プレスリリース 発行No.1545 令和7年10月15日
堆積物中から“アサリを捕食する外来種”のDNAを検出
サキグロタマツメタは中国や朝鮮半島の沿岸を原産とするタマガイ科の巻貝であり、輸入された外国産アサリと共に日本国内に侵入し、分布を広げています。また、本種は生きたアサリを好んで捕食することから、食害生物として広く認知されています。さらなる分布拡大や食害を抑えるためには効率的に駆除していく必要があります。しかし、本種は干潟の堆積物中に潜っていることが多く、目視で生貝を発見することは困難でした。つまり、私たちの“見えないところ”で食害が進行しているのです。
そこで研究グループは、海洋堆積物中のsedDNAに着目しました。sedDNAは約1gの試料で分析が可能であり、特定の生物がその環境に生息するかどうかを推定することができます。本研究では、堆積物中からサキグロタマツメタのDNAのみを検出する種特異的分析法(注2)の開発を試みました。具体的には、サキグロタマツメタのDNAのみを検出できるプライマー・プローブ(注3)を設計した後、滅菌した珪砂を入れた水槽内でサキグロタマツメタを飼育し、珪砂中からsedDNAを検出できるかどうかを検証しました。
その結果、10サンプルの珪砂うち9サンプルからサキグロタマツメタ由来のsedDNAを検出することに成功しました。また、sedDNAの濃度(単位はcopies/g sediment)測定をしたところ、濃度は106~108copies/g sedimentでした。先行研究の多くは魚類を対象としていますが、検出されたsedDNAの濃度は102~106copies/g sedimentの範囲に収まることが一般的です。つまり、サキグロタマツメタは非常に高い濃度のsedDNAを生成する可能性が高いといえます。今後はこの検出方法を野外試料に適用し、サキグロタマツメタの分布範囲をより正確に推定できる方法の開発を目指します。正確な分布範囲が推定できれば、これまで以上に効率的に駆除活動を行うことが可能になり、新たなアサリの食害防止策になることが期待されます。
この研究成果は2025年7月18日に沿岸環境科学系の国際誌である「Estuarine, Coastal and Shelf Science」に受理され、7月19日にオンライン上で先行公開、10月15日に本公開されました。
発表者名
公益財団法人東洋食品研究所 生物応用グループ研究員)
岩﨑 海 (株式会社マリン・ワーク・ジャパン、研究当時:東邦大学大学院理学研究科)
泉 賢太郎(千葉大学教育学部理科教育講座 准教授)
大越 健嗣(東邦大学理学部東京湾生態系研究センター 訪問教授、公益財団法人東洋食品研究所 研究主席)
発表のポイント
- サキグロタマツメタに特異的なプライマー・プローブを設計しました。
- 堆積物中からサキグロタマツメタ由来のsedDNAを検出することに成功しました。
- 粘液や移動痕から高濃度のsedDNAが検出されやすいことが分かりました。
発表内容
- 日本および中国、韓国産のサキグロタマツメタの遺伝学的集団構造を把握すること
- 全てのハプロタイプ(注4)に共通する塩基配列を特定し、それを基に種特異的プライマー・プローブを設計すること
- 2.を用いて、サキグロタマツメタを飼育した水槽内の堆積物中からsedDNAが検出されるかどうかを検証すること
尾駮沼(青森県)、万石浦(宮城県)、松川浦(福島県)、葛西(東京都)、三番瀬、牛込、小櫃川、江川、富津(千葉県)、小長井(長崎県)および白鳥湖(中国)で採集した合計55個体のサンプルとGenBank(注5)からダウンロードした中国、韓国産の個体のDNAデータを用いて、ミトコンドリアDNAの部分配列(COI)を対象とした遺伝学的集団構造の解析を行いました。その結果、14個のハプロタイプが認められましたが、それぞれの遺伝的距離は小さく、ほとんどの日本産のサンプルが中国、韓国産のものとハプロタイプを共有していました(図2)。
これまでの研究では、東日本に分布する個体群は遺伝的に中国や韓国などの大陸沿岸部に由来することが分かっていましたが、本研究によって、西日本の個体群(小長井)も大陸沿岸部由来であることが示唆されました。加えて、本研究の調査により、東京都内(葛西)で初めてサキグロタマツメタが採集されました。
● 種特異的プライマー・プローブの設計
14個のハプロタイプすべてに共通する塩基配列を特定し、それをプライマー・プローブの候補配列としました。サキグロタマツメタとその近縁種で日本国内に分布しているタマガイ類、調査地の優占種であるアサリのDNAを対象として、設計したプライマー・プローブを用いて定量PCRを実施しました。その結果、サキグロタマツメタのDNAのみが検出されたことから(図3)、本研究で設計したプライマー・プローブの種特異性が証明されました。
● サキグロタマツメタ由来のsedDNAの検出確認
滅菌済みの珪砂と人工海水を投入した60 × 30 × 27.5 cmの水槽を用意しました。そこにサキグロタマツメタの生貝3個体とエサとしてアサリ6個体を導入し、10日間飼育しました(図4)。飼育期間中は1日2回、特定の時間に人工海水を全て抜き取り、干潮状態を再現しました。10日後に水槽内を観察すると、サキグロタマツメタ1個体が底質の表面を移動していました(図5)。また、粘液や移動痕が多く確認されたことに加え、アサリ1個体が捕食されていたことから、実験に用いた個体は非常に活発に活動していたことがわかりました。その後、水槽内からサキグロタマツメタを全て取り出し、粘液や移動痕がある場所と目立った痕跡がない場所でそれぞれ5か所から表層堆積物を採取しました。サンプル中からsedDNA全量を抽出し、設計したプライマー・プローブを用いて、定量PCRを実施しました。
その結果、10サンプルのうち9サンプルからサキグロタマツメタ由来のsedDNAが検出され、その濃度は106~108copies/g sedimentでした(図5)。特に、粘液や移動痕がみられたサンプルの多くは濃度が108copies/g sedimentであり、非常に高濃度でした。粘液は環境DNAのソースになることが分かっています。本種の場合、粘液は主に捕食や移動の際に足から分泌されます。水槽内でみられた粘液は、これらの行動中に放出された可能性が高く、移動痕にも多くの粘液が含まれていたことが想定されます。したがって、この「粘液」の存在が高濃度のsedDNAが検出された主要因であると考えられます。
以上のことから、本研究で開発したsedDNA検出方法によって、「サキグロタマツメタのDNAを特異的に検出できること」、「サキグロタマツメタは高濃度のsedDNAを生成しやすい」ことが分かりました。本研究の成果は、sedDNA分析を用いた新たなアサリの食害防止策を構築するための重要な基盤になります。
発表雑誌
「Estuarine, Coastal and Shelf Science」 (オンライン先行公開:2025年7月19日、本公開:2025年10月15日)
論文タイトル
Development of a sedimentary DNA detection assay for the invasive moon snail Laguncula pulchella preferentially preying on the Manila clam Ruditapes philippinarum
著者
Kyosuke Kitabatake, Kai Iwasaki, Kentaro Izumi, Kenji Okoshi
DOI番号
10.1016/j.ecss.2025.109443
論文URL
https://doi.org/10.1016/j.ecss.2025.109443
用語解説
水や堆積物中などの環境中に含まれるDNAの総称。
生物の組織片や糞、粘液などが主なソース。堆積物中に含まれる環境DNAはsedimentary DNA(sedDNA)と表す。
(注2)種特異的分析
環境DNA分析には、特定の生物種のDNAのみを分析する「種特異的分析」と、サンプル中に含まれる様々な種のDNAを網羅的に分析する「網羅的分析」がある。
(注3)プライマー・プローブ
プライマー:DNAの特定の領域をPCR増幅させる際に使用する一本鎖のDNA断片。
プローブ:定量PCRにおいて使用される特定の塩基配列に結合するDNA断片。蛍光色素を含んでおり、PCR増幅時に蛍光を発することで、その強度から目的のDNAの濃度を測定できる。
(注4)ハプロタイプ
DNAの配列中にみられる特定の組み合わせを持った型(タイプ)のこと。
集団ごとに特徴的なハプロタイプが存在し、その集団の系統関係などを理解する際に用いられる。
(注5)GenBank
米国生物工学情報センターが提供している、塩基配列データを蓄積・提供している世界的な公共の塩基配列データベース。
添付資料
アサリの殻にはサキグロタマツメタが途中まで穿孔した痕がみられる(矢印)。
図2.遺伝学的集団構造の解析で得られたハプロタイプネットワーク
「H_」はハプロタイプの略称。
図3.設計したプライマー・プローブの種特異性を検証した結果
サキグロタマツメタのDNAのみ特異的に検出されたことから(矢印)、種特異性が証明された。
図4.飼育実験のモデル図
白丸はsedDNA分析用の堆積物サンプルの採取位置。
図5.実験開始から10日後の水槽内を上から見た様子
青色部分は珪砂中にみられた粘液、赤色部分は主な移動痕の位置を示す。
丸は堆積物の採取位置を示し、丸内の白~緑色はsedDNA濃度(copies/g sediment)の違いを表す。
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訪問研究員 北畠 京祐
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