プレスリリース 発行No.1450 令和7年2月14日
内臓脂肪の老化が脳の老化を進める
東邦大学医学部薬理学講座の武井義則准教授と杉山篤教授、京都大学大学院薬学研究科の平澤明准教授、大阪医科薬科大学薬学部の天ヶ瀬葉子准教授らの研究グループは、内臓脂肪組織の老化が脳の老化の引き金になり得ることを見出しました。今後さらに検討を進めることで、高齢者の認知機能改善によるQOLの向上に結びつくことが期待されます。この研究成果は2025年2月13日にAmerican Aging Associationの学会誌「GeroScience」のWeb siteにて先行発表されました。
発表者名
武井 義則(東邦大学医学部薬理学講座 准教授)
杉山 篤(東邦大学医学部薬理学講座 教授)
杉山 篤(東邦大学医学部薬理学講座 教授)
発表のポイント
- 内臓脂肪組織が脳BDNF(注1)の維持に関与することを明らかにしました。
- 内臓脂肪組織による脳BDNFの発現と維持は老化に伴い減弱することを明らかにしました。
- 中年期の肥満を促進するメカニズムの一部が脳老化にも関与することを示唆しました。
- 今後検討を進めることで、高齢者の認知機能低下予防・改善、うつ症状改善などに貢献することが
期待されます。
発表概要
若齢マウスと高齢マウスを使った研究により、内臓脂肪組織の老化が脳のBDNF濃度を低下させて脳の老化を進める新しい脳老化メカニズムを明らかにしました。
今回の結果は、ストレスやサーカディアンリズム(注2)への応答として血中に分泌されるグルココルチコイド(注3)が、若齢期では脂肪組織を介して脳BDNFの発現レベルを上昇させて認知機能の維持に寄与する一方、高齢期では脂肪組織のグルココルチコイドに対する感受性が低下し、脳BDNFレベルを上昇させるメカニズムが働かないことを示唆しました。
また、内臓脂肪組織におけるグルココルチコイドなどの異化ホルモン(注4)に対する感受性の低下は、中年期の内臓脂肪蓄積と関連しますが、そのメカニズムが脳BDNFの低下にも関与して脳の老化を引き起こすことを示唆しました。
腹腔CX3CL1(注5)の増加が老化した認知機能を回復することはすでに研究グループによって明らかにされており、今後さらに検討を進めることで、高齢者のQOLの向上や認知機能低下の予防、うつ症状の改善などに貢献することが期待されます。
今回の結果は、ストレスやサーカディアンリズム(注2)への応答として血中に分泌されるグルココルチコイド(注3)が、若齢期では脂肪組織を介して脳BDNFの発現レベルを上昇させて認知機能の維持に寄与する一方、高齢期では脂肪組織のグルココルチコイドに対する感受性が低下し、脳BDNFレベルを上昇させるメカニズムが働かないことを示唆しました。
また、内臓脂肪組織におけるグルココルチコイドなどの異化ホルモン(注4)に対する感受性の低下は、中年期の内臓脂肪蓄積と関連しますが、そのメカニズムが脳BDNFの低下にも関与して脳の老化を引き起こすことを示唆しました。
腹腔CX3CL1(注5)の増加が老化した認知機能を回復することはすでに研究グループによって明らかにされており、今後さらに検討を進めることで、高齢者のQOLの向上や認知機能低下の予防、うつ症状の改善などに貢献することが期待されます。
発表内容
生まれてからの時間の長さを表す暦年齢と異なり、身体の細胞や組織の状態に基づく生物学的年齢は、さまざまなストレスに反応して上昇します。血中グルココルチコイド濃度はストレスやサーカディアンリズムによって制御され、その上昇は脳の神経細胞やグリア細胞に影響してメンタルヘルスに悪影響を及ぼし、生物学的年齢を上昇させます。血中グルココルチコイド濃度の基底レベルは、加齢とともに上昇し、ストレスは特に高齢者に悪影響を及ぼします。
BDNF(脳由来神経栄養因子)の多くは脳で作られ、脳の機能維持や神経細胞の生存に重要な働きを持ちます。BDNFは神経細胞をグルココルチコイドから保護する作用を持つ一方で、その発現はグルココルチコイドによって抑制されます。BDNFの発現低下はうつ症状、双極性障害、認知症などの多くの精神疾患と相関するだけでなく、健常な高齢者の認知機能レベルとBDNF発現レベルに相関性がみられ、BDNF濃度が高い高齢者は脳の老化が遅いことが示されています。
研究グループは、脳の老化を遅延させて高齢者のQOLを向上させることを目指し、高齢者の脳BDNF濃度を上昇させる技術の開発を目指しています。以前の報告*において、CX3CL1ケモカインリガンドを腹腔内に投与すると、その刺激が迷走神経を介して脳に伝達され、BDNF発現を上昇させて老化した認知機能を改善する事を明らかにしています。
本研究では、マウスを用いて内臓脂肪組織に発現するCX3CL1が海馬BDNFレベルの上昇に関与していることを見出し、さらに、老化に伴い内臓脂肪組織のグルココルチコイド感受性が低下するとCX3CL1の発現が低下し、海馬BDNFレベルの低下を引き起こすという海馬BDNFとグルココルチコイドとの新たな相関関係を明らかにしました。また、高齢マウスでは内臓脂肪組織のCX3CL1レベルと海馬のBDNFレベルの両方が若齢マウスよりも低いことを見出しました。高齢マウスにCX3CL1を単回腹腔内注射すると、海馬のBDNFレベルが上昇したのに対し、若齢マウスで内臓脂肪組織特異的にCX3CL1の発現を抑制すると、海馬BDNFレベルが低下しました。これらの結果は、内臓脂肪組織に発現したCX3CL1が海馬のBDNFレベルの維持に関与していることを表しており、天然に存在するグルココルチコイドであるコルチコステロンとヒドロコルチゾンは、濃度依存的にCX3CL1の発現を増加させることを示しました。脂肪組織内のグルココルチコイド活性を維持して適切なグルココルチコイド応答を引き起こすために必須の酵素である11β-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ1型(11β-HSD1β)の内臓脂肪組織での発現は、高齢マウスでは若齢マウスよりも低く、内臓脂肪組織の11β-HSD1を組織特異的にノックダウンすると、若齢マウスの脂肪CX3CL1発現が抑制されると同時に海馬BDNFレベルが低下しました。
これらの結果から、ストレスやサーカディアンリズムによって血液中に分泌されるグルココルチコイドは、若齢期では脂肪組織のCX3CL1を介して脳のBDNF濃度を上昇させて認知機能維持に寄与する一方、高齢期では脂肪組織のグルココルチコイド感受性が低下して脳のBDNFを上昇させられなくなることが示唆されました。また、内臓脂肪組織の老化が脳のBDNFレベルを低下させて脳の老化を進めるという新しい脳老化メカニズムを表しています(図1)。
グルココルチコイドなどの異化ホルモンに対する脂肪組織の感受性低下は、中年期の内臓脂肪の増加と関連しており、それと同様のメカニズムが認知機能維持に重要な脳BDNFの低下にも関与することを本研究は明らかにし、内臓脂肪組織が脳BDNF低下を予防・回復するための有効なターゲットとなりうることを示しました。脳に直接薬を投与することは技術的にも安全面からも難しいですが、内臓脂肪組織には比較的容易にアクセスできます。腹腔CX3CL1の増加が高齢マウスの海馬BDNFを増加させ、老化した認知機能を回復することはすでに研究グループによって明らかにされており、今後さらに検討を進めることで、生理的な老化の進行を制御するメカニズムを解明して老化を治療することを可能にし、高齢者のQOLの向上や加齢関連疾患の予防に貢献することが期待されます。
*参考文献)GeroScience. 2022 Aug;44(4):2305-2318. doi: 10.1007/s11357-022-00579-3.
https://doi.org/10.1007/s11357-022-00579-3
Alteration in peritoneal cells with the chemokine CX3CL1 reverses age-associated
impairment of recognition memory
BDNF(脳由来神経栄養因子)の多くは脳で作られ、脳の機能維持や神経細胞の生存に重要な働きを持ちます。BDNFは神経細胞をグルココルチコイドから保護する作用を持つ一方で、その発現はグルココルチコイドによって抑制されます。BDNFの発現低下はうつ症状、双極性障害、認知症などの多くの精神疾患と相関するだけでなく、健常な高齢者の認知機能レベルとBDNF発現レベルに相関性がみられ、BDNF濃度が高い高齢者は脳の老化が遅いことが示されています。
研究グループは、脳の老化を遅延させて高齢者のQOLを向上させることを目指し、高齢者の脳BDNF濃度を上昇させる技術の開発を目指しています。以前の報告*において、CX3CL1ケモカインリガンドを腹腔内に投与すると、その刺激が迷走神経を介して脳に伝達され、BDNF発現を上昇させて老化した認知機能を改善する事を明らかにしています。
本研究では、マウスを用いて内臓脂肪組織に発現するCX3CL1が海馬BDNFレベルの上昇に関与していることを見出し、さらに、老化に伴い内臓脂肪組織のグルココルチコイド感受性が低下するとCX3CL1の発現が低下し、海馬BDNFレベルの低下を引き起こすという海馬BDNFとグルココルチコイドとの新たな相関関係を明らかにしました。また、高齢マウスでは内臓脂肪組織のCX3CL1レベルと海馬のBDNFレベルの両方が若齢マウスよりも低いことを見出しました。高齢マウスにCX3CL1を単回腹腔内注射すると、海馬のBDNFレベルが上昇したのに対し、若齢マウスで内臓脂肪組織特異的にCX3CL1の発現を抑制すると、海馬BDNFレベルが低下しました。これらの結果は、内臓脂肪組織に発現したCX3CL1が海馬のBDNFレベルの維持に関与していることを表しており、天然に存在するグルココルチコイドであるコルチコステロンとヒドロコルチゾンは、濃度依存的にCX3CL1の発現を増加させることを示しました。脂肪組織内のグルココルチコイド活性を維持して適切なグルココルチコイド応答を引き起こすために必須の酵素である11β-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ1型(11β-HSD1β)の内臓脂肪組織での発現は、高齢マウスでは若齢マウスよりも低く、内臓脂肪組織の11β-HSD1を組織特異的にノックダウンすると、若齢マウスの脂肪CX3CL1発現が抑制されると同時に海馬BDNFレベルが低下しました。
これらの結果から、ストレスやサーカディアンリズムによって血液中に分泌されるグルココルチコイドは、若齢期では脂肪組織のCX3CL1を介して脳のBDNF濃度を上昇させて認知機能維持に寄与する一方、高齢期では脂肪組織のグルココルチコイド感受性が低下して脳のBDNFを上昇させられなくなることが示唆されました。また、内臓脂肪組織の老化が脳のBDNFレベルを低下させて脳の老化を進めるという新しい脳老化メカニズムを表しています(図1)。
グルココルチコイドなどの異化ホルモンに対する脂肪組織の感受性低下は、中年期の内臓脂肪の増加と関連しており、それと同様のメカニズムが認知機能維持に重要な脳BDNFの低下にも関与することを本研究は明らかにし、内臓脂肪組織が脳BDNF低下を予防・回復するための有効なターゲットとなりうることを示しました。脳に直接薬を投与することは技術的にも安全面からも難しいですが、内臓脂肪組織には比較的容易にアクセスできます。腹腔CX3CL1の増加が高齢マウスの海馬BDNFを増加させ、老化した認知機能を回復することはすでに研究グループによって明らかにされており、今後さらに検討を進めることで、生理的な老化の進行を制御するメカニズムを解明して老化を治療することを可能にし、高齢者のQOLの向上や加齢関連疾患の予防に貢献することが期待されます。
*参考文献)GeroScience. 2022 Aug;44(4):2305-2318. doi: 10.1007/s11357-022-00579-3.
https://doi.org/10.1007/s11357-022-00579-3
Alteration in peritoneal cells with the chemokine CX3CL1 reverses age-associated
impairment of recognition memory
発表雑誌
-
雑誌名
「GeroScience」(先行公開:2025年2月13日)
論文タイトル
Adipose chemokine ligand CX3CL1 contributes to maintaining the hippocampal BDNF level, and the effect is attenuated in advanced age
著者
Yoshinori Takei*, Yoko Amagase, Ai Goto, Ryuichi Kambayashi, Hiroko Izumi Nakaseko, Akira Hirasawa, and Atsushi Sugiyama
DOI番号
10.1007/s11357-025-01546-4
アブストラクトURL
https://link.springer.com/article/10.1007/s11357-025-01546-4
用語解説
(注1)BDNF
脳由来神経栄養因子。中枢神経系では大脳皮質、海馬、小脳などに発現し、海馬での発現が特に高い。神経細胞の生存、樹状突起の伸展、シナプスの形成と機能調節などに関与し、さらに海馬では成体神経細胞新生の維持に必須で、記憶、学習の形成と維持に重要な役割を持つ。最近では、BDNFの欠乏がうつ症状の発症と関連する事が示唆されている。
(注2)サーカディアンリズム
概日リズム。睡眠の周期や体温・自律神経・免疫系・ホルモン分泌などの調節を担う、生物に存在する周期変化である。動物、植物、菌類などに存在し、体内時計とも呼ばれる。
(注3)グルココルチコイド
副腎皮質から血中に分泌されるホルモンで、糖質、タンパク質、脂質、電解質などの代謝を制御し、免疫反応の制御に関与することから抗炎症薬、免疫抑制薬として利用される。高齢では、平常時の血中グルココルチコイド濃度が上昇することが報告されている。ストレスによって分泌が促進され、さまざまなストレス応答を引き起こすことが知られており、生物学的老化を進める要因と考えられている。
(注4)異化ホルモン
グルココルチコイド、成長ホルモン、グルカゴン、カテコラミンなど、異化作用を促進するホルモン。脂肪組織で蓄積した中性脂肪の分解と遊離脂肪酸の分泌や、肝臓や筋肉でのグリコーゲンのブドウ糖への分解を促進するなどの作用を示す。
(注5)CX3CL1
N端にCXXXCモチーフをもつ唯一のサイトカインである。フラクタルカインとも呼ばれる。血管内皮でのケモカインリガンドとしての作用がよく知られているが、炎症を起こしていない正常な状態では、肺や脂肪組織での発現が高いことが知られている。脳の神経細胞にも発現し、マイクログリア細胞とのクロストークに重要な役割を果たしている。
脳由来神経栄養因子。中枢神経系では大脳皮質、海馬、小脳などに発現し、海馬での発現が特に高い。神経細胞の生存、樹状突起の伸展、シナプスの形成と機能調節などに関与し、さらに海馬では成体神経細胞新生の維持に必須で、記憶、学習の形成と維持に重要な役割を持つ。最近では、BDNFの欠乏がうつ症状の発症と関連する事が示唆されている。
(注2)サーカディアンリズム
概日リズム。睡眠の周期や体温・自律神経・免疫系・ホルモン分泌などの調節を担う、生物に存在する周期変化である。動物、植物、菌類などに存在し、体内時計とも呼ばれる。
(注3)グルココルチコイド
副腎皮質から血中に分泌されるホルモンで、糖質、タンパク質、脂質、電解質などの代謝を制御し、免疫反応の制御に関与することから抗炎症薬、免疫抑制薬として利用される。高齢では、平常時の血中グルココルチコイド濃度が上昇することが報告されている。ストレスによって分泌が促進され、さまざまなストレス応答を引き起こすことが知られており、生物学的老化を進める要因と考えられている。
(注4)異化ホルモン
グルココルチコイド、成長ホルモン、グルカゴン、カテコラミンなど、異化作用を促進するホルモン。脂肪組織で蓄積した中性脂肪の分解と遊離脂肪酸の分泌や、肝臓や筋肉でのグリコーゲンのブドウ糖への分解を促進するなどの作用を示す。
(注5)CX3CL1
N端にCXXXCモチーフをもつ唯一のサイトカインである。フラクタルカインとも呼ばれる。血管内皮でのケモカインリガンドとしての作用がよく知られているが、炎症を起こしていない正常な状態では、肺や脂肪組織での発現が高いことが知られている。脳の神経細胞にも発現し、マイクログリア細胞とのクロストークに重要な役割を果たしている。
添付資料

以上
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【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学医学部薬理学講座
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〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-3762-4151
FAX: 03-5493-5413
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