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プレスリリース 発行No.1352 令和6年3月25日

河口域の多毛類から高濃度のD-アミノ酸やD-乳酸を検出
~ 多毛類の生命活動に関与か? ~

 東邦大学薬学部薬品分析学教室 小野里磨優講師、坂本達弥助教、福島健教授、同理学部生命圏環境科学科 齋藤敦子教授、大学院生の大坂雄一郎、大越健嗣教授、千葉市立千葉高等学校 篠原航教諭らの研究グループは、多毛類の体組織にはL-アミノ酸だけでなく、高濃度のD-アミノ酸が含まれ、その組成は種によって特徴的であることを初めて見出しました。更に、東京湾にそそぐ荒川河口域に生息するイトメに含まれるアミノ酸濃度には季節差が観察され、特に生殖期にはD-乳酸が顕著に増加しました。また、下流に生息するイトメよりも上流に生息するイトメの方がD-乳酸が高濃度であったことから、D-乳酸は生殖活動や低塩分濃度の環境への適応に関与している可能性が示唆されました。本研究の結果より、多毛類の生命活動において、D-アミノ酸とD-乳酸が哺乳類とは異なる重要な役割を担っていると推測され、今後、嫌気的な環境下で生き続ける多毛類の生命活動の生理学的、生化学的研究への進展が期待されます。

 この研究成果は、2024年3月6日に雑誌「Scientific Reports」にて公開されました。

発表者名

小野里 磨優(東邦大学薬学部薬品分析学教室 講師)
篠原 航(千葉市立千葉高等学校 教諭)
大坂 雄一郎(東邦大学大学院理学研究科環境科学専攻 博士後期課程1年)
坂本 達弥(東邦大学薬学部薬品分析学教室 助教)
海野 真帆(東邦大学大学院薬学研究科医療薬学専攻 博士課程4年)
齋藤(西垣)敦子(東邦大学理学部生命圏環境科学科 教授)
大越 健嗣(東邦大学理学部生命圏環境科学科 教授)
福島 健(東邦大学薬学部薬品分析学教室 教授)

発表のポイント

  • 多毛類の体組織中からL-アミノ酸のほかに D-アラニンやD-プロリンなど5種類のD-アミノ酸が検出され、種による顕著な特徴が見出されました。
  • 生殖群泳をする種であるイトメTylorrhynchus osawaiとヤマトカワゴカイHediste diadromaに含まれるD-乳酸は他の多毛類よりも数十~数百倍高濃度であることを発見しました。
  • 特に、イトメにおいてはD-乳酸が低塩分環境への適応と繁殖活動のエネルギー源として関与している可能性が示唆されました。

発表概要

 D-アミノ酸は二枚貝類や甲殻類などの水生無脊椎動物に広く存在し、浸透圧調節、低酸素耐性、生殖、発生などの重要な生理機能を担っています。多毛類は、海洋から汽水域・淡水域、沿岸では浅海・河口域・感潮域の底泥中などに生息する環形動物で、時に優占するグループのひとつです。しかし、多毛類中のD-アミノ酸の濃度やその役割に関する報告はほとんどありませんでした。そこで、研究グループは、河口域や内湾など8地点で採集した10種の多毛類の体組織に含まれる遊離アミノ酸濃度と嫌気的代謝の最終産物である乳酸濃度を定量し、比較しました。多毛類からは、L-アミノ酸に加え、5種類のD-アミノ酸が検出され、種ごとに組成に特徴がありました。

 また、イトメTylorrhynchus osawaiとヤマトカワゴカイHediste diadromaからは高濃度のD-乳酸が検出され、総乳酸濃度(D-乳酸濃度+L-乳酸濃度)に対するD-乳酸の割合は98%を超えていました。特に、潮汐の影響を受ける感潮域の最上流部に優占するイトメでは、生殖期にD-乳酸濃度が顕著に増加しました。更に、上流域に生息するイトメ中のD-乳酸は、下流域に生息する個体よりも高濃度でした。したがって、D-乳酸は生殖活動や低塩分への適応に関係していると推測されます。本研究の結果から、D-アミノ酸やD-乳酸が多毛類の生命活動において重要な生理的役割を担っている可能性が示唆されました。

発表内容

 小野里講師、坂本助教、福島教授は、2021年にオリジナルのアミノ酸誘導体化試薬CIMa-OSu(注1)を開発し、この試薬を用いたアミノ酸の光学異性体分離および定量法を海産無脊椎動物の分析に初めて適用しました。小野里講師と齋藤教授は、これまで東京湾に生息する多毛類に含まれる多環芳香族炭化水素(注2)に関する研究をしており、大越教授と千葉市立千葉高等学校の篠原教諭は東北地方太平洋沖地震後の沿岸域を中心に底生生物の生態を研究してきました。そこで、本研究では底生生物の主要なグループの1つである多毛類を分析対象種とし、川の河口域から内湾に生息する種を研究対象に選びました。
 河口域は環境変化が大きい場所です。潮汐の影響で感潮域では塩分(濃度)が変化し、川を遡るにしたがってその濃度は低下し、やがて淡水域となります。台風や洪水の影響で大出水があることも稀ではなく、流れによって土砂は下流側に流され、底質環境も大きく変化します。また、多毛類が生息している底質は酸素供給が少なく、嫌気的になることも少なくありません。そのような変化の大きい場所に生息し、さらには優占する生物には、そのような環境に生息できる何らかの秘密があると考えられます。
 多毛類のイトメは、調査を行った荒川では河口から16 km上流域の塩分3(0.3%、外海の10分の1の塩分濃度)の泥底に多産しています。それ以外の生物ではヤマトシジミが少数見つかる程度で、河口域に見られるマガキやアサリなどの生物は生息していません。二枚貝類は、大雨による淡水化や青潮による貧酸素水塊の発生など一時的な生息環境の悪化が生じた場合には一定期間殻を閉じて代謝系を変えて生き延びる術を持っています。しかし、そのような硬組織を持たない多毛類では上皮細胞により絶えず浸透圧調節を行わなければなりません。水生無脊椎動物の浸透圧調節を担っている分子(オスモライト)としてはD-アミノ酸が知られており、二枚貝類や甲殻類などにおいては、D-アミノ酸は浸透圧調節のほか低酸素耐性、生殖、発生などの重要な生理機能を担っていると報告されています。しかし、これまで多毛類中のD-アミノ酸の濃度やその役割に関する報告はほとんどありませんでした。

 そこで、研究グループは東京湾沿岸部や東北地方にある河川流入のない内湾(宮城県の万石浦)など、8地点で採集した10種の多毛類に含まれる遊離型アミノ酸と嫌気的代謝の最終産物である乳酸の光学異性体濃度をそれぞれ定量し、種に特徴的であった分子の生理機能について考察しました。
 多毛類の体組織からは、L-アミノ酸のほかに5種類のD-アミノ酸(D-アスパラギン、D-アラニン、D-セリン、D-アスパラギン酸、D-プロリン)が検出されました(図1、2)。加えて、ギボシイソメ科の多毛類からのみ検出された高濃度のβ-アラニンは、これまでに研究報告がなく、初めての発見です(図2)。更に、イトメとヤマトカワゴカイからは、他の多毛類に比べて数十~数百倍も高濃度のD-乳酸が検出されました。多毛類の種によってアミノ酸や乳酸の濃度や組成に顕著な差異が認められ、篠原教諭によるクラスター解析では、今回の分析対象種は8グループに分類されることが明らかになりました(図3)。
 生殖群泳(注3)することが知られているイトメでは、生殖時期にD-乳酸やD-アラニン、L-アラニン、グリシンなどのアミノ酸も有意な濃度増加することに加え、L-オルニチンも季節変動していることが明らかになりました(図4)。通常は穴の中で生活しているイトメが、穴から出て他個体と一緒に泳ぎ、生殖を行うには多大なエネルギーが必要であり、そのエネルギー獲得と貯蔵にD-乳酸やアミノ酸が関わっている可能性が示唆されました。
 更に、荒川の上流域(塩分3)に生息するイトメと下流域(塩分8)に生息するイトメに含まれるアミノ酸と乳酸の濃度を比較したところ、オスモライトの1つであるD-アラニンは下流域の方が有意に高濃度であった一方で、D-乳酸は上流域の方が高濃度でした(図5)。この結果から、D-乳酸はオスモライトとは異なる挙動を示すことが明らかになりました。イトメが多産する感潮域の上流部は、マガキやアサリ、さらには汽水域を好むヤマトシジミにも生息が厳しい環境です。したがって、これら二枚貝類と同様の「オスモライト適応システム」だけを使って生き残ることは難しい可能性があります。また、イトメより上流側に多産する多毛類はいません。よって、イトメが上流域に進出し、このような感潮域の上流部の空いているニッチで分布域を拡大して生活できるようになったのは、今回イトメから検出された高濃度のD-乳酸やD-アミノ酸が関与している可能性があります。

 このように、本研究のアミノ酸や乳酸などの多毛類に含まれる低分子化合物の光学異性体濃度や組成を用いた解析は、海産生物の生活史や環境変化への対応についての新たな視点からのアプローチであり、今後は嫌気的な環境下で生き続ける多毛類の生命活動におけるD-アミノ酸やD-乳酸の生化学的意義の解明の進展が期待されます。


発表雑誌

    雑誌名
    「Scientific Reports」(2024年3月6日)

    論文タイトル
    Characterization of polychaetes inhabiting estuaries and inner bays by composition analysis of amino acids and lactate enantiomers

    著者
    Mayu Onozato, Wataru Shinohara, Yuichiro Osaka, Tatsuya Sakamoto, Maho Umino,
    Atsuko Nishigaki, Kenji Okoshi, Takeshi Fukushima

    DOI番号
    10.1038/s41598-024-55861-5

    アブストラクトURL
    https://www.nature.com/articles/s41598-024-55861-5

用語解説

(注1)アミノ酸誘導体化試薬CIMa-OSu
試料に含まれるアミノ酸が有するアミノ基を標識化し、高速液体クロマトグラフィー-質量分析計(LC-MS/MS)により分離・検出することで、微量なD-アミノ酸とL-アミノ酸を定量することが出来る(特開2022-092263)。

(注2)多環芳香族炭化水素
燃焼などにより発生し、環境中に放出される有機汚染物質の1つ。ベンゼン環を複数有し、疎水性が高いため、底質中に蓄積する。

(注3)生殖群泳
多毛類の生殖様式の1つ。通常期は底質中の巣穴に生息しているが、繁殖期になると成熟した雌雄の個体が一斉に泳ぎ出し、精子や卵を放出する。

添付資料

多毛類の体組織抽出液に含まれるアミノ酸や乳酸のクロマトグラム

図1.多毛類の体組織抽出液に含まれるアミノ酸や乳酸のクロマトグラム
(a)チロリsp.のD-プロリン、L-プロリン、(b)イトメのβ-アラニン、D-アラニン、L-アラニン、(c)イトメのD-乳酸、L-乳酸

多毛類の体組織に含まれるアミノ酸や乳酸濃度の比較

図2.多毛類の体組織に含まれるアミノ酸や乳酸濃度の比較
(a)D-アラニン、(b)D-プロリン、(c)β-アラニン、(d)D-乳酸

多毛類から検出されたアミノ酸および乳酸の濃度に基づくデンドログラム

図3.多毛類から検出されたアミノ酸および乳酸の濃度に基づくデンドログラム
特に明瞭なグルーピングを示した3グループに属する多毛類とグルーピングに寄与した成分
[Group B: イトメ、D-乳酸]、[Group C: ギボシイソメsp.、D-アラニンとβ-アラニン]、
[Group E: イトゴカイ科sp.とフサゴカイsp.、グリシンとD-アスパラギン]

イトメの体組織に含まれる濃度の季節変動

図4.イトメの体組織に含まれる濃度の季節変動
(a)D-乳酸、(b)L-オルニチン

塩分濃度の異なる2地点に生息するイトメの体組織に含まれる濃度の比較

図5.塩分濃度の異なる2地点に生息するイトメの体組織に含まれる濃度の比較
(a)D-乳酸、(b)D-アラニン

以上

お問い合わせ先

【本発表資料のお問い合わせ先】
東邦大学薬学部 薬品分析学教室
講師 小野里 磨優
教授 福島 健

〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL/FAX: 047-472-1523
E-mail: mayu.onozato[@] phar.toho-u.ac.jp
URL: https://www.lab.toho-u.ac.jp/phar/Analchem/index.html

【本ニュースリリースの発信元】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

〒143-8540 大田区大森西5-21-16
TEL: 03-5763-6583 FAX: 03-3768-0660
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