プレスリリース 発行No.1464 令和7年3月10日
マウス実験と脳モデルシミュレーションの連携から
環境富化介入による脳活動活性化の構造を解明
~ 学習効果や脳機能改善の応用に期待 ~
環境富化介入による脳活動活性化の構造を解明
~ 学習効果や脳機能改善の応用に期待 ~
東邦大学理学部情報科学科、同理学部生物分子科学科、鹿児島大学大学院医歯学総合研究科による研究グループは、脳の可塑性に対して最初期遺伝子(注1)の発現誘導を伴い影響を与える環境富化介入(環境エンリッチメント)(注2)が、活発に活動する脳神経細胞(以下、ニューロン)の数を増大させることを発見しました。さらに、脳計算モデルによる計算機シミュレーションを組み合わせることで、興奮性ニューロン同士の神経信号のやり取りが、環境富化介入による神経活動活性化に寄与することを発見しました。実験動物への飼育環境の改善による介入は、神経活動を活性化させ、脳の成熟欠陥や不安症などを軽減します。
今回の脳生理実験とコンピュータシミュレーションから示された結果は、精神疾患の機能改善効果をもたらす環境因子の同定や環境富化介入によるニューロリハビリテーションへの応用が期待されます。
この研究成果は、2025年2月19日にスイスに本部を置く科学雑誌「Frontiers in Systems Neuroscience」に掲載されました。
今回の脳生理実験とコンピュータシミュレーションから示された結果は、精神疾患の機能改善効果をもたらす環境因子の同定や環境富化介入によるニューロリハビリテーションへの応用が期待されます。
この研究成果は、2025年2月19日にスイスに本部を置く科学雑誌「Frontiers in Systems Neuroscience」に掲載されました。
発表者名
我妻 伸彦(東邦大学理学部情報科学科 講師)
寺田 有花(東邦大学大学院理学研究科生物分子科学専攻 博士前期課程1年)
奥野 浩行(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 教授)
上田(石原) 奈津実(東邦大学理学部生物分子科学科 准教授)
寺田 有花(東邦大学大学院理学研究科生物分子科学専攻 博士前期課程1年)
奥野 浩行(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 教授)
上田(石原) 奈津実(東邦大学理学部生物分子科学科 准教授)
発表のポイント
- 環境富化介入が初期視覚野(以下、V1)の脳神経活動に与える影響を、最初期遺伝子産物であるc-Fos抗体を用いた免疫組織染色で計測しました。
- V1に作用する環境富化介入の脳モデルを構築し、コンピュータシミュレーションを実施しました。
- 脳生理実験結果とコンピュータシミュレーション結果を比較し、環境富化介入による脳活動活性化の神経回路構造が示唆されました。
発表内容
実験動物の飼育環境の改善(環境富化介入、環境エンリッチメント)は、脳神経活動を活性化させ、脳の成熟欠陥や不安症などを軽減します。神経回路の発達や実環境に適応する脳メカニズムを理解するためには、外界からの刺激を豊富にする環境富化介入の脳変調メカニズムを理解することが重要になります。また、環境富化介入によって精神疾患モデルマウスの行動や学習効果が改善されることも報告されており、環境富化介入は精神疾患の進行抑制や克服に寄与することが期待されています。しかし、環境富化介入で神経活動が活性化する脳神経回路構造は、これまで明らかになっていませんでした。そこで、研究グループは、環境富化介入が視覚野の可塑性に対して最初期遺伝子発現誘導を伴って影響を与える性質を応用し、神経活動検出と脳モデルのコンピュータシミュレーションを組み合わせることで、環境富化介入が神経活動を活性化させる神経回路構造が示唆されました(図)。
本研究では、個別飼育ケージからより刺激が豊富な環境へと曝露されたマウスの環境富化群と個別飼育ケージ内のみで活動したマウスの対照群のV1の神経活動を検出して、比較しました。ここでは、シナプス可塑性が最初期遺伝子の発現を伴うことを利用し、最初期遺伝子産物の1つとして知られるc-Fos抗体の免疫組織染色を実施することで、環境富化介入によるマウスV1を構成するニューロンの活性化を確認しました。このとき、顕著に活性化したV1のニューロン数が環境富化介入群において、対象群と比較して有意に増大しました。一方、活性強度が低いニューロン数は、対照群と環境富化群で顕著な差が確認されませんでした(図上)。この環境富化介入による特徴的な神経活動変調は、これまでの脳神経データに基づく脳モデルのコンピュータシミュレーションにより再現されました(図下)。さらに、このコンピュータシミュレーション結果の解析から、興奮性ニューロン同士を連結するシナプス結合が、実験で観測された環境富化介入の特徴的な神経活動変調を発生させる主な要因となっていることを発見しました。これにより、環境富化介入による脳活性化の脳メカニズムと神経回路の基本構造が示唆されました。
今後は、マウスを用いた学習実験や脳モデルのコンピュータシミュレーションを関連させることで、環境富化介入が学習効果を改善させるメカニズムの解明などが期待されます。
本研究では、個別飼育ケージからより刺激が豊富な環境へと曝露されたマウスの環境富化群と個別飼育ケージ内のみで活動したマウスの対照群のV1の神経活動を検出して、比較しました。ここでは、シナプス可塑性が最初期遺伝子の発現を伴うことを利用し、最初期遺伝子産物の1つとして知られるc-Fos抗体の免疫組織染色を実施することで、環境富化介入によるマウスV1を構成するニューロンの活性化を確認しました。このとき、顕著に活性化したV1のニューロン数が環境富化介入群において、対象群と比較して有意に増大しました。一方、活性強度が低いニューロン数は、対照群と環境富化群で顕著な差が確認されませんでした(図上)。この環境富化介入による特徴的な神経活動変調は、これまでの脳神経データに基づく脳モデルのコンピュータシミュレーションにより再現されました(図下)。さらに、このコンピュータシミュレーション結果の解析から、興奮性ニューロン同士を連結するシナプス結合が、実験で観測された環境富化介入の特徴的な神経活動変調を発生させる主な要因となっていることを発見しました。これにより、環境富化介入による脳活性化の脳メカニズムと神経回路の基本構造が示唆されました。
今後は、マウスを用いた学習実験や脳モデルのコンピュータシミュレーションを関連させることで、環境富化介入が学習効果を改善させるメカニズムの解明などが期待されます。
添付資料

図.マウス脳生理実験と脳モデルの計算機シミューションを関連させた環境富化介入の神経活性メカニズム解析
(上)マウス脳生理実験。狭いケージから豊かな環境のケージへとマウスを環境富化介入することで、神経活動が活性化する。
(下)脳モデルのシミュレーション。マウス脳生理実験を再現する脳モデルの構造を解析することで、環境富化介入で活性化する神経回路構造が示唆された。
(上)マウス脳生理実験。狭いケージから豊かな環境のケージへとマウスを環境富化介入することで、神経活動が活性化する。
(下)脳モデルのシミュレーション。マウス脳生理実験を再現する脳モデルの構造を解析することで、環境富化介入で活性化する神経回路構造が示唆された。
*参考文献)
Nat. Rev. Neurosci. 2019 2019 Apr;20(4):235-245.
doi: 10.1038/s41583-019-0120-x.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30723309/
Environmental enrichment, new neurons and the neurobiology of individuality
Nat. Rev. Neurosci. 2019 2019 Apr;20(4):235-245.
doi: 10.1038/s41583-019-0120-x.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30723309/
Environmental enrichment, new neurons and the neurobiology of individuality
発表雑誌
雑誌名
「Frontiers in Systems Neuroscience」(2025年2月19日)
論文タイトル
Local connections among excitatory neurons underlie characteristics of enriched environment exposure-induced neuronal response modulation in layers 2/3 of the mouse V1
著者
Nobuhiko Wagatsuma*, Yuka Terada, Hiroyuki Okuno, Natsumi Ageta-Ishihara*
DOI番号
10.3389/fnsys.2025.1525717
論文URL
https://doi.org/10.3389/fnsys.2025.1525717
「Frontiers in Systems Neuroscience」(2025年2月19日)
論文タイトル
Local connections among excitatory neurons underlie characteristics of enriched environment exposure-induced neuronal response modulation in layers 2/3 of the mouse V1
著者
Nobuhiko Wagatsuma*, Yuka Terada, Hiroyuki Okuno, Natsumi Ageta-Ishihara*
DOI番号
10.3389/fnsys.2025.1525717
論文URL
https://doi.org/10.3389/fnsys.2025.1525717
用語解説
(注1)最初期遺伝子
細胞が外部からの刺激を受けた際に、迅速かつ一過性に発現が誘導される遺伝子群のこと。
例えば、c-Fosという最初期遺伝子は、ニューロンが刺激を受けたときに急速に発現することから、c-FosのmRNAやタンパク質はニューロンの活動の分子マーカーとして広く利用されている。
(注2)環境富化介入(環境エンリッチメント)
生物の生活の質を向上させるために、飼育動物の環境を変えること。野生と比較して、実験室の飼育環境は安全ではあるが、外部環境からの刺激が少ないことも多い。より複雑で外部刺激が豊富な環境を与えることで、新規刺激の認知や行動の選択、または他の動物との社会的に触れ合う機会が提供される。これにより、脳発達だけでなく、脳の成熟欠陥や不安症を軽減するなど、脳にさまざまな改善効果を与えることが報告されている。本研究では、おもちゃなどもなく、小さな個別飼育ケージから、初めて見るようなおもちゃが多数配置されたより大きなケージへとマウスを移動させることで、環境富化介入を与えている。
細胞が外部からの刺激を受けた際に、迅速かつ一過性に発現が誘導される遺伝子群のこと。
例えば、c-Fosという最初期遺伝子は、ニューロンが刺激を受けたときに急速に発現することから、c-FosのmRNAやタンパク質はニューロンの活動の分子マーカーとして広く利用されている。
(注2)環境富化介入(環境エンリッチメント)
生物の生活の質を向上させるために、飼育動物の環境を変えること。野生と比較して、実験室の飼育環境は安全ではあるが、外部環境からの刺激が少ないことも多い。より複雑で外部刺激が豊富な環境を与えることで、新規刺激の認知や行動の選択、または他の動物との社会的に触れ合う機会が提供される。これにより、脳発達だけでなく、脳の成熟欠陥や不安症を軽減するなど、脳にさまざまな改善効果を与えることが報告されている。本研究では、おもちゃなどもなく、小さな個別飼育ケージから、初めて見るようなおもちゃが多数配置されたより大きなケージへとマウスを移動させることで、環境富化介入を与えている。
以上
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
東邦大学理学部情報科学科
講師 我妻 伸彦
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1176
E-mail: nwagatsuma[@]is.sci.toho-u.ac.jp
東邦大学理学部生物分子科学科
准教授 上田(石原) 奈津実
〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-5022
E-mail: natsumi.ageta-ishihara[@]sci.toho-u.ac.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
【報道に関するお問い合わせ】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
URL: www.toho-u.ac.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。