プレスリリース 発行No.1543 令和7年10月10日
青魚に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)が精管の収縮を抑制
— 男性不妊の新たな改善アプローチとして期待 —
— 男性不妊の新たな改善アプローチとして期待 —
東邦大学薬学部薬理学教室の小原圭将准教授、吉岡健人講師、田中芳夫教授らの研究グループは、青魚に豊富に含まれる脂肪酸「ドコサヘキサエン酸(DHA)」が、精管平滑筋の収縮を抑制することを明らかにしました。この作用は、カルシウムイオン(Ca2+)の流入を担う「TRPC3/6チャネル(注1)」を標的とすることで生じる可能性を示しました。精管の過収縮は射精管閉塞などに関連し、男性不妊の一因とされています。本成果は、DHAの新たな生理作用を示すとともに、男性不妊の改善に資する可能性を示します。
この研究成果は、学術雑誌「Biological and Pharmaceutical Bulletin」に2025年9月30日に公開されました。
この研究成果は、学術雑誌「Biological and Pharmaceutical Bulletin」に2025年9月30日に公開されました。
発表者名
小原 圭将(東邦大学薬学部薬理学教室 准教授)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
日下部 太一(東邦大学薬学部薬化学教室 講師)
高橋 圭介(東邦大学薬学部薬化学教室 准教授)
加藤 恵介(東邦大学薬学部薬化学教室 教授)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
日下部 太一(東邦大学薬学部薬化学教室 講師)
高橋 圭介(東邦大学薬学部薬化学教室 准教授)
加藤 恵介(東邦大学薬学部薬化学教室 教授)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)
発表のポイント
- ドコサヘキサエン酸(DHA)はサバやイワシなどの青魚に多く含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸であり、心血管保護や神経保護など、健康上の有益な作用が多数報告されています。
- 本研究では、DHAがノルアドレナリン(NA)(注2)による雄ラット精管平滑筋の収縮を濃度依存的に抑制し、作用機序として、TRPC3/6チャネルを介するカルシウムイオン(Ca2+)流入の抑制が関与する可能性を示しました(図1)。
- 精管の過収縮は男性不妊の一因とされ、DHAの収縮抑制作用は関連症状の軽減に寄与する可能性があります。
発表内容
ドコサヘキサエン酸(DHA)は、サバやイワシなどの青魚に豊富に含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸であり、健康維持に重要な栄養素として広く知られています。疫学・臨床研究では、心血管疾患リスクの低減、血圧や脂質の改善、脳機能の維持・認知機能低下の予防など、多様な有益な作用が報告されています。基礎研究でも、抗炎症作用や神経保護作用、血管・消化管平滑筋の収縮抑制などが示されています。これらの多くは長期的な摂取により発現すると考えられ、アラキドン酸代謝の抑制や炎症性メディエーター産生の低下などの機序が知られています。一方、摂取直後から現れる急性(即時的)作用については、十分に検討されていませんでした。研究グループはこれまでに、DHAが血管や消化管の平滑筋収縮を即時的に抑えることを報告しており、その分子標的や作用経路の解明が、新たな生理作用や臨床応用の可能性につながると考えています。
本研究では、男性生殖機能に関わる精管に着目しました。精管は射精時に精子を送り出す重要な器官で、過度の収縮は精液の通過障害や運動精子数の低下につながり、男性不妊の原因となることがあります。雄ラットの精管平滑筋標本を用い、ノルアドレナリン(NA)誘発性収縮に対するDHAの即時的効果を評価したところ、DHAは濃度依存的に収縮を抑制しました。
作用機序の検討では、収縮に必要なカルシウムイオン(Ca2+)の流入経路に着目しました。L型Ca2+チャネル(注3)は平滑筋収縮に重要ですが、これをベラパミルで遮断しても初期相の収縮の大部分は残りました。DHAは、この残存する収縮成分を有意に低下させました。さらに、TRPC3/6チャネルを選択的に抑制する薬物(GSK417651A、Pyr10)と同様の抑制パターンを示したことから、DHAは主としてTRPC3/6チャネルからのCa2+流入を抑え、精管平滑筋の収縮を弱めると考えられます。一方、TRPC3/6の発現が低い前立腺ではDHAの抑制はほとんど認められませんでした。つまり、本作用は組織によって異なり、この差は各組織のチャネル発現プロファイルの違いに起因する可能性があります。
以上より、DHAはTRPC3/6チャネルを介したCa2+流入を抑えることで、精管平滑筋の収縮を即時的に抑制することが明らかとなりました(図1)。本成果は、DHAの新たな生理作用の解明に寄与するとともに、精管の過収縮に伴う症状の軽減に向けたアプローチとなる可能性を示します。なお、本研究で有効であったDHA濃度は、食事やサプリメント摂取後に報告されるヒト血中DHA濃度の範囲とおおむね重なっており、臨床応用に向け、検討価値が高いと考えられます。
本研究では、男性生殖機能に関わる精管に着目しました。精管は射精時に精子を送り出す重要な器官で、過度の収縮は精液の通過障害や運動精子数の低下につながり、男性不妊の原因となることがあります。雄ラットの精管平滑筋標本を用い、ノルアドレナリン(NA)誘発性収縮に対するDHAの即時的効果を評価したところ、DHAは濃度依存的に収縮を抑制しました。
作用機序の検討では、収縮に必要なカルシウムイオン(Ca2+)の流入経路に着目しました。L型Ca2+チャネル(注3)は平滑筋収縮に重要ですが、これをベラパミルで遮断しても初期相の収縮の大部分は残りました。DHAは、この残存する収縮成分を有意に低下させました。さらに、TRPC3/6チャネルを選択的に抑制する薬物(GSK417651A、Pyr10)と同様の抑制パターンを示したことから、DHAは主としてTRPC3/6チャネルからのCa2+流入を抑え、精管平滑筋の収縮を弱めると考えられます。一方、TRPC3/6の発現が低い前立腺ではDHAの抑制はほとんど認められませんでした。つまり、本作用は組織によって異なり、この差は各組織のチャネル発現プロファイルの違いに起因する可能性があります。
以上より、DHAはTRPC3/6チャネルを介したCa2+流入を抑えることで、精管平滑筋の収縮を即時的に抑制することが明らかとなりました(図1)。本成果は、DHAの新たな生理作用の解明に寄与するとともに、精管の過収縮に伴う症状の軽減に向けたアプローチとなる可能性を示します。なお、本研究で有効であったDHA濃度は、食事やサプリメント摂取後に報告されるヒト血中DHA濃度の範囲とおおむね重なっており、臨床応用に向け、検討価値が高いと考えられます。
発表雑誌
雑誌名
「Biological and Pharmaceutical Bulletin」(2025年9月30日)
48巻9号、1444-1455
論文タイトル
Docosahexaenoic acid targets TRPC3/6 channels to suppress noradrenaline-induced contraction in rat vas deferens smooth muscle
著者
Keisuke Obara, Miwa Enomoto, Mio Furuta, Haruka Okura, Ayu Kato,Taisei Mouri, Minori Gohara, Tomohiro Ura, Hiyori Nasu, Kento Yoshioka, Taichi Kusakabe, Keisuke Takahashi, Keisuke Kato,
Yoshio Tanaka
DOI番号
10.1248/bpb.b25-00428
アブストラクトURL
https://doi.org/10.1248/bpb.b25-00428
「Biological and Pharmaceutical Bulletin」(2025年9月30日)
48巻9号、1444-1455
論文タイトル
Docosahexaenoic acid targets TRPC3/6 channels to suppress noradrenaline-induced contraction in rat vas deferens smooth muscle
著者
Keisuke Obara, Miwa Enomoto, Mio Furuta, Haruka Okura, Ayu Kato,Taisei Mouri, Minori Gohara, Tomohiro Ura, Hiyori Nasu, Kento Yoshioka, Taichi Kusakabe, Keisuke Takahashi, Keisuke Kato,
Yoshio Tanaka
DOI番号
10.1248/bpb.b25-00428
アブストラクトURL
https://doi.org/10.1248/bpb.b25-00428
用語解説
(注1)TRPC3/6チャネル
ホモあるいはヘテロ4量体からなる陽イオンチャネル(Transient Receptor Potential Canonical 3/6;TRPC3/6)です。精管平滑筋では、ノルアドレナリン(NA)刺激初期の収縮(一過性の収縮)に寄与します。本研究では、TRPC3/6選択的抑制薬(GSK417651A、Pyr10)とDHAが、NA誘発収縮だけでなくシクロピアゾン酸(CPA;SERCA[小胞体/筋小胞体Ca2+-ATPase]阻害薬)誘発収縮に対しても同様の抑制パターンを示しました。これらの結果から、DHAはTRPC3/6を介したCa2+流入を主として抑える可能性が示されました。なお、TRPC3/6の発現量には組織差があり、mRNA解析の結果、DHAの抑制効果が認められなかった前立腺では発現が低いことが示されました。
(注2)ノルアドレナリン(NA)
交感神経終末から放出される神経伝達物質です。精管では主にα1Aアドレナリン受容体を介して平滑筋を収縮させ、射精時に内容物を送り出す運動の主要な駆動因子として機能します。
(注3)L型Ca2+チャネル
膜電位依存性のCa2+チャネルで、脱分極により開口して持続的なCa2+流入を生じさせ、平滑筋収縮の主要経路の一つを担います。L型Ca2+チャネル抑制薬にはベラパミル(本研究で使用)、ニフェジピン、ジルチアゼムなどがあります。本研究では、ベラパミルでL型Ca2+チャネルを遮断しても初期相の収縮の大部分が残存したことから、このチャネル以外のCa2+流入経路(例:TRPC3/6)の関与が示唆されました。
ホモあるいはヘテロ4量体からなる陽イオンチャネル(Transient Receptor Potential Canonical 3/6;TRPC3/6)です。精管平滑筋では、ノルアドレナリン(NA)刺激初期の収縮(一過性の収縮)に寄与します。本研究では、TRPC3/6選択的抑制薬(GSK417651A、Pyr10)とDHAが、NA誘発収縮だけでなくシクロピアゾン酸(CPA;SERCA[小胞体/筋小胞体Ca2+-ATPase]阻害薬)誘発収縮に対しても同様の抑制パターンを示しました。これらの結果から、DHAはTRPC3/6を介したCa2+流入を主として抑える可能性が示されました。なお、TRPC3/6の発現量には組織差があり、mRNA解析の結果、DHAの抑制効果が認められなかった前立腺では発現が低いことが示されました。
(注2)ノルアドレナリン(NA)
交感神経終末から放出される神経伝達物質です。精管では主にα1Aアドレナリン受容体を介して平滑筋を収縮させ、射精時に内容物を送り出す運動の主要な駆動因子として機能します。
(注3)L型Ca2+チャネル
膜電位依存性のCa2+チャネルで、脱分極により開口して持続的なCa2+流入を生じさせ、平滑筋収縮の主要経路の一つを担います。L型Ca2+チャネル抑制薬にはベラパミル(本研究で使用)、ニフェジピン、ジルチアゼムなどがあります。本研究では、ベラパミルでL型Ca2+チャネルを遮断しても初期相の収縮の大部分が残存したことから、このチャネル以外のCa2+流入経路(例:TRPC3/6)の関与が示唆されました。
添付資料
図1. 精管平滑筋におけるドコサヘキサエン酸(DHA)の作用機序
ノルアドレナリン(NA)はα1Aアドレナリン受容体(α1A受容体)を介して、L型Ca2+チャネルとTRPC3/6チャネルからのCa2+流入を促し、精管平滑筋の収縮を引き起こします。DHAは主にTRPC3/6チャネル経路(図中の青)を選択的に抑制し、収縮初期に生じるCa2+流入を減少させることで収縮反応を即時的に抑制します。
ノルアドレナリン(NA)はα1Aアドレナリン受容体(α1A受容体)を介して、L型Ca2+チャネルとTRPC3/6チャネルからのCa2+流入を促し、精管平滑筋の収縮を引き起こします。DHAは主にTRPC3/6チャネル経路(図中の青)を選択的に抑制し、収縮初期に生じるCa2+流入を減少させることで収縮反応を即時的に抑制します。
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学薬学部薬理学教室
准教授 小原 圭将
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1331 FAX: 047-472-1435
E-mail: keisuke.obara[@]phar.toho-u.ac.jp
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL: www.toho-u.ac.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
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