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プレスリリース 発行No.1350 令和6年3月8日

らせん磁性体のねじり方向を利用する
室温駆動の新型メモリの動作を実証
~ 超高集積かつ高堅牢な次世代記憶素子の実現へ期待 ~

発表のポイント

  • 磁気モーメント(注1)がらせんを描くように整列する物質をらせん磁性体(注2)と呼び、らせんの右巻き・左巻きの自由度「キラリティー」を持ちます。室温でキラリティーメモリの書き込み・読み出し操作が可能ならせん磁性体であるマンガン金化合物(MnAu2)の薄膜を新たに開発しました。
  • キラリティーメモリを用いることで、超高集積、高堅牢性をもつ「らせん磁性スピントロニクス」が実現する可能性を提案しました。

概要

 スピントロニクス(注3)は磁石の向き(強磁性体の磁化方向)の上下を情報記憶に利用することで発展してきましたが、周囲に発生する磁場の影響で磁石同士の相互作用がビット間の干渉を起こすなどの問題によりその超高集積化には限界があることが指摘されてきました。

 東北大学金属材料研究所の増田英俊助教、関剛斎教授、小野瀬佳文教授、東邦大学の大江純一郎教授らの共同研究グループは、これまでの課題解決につながる磁気モーメントがらせん状に整列したらせん磁性体のねじれの方向「キラリティー」を室温で制御・検出可能なMnAu2薄膜を開発しました。
 らせん磁性体のキラリティーを用いて磁気メモリを作製すれば、各磁気モーメントが周囲に発生する磁場が打ち消しあうため、ビット間干渉などの問題がなく超高集積性と高い堅牢性を併せ持つ次世代の記憶素子となり、情報記憶デバイスの小型化、高耐久化につながることが期待されます。

 本研究の詳細は2024年3月7日10:00(英国時間)に科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

詳細な説明

研究の背景
 磁気抵抗メモリ(MRAM)(注4)に代表されるスピントロニクス素子では、磁石の向き(強磁性体の磁化方向)の上下を用いて情報の記憶を行います(図1上段)。スピントロニクス素子は不揮発性、低消費電力などの特徴を実現できるとされ、今後の記憶素子の中核を担うと期待されています。一方、強磁性体は周囲に磁場をつくって周囲の強磁性体と相互作用するためにビット間の干渉が起こり、これが超高集積化に向けた原理的な障害となると指摘されています。

 そこで本研究ではらせん磁性体に着目しました。らせん磁性体は、磁気モーメントがらせん状に整列する物質であり、らせんの方向の自由度「キラリティー」があります(図1下段)。らせん磁性体は強磁性体と違って、各磁気モーメントがつくる磁場が打ち消しあって全体としては周囲に磁場をつくらないため、これを用いて磁気メモリが出来れば高集積化が可能となります。一方、磁場をつくらないという特徴のためにキラリティーの書き込み・読み出しが難しく、このような取り組みはほとんどされてきませんでした。
図1. (上段)強磁性体における磁化の自由度。磁化方向(磁石の向き)は磁場によって制御される。強磁性体を用いた記憶素子では、+磁化状態(磁石が上向き)を”0”、−磁化状態(磁石が下向き)を”1”に割り当てることで、1ビットの情報を記憶する。

(下段)らせん磁性体におけるキラリティー自由度。矢印で表される磁気モーメントがらせんを描いて整列している。らせんの右巻き・左巻きに対応するキラリティーは電流と磁場によって制御される。キラリティーメモリでは右巻きと左巻きを”0”と”1”に割り当てる。
今回の取り組み
 これまでに見つかっているらせん磁性体の多くは、冷却しないと磁性体として働きません。本研究グループは、数少ない室温で安定ならせん磁性体であるマンガン金合金のMnAu2に着目し、高品質のMnAu2単結晶薄膜の作製にはじめて成功しました(図2左)。そして、室温において、弱い磁場中で電流パルスを印加することにより、キラリティー(右巻き・左巻き)を繰り返し反転できることを明らかにしました(図2右)。また、MnAu2と白金(Pt)の2層からなるデバイスにおいて、キラリティーを電流と垂直方向の電圧として検出することに成功しました(図3)。この方法により、磁場なしでもキラリティーを検出可能となりました。これらによって、らせん磁性体のキラリティーメモリが室温かつ簡便な方法で書き込み・読み出しできることが実証されました
図2.(左図)実験に用いたMnAu2単結晶薄膜デバイス。
(右図)電流パルスによるキラリティーメモリの書き込み・読み出し。
図3. らせん磁性合金MnAu2 – 白金Pt 2層デバイスにおけるキラリティー検出。
電流を印加すると、キラリティーに応じた横電圧シグナルが発生する。
今後の展開
 らせん磁性体がもつキラリティーを利用した記憶素子はビット間干渉がなく超高集積化が期待されることに加え、外場や擾乱に対して高い堅牢性が期待されるなど、理想的な特性を示す次世代の記憶素子になり得ると期待されます。本研究の成果により、らせん磁性を用いたスピントロニクスの可能性が開かれました。今後、実用化に向けた研究が加速するものと期待されます。

謝辞

本研究は、JST科研費(課題番号:JP20H00299, JP20K03828, JP21H01036, JP21H01799, JP22H04461, JP23K13654)、JSTさきがけ(課題番号JPMJPR19L6)、三菱財団、矢崎科学技術振興記念財団の支援を受けて実施されました。

用語解説

(注1)磁気モーメント
物質の中の原子ひとつひとつが持つ、微小な磁石(原子磁石)としての性質。物質全体で磁気モーメント(原子磁石)が揃っているような物質を、強磁性体(いわゆる磁石)と呼ぶ。

(注2)らせん磁性体
原子が作る1つの層(原子面)内で一方向に揃った磁気モーメントが、原子面が変わるごとに少しずつ向きを変えてらせん状に回転しているような、らせん磁気配列をもつ物質。希土類金属のテルビウム(Tb)やマンガン・シリコン合金(MnSi)などがよく知られているが、これらの物質では低温でのみらせん磁気状態が安定になる。

(注3)スピントロニクス
物質がもつ磁気的な性質をエレクトロニクスに利用する試み。代表的な例であるハードディスクドライブや磁気抵抗メモリは、強磁性体の磁化方向を情報記憶に用いている。

(注4)磁気抵抗メモリ(MRAM)
情報を強磁性体の磁気モーメントの向きとして記憶し、電気抵抗の大きさとして記憶の読み出しを行うことができる記憶素子。外部電源を切っても情報を保持できる不揮発な性質を持つ。

発表雑誌

    雑誌名
    「Nature Communications」(2024年3月7日)

    論文タイトル
    Room temperature chirality switching and detection in a helimagnetic MnAu2 thin film

    著者
    Hidetoshi Masuda*, Takeshi Seki*, Jun-ichiro Ohe, Yoichi Nii, Hiroto Masuda, Koki Takanashi, Yoshinori Onose* (* 責任著者)

    DOI番号
    10.1038/s41467-024-46326-4

    論文URL
    https://www.nature.com/articles/s41467-024-46326-4
以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
東北大学金属材料研究所
助教 増田 英俊

TEL: 022-215-2244
E-mail: hidetoshi.masuda.c8[@]tohoku.ac.jp

東北大学金属材料研究所プレスリリース
(日本語版)https://www.imr.tohoku.ac.jp/ja/news/results/detail---id-1572.html
(英語版)https://www.imr.tohoku.ac.jp/en/news/results/detail---id-1572.html


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