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プレスリリース 発行No.1369 令和6年5月31日

ドコサヘキサエン酸(DHA)の新たな薬理作用を発見
~ DHAはOrai1チャネルを抑制することで胃の収縮反応を抑制する ~

 東邦大学薬学部薬理学教室の小原圭将准教授、吉岡健人講師、田中芳夫教授らの研究グループは、魚油に豊富に含有されるドコサヘキサエン酸(DHA)がブラジキニンなどの生理活性物質による胃底平滑筋の収縮反応を抑制することを明らかにしました。DHAは、これまでに電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)(注1)を抑制することが明らかとなっていましたが、本研究ではDHAがストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)(注2)の1つであるOrai1チャネルを抑制するという新たな薬理作用を見出しました。

 本研究結果から、DHAがこれらのCa2+チャネルを抑制することで胃の過剰な運動促進機能に対して予防・改善効果を発揮する可能性が示されました。この研究成果は、雑誌「Scientific Reports」に2024年5月22日に掲載されました。

発表者名

徐 加悦 (東邦大学大学院薬学研究科 博士課程医療薬学専攻 2023年度修了)
小原 圭将(東邦大学薬学部薬理学教室 准教授)
吉岡 健人(東邦大学薬学部薬理学教室 講師)
日下部太一(東邦大学薬学部薬化学教室 講師)
高橋 圭介(東邦大学薬学部薬化学教室 准教授)
加藤 恵介(東邦大学薬学部薬化学教室 教授)
田中 芳夫(東邦大学薬学部薬理学教室 教授)

発表のポイント

  • DHAは、魚油に豊富に含有されるn-3系多価不飽和脂肪酸です。DHAの長期的な摂取は循環器疾患を予防する効果などをもたらすことが明らかとなっています。研究グループはこれまで、DHAの即時的な効果に着目し、DHAがVDCCを抑制する作用やプロスタノイドTP受容体を抑制する作用などを有することを明らかにし、これが胃底平滑筋をはじめとする様々な平滑筋で薬理作用がもたらされることを報告してきました。
  • 本研究では、DHAの新たな薬理作用として、SOCCの1つであるOrai1チャネルを抑制する薬理作用を見出しました。DHAはVDCCやSOCCを標的とし、これを抑制することでブラジキニンなどの生理活性物質による胃底平滑筋の収縮反応を抑制することを明らかにしました。
  • 本結果は、DHAがOrai1チャネルを抑制することで、胃の運動機能異常を改善する可能性を示すともに、様々な平滑筋疾患に対する治療薬として応用できる可能性を示唆するものです。

発表概要

 ドコサヘキサエン酸(DHA)は、魚油に豊富に含有され、各種循環器系疾患に対する予防効果の有効性が示されているほか、脂質異常症・糖尿病・神経変性疾患・自己免疫疾患・炎症性疾患および悪性腫瘍など多くの疾患に有益な予防効果を発揮する可能性が報告されています。DHAの効果の一部は、その長期的な摂取により、炎症性プロスタノイドの産生を抑制することによりもたらされると考えられてきました。一方、研究グループは、これまでに、DHAがプロスタノイドTP受容体を標的とし、TP受容体を介した各種血管平滑筋、気道平滑筋の収縮反応を即時的に抑制することを見出しました。

 TP受容体は、血管、気道のような持続的な収縮反応を引き起こす平滑筋だけなく、一過性の収縮反応を引き起こす消化管平滑筋においてもその収縮性の制御において重要な役割を担っています。研究グループは、これまでにモルモット胃底平滑筋での各種プロスタノイドによる収縮反応にTP受容体が重要な役割を担うことを報告しています。また、これらの収縮に対するDHAの抑制効果と機序を検討し、DHAの抑制効果の機序の一部にTP受容体での拮抗作用が関与することを明らかにしました。これに加え、胃底平滑筋のプロスタノイドによる収縮に対するDHAの抑制効果には電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)に対する抑制も関与することを見出しています。
 
 一方、胃底平滑筋の収縮性は、非プロスタノイド系の生理活性物質によっても制御されており、それらの代表的なものとして、アセチルコリン、ブラジキニン(BK)、アンジオテンシンII(Ang II)が挙げられます。本研究では、アセチルコリンの誘導体であるカルバコール(CCh)、BK、Ang IIによる胃底平滑筋の収縮反応に対するDHAの影響を検討し、DHAはいずれの収縮も有意に抑制することを明らかにしました。引き続き、DHAによる収縮抑制作用の機序の検討を行い、VDCCとは異なる細胞外Ca2+流入経路がDHAの標的となる可能性を見出し、この実体がストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)のひとつであるOrai1チャネルであることを世界で初めて明らかにしました(図1)。また、ヒト胎児由来腎臓上皮細胞(293T細胞)を用いた検討から、DHAがヒトにおいてもSOCCを抑制する可能性を明らかにしました。これらの結果は、DHAが、Orai1チャネルを抑制することにより胃の運動機能異常を改善する可能性を示すともに様々な平滑筋疾患に対する治療薬として利用できる可能性を示唆するものです。実際に、Oraiチャネルの異常は、気管支喘息や過活動膀胱などの病気に関与する可能性が報告されています。

発表内容

 研究グループは、マグヌス法(注3)を用いてモルモットから摘出した胃底平滑筋でのCCh、BK、Ang IIにより誘発される収縮反応に対するDHAの抑制効果を検討しました。DHAは、検討したすべての薬物によって誘発される収縮反応を有意に抑制しました。CCh、Ang II、BKによる収縮反応は、外液Ca2+を除去することでほぼ完全に抑制されましたが、VDCC抑制薬であるverapamilによる抑制率は収縮ごとに異なっていました。具体的には、CCh収縮はverapamilによりほぼ完全に抑制されましたが、Ang II収縮はverapamilにより約60%抑制され、BK収縮はverapamilにより20%しか抑制されませんでした。この結果から、BK収縮に対するDHAの抑制効果にはVDCCに対する抑制以外の機序が関与することが示されました。そこで、その機序をさらに追究することにしました。その結果、verapamil存在下で残存するBK収縮は、受容体作動性Ca2+チャネル(ROCC)(注4)を抑制するLOE-908では抑制されず、SOCCを抑制するSKF 96365により有意に抑制されました。また、DHAは、verapamilとLOE-908同時存在下で残存するBK収縮を有意に抑制しました。このことから、DHAがSOCCを標的とし、これを抑制するという新たな可能性が浮上しました。

 研究グループは、この仮説を検証する目的で、SOCCを活性化できる薬物(シクロピアゾン酸(CPA))による収縮反応に対するDHAの効果を検討し、DHAがこの収縮反応を強力に抑制することを見出しました(図2A)。また、ヒト細胞(293T細胞)を用いた検証も行い、DHAがCPA存在下で生じる細胞内Ca2+濃度上昇を有意に抑制することから、DHAのSOCCに対する抑制効果はヒトにおいても成立することを明らかにしました(図2B)。さらに、DHAの具体的な標的分子の探索を行いました。まず、胃底平滑筋におけるSOCC関連分子のmRNA(注5)発現をRT-qPCR法(注6)により調べ、Orai1を含むいくつかのチャネル分子の候補を見出しました。そしてさらに、これらのチャネル分子の選択的な抑制薬を用いた検討を行い、Orai1チャネル抑制薬であるSynta66がCPAによる胃底平滑筋の収縮反応を強力に抑制することを明らかにしました(図3)。以上の結果から、DHAがVDCCに加え、SOCCのひとつであるOrai1チャネルを標的としてこれを抑制することにより、BK、Ang IIなどのオータコイドをはじめとする化学物質による胃底平滑筋の過剰収縮を制御する性質を示すことが明らかとなりました。

発表雑誌

    雑誌名
    「Scientific Reports」(2024年5月22日)
    14巻、11720

    論文タイトル
    Inhibitory mechanisms of docosahexaenoic acid on carbachol-, angiotensin II-, and bradykinin-induced contractions in guinea pig gastric fundus smooth muscle

    著者
    Keyue Xu, Miyuki Shimizu, Toma Yamashita, Mako Fujiwara, Shunya Oikawa, Guanghan Ou,
    Naho Takazakura, Taichi Kusakabe, Keisuke Takahashi, Keisuke Kato, Kento Yoshioka,
    Keisuke Obara, Yoshio Tanaka

    論文URL
    https://doi.org/10.1038/s41598-024-62578-y

用語解説

(注1)電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)
細胞外から細胞内にCa2+を流入させる経路として機能するイオンチャネルの1つ。
電位依存性Ca2+チャネル(voltage-dependent Ca2+ channel: VDCC)は、神経伝達物質や生理活性ペプチドなどによりもたらされる細胞膜の膜電位変化により制御されており、脱分極(細胞膜の電位が相対的にプラス側に傾くこと)によって開口する。多くの平滑筋の収縮に関与しており、VDCCを抑制する薬物が高血圧症や排尿異常に対する治療薬として用いられている。

(注2)ストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)
細胞外から細胞内にCa2+を流入させる経路として機能するCa2+チャネルの1つ。
受容体の刺激により筋小胞体からCa2+の流出が促進し、筋小胞体のCa2+の枯渇が生じる。ストア作動性Ca2+チャネル(store-operated Ca2+ channel: SOCC)は、筋小胞体の枯渇を感知して活性化するCa2+チャネルであり、その本体はOraiチャネルであると推定されている。具体的には、Oraiチャネル(SOCC)は、筋小胞体のCa2+センサータンパク質であるSTIM(stromal interaction molecule)が筋小胞体のCa2+の枯渇を感知することで活性化される。

(注3)マグヌス法
生体と類似した環境を維持するために、加温・通気した生理緩衝液中で平滑筋の収縮反応を記録する方法。

(注4)受容体作動性Ca2+チャネル(ROCC)
細胞外から細胞内にCa2+を流入させる経路として機能するCa2+チャネルの1つ。
受容体作動性Ca2+チャネル(receptor-operated Ca2+ channel : ROCC)は、受容体の刺激により活性化され、本体はtransient receptor potential(TRP)チャネルであると考えられている。
TRPチャネルは受容体による刺激だけでなく、機械的刺激や酸刺激、熱刺激、冷感刺激などの様々な物理的刺激によっても活性化され、Ca2+だけでなく様々な陽イオンを流入させることができる。

(注5)メッセンジャーRNA(mRNA)
生体のタンパク質はDNAから転写されたmRNAを基に合成される。mRNAの発現レベルが上昇すると、mRNAにコードされるタンパク質の合成が促進される。

(注6)RT-qPCR法
定量的逆転写PCR法。組織や細胞での遺伝子(メッセンジャーRNA(mRNA))発現レベルを定量的に測定することができる。ウイルスの検査にも用いられる。

添付資料

本研究の概要
図1.本研究の概要
ドコサヘキサエン酸(DHA)は、これまで明らかとなった電位依存性Ca2+チャネル(VDCC)に対する抑制作用に加え、ストア作動性Ca2+チャネル(SOCC)に対する抑制作用を発揮することで、胃底平滑筋のブラジキニン(BK)などによる収縮反応を抑制することが明らかとなりました。また、胃底平滑筋でのDHAの標的はSOCCの1つであるOrai1チャネルであると考えられます。
モルモット胃底平滑筋の収縮反応とDHAの抑制効果
図2. SOCCを介したモルモット胃底平滑筋の収縮反応(A:図の上段)およびヒト細胞での細胞内Ca2+濃度上昇(B:図の下段)に対するDHAの抑制効果
Aa、Abはモルモット胃底平滑筋のシクロピアゾン酸(CPA)によるSOCCを介した収縮反応に対するDHAの抑制効果(Ab、青)を示す代表的な実験結果を示し(Aaは対照実験)、Acはその結果のまとめです。Baはヒト細胞(293T細胞)でのCPA存在下でのCa2+添加によりもたらされるSOCCを介した細胞内Ca2+濃度上昇に対するDHAの抑制効果(青)の平均値を示し、Bbは最大値に対する影響をまとめたものです。DHAがモルモット胃底平滑筋、ヒト細胞のいずれにおいてもSOCCを介した反応を強力に抑制するのが確認できました。

モルモット胃底平滑筋でのCPAによる収縮反応に対する各種SOCC抑制薬の影響
図3.モルモット胃底平滑筋でのCPAによる収縮反応に対する各種SOCC抑制薬の影響
モルモット胃底平滑筋でのCPAによる収縮反応は、Abに示す非選択的なSOCC抑制薬である2-APBに加え、Acに示すようにOrai1チャネルの選択的抑制薬Synta66によって完全に抑制されました。胃底平滑筋でのmRNA発現が多いその他のSOCC関連分子を抑制する薬物(Pyr10(TRPC3チャネル抑制薬; Ad)、ML204(TRPC4チャネル抑制薬; Ae)、SAR7334(TRPC6チャネル抑制薬; Af)の効果も検討しましたが、いずれの薬物も顕著な抑制効果は認められませんでした。
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学薬学部薬理学教室
准教授 小原 圭将

〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1331 FAX: 047-472-1435
E-mail: keisuke.obara[@]phar.toho-u.ac.jp

【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

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TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
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