名付けられました。
シナプスの受容体、構造タンパク質、調節タンパク質など数百種類の分子が集積しています。
(注5)滑面小胞体
真核細胞内に存在するオルガネラである小胞体の一部で、リボソームが付着していないため滑らかな外観を持っています。特に脂質の合成、細胞内カルシウムの貯蔵・調節などにおいて重要な役割を果たします。たとえば、筋細胞ではCa2+の放出と再取り込みを通じて筋収縮が制御されています。
(注6)恐怖条件付け
恐怖条件付けは、音などの中性刺激と軽い電気ショックなどの嫌悪刺激を同時に提示して連合学習を起こし、のちに中性刺激だけで恐怖反応(主に「すくみ反応」)が再現されるかを評価する学習・記憶の実験手法です。訓練後は、訓練と同じ環境に再び戻して環境そのものを手がかりにした記憶(文脈テスト)と、異なる環境下で音のみを提示して音手がかりに対する記憶を測定し、記憶の種類や保持期間ごとの機能差を解析します。
(注7)外傷後ストレス障害(PTSD)
犯罪被害や災害などの強い外傷体験を契機に発症しうる精神障害。
恐怖条件付けに関連した神経回路が症状発生メカニズムに関連すると考えられています。
(注8)C57BL/6N系統
黒毛の近交系マウス C57BL/6 の亜系統の一つ(NはNIH由来)であり、同系列には C57BL/6J(Jackson Laboratory 由来)もあります。一部の遺伝子に違いがあることが知られており、行動指標に影響しうるため、行動試験ではサブ系統を明記し、同一サブ系統内で比較することが重要です。
細胞骨格セプチンを構成するセプチンファミリーに属するGTP(グアノシン三リン酸)結合タンパク質です。
セプチンは、細胞分裂や細胞の形状維持など、多様な細胞機能に関与しています。Septin-5はこれまでの研究でニューロンにおいて顕著に発現していることが報告されており、遺伝学的には、Septin5を含むヒト22q11.2領域のコピー数変動が多様な神経精神症状と関連付けられています。マウスのSeptin5欠損個体では社会行動などの異常が報告されています。
(注2)シナプス
ニューロン同士が情報を受け渡す接続部位。
送信側の軸索末端(前シナプス)から放出された神経伝達物質が、受信側の樹状突起やスパイン(後シナプス)にある受容体に結合し、シナプス間隙を介して信号が伝わります。
(注3)スパイン
ニューロンが情報を受け取る突起である樹状突起の上に存在する小さな突起構造で、他のニューロンからのシナプス入力を受け取る部位。
(注4)シナプス後肥厚
後シナプス膜の直下(細胞質側)に形成される高密度のタンパク質複合体です。
電子顕微鏡でこの領域が電子線を通しにくく細胞膜が厚く見えることから名付けられました。
シナプスの受容体、構造タンパク質、調節タンパク質など数百種類の分子が集積しています。
(注5)滑面小胞体
真核細胞内に存在するオルガネラである小胞体の一部で、リボソームが付着していないため滑らかな外観を持っています。特に脂質の合成、細胞内カルシウムの貯蔵・調節などにおいて重要な役割を果たします。たとえば、筋細胞ではCa2+の放出と再取り込みを通じて筋収縮が制御されています。
(注6)恐怖条件付け
恐怖条件付けは、音などの中性刺激と軽い電気ショックなどの嫌悪刺激を同時に提示して連合学習を起こし、のちに中性刺激だけで恐怖反応(主に「すくみ反応」)が再現されるかを評価する学習・記憶の実験手法です。訓練後は、訓練と同じ環境に再び戻して環境そのものを手がかりにした記憶(文脈テスト)と、異なる環境下で音のみを提示して音手がかりに対する記憶を測定し、記憶の種類や保持期間ごとの機能差を解析します。
(注7)外傷後ストレス障害(PTSD)
犯罪被害や災害などの強い外傷体験を契機に発症しうる精神障害。
恐怖条件付けに関連した神経回路が症状発生メカニズムに関連すると考えられています。
(注8)C57BL/6N系統
黒毛の近交系マウス C57BL/6 の亜系統の一つ(NはNIH由来)であり、同系列には C57BL/6J(Jackson Laboratory 由来)もあります。一部の遺伝子に違いがあることが知られており、行動指標に影響しうるため、行動試験ではサブ系統を明記し、同一サブ系統内で比較することが重要です。
添付資料
Septin5欠損マウスは嫌悪刺激を経験した空間に1日もしくは1カ月後に曝露されると、
野生型と比較してすくみ反応が減少する。
以上
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
東邦大学理学部生物分子科学科
准教授 上田(石原) 奈津実
〒274-8510 千葉県船橋市三山2-2-1
TEL/FAX: 047-472-5022
E-mail: natsumi.ageta-ishihara[@]sci.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/biomol/mbb/index.html
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