プレスリリース 発行No.1491 令和7年5月19日
記憶を支える細胞内のしくみの柔軟な働き方を解明
~ 長期記憶の維持に必要な細胞内構造の移動をリン酸化がコントロール ~
~ 長期記憶の維持に必要な細胞内構造の移動をリン酸化がコントロール ~
記憶は、私たちの経験や学習を基盤とし、日々の意思決定や行動を支える重要な脳機能です。記憶の形成と維持には、脳の神経細胞(ニューロン)内の構造的な変化の精緻な制御が不可欠と考えられてきましたが、これらの動的制御の分子メカニズムについては未解明な部分が多く残されていました。
東邦大学理学部の上田(石原)奈津実准教授の研究グループは、記憶を長期間保持するために必要なオルガネラ(細胞内小器官)の一つである滑面小胞体(sER)(注1)のスパイン(注2)内への伸展に焦点を当て、細胞骨格タンパク質セプチン3(SEPT3)(注3)がリン酸化を受けることで、スパインの基部からsER近傍での局在を増加させ、sERの輸送を制御していることを解明しました。また、リン酸化型SEPT3がモータータンパク質ミオシンVa(MYO5A)(注4)と協調してsERのスパイン内局在を促進することを明らかにしました。
本研究成果は、2025年5月15日に米国の神経科学分野の学術誌「Molecular Brain」に掲載されました。
東邦大学理学部の上田(石原)奈津実准教授の研究グループは、記憶を長期間保持するために必要なオルガネラ(細胞内小器官)の一つである滑面小胞体(sER)(注1)のスパイン(注2)内への伸展に焦点を当て、細胞骨格タンパク質セプチン3(SEPT3)(注3)がリン酸化を受けることで、スパインの基部からsER近傍での局在を増加させ、sERの輸送を制御していることを解明しました。また、リン酸化型SEPT3がモータータンパク質ミオシンVa(MYO5A)(注4)と協調してsERのスパイン内局在を促進することを明らかにしました。
本研究成果は、2025年5月15日に米国の神経科学分野の学術誌「Molecular Brain」に掲載されました。
発表者名
上田(石原) 奈津実(東邦大学理学部生物分子科学科 准教授)
水上 真智(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
木下 樹(研究当時:名古屋大学理学部)
浅見 優里佳(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
西岡 朋生(藤田医科大学医科学研究センター 講師)
尾藤 晴彦(東京大学大学院医学系研究科 教授)
貝淵 弘三(藤田医科大学医科学研究センター 教授)
木下 専(名古屋大学大学院理学研究科 教授)
水上 真智(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
木下 樹(研究当時:名古屋大学理学部)
浅見 優里佳(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科)
西岡 朋生(藤田医科大学医科学研究センター 講師)
尾藤 晴彦(東京大学大学院医学系研究科 教授)
貝淵 弘三(藤田医科大学医科学研究センター 教授)
木下 専(名古屋大学大学院理学研究科 教授)
発表のポイント
- 脳への強い刺激に伴い、sERが樹状突起スパイン内へ伸展する現象の分子機構の詳細 を解明しました。
- SEPT3の211番目のスレオニン残基のリン酸化により、SEPT3はスパイン基部から sER近傍での局在を増加させることを明らかにしました。
- SEPT3の211番目のスレオニン残基のリン酸化が、モータータンパク質MYO5Aと の相互作用を強化し、sERのスパイン内伸展を促進することを示しました。
発表内容
記憶を長期間保持するためには、ニューロン同士の接続部であるシナプスにおいて、構造的および機能的な変化が必要であることが知られています。特に、樹状突起スパインと呼ばれる小さな構造に滑面小胞体(sER)という細胞内小器官が伸展する現象が、長期記憶の確立に重要であることが研究グループの以前の研究* により明らかになりました。しかし、このsERのスパイン内への輸送が、神経活動によってどのように制御されているのか、その分子機構の詳細は不明でした。
本研究では、細胞骨格タンパク質「セプチン3(SEPT3)」に注目しました。SEPT3は、スパイン基部に局在し、長期記憶を誘導する強い刺激を受けるとsERに移動してsERの伸展を促進することが報告されていましたが、今回の研究では、SEPT3の機能をさらに詳しく解析するために、SEPT3の神経活動依存的な翻訳後修飾(注5)制御に着目しました。その結果、脳に強い刺激が加わることで、SEPT3がリン酸化を受けること、特定のアミノ酸残基(スレオニン211番:Thr211)がリン酸化されることがsER輸送に関与していることを明らかにしました。さらに、Thr211がリン酸化された状態を模倣する変異体(SEPT3-T211E)をニューロンに発現させることで、sERを含むスパインの割合が有意に増加することが明らかになりました。加えて、リン酸化模倣型SEPT3-T211Eは、スパイン基部からsER局在を増加させることも、蛍光顕微鏡による共局在解析から明らかになりました。
また、リン酸化を受けたSEPT3はモータータンパク質であるMYO5Aとの協調によりスパインへのsERの伸展を制御していることが確認されました。MYO5Aの機能を阻害するドミナントネガティブ体を同時に発現させたところ、SEPT3-T211Eの効果によるsER含有スパインの増加は完全に消失しました。これは、リン酸化されたSEPT3がMYO5Aとの相互作用を強め、sERをスパインへと牽引する役割を果たしていることを示唆しています(図1)。
これらの結果は、細胞内のシグナル伝達やタンパク質の修飾(リン酸化)が、記憶に必要な構造的変化、すなわちsERのスパイン内輸送を細胞骨格やモータータンパク質と連携して制御しているという、新たな分子機構を示すものです。
本研究成果は、長期記憶の維持や可塑性を分子レベルで理解する手がかりとなり、将来的には記憶障害に対する新たな介入手段の開発に繋がることが期待されます。
* 参考文献)
Cell Rep. 2025 Mar 25;44(3):115352.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115352
Septin 3 regulates memory and L-LTP-dependent extension of endoplasmic
reticulum into spines
本研究では、細胞骨格タンパク質「セプチン3(SEPT3)」に注目しました。SEPT3は、スパイン基部に局在し、長期記憶を誘導する強い刺激を受けるとsERに移動してsERの伸展を促進することが報告されていましたが、今回の研究では、SEPT3の機能をさらに詳しく解析するために、SEPT3の神経活動依存的な翻訳後修飾(注5)制御に着目しました。その結果、脳に強い刺激が加わることで、SEPT3がリン酸化を受けること、特定のアミノ酸残基(スレオニン211番:Thr211)がリン酸化されることがsER輸送に関与していることを明らかにしました。さらに、Thr211がリン酸化された状態を模倣する変異体(SEPT3-T211E)をニューロンに発現させることで、sERを含むスパインの割合が有意に増加することが明らかになりました。加えて、リン酸化模倣型SEPT3-T211Eは、スパイン基部からsER局在を増加させることも、蛍光顕微鏡による共局在解析から明らかになりました。
また、リン酸化を受けたSEPT3はモータータンパク質であるMYO5Aとの協調によりスパインへのsERの伸展を制御していることが確認されました。MYO5Aの機能を阻害するドミナントネガティブ体を同時に発現させたところ、SEPT3-T211Eの効果によるsER含有スパインの増加は完全に消失しました。これは、リン酸化されたSEPT3がMYO5Aとの相互作用を強め、sERをスパインへと牽引する役割を果たしていることを示唆しています(図1)。
これらの結果は、細胞内のシグナル伝達やタンパク質の修飾(リン酸化)が、記憶に必要な構造的変化、すなわちsERのスパイン内輸送を細胞骨格やモータータンパク質と連携して制御しているという、新たな分子機構を示すものです。
本研究成果は、長期記憶の維持や可塑性を分子レベルで理解する手がかりとなり、将来的には記憶障害に対する新たな介入手段の開発に繋がることが期待されます。
* 参考文献)
Cell Rep. 2025 Mar 25;44(3):115352.
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.115352
Septin 3 regulates memory and L-LTP-dependent extension of endoplasmic
reticulum into spines
発表雑誌
雑誌名
「Molecular Brain」(2025年5月15日)
論文タイトル
Phosphorylated septin 3 delocalizes from the spine base and facilitates endoplasmic reticulum extension into spines via myosin-Va
著者
Natsumi Ageta-Ishihara*, Masato Mizukami, Itsuki Kinoshita, Yurika Asami, Tomoki Nishioka, Haruhiko Bito, Kozo Kaibuchi, and Makoto Kinoshita*
DOI番号
10.1186/s13041-025-01215-9
論文URL
https://doi.org/10.1186/s13041-025-01215-9
「Molecular Brain」(2025年5月15日)
論文タイトル
Phosphorylated septin 3 delocalizes from the spine base and facilitates endoplasmic reticulum extension into spines via myosin-Va
著者
Natsumi Ageta-Ishihara*, Masato Mizukami, Itsuki Kinoshita, Yurika Asami, Tomoki Nishioka, Haruhiko Bito, Kozo Kaibuchi, and Makoto Kinoshita*
DOI番号
10.1186/s13041-025-01215-9
論文URL
https://doi.org/10.1186/s13041-025-01215-9
用語解説
(注1)滑面小胞体(sER)
真核細胞内に存在するオルガネラである小胞体の一部で、リボソームが付着していないため滑らかな外観を持っています。特に脂質の合成、細胞内カルシウムの貯蔵・調節などにおいて重要な役割を果たします。たとえば、筋細胞ではCa2+の放出と再取り込みを通じて筋収縮が制御されています。
(注2)スパイン
ニューロンが情報を受け取る突起である樹状突起の上に存在する小さな突起構造で、他のニューロンからのシナプス入力を受け取る部位。
(注3)細胞骨格タンパク質セプチン3(SEPT3)
細胞骨格セプチンを構成するセプチンファミリーに属するGTP(グアノシン三リン酸)結合タンパク質です。
セプチンは、細胞分裂や細胞の形状維持など、多様な細胞機能に関与しています。特にSEPT3はこれまでの研究で神経細胞において顕著に発現しており、SEPT3の異常は神経疾患の発症と関連する可能性が示唆されていました。
(注4)ミオシンVa(MYO5A)
細胞内でオルガネラや小胞を輸送するモータータンパク質の一種です。
アクチンフィラメント上を二足歩行のように移動し、細胞内の物質輸送を担います。MYO5Aは、不活性状態では尾部が自身のモーター領域(頭部)と相互作用しますが、活性化状態では構造が開き、頭部がアクチンフィラメントと相互作用できる状態になります。
(注5)翻訳後修飾
ゲノムから転写されたmRNAは、リボソームにより翻訳されタンパク質となります。翻訳後にアミノ酸に対して、リン酸基、アセチル基、脂質、タンパク質など修飾因子が付加される現象を翻訳後修飾と呼びます。
真核細胞内に存在するオルガネラである小胞体の一部で、リボソームが付着していないため滑らかな外観を持っています。特に脂質の合成、細胞内カルシウムの貯蔵・調節などにおいて重要な役割を果たします。たとえば、筋細胞ではCa2+の放出と再取り込みを通じて筋収縮が制御されています。
(注2)スパイン
ニューロンが情報を受け取る突起である樹状突起の上に存在する小さな突起構造で、他のニューロンからのシナプス入力を受け取る部位。
(注3)細胞骨格タンパク質セプチン3(SEPT3)
細胞骨格セプチンを構成するセプチンファミリーに属するGTP(グアノシン三リン酸)結合タンパク質です。
セプチンは、細胞分裂や細胞の形状維持など、多様な細胞機能に関与しています。特にSEPT3はこれまでの研究で神経細胞において顕著に発現しており、SEPT3の異常は神経疾患の発症と関連する可能性が示唆されていました。
(注4)ミオシンVa(MYO5A)
細胞内でオルガネラや小胞を輸送するモータータンパク質の一種です。
アクチンフィラメント上を二足歩行のように移動し、細胞内の物質輸送を担います。MYO5Aは、不活性状態では尾部が自身のモーター領域(頭部)と相互作用しますが、活性化状態では構造が開き、頭部がアクチンフィラメントと相互作用できる状態になります。
(注5)翻訳後修飾
ゲノムから転写されたmRNAは、リボソームにより翻訳されタンパク質となります。翻訳後にアミノ酸に対して、リン酸基、アセチル基、脂質、タンパク質など修飾因子が付加される現象を翻訳後修飾と呼びます。
添付資料

スパインに強い刺激が入るとSEPT3がリン酸化を受けることでスパインの基部から滑面小胞体への局在を増加させ、MYO5Aと会合する。リン酸化SEPT3とMYO5Aが相互作用してsERをスパイン内に牽引する。
以上
お問い合わせ先
【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生物分子科学科
准教授 上田(石原) 奈津実
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL&FAX: 047-472-5022
E-mail: natsumi.ageta-ishihara[@]sci.toho-u.ac.jp
URL:https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/biomol/mbb/
【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
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E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL: www.toho-u.ac.jp
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