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プレスリリース 発行No.1507 令和7年6月23日

肝臓の線維化を加速する“細胞の連携”を発見
~ FGF18とオステオポンチンが肝星細胞同士をつなぎ、線維化を広げる ~

 肝臓が硬くなる「肝線維化」は、慢性肝炎や脂肪性肝炎などの進行に伴って現れ、肝硬変や肝がんへと進展する重篤な状態です。東邦大学医学部の関崇生助教と中野裕康特任教授らの研究グループは、肝線維化を進行させる新たな細胞間ネットワークを発見しました。  

 肝臓に存在する肝星細胞から分泌された線維芽細胞増殖因子18(以下、FGF18)が、既に活性化されている肝星細胞や筋線維芽細胞を刺激してオステオポンチン(以下、OPN)を分泌させます。さらに分泌されたOPNが周囲の肝星細胞を活性化するという正の連鎖が、線維化を促進することを明らかにしました。この研究成果は、肝疾患の新たな診断・治療法の開発につながることが期待されます。

 本研究は東邦大学薬学部の土屋勇一准教授と国立国際医療研究センター研究所の田中稔室長らとの共同研究によるもので、2025年6月17日に科学誌「iScience」に掲載されました。

発表者名

関 崇生(東邦大学医学部生化学講座 助教)
中野 裕康(東邦大学研究統括機構 副機構長、東邦大学医学部生体防御研究室 特任教授)

発表のポイント

  • OPN(注1)や肝星細胞(注2)は肝臓の線維化を促進することが報告されていましたが、今回FGF18(注3)という増殖因子が肝星細胞を活性化し、OPNの発現を強く促すことを発見しました。
  • OPNは、活性化していない状態(静止期)の肝星細胞に働きかけて線維化を進める遺伝子の発現を促しましたが、すでに活性化された肝星細胞には作用しませんでした。
  • 線維化を促進することが報告されているTGFβ(注4)という別の因子が、FGF18によるOPNの産生をさらに増強させることを見出しました。
  • 生体内でのOPN産生細胞を解析したところ、OPNは活性化された肝星細胞や筋線維芽細胞(注5)に多く発現しており、静止期の細胞にはほとんど発現が見られないことが分かりました。
  • 脂肪性肝炎(注6)モデルマウスの最新の遺伝子解析からは、筋線維芽細胞が産生したOPNがインテグリン(注7)受容体を介して肝星細胞に信号を伝えていることが示されました。

発表概要

 健康な状態では、肝星細胞は静かにビタミンAを蓄える役割を担っていますが、肝臓が傷つくと一変します。活性化されて筋線維芽細胞のような形になり、線維性の物質(コラーゲンなど)を大量に産生して肝臓を“硬くする”役割を担ってしまいます。今回の研究では、こうした肝星細胞が、どのように互いに影響を及ぼしながら線維化を広げていくのかを明らかにしました。研究グループは、活性化した肝星細胞にFGF18を加えることで、OPNの産生が強く促進されることを発見しました。次に、このOPNが周囲のまだ静止状態にある肝星細胞に働きかけ、それらを活性化させる「正の連鎖反応:フィードフォワードループ」を起こすことを突き止めました。興味深いことは、OPNがすでに活性化された肝星細胞には作用せず、静止期の細胞のみに働きかける点です。つまり、一部の細胞が活性化すると、OPNを介して次々と他の細胞が“巻き込まれる”仕組みです。さらに、マウスの肝線維化モデルを用いた解析では、このOPNが「インテグリン」という細胞表面の受容体を通じて信号を伝えていることが明らかになり、細胞間の“会話”が分子レベルで行われている様子が示されました。

発表内容

 新鮮に単離した肝星細胞をFGF18、または線維化を誘導することで有名なサイトカインであるTGFβで刺激し、1細胞RNAシークエンス(注8)解析を実施しました。共通して発現が増加する遺伝子の中から、組織修復や線維化に関与するSpp1(OPNの遺伝子名)に注目し、筋線維芽細胞から産生されるSpp1が、肝星細胞に作用する細胞間コミュニケーションが示されました。

 活性化状態の肝星細胞では、FGF18によるOPNの発現が大幅に増加することが判明し、さらにTGFβはFGF18によるOPNの発現をさらに増強する効果があることが認められました(図1)。
 OPNは静止期の肝星細胞に線維化遺伝子を誘導する一方、すでに活性化した細胞には作用しないことが明らかになりました。このことから、活性化肝星細胞が分泌するOPNが、周囲の静止期肝星細胞を選択的に活性化させ、正のフィードフォワードループを形成することが示唆されました。
 生体内の検証では、肝線維化モデルマウスにおいて、OPNがαSMA(注9)陽性の活性化肝星細胞/筋線維芽細胞に局在し、Desmin(注10)陽性の静止期肝星細胞には発現しないことが免疫染色で確認されました(図2)。
 さらに、脂肪性肝炎モデルマウスの1細胞RNAシークエンスデータを再解析した結果、筋線維芽細胞がOPNとFGF18を高発現し、OPNはインテグリン受容体を介して、FGF18はFGFR1/2を介して肝星細胞にシグナルを伝達していることが明らかになりました(図3)。

 最後に、研究グループは本研究結果をもとに、肝線維化を進行させる新たな分子ネットワークモデルを提唱しました。肝細胞死によってTGFβが放出され、それがFGF18の産生を誘導し、FGF18が肝星細胞の増殖と活性化を促進し、OPNを産生します。OPNが静止期の肝星細胞をさらに活性化させるという、肝線維化を進行させる新たな分子ネットワークモデルを提唱しました(図4)。
今後の展望
 本研究成果は、肝星細胞同士がOPNを介して情報を伝え合い、線維化を自己増幅的に広げていく新たな「細胞間ネットワーク」の存在を明らかにしたものです。これは、単なる1つの因子の作用ではなく、細胞同士の連携と環境の変化が複雑に関与するダイナミックな現象として、肝線維化をとらえる新たな視点を提供します。このFGF18-OPN経路は、今後の治療標的としても期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「iScience」(2025年6月17日)

論文タイトル
Intercellular communication between hepatic stellate cells and myofibroblasts mediated by osteopontin and FGF18 promotes liver fibrosis

著者
Takao Seki, Sachiko Komazawa-Sakon, Takashi Nishina, Tetuo Mikami,Hideo Yagita,
Katsuhide Okunishi, Minoru Tanaka, Yuichi Tsuchiya, Hiroyasu Nakano

DOI番号
10.1016/j.isci.2025.112932

アブストラクトURL
https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(25)01193-9

用語解説

(注1)OPN(Osteopontin、オステオポンチン)
細胞外マトリクスタンパク質の一種で、CD44やインテグリンファミリーを介して細胞接着やシグナル伝達を担います。炎症、腫瘍形成、組織線維化に関与し、肝臓ではマクロファージや肝星細胞など複数の細胞から分泌されます。

(注2)肝星細胞
肝臓の類洞と肝細胞の間(Disse腔)に位置する間葉系由来の細胞で、静止期には細胞質内にビタミンAを豊富に蓄積しています。LratやDesminをマーカーとして発現しますが、慢性肝障害によりTGFβなどの刺激を受けると活性化され、αSMAを発現する筋線維芽細胞様の形質に変化し、コラーゲンなどの細胞外マトリックス(ECM)を産生します。

(注3)FGF18(線維芽細胞増殖因子18)
FGFファミリーに属するサイトカインの1つで、FGF18はヘパリン硫酸などに強く結合し、分泌された局所でその効果を発揮します。これまでの研究から骨発生や軟骨発生に関与していることや、ある種のがんで高発現していることが報告されています。研究グループはFGF18が肝星細胞の増殖を誘導し、肝臓の線維化に関与することをこれまでに報告していました。

(注4)TGFβ
多機能性サイトカインであり、肝線維化ではTGFβ1が中心的な役割を担い、肝星細胞に作用してコラーゲンやαSMAなどの線維化関連遺伝子の発現を誘導します。

(注5)筋線維芽細胞
組織修復や線維化に関与する細胞で、αSMAを発現し、収縮性とECM産生能を併せ持ちます。肝臓では主に活性化肝星細胞がこの細胞型に変化し、線維性病変の主要な形成者となります。

(注6)脂肪性肝炎(MASH:Metabolic dysfunction-associated steatohepatitis)
MASHは以前、NASH(non-alcoholic steatohepatitis)と呼ばれていた病気で、過栄養や代謝異常により脂肪が肝臓に蓄積し、炎症や線維化を伴う肝障害を発症します。2023年以降、国際的な名称としてMASHが推奨されています。

(注7)インテグリン(Integrin)
細胞外マトリックスとの接着や細胞間シグナル伝達を担う細胞膜受容体で、αおよびβ鎖からなるヘテロ二量体です。OPNの主要な受容体として知られ、肝星細胞への刺激伝達に関与します。

(注8)1細胞RNAシークエンス(single-cell RNA sequencing)
個々の細胞ごとの遺伝子発現プロファイルを解析できる手法で、組織内の細胞多様性、稀少細胞の検出、細胞分化の過程などを高精度で可視化できます。

(注9)αSMA
平滑筋型アクチンの一種で、活性化肝星細胞や筋線維芽細胞に特異的に発現します。肝線維化研究では、肝星細胞の活性化マーカーとして広く用いられています。

(注10)Desmin(デスミン)
中間径フィラメントタンパク質で、筋系細胞や静止期の肝星細胞に発現し、細胞骨格の安定性を保つ役割を担います。肝線維化の進展とともに発現が減少します。

本研究への支援

 本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域における研究開発課題「NASHにおける肝リモデリングを制御する細胞間相互作用の解明と革新的診断・治療法創出への応用」(研究開発代表者:田中稔、分担研究者 中野裕康)、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究B(研究代表者 中野裕康)、基盤研究C(研究代表者 土屋勇一;研究代表者 関崇生)、公益財団法人高松宮妃癌研究基金(研究代表者 中野裕康)、公益財団法人武田科学振興財団 特定研究助成(研究代表者 中野裕康)により支援を受けて行われたものです。

添付資料

FGF18は培養活性化した肝星細胞でOPNの発現を強力に誘導

図1.FGF18は培養活性化した肝星細胞でOPNの発現を強力に誘導する
a. 野生型マウスの肝臓から単離した肝星細胞の培養日数による活性化マーカーの変化。培養日数に伴いαSMAを発現する細胞が増加する。(スケールバー 100 mm)
b. Desmin陽性およびαSMA陽性細胞の割合の定量解析。
c. FGF18刺激によるSpp1遺伝子発現の変化。培養3日目と5日目で著明な発現誘導が認められる。
d. FGF18刺激による培養上清中のOPN産生量の変化。培養3日目と5日目で著明な産生誘導が認められる。結果は平均値 ± SD (n = 3)で示す。統計学的有意差検定はtwo-way ANOVA with Tukey’s multiple comparison法により行った。*p < 0.05; **** p < 0.0001; ns, 有意差なし。

肝線維化モデルマウスにおけるOPNの局在

図2.肝線維化モデルマウスにおけるOPNの局在
a. 肝線維化モデルマウスの肝臓組織におけるOPN(緑)とαSMA(紫)の免疫染色。白矢印は共局在を示す。(スケールバー 100nm )
b. OPNとαSMAの共局在領域の定量解析。
結果は平均値 ± SE (マウス数 = 5匹)で示す。統計学的有意差検定はunpairedスチューデントt検定により行った。***p < 0.001。



筋線維芽細胞から肝星細胞への細胞間コミュニケーション

図3. 筋線維芽細胞から肝星細胞への細胞間コミュニケーション
脂肪性肝炎誘導マウスの1細胞RNAシークエンスデータをCellChat(細胞間相互作用解析ツール)で解析した結果、筋線維芽細胞クラスターから産生されるSpp1(OPN)はインテグリン受容体(Itga8/Itgb1Itga9/Itgb1)を介して、一方Fgf18Fgfr1Fgfr2の受容体を介して、肝星細胞クラスター(0~3はそれぞれ遺伝子発現パターンの異なるクラスター)に作用する可能性が示された。

FGF18-OPN経路による肝線維化促進メカニズム
図4.FGF18-OPN経路による肝線維化促進メカニズム
肝障害によってアポトーシスを起こした肝細胞はマクロファージに貪食され、その過程でTGFβが放出される。TGFβは肝星細胞および肝細胞に作用してFGF18の産生を誘導し、FGF18は静止期肝星細胞の増殖を促進する。活性化された肝星細胞や筋線維芽細胞ではFGF18によりOPNが産生され、分泌されたOPNが静止期肝星細胞をさらに活性化する。このFGF18–OPNによる正のフィードフォワードループが、肝線維化の進行に関与していると考えられる。
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部生体防御研究室
特任教授 中野 裕康

〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-5317
E-mail: hiroyasu.nakano[@]med.toho-u.ac.jp

【本ニュースリリースの発信元】
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