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プレスリリース 発行No.1361 令和6年5月15日

塩化亜鉛触媒を用いる芳香族ニトリルへのグリニャール付加反応
~ 安価な触媒かつ温和な反応条件で速やかなアルキル付加反応を実現 ~

 神戸薬科大学 生命有機化学研究室の波多野学教授、東邦大学薬学部 坂田 健教授、吉川武司准教授らは、芳香族ニトリル(注1)へのグリニャール(Grignard)反応剤(注2)を用いるアルキル付加反応において、塩化亜鉛(ZnCl2)触媒を用いると、室温下で反応が著しく促進されることを見出しました。最大の特徴は、安価な塩化亜鉛とグリニャール反応剤から触媒量の高活性亜鉛(II)アート反応剤(注3)を形成させ、それを本反応に用いた点です。さらに、精密理論計算を行って反応機構を考察し、確からしい反応経路を提唱しました。

 グリニャール反応剤を用いる芳香族ニトリルへのアルキル付加反応は、塩酸等で処理すると芳香族ケトン(注4)が生成します。しかし実際にはグリニャール反応剤の反応性が低いため、付加反応そのものが効率良く進行せず、未反応の原料(芳香族ニトリル)が多く回収されます。一方で、加熱したり反応時間を延ばしても、多くの副生成物が生じて収率が低下します。本研究では、芳香族ニトリルへのグリニャール付加反応に触媒量(10~20 mol%)の塩化亜鉛を加えることで、アルキル付加反応が室温下で円滑に進行して対応する芳香族ケトンを高収率で得ることに成功しました。酸の加水分解処理に代わって水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)で還元処理すると、対応するアミン(注5)を高収率で合成することにも成功しました。
今回の技術と前回の技術の比較

 本合成技術はグリーンケミストリー(注6)に立脚しており、環境に負荷をかけずに望む芳香族ケトンやアミンが簡便に得られます。得られたケトンに対してさらにアルキル付加すると、上図のように第三級アルコール(注7)を高収率で得ることもできました。これらは医農薬品などに含まれる基幹的パーツであり、低コストかつ安全で高効率的な新規合成法を開発できたことは有機合成的に大きな意義を持ちます。
 
 本研究成果は、国際化学雑誌「Chemical Science」への掲載に先立ち、2024年5月13日にオンライン版に掲載されました。

研究の背景

 芳香族ニトリルは、天然物、医薬品、農薬、工業用材料などに頻繁にみられる用途の広い化合物です。ニトリルはカルボニル化合物(注8)と等価であるだけでなく、基幹的な有機化合物における重要な窒素源でもあります。すなわち、ニトリルはカルボン酸(注9)、ケトン、アルデヒド(注10)0だけでなく、アミン、アミジン(注11)、イミノエステル(注12)、トリアジン(注13)、アミド(注14)などに容易に化学変換が可能です。このうちの重要な化学変換の一つである芳香族ニトリルから芳香族ケトンへの化学変換では、芳香族ニトリルの反応性が非常に低いため、反応性の非常に高い有機リチウム(I)反応剤(RLi)がよく使用されます。調製が容易で市販品(200種類以上)も多い有機マグネシウム(II)反応剤(RMgX)、すなわちグリニャール(Grignard)反応剤もこの変換反応に使用されますが、グリニャール反応剤は有機リチウム(I)反応剤よりも反応性がはるかに低いため、通常は長時間の加熱還流条件が必要です。しかも、この反応は比較的不安定なアニオン(注15)中間体を経るため、加熱還流下で副生成物が生じることがよくあります。この問題点を克服する手法はいくつか開発されてきましたが、温和な条件で簡便に行える方法は非常に限られており、依然として改善の余地がありました。こうした研究背景のもと、本研究では塩化亜鉛(ZnCl2)とグリニャール反応剤(RMgX)に由来する亜鉛(II)アート反応剤[R3Zn]-[MgX]を用いて、本反応を根本的に改善することを目的としました。

研究成果の概要

 まず、芳香族ニトリルとしてベンゾニトリル(PhCN)を選び、グリニャール反応剤n-BuMgClによるn-ブチル付加反応をモデル系として検討しました(下式)。その結果、塩化亜鉛を等モル量(1.1当量)添加すると、期待通り収率は向上しました(式1・54%収率 vs. 式2・77%収率)。驚くべきことに、塩化亜鉛を触媒量(0.2当量 = 20 mol%)としたとき、塩化亜鉛を等モル量(1.1当量)用いたときよりも反応はさらに促進され、87%収率で望む芳香族ケトンが得られました(式3)。さらに反応時間を延ばすと95%収率まで改善しました。有機化学的に等モル量の添加剤よりも触媒量の添加剤が有効に働くことは極めて珍しく、この現象を解明しつつ、反応開発を続けることにしました。
グリニャール反応剤n-BuMgClによるn-ブチル付加反応
 次に、様々な芳香族ニトリルとグリニャール反応剤を用いて反応を検証しました。その結果、次図に示すように、幅広い芳香族ニトリルに対して反応が円滑に進行し、対応する芳香族ケトンを高収率で得ることができました。塩化亜鉛を加えなかった結果(括弧内のデータ)と比較すると、触媒量(20mol%)の塩化亜鉛の添加効果が非常に顕著であることがよくわかります。また、イソプロピル(i-Pr)基などの分岐構造をもつかさ高い第二級アルキル基(注16)の付加反応は、立体障害のため反応が難しいとされています。ところが本触媒システムでは、イソプロピル付加反応が全く問題なく進行し、対応する生成物を収率良く合成することに成功しました。
 さらに、次図に示すように、酸の加水分解処理に代わって水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)で還元処理して、対応するアミンを高収率で合成することにも成功しました。
 また、グラムスケール合成も容易に可能であり、対応する芳香族ケトンを高収率で得ました。得られた芳香族ケトンに対して塩化亜鉛触媒(10mol%)存在下でアルキル付加すると、第三級アルコールを高収率で得ることもできました(著者らの既報技術により実現。J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 9998を参照)。
 本反応は、反応機構は塩化亜鉛(ZnCl2)とグリニャール反応剤(RMgX)に由来する高活性亜鉛(II)アート反応剤[R3Zn][MgX]が触媒量形成されることが最大のポイントです。先に紹介したように、等モル量の塩化亜鉛の添加よりも、触媒量の塩化亜鉛の添加のほうが優れた結果を与えたことから、次図のようなグリニャール反応剤が2分子関与するいくつかの中間体を仮定しました。これらの中間体の妥当性を密度汎関数理論(DFT)計算(注17)によってエネルギーダイアグラムを検証して評価することにしました。
 DFT計算の結果、上図のTS-11’、TS-12に相当する遷移状態を経由する2つの反応経路がエネルギー的に有利であり、妥当な反応機構であることが強く示唆されました(次図)。これらは亜鉛(II)中心の位置取りが異なるものの、ともに亜鉛(II)アート型構造を保持しており、作業仮説を強く支持する結果であることがわかります。

成果の意義

 今回、有機合成化学としては古典的かつ中核的反応である芳香族ニトリルへのアルキル付加反応に着目しました。汎用性が高いものの反応性が乏しいグリニャール反応剤を塩化亜鉛触媒で亜鉛(II)アート反応剤として活性化することで、室温下でありながら反応の効率を大幅に向上させることに成功しました。また、DFT計算により反応中間体や反応経路を解明し、さらなる反応開発につなげるための重要な知見を得ることができました。芳香族ニトリルは、天然物、医薬品、農薬、工業用材料などに頻繁にみられる用途の広い有益な化合物であり、本手法は低コストかつ温和な条件で実施可能なパワフルな化学変換法であるため、プロセス化学(注18)およびグリーンケミストリー進展の一助となることが大いに期待されます。なお、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP20H02735およびJP24K08419)の支援のもとで実施されました。

用語解説

(注1)ニトリル
R−C≡N の構造式で表される有機化合物。

(注2)グリニャール(Grignard)反応剤
有機マグネシウムハロゲン化物で、一般式が RMgX(Rは炭化水素基、Xはハロゲン)と表される有機金属試薬。

(注3)アート反応剤
ルイス酸性を持つ金属化合物に対して、ルイス塩基が配位したアニオン性の錯イオンのこと。

(注4)ケトン
R−C(=O)-R1(R, R1は炭化水素基)の構造式で表される有機化合物。

(注5)アミン
アンモニア(NH3)の水素原子を炭化水素基で置換した有機化合物。

(注6)グリーンケミストリー
生態系に与える影響を考慮し、持続成長可能な化学のあり方。

(注7)アルコール
R−OHの構造式で表される有機化合物。ヒドロキシ(OH)基のつく炭素原子上に残る水素原子の数に応じて第一級、第二級、第三級アルコールに分類される。

(注8)カルボニル化合物
カルボニル基−C(=O)−をもつ有機化合物。

(注9)カルボン酸
R−C(=O)−OHの構造式で表される有機化合物。

(注10)アルデヒド
R−C(=O)−Hの構造式で表される有機化合物。

(注11)アミジン
R−C(=NR1)−NR2R3 の構造式で表される有機化合物。

(注12)イミノエステル
R−C(=NR1)−OR2 の構造式で表される有機化合物。

(注13)トリアジン
複素環式化合物の一種で、窒素原子を3個含む不飽和の六員環構造をもつ有機化合物。

(注14)アミド
R−C(=O)−NR1R2の構造式で表される有機化合物。

(注15)アニオン
負に荷電したイオンや原子団のこと。

(注16)第n級アルキル基
炭素原子の枝分れによって第一級、第二級、第三級のアルキル基に分類される。

(注17)DFT計算
密度汎関数理論(density functional theory、略称: DFT)とは、電子密度を基本変数として電子系の基底状態のエネルギーを求める理論であり、この理論を用いて原子や分子といった多体電子系のエネルギー等の物性を求める計算のことをDFT計算という。

(注18)プロセス化学
医薬品化合物などを効率よく量産化・工業化する研究体系や学問。

発表雑誌

    雑誌名
    「Chemical Science」(2024年5月13日)

    論文タイトル
    Zinc chloride-catalyzed Grignard addition reaction of aromatic nitriles

    著者
    Manabu Hatano, Kisara Kuwano, Riho Asukai, Ayako Nagayoshi, Haruka Hoshihara,
    Tsubasa Hirata, Miho Umezawa, Sahori Tsubaki, Takeshi Yoshikawa and Ken Sakata

    DOI番号
    10.1039/D4SC01659A

    論文URL
    https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2024/sc/d4sc01659a
以上

お問い合わせ先

【研究に関わるお問い合わせ】
神戸薬科大学薬学部 生命有機化学研究室
教授 波多野 学

TEL/FAX:078-441-7560
E-mail:mhatano[@]kobepharma-u.ac.jp

東邦大学薬学部 薬品物理化学教室
教授 坂田 健

TEL/FAX:047-472-2894
E-mail:ken.sakata[@]phar.toho-u.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。

【報道に関わるお問い合わせ】
神戸薬科大学 企画・広報課

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