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プレスリリース 発行No.1359 令和6年5月13日

世界最深記録をもつ深海の吸虫(寄生虫の一群)の種を特定
~ 水深1000 mから6200m まで分布するソコダラシンカイ吸虫 ~

 東邦大学理学部の脇 司准教授、日本文理大学保健医療学部の熊谷 貴准教授(研究当時:東京医科歯科大学)とジャパンゲームフィッシュ協会の西野勇馬氏は、深海魚のオニヒゲ(ソコダラ科)からソコダラシンカイ吸虫という寄生虫を検出、同定しました。この吸虫のDNAを調べたところ、過去の研究で水深およそ6200mの深海からDNAのみが記録されていた「世界最深記録の吸虫(種不明)」と同種と分かりました。これにより、世界最深の採集記録を持つ吸虫の種が明らかとなりました。

 この研究成果は、「Journal of Helminthology ISSN: 0022-149X (Print), 1475-2697 (Online)」にて2024年5月9日に発表されました。

発表者名

脇 司(東邦大学理学部生命圏環境科学科 准教授)
熊谷 貴(日本文理大学保健医療学部保健医療学科 准教授、研究当時:東京医科歯科大学)
西野 勇馬(ジャパンゲームフィッシュ協会)

発表のポイント

  • 水深1000~1100 mで釣り上げたオニヒゲという深海魚から吸虫(扁形動物の寄生虫のグループ)を得て形態観察したところ、ソコダラシンカイ吸虫(学名:Lepidapedon oregonense)と種同定されました。
  • この吸虫のDNAを調べたところ、過去の研究で水深およそ6200mの巻貝からDNAのみが記録されていた「世界最深記録の吸虫(種不明)」と同種と分かりました。これに基づき、現在の世界最深記録をもつ吸虫が本種であることが示されました。
  • 本研究と過去の研究から、この吸虫は、今回採集された水深1000mから、最深記録の水深6200mまで幅広い深さの海に生息することが分かりました。地理的分布も広く、相模湾から、過去に別の深海魚からの検出記録のある北米西部まで広域に分布することも分かりました。
  • この寄生虫の人への感染報告はありません。

発表内容

 深海には様々な生物がいますが、寄生虫も例外ではありません。実際に、深海魚から様々な寄生虫がこれまで報告されてきました。その中に、吸虫(きゅうちゅう)と呼ばれる扁形動物門に属するグループがあることが知られています。吸虫は、一般にその成虫が魚などの脊椎動物に寄生します。成虫が産んだ卵は宿主の外に出て、孵化した幼虫はまず貝類に寄生します。その後、幼虫は貝類を離れて別の宿主(別の貝、甲殻類、小魚などの脊椎動物の餌生物)に感染します。そして、その宿主が脊椎動物に食べられると、その体内で成虫になるのです。

 吸虫は様々な水深の深海から採集されています。この中でも、クリル・カムチャッカ海溝の水深およそ6200 mの巻貝から得られた吸虫が、これまで採集された吸虫の世界最深記録となっています(Takano et al. 2023*)。この記録は巻貝内部から得られたDNA情報に基づくもので、吸虫の形態は明らかではありませんが、吸虫の幼虫ステージのものと考えられます。また、分子生物学的解析により、この吸虫がLepidapedon属というグループに含まれることも分かっていました。しかし、種同定された虫体のDNAが世界的に記録されておらず、種は特定されていませんでした。

 研究グループは、様々な深海魚の寄生虫を調査しています。今回の調査対象となった深海魚は、相模湾の水深1000~1100mから釣りによって得られたオニヒゲ(学名:Coelorinchus gilberti)(ソコダラ科)でした(図1A)。オニヒゲの内臓を研究室に輸送して調べたところ、その胃から3種の吸虫が検出され、それらのうち1種は、形態観察より、ソコダラシンカイ吸虫(学名:Lepidapedon oregonense)であることが分かりました(図1B)。それらのDNA情報を読み取り、過去の研究で得られた様々な吸虫のDNAと比較したところ、ソコダラシンカイ吸虫のDNAが、Takano et al. (2023) で水深約6200 mの巻貝から記録された吸虫のものと一致し同種と判断されました。これにより、世界最深のレコードホルダーの吸虫がソコダラシンカイ吸虫であることが明らかになりました。残り2種の吸虫は、残念ながら虫体が大きく破損しており形態で種が分かりませんでしたが、今回DNA情報が記録されたことにより、今後の調査で同種の吸虫が得られDNAが分かれば種が判明すると考えられます。

 ソコダラシンカイ吸虫の成虫は、1968年に、北アメリカ西側のオレゴン州沖の水深およそ2800 mからも採集記録があります(図2)。この時の宿主がオニヒゲとは別属のソコダラ科魚類であったことから、この吸虫の成虫はソコダラ科魚類に広く寄生できるものと考えられました。また、この吸虫は相模湾から北アメリカ西側までの広い水域に生息し、分布する水深も1000mから6200mまでと広いことが同時に明らかとなりました。一方で、成虫と幼虫が記録された水深の差が非常に大きいことから、水深6200 mの巻貝に寄生した吸虫は、これらのソコダラ科魚類に直接は由来していないかもしれません。仮にそうであれば、様々な水深に宿主となる魚種と巻貝が別々に存在することになるかもしれませんが、詳細は不明です。また、巻貝から直接ソコダラ科魚類に感染するのか、それとも巻貝からさらに別の動物を経由してソコダラ科魚類に感染するのかなど、この吸虫の生活史も殆ど分かっていません。今後も深海の様々な生物を根気強く採集して、その寄生虫を丁寧に調べていくことで、その生活史が明らかになってくると考えられます。

* 参考文献)Takano, T., Fukumori, H., Kuramochi, T., & Kano, Y. (2023). Deepest digenean parasite: Molecular evidence of infection in a lower abyssal gastropod at 6,200 m. Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers, 198, 104078.

発表雑誌

    雑誌名
    「Journal of Helminthology」(2024年5月9日)

    論文タイトル
    Identification of Lepidapedon oregonense as the current world’s deepest trematode

    著者
    Tsukasa Waki *,Takashi Kumagai, ,Yuma Nishino

    DOI番号
    10.1017/S0022149X24000269

    アブストラクトURL
    https://doi.org/10.1017/S0022149X24000269

添付資料

オニヒゲとソコダラシンカイ吸虫の成虫
図1. A.宿主となったオニヒゲ。写真:西野勇馬。
B.オニヒゲから検出されたソコダラシンカイ吸虫の成虫(水深1000-1100 m)体長7 mmほど。
写真:熊谷 貴。

様々な水深から発見されたソコダラシンカイ吸虫とその宿主
図2. 様々な水深から発見されたソコダラシンカイ吸虫とその宿主
本研究と過去の研究例に基づく。成虫はソコダラ科魚類を、幼虫は巻貝をそれぞれ宿主に利用していたと考えられる。巻貝に寄生した吸虫はDNA情報のみであり、形態は不明である。
イラスト:脇 司。
以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学理学部生命圏環境科学科
准教授 脇 司

〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL: 047-472-1653 
E-mail: tsukasa.waki[@]sci.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/env/synecology/index.html

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