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プレスリリース 発行No.1502 令和7年6月12日

ハサミムシのハサミは異性を巡る戦いの武器として進化している
~ 太短いハサミと細長いハサミ ~

 東邦大学理学部生物学科の松澤知樹(研究当時、学部生)と小沼順二准教授は、ハサミムシのハサミが異性を巡る戦いの武器として進化している可能性を発見しました。ハサミムシのハサミの形はオスとメスで異なり、それぞれ性選択によって進化した可能性が考えられ、昆虫の武器の進化や形態の多様性を理解する上で、オスとメス両者の進化を調べることが重要であることが示されました。

 本研究成果は2025年6月12日に 雑誌「Biological Journal of the Linnean Society」にて発表されました。
ハマベハサミムシのオスとメス

ハマベハサミムシのオス(左)とメス(右)。オスのハサミは太短くメスのハサミは細長い

発表者名

松澤 知樹(東邦大学理学部生物学科 2024年度卒)
小沼 順二(東邦大学理学部生物学科 准教授)

発表のポイント

  • ハサミムシのアロメトリー(注1)を解析し、ハサミムシのハサミが異性を巡る戦いの武器として進化している可能性を示しました。
  • このような武器の進化はオスで生じる場合が一般的ですが、ハサミムシではオスとメス両方で生じている可能性が考えられます。
  • 昆虫は様々な武器を進化させ多様な形態を創り出しています。そのような形態的多様性を理解する上で、オスとメス両者の性選択(注2)を調べることが重要であることが示されました。

発表概要

 カブトムシの角やクワガタの顎と同じように、ハサミムシのオスの強靭なハサミは、オス同士の戦いに有利な武器として進化したと考えられてきました。しかし、従来の研究は、形態の解析手法が不十分であり、また、オスのみに焦点を当て、メスのハサミは調べられていませんでした。本研究は、形態測定学(注3)に基づきハサミの形を定量化し、オスだけでなくメスのハサミに正のアロメトリーが生じていることを示しました。すなわち、オスとメス両者のハサミが性選択によって進化した可能性が考えられます。本研究の結果、性選択による昆虫形態の進化を理解する上で、オスだけでなくメスの形態進化も重要である可能性が示唆されました。

発表内容

 ヘラジカの角は、体の大きさに比例して大きいわけではなく、大型のオスほど不釣り合いに大きな角を持つ傾向が見られます。このように体の大きさに対して他の形態部位が不釣り合いに大きい傾向は「正のアロメトリー」とよばれ、オスのカブトムシの角、クワガタの顎、シオマネキのハサミなどにおいても報告されています。これらの角や顎、ハサミといった形態は、メスを巡るオス同士の戦いに有利な「武器」として進化したと考えられています。以上から、武器形質に見られる正のアロメトリーは、性選択が働いた可能性を示す証拠とも考えられています。

 ハサミムシにおいてもオスのハサミに正のアロメトリーが生じていることが報告されており、オスのハサミは武器として進化したと考えられてきました。しかし、従来の研究は、いずれもオスのみの研究であり、メスのハサミに関する定量的な研究は行われていませんでした。そこで本研究では、海浜性のハマベハサミムシを対象に、形態測定学に基づいた手法を使ってオスとメスのハサミの形の違いやアロメトリーを分析しました。

 はじめに、ハサミムシの頭と胸、腹、左右のハサミの長さと幅を測定し(図1A)、体の大きさを求めました。次に測定値から体の大きさの効果を取り除き、体の形を数値化しました。その結果、ハマベハサミムシのオスとメスではハサミの形に大きな違いがあり、オスは太短く湾曲している一方、メスは細長く真っすぐした形をしていることがわかりました(図1B-D)。
ハサミムシの測定個所と体の大きさとハサミの形の関係

図1.ハサミムシの測定個所(A)とハサミムシの体の大きさとハサミの形の関係(B)、オスのハサミ(C)、メスのハサミ(D)。グラフ内の青丸はオス、赤丸はメスを表す。

 次に、体の大きさを横軸、ハサミの幅を縦軸とした両対数グラフを示したとき、オスの回帰直線(データの傾向を直線で表したもの)の傾きは1より大きくなりました(図2A)。この結果は、体が大きい個体ほどハサミが不釣り合いに太い傾向を示しています。すなわち、オスのハサミの幅に正のアロメトリーが生じており、性選択が働いていた可能性が考えられます。この結果は、別種のハサミムシのオスを用いた従来の研究の結果とも一致します。

 しかし、本研究では、メスにおいても正のアロメトリーが生じていることが示されました。メスでは、体が大きくなるにつれ、ハサミが不釣り合いに長くなる傾向が見られました(図2B)。以上の結果は、オスだけでなく、メスのハサミにおいても性選択が生じていた可能性を示唆します。先行研究では、従順で脅威とならない小型のオスを巡ってメスが競争することが実験的に示されており、そのような競争に有利な武器としてメスのハサミが進化した可能性が考えられます。
ハサミムシの体の大きさとハサミの幅

図2.体の大きさとハサミの幅(A)と長さ(B)の関係。
体が大きくなるにつれ、オスのハサミは極端に太く、メスのハサミは極端に長くなる傾向を示す。このような傾向は、正のアロメトリーと呼ばれ性選択が働いていた可能性を示す。グラフ内の青丸はオス、赤丸はメス、直線は回帰直線、数値は回帰直線の傾きを表す。

 また、従来のハサミムシの研究は、「ハサミが左右対称なオスは魅力的でメスを引き付けることができる」といった結果や、「ハサミが左右非対称なオスはメスを巡る戦いに有利である」といった結果など、武器の非対称性に関する興味深い結果を報告してきました。しかし、本研究では、ハサミの形の違いは、体全体の形の違いの85%を占める一方で、ハサミの非対称性は3%にすぎないことがわかりました。これは、ハサミの形の方が非対称性よりも変異に富み、進化が生じやすいことを示しています。従来、ハサミの非対称性が性選択において重要である可能性が議論されてきましたが、本研究はハサミの非対称性よりもハサミの形の方が進化の方向性として重要であることを示唆しています。

 本研究は、ハマベハサミムシのハサミが、オスだけでなくメスにおいても武器として進化している可能性を示しました。ハサミムシのハサミの形は種間で著しく多様化しており、今後、同様の研究を他のハサミムシに適用することで、ハサミの形の多様化機構をさらに解明することができると期待されます。また、カブトムシの角やクワガタの顎など、多様な形態を示す昆虫の形態進化を理解する上で、オスだけでなくメスの形態進化も重要である可能性が考えられます。

発表雑誌

雑誌名
「Biological Journal of the Linnean Society」(2025年6月12日)

論文タイトル
Positive allometry in the forceps of the female earwig Anisolabis maritima (Dermaptera: Anisolabididae)

著者
Tomoki Matsuzawa, Junji Konuma*

DOI番号
10.1093/biolinnean/blaf031

論文URL
https://academic.oup.com/biolinnean/article-lookup/doi/10.1093/biolinnean/blaf031

用語解説

(注1)アロメトリー
アロメトリーとは、体全体が大きくなるにつれて体の部分がどのように大きくなるかを表すものです。体の大きさを横軸、他の部位を縦軸とした両対数回帰直線の傾きが1より大きい場合を正のアロメトリーといいます。正のアロメトリーは、武器形質に性選択が働いた証拠と考えられています。

(注2)性選択
性選択とは、配偶者や受精の機会の差に基づく選択を指し、自然選択とは別に、チャールズ・ダーウィンが提唱した考え方です。ダーウィンは、シカの角や鳥の美しい羽のように自然選択では説明しづらい形質は、異性が配偶者を選択することで進化すると考えました。

(注3)形態測定学
形態測定学とは、生物の形や大きさを定量的に分析・比較する学問分野です。特に、形態の変異や進化的変化、発生上の変化などを、統計的手法を用いて明らかにします。
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物学科
准教授 小沼 順二

〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1648
E-mail: junji.konuma[@]sci.toho-u.ac.jp
URL: https://maimaikaburi.com

【本ニュースリリースの発信元】
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