プレスリリース 発行No.1383 令和6年7月4日
在留外国人の精神科診療における
早期の治療自己中断に関わる要因が明らかに
~ 見かけの日本語会話力に依拠しない診療が若年者においては特に重要 ~
早期の治療自己中断に関わる要因が明らかに
~ 見かけの日本語会話力に依拠しない診療が若年者においては特に重要 ~
東邦大学医学部精神神経医学講座の根本隆洋教授らの研究グループは、「令和5年度 独立行政法人日本学術振興会(JSPS) 外国人研究者招へい事業 外国人招へい研究者(長期)」において招へいしたJanice Tsoh訪問教授とともに、在留外国人の精神科診療における治療自己中断に関わる要因を検討しました。その結果、早期の自己治療中断に患者の語学能力が影響を与える構造が明らかになりました。特に若年者においては、見かけ上の日本語の流暢性に依拠することなく、語学能力を適正に評価した上で、必要に応じて言語支援サービスを利用することの重要性が示されました。
この研究成果は、2024年7月4日に国際学術誌「BMJ Mental Health」に掲載されました。
この研究成果は、2024年7月4日に国際学術誌「BMJ Mental Health」に掲載されました。
発表者名
Janice Tsoh(東邦大学医学部精神神経医学講座 訪問教授、
カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)医学部精神医学・行動科学講座教授)
田久保 陽司 (東邦大学医学部精神神経医学講座 助教)
福井 英理子 (東邦大学医学部精神神経医学講座 助教)
鈴木 綾香 (東邦大学医療センター大森病院精神神経科 公認心理師)
岩井 桃子 (東邦大学医療センター大森病院精神神経科 公認心理師)
齋藤 寿昭 (川崎市立川崎病院 副院長、精神科部長)
辻野 尚久 (済生会横浜市東部病院 精神科部長)
内野 敬 (東邦大学医学部社会実装精神医学講座 助教)
片桐 直之 (東邦大学医学部精神神経医学講座 准教授)
根本 隆洋 (東邦大学医学部精神神経医学講座、社会実装精神医学講座 教授)
カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)医学部精神医学・行動科学講座教授)
田久保 陽司 (東邦大学医学部精神神経医学講座 助教)
福井 英理子 (東邦大学医学部精神神経医学講座 助教)
鈴木 綾香 (東邦大学医療センター大森病院精神神経科 公認心理師)
岩井 桃子 (東邦大学医療センター大森病院精神神経科 公認心理師)
齋藤 寿昭 (川崎市立川崎病院 副院長、精神科部長)
辻野 尚久 (済生会横浜市東部病院 精神科部長)
内野 敬 (東邦大学医学部社会実装精神医学講座 助教)
片桐 直之 (東邦大学医学部精神神経医学講座 准教授)
根本 隆洋 (東邦大学医学部精神神経医学講座、社会実装精神医学講座 教授)
発表のポイント
- 2016年4月~2019年3月までの3年間に、東邦大学医療センター大森病院、川崎市立川崎病院、済生会横浜市東部病院の精神科外来を受診した、18歳以上の在留外国人患者196名の診療録を解析しました。
- 3か月以内の早期に治療を自己中断した患者は25.5%でした。
- 日本語の会話力が治療自己中断の主たる要因であると想定していましたが、治療自己中断率は日本語を話す群と日本語を話さない群において同等(それぞれ26.5%と22.2%)でした。
- 治療自己中断は、若年者、および統合失調症スペクトラム障害あるいは神経症性障害以外の患者で高く、それは日本語を話す患者において顕著でした(図1)。
- 若い在留外国人は、日本語が話せても早期に治療自己中断するリスクが高いといえます。
- 診察における観察を通じての「見かけ」の日本語会話力に依拠することなく、言語能力を適切に評価し、それに応じた言語的支援を行うことが、在留外国人に対するメンタルヘルス領域の診療や支援を行う際に重要だと考えられました。
発表内容
世界的に国際移住は増加傾向を認めますが、様々なストレスを生じやすく、精神疾患のリスクともなりえることが明らかにされています。一方で、言語や文化の違いから在留外国人の精神科受診へのハードルは高いと想定されます。私たちは、2020年に厚生労働科学研究費補助金障害者政策総合研究事業「地域特性に対応した精神保健医療サービスにおける早期相談・介入の方法と実施システム開発についての研究」(研究代表者:根本隆洋、研究課題番号:19GC1015、22GC1001)において、京浜地区の精神科を受診した在留外国人患者の人口統計学的および臨床的特徴を明らかにし、若年の在留外国人が適切に精神医療サービスにアクセスできていない可能性を示唆しました(Takubo et al., 2020*)。
一方で、在留外国人の治療自己中断に関する研究報告は少なく、その要因は明らかになっていません。研究グループは、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)の外国人研究者招へい事業により、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)医学部精神医学・行動科学講座教授であるJanice Tsoh博士を迎えて、在留外国人の治療自己中断に関わる要因を調査・検討するために、前報論文で調査したデータの追加解析を行いました。
2016年4月~2019年3月までの3年間に東邦大学医療センター大森病院、川崎市立川崎病院、済生会横浜市東部病院の精神科外来を受診した196名の18歳以上の在留外国人患者を対象に、診療録調査で得られた出生国・地域、会話可能な言語、通訳使用の有無、受診経路、精神科診断、通院継続に関する転帰などのデータを用いて、早期(3か月以内)の通院治療自己中断に関与する因子を分析しました。
日本語を話す在留外国人の治療自己中断率は26.5%、日本語を話さない在留外国人の治療自己中断率は22.2%であり、同程度でした。治療自己中断に関わる因子を調べるために、一般化推定方程式(注1)による多変数回帰モデルによる解析を行ったところ、「若年者」「統合失調症スペクトラム障害あるいは神経症性障害以外の診断」が、通院開始から3か月以内の治療自己中断に関与することがわかりました。さらに、日本語を話す在留外国人患者においてのみ、その関係が認められました(図1)。
言語支援を利用せずに基本的な日本語を話す患者の中には、医療従事者に自身のニーズを的確に伝えるなどのコミュニケーションが取れる程には、日本語の語学能力が十分でない者も含まれていたと考えられます。そして、日本語を話す若い在留外国人は、早期に治療自己中断するリスクが高いことを認識する必要があります。
統合失調症スペクトラム障害あるいは神経症性障害の患者が治療自己中断には結び付きにくいことについては、それらの疾患では症状が行動や身体面に現れやすいため、診察において言語を介する部分が相対的に低い可能性が考えられました。
在留外国人のメンタルヘルスケアに関して、正確で適切な診療を行うために、患者の言語能力に関する客観的な評価を行うとともに、文化的背景にも精通した医療通訳などの専門的な支援リソースの充実を図ることが必要であると考えられました。
コロナ禍が明けて、日本の労働者人口の持続的減少への対応という側面からも、再び在留外国人数の増加が見込まれます。外国人メンタルヘルス領域において、未だ解決されていない課題にも対応しうる支援サービスの社会実装が望まれています。
一方で、在留外国人の治療自己中断に関する研究報告は少なく、その要因は明らかになっていません。研究グループは、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)の外国人研究者招へい事業により、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)医学部精神医学・行動科学講座教授であるJanice Tsoh博士を迎えて、在留外国人の治療自己中断に関わる要因を調査・検討するために、前報論文で調査したデータの追加解析を行いました。
2016年4月~2019年3月までの3年間に東邦大学医療センター大森病院、川崎市立川崎病院、済生会横浜市東部病院の精神科外来を受診した196名の18歳以上の在留外国人患者を対象に、診療録調査で得られた出生国・地域、会話可能な言語、通訳使用の有無、受診経路、精神科診断、通院継続に関する転帰などのデータを用いて、早期(3か月以内)の通院治療自己中断に関与する因子を分析しました。
日本語を話す在留外国人の治療自己中断率は26.5%、日本語を話さない在留外国人の治療自己中断率は22.2%であり、同程度でした。治療自己中断に関わる因子を調べるために、一般化推定方程式(注1)による多変数回帰モデルによる解析を行ったところ、「若年者」「統合失調症スペクトラム障害あるいは神経症性障害以外の診断」が、通院開始から3か月以内の治療自己中断に関与することがわかりました。さらに、日本語を話す在留外国人患者においてのみ、その関係が認められました(図1)。
言語支援を利用せずに基本的な日本語を話す患者の中には、医療従事者に自身のニーズを的確に伝えるなどのコミュニケーションが取れる程には、日本語の語学能力が十分でない者も含まれていたと考えられます。そして、日本語を話す若い在留外国人は、早期に治療自己中断するリスクが高いことを認識する必要があります。
統合失調症スペクトラム障害あるいは神経症性障害の患者が治療自己中断には結び付きにくいことについては、それらの疾患では症状が行動や身体面に現れやすいため、診察において言語を介する部分が相対的に低い可能性が考えられました。
在留外国人のメンタルヘルスケアに関して、正確で適切な診療を行うために、患者の言語能力に関する客観的な評価を行うとともに、文化的背景にも精通した医療通訳などの専門的な支援リソースの充実を図ることが必要であると考えられました。
コロナ禍が明けて、日本の労働者人口の持続的減少への対応という側面からも、再び在留外国人数の増加が見込まれます。外国人メンタルヘルス領域において、未だ解決されていない課題にも対応しうる支援サービスの社会実装が望まれています。
*参考文献)
Takubo et al. BMC Psychiatry (2020)20:569
https://doi.org/10.1186/s12888-020-02951-z
Demographic and clinical characteristics of foreign residents who visited hospitals for mental health problems in Japan: A multicenter study in a metropolitan area
参考資料)
厚生労働科学研究費補助金障害者政策総合研究事業「地域特性に対応した精神保健医療サービスにおける早期相談・介入の方法と実施システム開発についての研究」(研究代表者 根本隆洋)URL:https://meicis.jp/
Takubo et al. BMC Psychiatry (2020)20:569
https://doi.org/10.1186/s12888-020-02951-z
Demographic and clinical characteristics of foreign residents who visited hospitals for mental health problems in Japan: A multicenter study in a metropolitan area
参考資料)
厚生労働科学研究費補助金障害者政策総合研究事業「地域特性に対応した精神保健医療サービスにおける早期相談・介入の方法と実施システム開発についての研究」(研究代表者 根本隆洋)URL:https://meicis.jp/
発表雑誌
-
雑誌名
「BMJ Mental Health」(2024年7月4日)
論文タイトル
Exploring Early Discontinuation of Mental Health Outpatient Treatment: Language, Demographics, and Clinical Characteristics Among Migrant Populations in Japan
著者
Janice Tsoh, Youji Takubo, Eriko Fukui, Ayaka Suzuki, Momoko Iwai, Hisaaki Saito,
Naohisa Tsujino, Takashi Uchino, Naoyuki Katagiri, Takahiro Nemoto*(* 責任著者)
DOI番号
10.1136/bmjment-2024-301059
論文URL
https://mentalhealth.bmj.com/content/27/1/e301059
用語解説
(注1)一般推定方程式
アウトカム間に未知の相関関係がある可能性のある一般化線形モデルのパラメータを推定するのに用いられる統計手法。
アウトカム間に未知の相関関係がある可能性のある一般化線形モデルのパラメータを推定するのに用いられる統計手法。
添付資料
図1.日本語力で区分した、年齢と治療自己中断率の関連について
オレンジ色は日本語を話す在留外国人、灰色および黒色は日本語を話さない在留外国人(言語的サポートを要した人)を表している。横軸は年齢、縦軸は予測される治療自己中断率を表している。
オレンジ色で示される日本語を話す在留外国人においては、若年であればあるほど通院治療自己中断率が高いことが示された。一方で、灰色および黒色で示される日本語を話さない在留外国人においては、そのような傾向は示されなかった。
オレンジ色は日本語を話す在留外国人、灰色および黒色は日本語を話さない在留外国人(言語的サポートを要した人)を表している。横軸は年齢、縦軸は予測される治療自己中断率を表している。
オレンジ色で示される日本語を話す在留外国人においては、若年であればあるほど通院治療自己中断率が高いことが示された。一方で、灰色および黒色で示される日本語を話さない在留外国人においては、そのような傾向は示されなかった。
以上
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
東邦大学医学部精神神経医学講座、社会実装精神医学講座
教授 根本 隆洋
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-3762-4151(代表)
E-mail: takahiro.nemoto[@]med.toho-u.ac.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。
【報道に関するお問い合わせ】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583
E-mail: press[@]toho-u.ac.jp
済生会横浜市東部病院 広報推進室
〒230-8765 横浜市鶴見区下末吉3-6-1
TEL: 045-576-3000(代表)
Email: koho[@]tobu.saiseikai.or.jp
川崎市立川崎病院 庶務課 経営企画担当
〒210-0013 川崎市川崎区新川通12-1
TEL: 044-233-5521(代表)
Email: 83kawkei[@]city.kawasaki.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。