プレスリリース 発行No.1342 令和6年2月16日
スパコンで迫る宇宙最大規模の爆発現象の謎
~ ガンマ線バーストのマグネター仮説の検証 ~
~ ガンマ線バーストのマグネター仮説の検証 ~
京都大学基礎物理学研究所 木内建太特任准教授(独マックスプランク重力物理学研究所グループリーダー)らのグループはスーパーコンピューターを使用して、連星中性子星合体の世界最高解像度の第一原理シミュレーションに成功しました。これにより、連星中性子星合体が引き起こす宇宙最大規模の爆発現象ショートガンマ線バーストはダイナモ機構と呼ばれるメカニズムによって駆動されることを明らかにしました。その発見以来、50年以上にわたって宇宙物理学の重要未解決問題とされてきたガンマ線バーストの駆動機構を解明する画期的な成果で、波及効果は宇宙物理にとどまらず、原子核物理、素粒子物理学にも及ぶと予想されます。
2017年に二つの中性子星からなる連星が合体し、重力波とガンマ線帯域で突発的に輝く天体(ショートガンマ線バースト)が世界で初めて同時観測されましたが、どのような物理機構でショートガンマ線バーストが駆動されたのかを明らかにするには精緻なシミュレーションが必要です。
本成果は2024年2月15日付に英国の国際学術誌「Nature Astronomy」にオンライン掲載されました。
本研究は柴田大同教授(同研究所所長)、関口雄一郎教授(東邦大学)らとの共同研究です。
2017年に二つの中性子星からなる連星が合体し、重力波とガンマ線帯域で突発的に輝く天体(ショートガンマ線バースト)が世界で初めて同時観測されましたが、どのような物理機構でショートガンマ線バーストが駆動されたのかを明らかにするには精緻なシミュレーションが必要です。
本成果は2024年2月15日付に英国の国際学術誌「Nature Astronomy」にオンライン掲載されました。
本研究は柴田大同教授(同研究所所長)、関口雄一郎教授(東邦大学)らとの共同研究です。

図.(左)放出物質の電子モル比、(中央)密度等高面と磁力線(紫)、(右)磁場強度等高面
林航大マックスプランク重力物理学研究所研究員提供
【外部リンク】動画はこちらからご覧ください。
背景
2017年8月17日に初観測された連星中性子星合体(注1)からの重力波(注2)と電磁波対応天体は、マルチメッセンジャー天文学の扉を開けました。この観測の成功は様々な重要な知見をもたらしましたが、連星中性子星合体にショートガンマ線バースト(注3)と呼ばれる宇宙最大規模の爆発現象が付随したことは特筆すべき点です。ショートガンマ線バーストとは太陽光度の約1018倍で、数秒間光り輝く爆発的天体現象ですが、その正体は長年謎でした。重力波観測の成功により、観測的には中性子星二つからなる連星が合体する時に引き起こされることが明らかになったのですが、どのようなメカニズムでショートガンマ線バーストが駆動されるのかは依然謎のままです。合体後にブラックホールが形成されガンマ線バーストが駆動されるのか、はたまた非常に重く高速回転する中性子星(超大質量中性子星)が形成されて駆動されるのかといった問いに答えるために、世界中の研究グループが連星中性子星合体の精緻な第一原理シミュレーションに挑戦しようとしているのが現状です。私たちの研究グループもこの世界的な競争に参入しています。
研究手法・成果
連星中性子星合体の最大の特色は、一般相対論的重力、強い相互作用、弱い相互作用、電磁相互作用という4つの基本相互作用すべてが本質的になるという点にあります。このため、連星中性子星合体を理論的に調べるためには、基本相互作用の効果を全て取り入れたコンピュータープログラムを作成し、スーパーコンピューター(注4)上でシミュレーションを行う必要があります。この分野は数値相対論と呼ばれています。私たちのグループは、過去20年以上にわたり独自の数値相対論コンピュータープログラムの開発を続け、この問題に取り組んできました。そして、スーパーコンピューターSAKURA(マックスプランク重力物理学研究所提供)及び富岳(理化学研究所提供)を使用し、世界最高空間解像度の第一原理シミュレーションに成功しました。
連星中性子星合体がショートガンマ線バーストとして観測されるためには、光速に近いスピードで伝搬するジェットを駆動する必要があります。このジェット駆動の有力なメカニズムとして、高度にそろった強磁場による磁気力が駆動するものが挙げられます。一方、連星中性子星が107から1011ガウス程度の磁場を持つことは観測的に分かっていますが、この強度ではジェットを駆動するには不十分です。すなわち、合体時に何らかの過程で、中性子星が元来持っていた弱い磁場が高度に揃った強い磁場に増幅され、ジェットが駆動されると考えられていますが、この過程というのが現在までの研究では不明でした。その一つの原因は計算機資源の制約にあります。磁場に付随する様々な流体不安定性は、往々にして波長の短いモードが大きい成長率を持ちます。すなわち、波長の短い不安定モードを解像するには高い空間分解能を有したシミュレーションを実行する必要がありますが、そのためには大規模な計算機資源と効率的な数値相対論コンピュータープログラムの両方が必要となります。今回、私たちが実行したシミュレーションでは、波長の短い不安定モードを十分に解像出来ています。一度不安定性が出現すると磁気乱流状態になります。このスケールの小さい乱流磁場から、高度に揃った強磁場を生成するメカニズムとして、αΩダイナモ機構(注5)が挙げられます。このメカニズムは太陽磁場がどのように生成されるのかという疑問から提唱され、現在も熱心に研究されている研究課題ですが、私たちはこのダイナモ機構が連星中性子星合体でも働くのではないかと予想しました。シミュレーションデータを詳細に解析した結果、連星中性子星合体後に形成された超大質量中性子星内部でαΩダイナモ機構により高度に揃った強磁場が生成されること分かりました。この十分な強度を持った磁場がほぼ光速で伝搬するジェットを駆動することがシミュレーション中で再現されました。さらにこのジェット駆動に伴い、中性子を過剰に含む物質が太陽質量の10パーセント程度放出されることも発見しました。これは金・ウランなどの鉄より重い元素が連星中性子星合体で合成され、電磁波で非常に明るく光り輝くことを示唆します。すなわち、連星中性子星合体で強く磁化された超大質量中性子星(マグネター)が形成され、ショートガンマ線バーストを駆動するマグネター仮説が可能であることを示したとともに、観測的にこの仮説が検証可能であることを示したと言えます。
連星中性子星合体がショートガンマ線バーストとして観測されるためには、光速に近いスピードで伝搬するジェットを駆動する必要があります。このジェット駆動の有力なメカニズムとして、高度にそろった強磁場による磁気力が駆動するものが挙げられます。一方、連星中性子星が107から1011ガウス程度の磁場を持つことは観測的に分かっていますが、この強度ではジェットを駆動するには不十分です。すなわち、合体時に何らかの過程で、中性子星が元来持っていた弱い磁場が高度に揃った強い磁場に増幅され、ジェットが駆動されると考えられていますが、この過程というのが現在までの研究では不明でした。その一つの原因は計算機資源の制約にあります。磁場に付随する様々な流体不安定性は、往々にして波長の短いモードが大きい成長率を持ちます。すなわち、波長の短い不安定モードを解像するには高い空間分解能を有したシミュレーションを実行する必要がありますが、そのためには大規模な計算機資源と効率的な数値相対論コンピュータープログラムの両方が必要となります。今回、私たちが実行したシミュレーションでは、波長の短い不安定モードを十分に解像出来ています。一度不安定性が出現すると磁気乱流状態になります。このスケールの小さい乱流磁場から、高度に揃った強磁場を生成するメカニズムとして、αΩダイナモ機構(注5)が挙げられます。このメカニズムは太陽磁場がどのように生成されるのかという疑問から提唱され、現在も熱心に研究されている研究課題ですが、私たちはこのダイナモ機構が連星中性子星合体でも働くのではないかと予想しました。シミュレーションデータを詳細に解析した結果、連星中性子星合体後に形成された超大質量中性子星内部でαΩダイナモ機構により高度に揃った強磁場が生成されること分かりました。この十分な強度を持った磁場がほぼ光速で伝搬するジェットを駆動することがシミュレーション中で再現されました。さらにこのジェット駆動に伴い、中性子を過剰に含む物質が太陽質量の10パーセント程度放出されることも発見しました。これは金・ウランなどの鉄より重い元素が連星中性子星合体で合成され、電磁波で非常に明るく光り輝くことを示唆します。すなわち、連星中性子星合体で強く磁化された超大質量中性子星(マグネター)が形成され、ショートガンマ線バーストを駆動するマグネター仮説が可能であることを示したとともに、観測的にこの仮説が検証可能であることを示したと言えます。
波及効果・今後の予定
どのような天体がどのようなメカニズムでショートガンマ線バーストを駆動するのかというのは、その発見以来50年以上に渡って謎であり宇宙物理学の最重要未解決問題の一つでした。今回私たちが精緻な理論シミュレーションで連星中性子星合体がショートガンマ線バーストを駆動するメカニズムを明らかにしたことは大きな進歩と言えます。しかし、これは連星中性子星合体の全容を明らかにするという究極目標に向けて一歩踏み出したに過ぎません。今なお未解明の問題である中性子星を構成する物質(原子核状態方程式)が何であるかという問いや中性子星の質量といった連星の個性はショートガンマ線バースト駆動に反映されるのかという問いに答えるには、研究をさらに推し進めていく必要があります。連星中性子星合体は重力波のみならず高エネルギー天体物理学、原子核物理学、素粒子物理学といった様々な分野と密接に関係しているため、今回の研究の波及効果は大きいと考えられます。さらに現在はAdvanced LIGO(米国)-Advanced VIRGO(伊、仏、西)—KAGRA(日本)による重力波の観測が再開されています。近い将来、新たな連星中性子星合体が報告されるかもしれません。急速な勢いで発展するマルチメッセンジャ—天文学の時代において、観測との比較に耐えうる精緻なシミュレーションを今後も進めていく予定です。
研究プロジェクトについて
- 文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションで探る基礎科学:素粒子の基本法則から元素の生成まで」hp220174
- 「シミュレーションとAIの融合で解明する宇宙の構造と進化」hp230204
- 富岳一般課題「高解像度長時間シミュレーションで解き明かす連星中性子星合体の大局的磁場構造」hp230084
- 科学研究費基盤(B)「連星中性子星合体における大局的ダイナモ機構とショートガンマ線バースト」23H011721
- 学術変革領域(A)「強重力天体からのマルチメッセンジャー信号に関する包括的理論研究」23H04900
用語解説
(注1)連星中性子星
中性子星とは質量が太陽程度、半径が10km程度の高密度(10億トン立方センチメートル)天体を指す。
連星中性子星とは中性子星二つからなる連星。
(注2)重力波
アインシュタインによって予言された時空のさざ波。
2015年にAdvanced LIGO(米国)が連星ブラックホール合体からの重力波を初観測した。
(注3)ショートガンマ線バースト
天球の一点から高エネルギーガンマ線が短時間で降りそそぐ突発的天体現象。
特に継続時間が2秒以下のものをショートガンマ線バーストと呼ぶ。
莫大なエネルギーを短い時間で放出することから、ブラックホールや中性子星が駆動すると考えられている。
(注4)スーパーコンピューター
富岳に代表される科学技術用途で大規模・高速な計算能力を有するコンピューター。
(注5)αΩダイナモ機構
磁場を回転方向の成分(トロイダル磁場)とそれに直行する成分(ポロイダル磁場)に分解し、角速度が一定でない回転則(微分回転)を考えた場合、微分回転によってポロイダル磁場がトロイダル磁場に変換される(Ω効果)。一方、磁気乱流が存在する場合、乱流成分が実効的な起電力となりトロイダル磁場がポロイダル磁場へ変換される(α効果)。この循環過程をαΩダイナモ機構と呼ぶ。
中性子星とは質量が太陽程度、半径が10km程度の高密度(10億トン立方センチメートル)天体を指す。
連星中性子星とは中性子星二つからなる連星。
(注2)重力波
アインシュタインによって予言された時空のさざ波。
2015年にAdvanced LIGO(米国)が連星ブラックホール合体からの重力波を初観測した。
(注3)ショートガンマ線バースト
天球の一点から高エネルギーガンマ線が短時間で降りそそぐ突発的天体現象。
特に継続時間が2秒以下のものをショートガンマ線バーストと呼ぶ。
莫大なエネルギーを短い時間で放出することから、ブラックホールや中性子星が駆動すると考えられている。
(注4)スーパーコンピューター
富岳に代表される科学技術用途で大規模・高速な計算能力を有するコンピューター。
(注5)αΩダイナモ機構
磁場を回転方向の成分(トロイダル磁場)とそれに直行する成分(ポロイダル磁場)に分解し、角速度が一定でない回転則(微分回転)を考えた場合、微分回転によってポロイダル磁場がトロイダル磁場に変換される(Ω効果)。一方、磁気乱流が存在する場合、乱流成分が実効的な起電力となりトロイダル磁場がポロイダル磁場へ変換される(α効果)。この循環過程をαΩダイナモ機構と呼ぶ。
研究者のコメント
筆者は2009年頃より連星中性子星合体の研究に携わり始めました。それ以来、重力波の直接観測や連星中性子星合体の初観測など観測的に目まぐるしい発展がありました。一方、スーパーコンピューターも京を経て富岳へと目覚ましい発展を遂げています。重力波を含んだマルチメッセンジャー天文学が急速な発展を遂げる時代に、スーパーコンピューターを駆使してショートガンマ線バーストの大きな謎に挑戦できたことは大変興奮するとともに誇らしいことです。宇宙では地上では起こり得ない興味深い現象が沢山あります。今後も挑戦的な研究課題に取り組んでいきたいと思います。
発表雑誌
-
雑誌名
「Nature Astronomy」(2024年2月15日)
論文タイトル
A large-scale magnetic field produced by a solar-like dynamo in binary neutron star mergers
(連星中性子星合体における太陽的ダイナモ機構による大局的磁場生成)
著者
Kenta Kiuchi, Alexis Reboul-Salze, Masaru Shibata, Yuichiro Sekiguchi
DOI番号
10.1038/s41550-024-02194-y
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41550-024-02194-y
以上
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ先】
京都大学基礎物理学研究所 特任准教授
マックスプランク重力物理学研究所 グループリーダー
木内 建太
【報道に関するお問い合わせ先】
京都大学 渉外部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:comms[@]mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
TEL:03-5763-6583 FAX:03-3768-0660
E-mail:press[@]toho-u.ac.jp
※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。