プレスリリース 発行No.1498 令和7年6月6日
天然化合物「シサンドリンA」に冠動脈の異常収縮を抑える作用
— 狭心症や心筋梗塞の予防につながる新たな治療アプローチに期待 —
— 狭心症や心筋梗塞の予防につながる新たな治療アプローチに期待 —
東邦大学薬学部薬理学教室の吉岡健人講師、小原圭将准教授、田中芳夫教授らの研究グループは、生薬「五味子(ゴミシ、Schisandra chinensis)」(注1)に含まれる天然成分「シサンドリンA(Schisandrin A)」に、冠動脈(注2)の異常収縮(血管れん縮)を抑える作用があることを明らかにしました。本研究では、シサンドリンAがカルシウムチャネルの一種である「L型カルシウムチャネル(L-type Ca2+ channel:LCC)」(注3)の働きを抑えることで、様々な収縮因子による冠動脈の収縮を抑制することを示しました。この成果は、シサンドリンAが狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患の発症リスク低減に資する可能性を示すものであり、天然物由来の新たな血管拡張薬としての開発が期待されます。
この研究成果は、学術雑誌「Journal of Pharmacological Sciences」に2025年6月1日に公開されました。
この研究成果は、学術雑誌「Journal of Pharmacological Sciences」に2025年6月1日に公開されました。
発表者名
洪 強昊地(東邦大学大学院薬学研究科医療薬学専攻 博士課程1年)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
小原 圭将(東邦大学薬学部薬理学教室 准教授)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
小原 圭将(東邦大学薬学部薬理学教室 准教授)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)
発表のポイント
- 冠動脈の過度な収縮(スパスム)は、狭心症や心筋梗塞の発症原因の一つとされています。
- シサンドリンAは、アセチルコリン、ヒスタミン、セロトニンなど、複数の収縮因子によって引き起こされるブタ冠動脈の収縮を、濃度依存的に抑制しました。
- その作用は、主にLCCを介したカルシウム流入の抑制によるものであり、カルシウム拮抗薬「ジルチアゼム」と同等以上の効果を示しました。ムスカリンM3受容体に対する弱い遮断作用(抗コリン作用、Anticholinergic effect)(注4)も確認され、特にアセチルコリンによる収縮に対しては、ジルチアゼム以上の抑制効果を発揮しました。
- シサンドリンAを含む五味子製剤は、古来より冠動脈疾患に対して使われており、本研究はその科学的根拠を裏付けるものとなりました。
発表内容
シサンドリンA(Schisandrin A)は、古くから滋養強壮薬として知られる生薬「五味子(ゴミシ、Schisandra chinensis)」に含まれる主要な天然成分で、これまでに抗酸化作用、肝機能保護、抗炎症作用などの生理活性が報告されています。しかし、心血管系への直接的な作用、特に冠動脈の異常収縮(スパスム)に対する影響についてはこれまで明らかにされていませんでした。
本研究では、シサンドリンAが心筋を取り巻く冠動脈にどのような作用を及ぼすかを明らかにするため、ヒトに類似した構造と生理機能を持つブタの冠動脈を用いた薬理学的評価を行いました。その結果、アセチルコリン、ヒスタミン、セロトニン、トロンボキサンA2(正確にはその安定誘導体であるU46619)、プロスタグランジンF2α、エンドセリン-1といった血管れん縮に関与する生理活性物質(及びその誘導体)を用いて誘発された冠動脈の収縮に対し、シサンドリンAが濃度依存的に抑制することが確認されました。また、シサンドリンAの冠動脈収縮抑制効果は、現在狭心症の治療に広く用いられているカルシウム拮抗薬「ジルチアゼム」と同等、あるいはそれ以上の効果を示しました。特に、アセチルコリンによる収縮に対しては、ジルチアゼムよりも大きな最大抑制効果が見られました。これらの効果は、細胞膜に存在するLCCを介したカルシウム流入を阻害することに起因しており、同時にムスカリンM3受容体への遮断作用(抗コリン作用、Anticholinergic effect)も一部関与していることが明らかになりました。
さらに、平滑筋由来のA7r5細胞を用いた蛍光測定実験では、高濃度カリウム(KCl)刺激によって引き起こされる細胞内カルシウム濃度の上昇をシサンドリンAが有意に抑制することが確認され、LCCの機能抑制が主な作用機序であることが支持されました。これらの結果から、シサンドリンAは冠動脈収縮の共通経路であるLCCを抑制することにより、様々な刺激による異常収縮を抑える可能性を持つことが示されました。
本研究は、シサンドリンAが、狭心症や心筋梗塞の発症に関与する冠動脈スパスムの予防・治療に応用可能であることを示唆する初めての実験的証拠となります。五味子を含む製剤は現在、経口剤や注射剤としても臨床使用されており、適切な製剤や投与経路を選択することで、シサンドリンAが研究で用いた有効濃度に達することが可能と考えられます。今後は、動物モデルやヒトを対象とした検証を通じて、安全性・有効性・適用条件をさらに明確にしていく必要があります。
本研究では、シサンドリンAが心筋を取り巻く冠動脈にどのような作用を及ぼすかを明らかにするため、ヒトに類似した構造と生理機能を持つブタの冠動脈を用いた薬理学的評価を行いました。その結果、アセチルコリン、ヒスタミン、セロトニン、トロンボキサンA2(正確にはその安定誘導体であるU46619)、プロスタグランジンF2α、エンドセリン-1といった血管れん縮に関与する生理活性物質(及びその誘導体)を用いて誘発された冠動脈の収縮に対し、シサンドリンAが濃度依存的に抑制することが確認されました。また、シサンドリンAの冠動脈収縮抑制効果は、現在狭心症の治療に広く用いられているカルシウム拮抗薬「ジルチアゼム」と同等、あるいはそれ以上の効果を示しました。特に、アセチルコリンによる収縮に対しては、ジルチアゼムよりも大きな最大抑制効果が見られました。これらの効果は、細胞膜に存在するLCCを介したカルシウム流入を阻害することに起因しており、同時にムスカリンM3受容体への遮断作用(抗コリン作用、Anticholinergic effect)も一部関与していることが明らかになりました。
さらに、平滑筋由来のA7r5細胞を用いた蛍光測定実験では、高濃度カリウム(KCl)刺激によって引き起こされる細胞内カルシウム濃度の上昇をシサンドリンAが有意に抑制することが確認され、LCCの機能抑制が主な作用機序であることが支持されました。これらの結果から、シサンドリンAは冠動脈収縮の共通経路であるLCCを抑制することにより、様々な刺激による異常収縮を抑える可能性を持つことが示されました。
本研究は、シサンドリンAが、狭心症や心筋梗塞の発症に関与する冠動脈スパスムの予防・治療に応用可能であることを示唆する初めての実験的証拠となります。五味子を含む製剤は現在、経口剤や注射剤としても臨床使用されており、適切な製剤や投与経路を選択することで、シサンドリンAが研究で用いた有効濃度に達することが可能と考えられます。今後は、動物モデルやヒトを対象とした検証を通じて、安全性・有効性・適用条件をさらに明確にしていく必要があります。
発表雑誌
雑誌名
「Journal of Pharmacological Sciences」(2025年6月1日)
158巻4号、343-352
論文タイトル
Inhibitory effects of schisandrin A on contractions induced by spasmogenic candidates in porcine coronary arteries
著者
Qianghaodi Hong, Naho Takazakura, Hideaki Ozawa, Sakika Ichihara,Kento Yoshioka, Keisuke Obara, Yoshio Tanaka
DOI番号
10.1016/j.jphs.2025.05.016
論文URL
https://doi.org/10.1016/j.jphs.2025.05.016
「Journal of Pharmacological Sciences」(2025年6月1日)
158巻4号、343-352
論文タイトル
Inhibitory effects of schisandrin A on contractions induced by spasmogenic candidates in porcine coronary arteries
著者
Qianghaodi Hong, Naho Takazakura, Hideaki Ozawa, Sakika Ichihara,Kento Yoshioka, Keisuke Obara, Yoshio Tanaka
DOI番号
10.1016/j.jphs.2025.05.016
論文URL
https://doi.org/10.1016/j.jphs.2025.05.016
用語解説
(注1)五味子(ゴミシ、Schisandra chinensis)
五味子は、中国原産のマツブサ科のつる植物「Schisandra chinensis」の成熟した果実で、古くから漢方薬として用いられてきた生薬です。その名の由来は、果実に「甘味・酸味・辛味・苦味・塩味」の五つの味が含まれているとされることによります。五味子は伝統的に、滋養強壮、咳止め、肝機能改善、精神安定などの目的で用いられており、現代でも漢方製剤や健康食品に広く利用されています。
(注2)冠動脈
心臓のまわりを取り囲むように走っている血管で、心臓自身に酸素や栄養を届ける役割を果たします。この血管が狭くなったり、縮んだりすると、心臓の働きに支障をきたし、狭心症や心筋梗塞を引き起こすことがあります。
(注3)L型カルシウムチャネル(L-type Ca2+ channel:LCC)
筋肉が収縮するためには、細胞の外からカルシウムイオン(Ca2+)が中に流れ込む必要があります。LCCはその“入り口”として働く重要なタンパク質で、電気的な刺激(膜電位の変化)によって開閉が制御されています(比較的長時間カルシウムの流入を持続させるタイプ、Long-lasting型)。心臓や血管、消化管などの平滑筋でも中心的な役割を担っており、これをブロックすることで筋収縮を抑えることができます。高血圧の治療薬であるジルチアゼムなどの「カルシウム拮抗薬」もこのチャネルを標的としています。
(注4)抗コリン作用(Anticholinergic effect)
神経伝達物質アセチルコリンの働きを妨げる作用。アセチルコリンが作用する受容体の1つであるムスカリンM3受容体を阻害することで、内臓の平滑筋収縮や分泌活動を抑えることができます。
五味子は、中国原産のマツブサ科のつる植物「Schisandra chinensis」の成熟した果実で、古くから漢方薬として用いられてきた生薬です。その名の由来は、果実に「甘味・酸味・辛味・苦味・塩味」の五つの味が含まれているとされることによります。五味子は伝統的に、滋養強壮、咳止め、肝機能改善、精神安定などの目的で用いられており、現代でも漢方製剤や健康食品に広く利用されています。
(注2)冠動脈
心臓のまわりを取り囲むように走っている血管で、心臓自身に酸素や栄養を届ける役割を果たします。この血管が狭くなったり、縮んだりすると、心臓の働きに支障をきたし、狭心症や心筋梗塞を引き起こすことがあります。
(注3)L型カルシウムチャネル(L-type Ca2+ channel:LCC)
筋肉が収縮するためには、細胞の外からカルシウムイオン(Ca2+)が中に流れ込む必要があります。LCCはその“入り口”として働く重要なタンパク質で、電気的な刺激(膜電位の変化)によって開閉が制御されています(比較的長時間カルシウムの流入を持続させるタイプ、Long-lasting型)。心臓や血管、消化管などの平滑筋でも中心的な役割を担っており、これをブロックすることで筋収縮を抑えることができます。高血圧の治療薬であるジルチアゼムなどの「カルシウム拮抗薬」もこのチャネルを標的としています。
(注4)抗コリン作用(Anticholinergic effect)
神経伝達物質アセチルコリンの働きを妨げる作用。アセチルコリンが作用する受容体の1つであるムスカリンM3受容体を阻害することで、内臓の平滑筋収縮や分泌活動を抑えることができます。
添付資料

以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学薬学部薬理学教室
准教授 小原 圭将
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1331 FAX: 047-472-1435
E-mail: keisuke.obara[@]phar.toho-u.ac.jp
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL: www.toho-u.ac.jp
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