プレスリリース 発行No.1438 令和7年1月9日
生命科学系ソフトウェアの国際的な公共ポータルサイトに採択されており、誰もが無料で使えます。
これにより、生き物の体づくりや疾患の研究において重要な遺伝子を探索する手助けになると期待されます。
発表概要
RNAトモグラフィでは、調べたい組織の凍結切片を直交する三つの軸に沿って何枚も作成し、それぞれの切片に対してRNAシーケンシング(遺伝子発現計測)を行います。三つの軸の遺伝子発現計測データを重ね合わせることで、3次元空間分布を推定できます。しかし、データ処理には高度なプログラミング知識が必要で、プログラミングに馴染みのない研究者に対するハードルとなっていました。
本研究では、遺伝子発現の3次元空間分布を推定するソフトウェア「tomoseqr」を開発しました。
tomoseqrはグラフィカルユーザーインターフェースを備えており、研究者は推定に必要な組織の形態データの作成や推定結果の3Dモデル表示などを簡単に行うことができます。
tomoseqrをゼブラフィッシュの遺伝子発現計測データに適用したところ、これまで知られた分布を再現する結果が得られ、その有効性が確認できました。また、何度切っても再生することで知られるプラナリアの遺伝子(約1万8000個)の発現計測データをtomoseqrに適用し、それぞれの遺伝子発現の3次元空間分布を得ました。さらにそれらの遺伝子から、空間的に大きく変動する特徴的な分布を示す遺伝子をデータ駆動的に絞り込むことに成功しました。これらの遺伝子はそれぞれ異なる生体機能に関連することが示唆され、プラナリアの再生能力などを明らかにする研究に役立つことが期待されます。
tomoseqrは生命科学系ソフトウェアの国際的な公共ポータルサイトBioconductorに採択されました。
基礎から応用まで幅広い研究者が遺伝子発現の3次元空間分布の推定に活用し、生き物の体づくりや疾患の研究において重要な遺伝子を探索する手助けになると考えられます。
発表者名
松澤 亮輔(筑波大学医学学位プログラム 博士課程1年)
鹿島 誠(東邦大学理学部生物分子科学科 講師)
研究の背景
RNA トモグラフィには、他の手法に比べ低コストで実験データを取得できるメリットがありますが、3次元空間分布の推定やその結果の可視化にはプログラミングの高度な知識や技術が必要なことから、あまり使われてきませんでした。このため、RNAトモグラフィ用の使いやすいソフトウェアがあれば、プログラミングの知識や技術をあまり持たない研究者でも遺伝子発現の3次元空間分布を簡単に知ることができようになると、期待されていました。
研究内容と成果
tomoseqrは二つのグラフィカルユーザインターフェース「masker」と「imageViewer」を搭載しています。maskerは発現分布推定に必要なサンプルの形態データを作成するツールです。サンプルの断面図をマウス操作で描くことで3次元の形態データを作成できます。imageViewerは推定された遺伝子発現分布を2次元の断面図及び3Dモデルで可視化できるツールです。特に3Dモデルは、マウス操作によりモデルを動かすことが可能で、推定結果をさまざまな角度から観察できます。これらによって、プログラミングに慣れていない研究者でも、手軽にRNAトモグラフィを活用して遺伝子発現の3次元空間分布を推定し、その結果を可視化することができるようになりました。
精度評価のため、モデル生物としてよく用いられる小型魚類ゼブラフィッシュの遺伝子発現データやシミュレーションデータに対してtomoseqrに適用したところ、正解の3次元空間分布と整合的な推定結果が得られました。これにより、tomoseqrで得られた遺伝子発現の3次元空間分布の信頼性を確認できました。
さらに、「何度切っても再生する」と言われ、高い再生能力を持つプラナリアの遺伝子発現計測データにtomoseqrを適用し、発現する約1万8000個の遺伝子の3次元空間分布を網羅的に解析しました。加えて、これらの遺伝子の中で空間的に大きく変動する特徴的な分布を示す遺伝子をデータ駆動的に絞り込むことに成功しました。異なる3次元空間分布を示す遺伝子は互いに異なる生体機能に関連することが示唆されることから、プラナリアの再生能力などを明らかにする研究に役立つことが期待されます。
今後の展開
添付資料
図.本研究の概要図
(A) 開発したソフトウェア「tomoseqr」及びそれを用いた遺伝子発現分布推定の概要。互いに垂直な3方向に沿って凍結切片を作成し、RNA-seq(シーケンシング)を用いてそれぞれの切片での遺伝子発現量を計測する(tomo-seq)。その後、計測したtomo-seqデータ・サンプルの形態を表すマスクデータとtomoseqrを用いて3次元遺伝子発現分布を推定する。マスクデータは「masker」を用いて作成することができる。推定結果は「imageViewer」を用いて可視化することができる。
(B)imageViewer(3D表示)のインターフェース。
(C)プラナリアのopsin遺伝子の発現分布を推定した結果。頭部の2箇所で強い発現が確認できる。これは、opsin遺伝子が目で発現するという先行研究の結果と一致している。
用語解説
互いに垂直な3方向に沿った1次元の遺伝子発現分布から3次元の遺伝子発現分布を推定する解析技術。
2014年にJunkerらによって発表された。3次元遺伝子発現分布を比較的低コストで推定できるという利点がある。
(注2)R言語
統計解析向けプログラミング言語「R」(アール)のこと。生命科学など様々な分野のデータ解析によく用いられる。
(注3)Bioconductor(バイオコンダクター)
遺伝子やゲノムなどの生命科学データ解析用ソフトウェア(Rパッケージ)を無料で公開・配布する公共ポータルサイト。生命科学・医学系の研究者・技術者が遺伝子や疾患のデータを解析するために利用している。世界中のプログラマーが開発したソフトウェアを収載しているが、収載には審査を通過する必要があり、日本の大学院生が開発したパッケージの収載は稀である。
研究資金
発表雑誌
-
雑誌名
「PLOS One」(2025年1月8日)
論文タイトル
tomoseqr: a Bioconductor package for spatial reconstruction and visualization of 3D gene expression patterns based on RNA tomography
(tomoseqr: RNA トモグラフィに基づく3次元遺伝子発現分布の再構成及び可視化のためのBioconductorパッケージ)
著者
Ryosuke Matsuzawa, Daichi Kawahara, Makoto Kashima, Hiromi Hirata, and Haruka Ozaki
DOI番号
10.1371/journal.pone.0311296
論文URL
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0311296
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
筑波大学 医学医療系/人工知能科学センター
准教授 尾崎 遼(おざき はるか)
TEL: 0298-53-3297
E-mail: haruka.ozaki [@]md.tsukuba.ac.jp
URL: https://sites.google.com/view/ozakilab-jp
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