プレスリリース 発行No.1424 令和6年11月20日
マウス胚とゼブラフィッシュ胚の
口蓋裂形成時の遺伝子の働きが類似していることを解明
~ 口蓋裂研究に用いる生物種の選択肢が拡大 ~
口蓋裂形成時の遺伝子の働きが類似していることを解明
~ 口蓋裂研究に用いる生物種の選択肢が拡大 ~
研究成果のポイント
- ヒト疾患のモデル生物としてよく使用されるマウスとゼブラフィッシュ(注1)について、網羅的な遺伝子発現解析(注2)および組織学的な解析を組み合わせることで、特定の遺伝子がいつ(時間的)どこで(空間的)働くかが似ていること(=遺伝子発現の時空間的類似性(注3))を発見。
- 特に、口蓋裂(注4)に関連すると考えられているZfhx4(注5)について機能阻害を行うとマウス胚でもゼブラフィッシュ胚でも口蓋裂を示すことを発見、Zfhx4が生物種を超えて同様の機能を持つことを確認。
- ヒト疾患のモデル生物にはマウスやゼブラフィッシュがよく用いられるが、両者の分子生物学的な類似点は不明であり、どちらを研究に用いるか判断材料に欠けていた。本研究結果はヒト疾患を研究する際に用いる生物種を決定する上で重要な判断材料となる。
研究の概要
大阪大学大学院歯学研究科 大学院生のXu Linさん(博士課程)、黒坂寛准教授、山城隆教授、東邦大学理学部 鹿島誠講師、花王株式会社安全性科学研究所 田崎純一主任研究員、劉舒捷研究員らの研究グループは、ヒト疾患のモデル生物としてよく使用されるマウスとゼブラフィッシュについて、複数遺伝子がいつ(時間的)どこで(空間的)働くかが似ていること(=時空間的類似性)を発見しました。特に、両種の顎顔面形成時に使用している分子には類似性が認められたことから、口蓋裂など顎顔面形成不全においてゼブラフィッシュ胚のモデル生物としての有用性が証明されました。
ヒト疾患モデル生物として一番よく用いられるのはマウスです。しかし、維持コストが比較的高いこともあり、代替法が探索されています。近年ゼブラフィッシュ胚の疾患モデル生物としての有用性が多く報告されていますが、マウス胚とゼブラフィッシュ胚の顎顔面発生の分子生物学的な制御機構の類似性は不明な点が多く口蓋裂の疾患モデルとして使用可能かどうか議論が残っています。
今回、研究グループは最先端の遺伝学的、情報生物学的手法(注6)を用いてマウス胚とゼブラフィッシュ胚の胎生頭部発生時の異なる発生段階における網羅的な遺伝子発現解析を行いました。その結果、マウス口蓋形成に重要な遺伝子を含む68遺伝子がマウス胚とゼブラフィッシュ胚で類似した時空間的な遺伝子発現パターンが存在することを明らかにしました。特に、口蓋裂に関連すると考えられているZfhx4について機能阻害を行うと、マウスでもゼブラフィッシュ胚でも口蓋裂を示すことを発見しました。このことから、ゼブラフィッシュ胚の顎顔面形成不全症におけるモデル生物としての有用性が認められました。
本研究成果は、9月25日(水)、米国科学誌「Developmental Dynamics」に公開されました。
ヒト疾患モデル生物として一番よく用いられるのはマウスです。しかし、維持コストが比較的高いこともあり、代替法が探索されています。近年ゼブラフィッシュ胚の疾患モデル生物としての有用性が多く報告されていますが、マウス胚とゼブラフィッシュ胚の顎顔面発生の分子生物学的な制御機構の類似性は不明な点が多く口蓋裂の疾患モデルとして使用可能かどうか議論が残っています。
今回、研究グループは最先端の遺伝学的、情報生物学的手法(注6)を用いてマウス胚とゼブラフィッシュ胚の胎生頭部発生時の異なる発生段階における網羅的な遺伝子発現解析を行いました。その結果、マウス口蓋形成に重要な遺伝子を含む68遺伝子がマウス胚とゼブラフィッシュ胚で類似した時空間的な遺伝子発現パターンが存在することを明らかにしました。特に、口蓋裂に関連すると考えられているZfhx4について機能阻害を行うと、マウスでもゼブラフィッシュ胚でも口蓋裂を示すことを発見しました。このことから、ゼブラフィッシュ胚の顎顔面形成不全症におけるモデル生物としての有用性が認められました。
本研究成果は、9月25日(水)、米国科学誌「Developmental Dynamics」に公開されました。
図1.マウスとゼブラフィッシュ胚の頭部発生過程の分子生物学的類似性を証明
研究の背景
様々な疾患における臨床診断に遺伝子検査が応用されて以来、多くの疾患原因の病的バリアント(注7)が同定されてきましたが、依然として多くのバリアントの生物学的意義は不明です。この様なバリアントの解明にはモデル生物からの知見が必要不可欠です。口唇口蓋裂をはじめとするヒト疾患モデルは多岐に渡りますが、マウスやゼブラフィッシュはその中でも比較的高頻度に使用されるモデルです。しかしこれまでマウスやゼブラフィッシュの顎顔面形成時の遺伝子発現を直接比較した研究は少なく、両生物種における分子生物学的な違いには不明な部分が多く残されていました。
研究の内容
今回、研究グループは、マウス胚およびゼブラフィッシュ胚からメッセンジャーRNA(注8)を抽出後、次世代シークエンサーを用いてステージ毎の網羅的な遺伝子発現解析を行いました。それらのデータを元に情報生物学的な手法を用いて頭の発生においていくつかの重要な遺伝子の発現を両種の胎生ステージ毎に比較検討したところSox9(注9)などの遺伝子が類似した発現パターンを示すことを明らかにしました(図1A)。さらにそれらの遺伝子のメッセンジャーRNAやタンパク質の局在をマウス胚およびゼブラフィッシュ胚を用いて可視化して比較検討を行いました。その中でもZfhx4はマウス胚とゼブラフィッシュ胚の顎顔面形成過程に共通して発現し、さらに機能阻害をすると口蓋裂が生じました(図1B)。
驚くべきことにZfhx4の病的バリアントはヒトとマウスでも口蓋裂を生じる報告が近年なされました。本研究ではゼブラフィッシュ胚の特性を生かしてライブイメージング(注10)を行うことにより、Zfhx4が機能阻害されたことによって生じる生体内での細胞動態の異常を明らかにしました。
驚くべきことにZfhx4の病的バリアントはヒトとマウスでも口蓋裂を生じる報告が近年なされました。本研究ではゼブラフィッシュ胚の特性を生かしてライブイメージング(注10)を行うことにより、Zfhx4が機能阻害されたことによって生じる生体内での細胞動態の異常を明らかにしました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、顎顔面形成不全のモデル生物を作製する際に探索する遺伝子毎に、生物種の選択を行う際の指標となるものです。本研究結果は、これまで未解明な部分が多かったマウスとゼブラフィッシュ間の顎顔面発生における分子生物学的なメカニズムの類似性を明らかにしました。疾患の臨床診断に遺伝学的検査が大きな役割を果たすようになった現在において、モデル生物を用いた病的バリアント解析の需要が更に増加していくことが予想されます。本研究により、ゼブラフィッシュ胚の口蓋裂研究における有用性を証明し、モデル生物の選択肢の幅を広げたと言えます。
発表雑誌
-
雑誌名
「Developmental Dynamics」(2024年9月25日)
論文タイトル
Expression analysis of genes including Zfhx4 in mice and zebrafish reveals a temporospatial conserved molecular basis underlying craniofacial development
著者
Shujie Liu, Lin Xu, Makoto Kashima, Rika Narumi, Yoshifumi Takahata, Eriko Nakamura, Hirotoshi Shibuya, Masaru Tamura, Yuki Shida, Toshihiro Inubushi, Yuko Nukada, Masaaki Miyazawa, Kenji Hata, Riko Nishimura, Takashi Yamashiro, Junichi Tasaki, Hiroshi Kurosaka
DOI番号
10.1002/dvdy.740
アブストラクトURL
https://doi.org/10.1002/dvdy.740
なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤B(顎顔面形成不全を伴う未診断稀少疾患の遺伝的原因の究明:19H03858、副甲状腺ホルモン(PTH)シグナル障害による顎顔面形成不全の治療法開発:23K27803)の一環として行われ、花王株式会社 田崎純一主任研究員、東邦大学 鹿島誠講師の協力を得て行われました。
用語解説
(注1)ゼブラフィッシュ
ゼブラフィッシュは、体長が4-5cmと小さな魚です。名前の通り、体にしま模様があるのが特徴です。体の作りや遺伝子が人間に似ている部分があることや、多産かつ飼育が容易である上に胚は体が透明で体の中の様子を観察しやすいことから、ヒト疾患の研究でよく使われます。
(注2)網羅的な遺伝子発現解析
体や細胞でどの遺伝子がどのくらい働いているかを一度に全部調べる方法です。この解析を使うと、病気や体の変化に関わる遺伝子の候補を見つけるうえで非常に有用です。
(注3)遺伝子発現の時空間的類似性
特定の遺伝子がいつ(時間的)どこで(空間的)働くかが似ていることを指します。たとえば、同じようなタイミングで、同じ体の場所で働いている遺伝子がある場合、その働き方が似ていると予想できます。
(注4)口蓋裂
口蓋裂は、胎児の成長過程で上あごや口蓋が正常に融合しないことによって生じる先天的な異常で、口腔と鼻腔がつながったままの状態になるため、食事や発音に困難が生じることがあります。
(注5)Zfhx4(Zinc Finger Homeobox 4)
今回注目した一つの遺伝子の名称。脊椎動物の発生に重要な遺伝子の一つです。
(注6)情報生物学的手法
生物に関する膨大なデータを、コンピューターを利用して整理したり、既存の知見と比較することで、遺伝子の機能や疾患の原因を探るアプローチです
(注7)病的バリアント
病的バリアントとは、体の設計図である遺伝子の病気の原因となる変化のことです。
(注8)メッセンジャーRNA
メッセンジャーRNAは、DNAを鋳型にして転写された遺伝情報でタンパク質合成のための配列情報を提供する分子です。
(注9)Sox9
今回注目した一つの遺伝子の名称。脊椎動物の顎顔面や軟骨の発生に重要な遺伝子の一つです。
(注10)ライブイメージング
生きた生物の中で細胞やタンパク質等がどの様に動いたり変化したりしているかをリアルタイムで観察する技術です。
ゼブラフィッシュは、体長が4-5cmと小さな魚です。名前の通り、体にしま模様があるのが特徴です。体の作りや遺伝子が人間に似ている部分があることや、多産かつ飼育が容易である上に胚は体が透明で体の中の様子を観察しやすいことから、ヒト疾患の研究でよく使われます。
(注2)網羅的な遺伝子発現解析
体や細胞でどの遺伝子がどのくらい働いているかを一度に全部調べる方法です。この解析を使うと、病気や体の変化に関わる遺伝子の候補を見つけるうえで非常に有用です。
(注3)遺伝子発現の時空間的類似性
特定の遺伝子がいつ(時間的)どこで(空間的)働くかが似ていることを指します。たとえば、同じようなタイミングで、同じ体の場所で働いている遺伝子がある場合、その働き方が似ていると予想できます。
(注4)口蓋裂
口蓋裂は、胎児の成長過程で上あごや口蓋が正常に融合しないことによって生じる先天的な異常で、口腔と鼻腔がつながったままの状態になるため、食事や発音に困難が生じることがあります。
(注5)Zfhx4(Zinc Finger Homeobox 4)
今回注目した一つの遺伝子の名称。脊椎動物の発生に重要な遺伝子の一つです。
(注6)情報生物学的手法
生物に関する膨大なデータを、コンピューターを利用して整理したり、既存の知見と比較することで、遺伝子の機能や疾患の原因を探るアプローチです
(注7)病的バリアント
病的バリアントとは、体の設計図である遺伝子の病気の原因となる変化のことです。
(注8)メッセンジャーRNA
メッセンジャーRNAは、DNAを鋳型にして転写された遺伝情報でタンパク質合成のための配列情報を提供する分子です。
(注9)Sox9
今回注目した一つの遺伝子の名称。脊椎動物の顎顔面や軟骨の発生に重要な遺伝子の一つです。
(注10)ライブイメージング
生きた生物の中で細胞やタンパク質等がどの様に動いたり変化したりしているかをリアルタイムで観察する技術です。
以上
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
大阪大学 大学院歯学研究科
准教授 黒坂 寛
TEL:06-6879-2958 FAX: 06-6879-2960
E-mail: kurosaka.hiroshi.dent[@]osaka-u.ac.jp
大阪大学 大学院歯学研究科
教授 山城 隆
TEL:06-6879-2958 FAX: 06-6879-2960
E-mail: yamashiro.takashi.dent[@]osaka-u.ac.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
【報道に関するお問い合わせ】
大阪大学 歯学研究科 総務課庶務係
TEL:06-6879-2831
E-mail: si-soumu-syomu[@]office.osaka-u.ac.jp
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