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プレスリリース 発行No.1341 令和6年2月15日

出生地と異なる環境には移動しにくい?
~ DNA解析が解き明かしたニホンカモシカの分散様式 ~

 東邦大学理学部生物学科の井上英治准教授、東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センターの髙田隼人特任准教授らの研究グループは、特別天然記念物であるニホンカモシカの糞や組織から抽出したDNAを用いて、浅間山における分散様式を調査しました。

 解析の結果、中標高の森林地域と高山草原地域とでは遺伝的交流が制限されていることを明らかにし、両地域の環境の違いが個体の移動を制限している可能性を示しました。また、一夫多妻の配偶システムとオスがメスより分散する傾向(オス分散)との関連が示唆されていましたが、高山草原地域では一夫多妻であるにも関わらず、一夫一妻の森林地域と同様に、オス分散ではないことを発見しました。動物の分散様式は保全や獣害を考える上でも重要であり、本成果は動物の生態だけでなく、保護管理にも重要な知見となります。
 
 この研究成果は、2024年2月14日に雑誌「Zoological Science」にて発表されました。

発表者名

堀 舞子(東邦大学大学院理学研究科生物学専攻 博士後期課程3年)
髙田 隼人(研究当時:山梨県富士山科学研究所 研究員、
      現:東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センター 特任准教授)
中根 有紀(東邦大学理学部生物学科 2019年度卒)
南 正人(研究当時:麻布大学獣医学部 教授、現:生物多様性研究所あーすわーむ 代表理事)
井上 英治(東邦大学理学部生物学科 准教授)

発表のポイント

  • 特別天然記念物ニホンカモシカを対象に、行動観察だけで解明することが難しい分散様式の解明に、糞から抽出したDNA(注1)の解析が有用であることを示しました。
  • 浅間山の中標高に広がる森林地域と高山草原地域で遺伝的交流(注2)が制限されていることを明らかにしました。他の動物でも出生地に似た環境への分散が報告されていることから、両地域で環境や食物が異なることが移動の制限につながっていると考えられます。
  • 動物の出生地からの分散(注3)に関して、一夫多妻の配偶システムを持つ動物では、オスがメスより分散する傾向(オス分散)があることが示唆されていましたが、高山草原地域では一夫多妻であるにも関わらず、一夫一妻の森林地域と同様に、オス分散ではないことを明らかにしました。
  • 動物の出生地からの分散は動物の生活史を考察する上で重要であるとともに、分布拡大のメカニズムの理解にも重要であり、今回の発見は、保全や獣害(注4)の対策などにも有用な知見といえます。

発表内容

 出生地からの分散は、動物の生活史の中で重要なイベントであり、その生態・進化を考える上で重要であるとともに、動物種の分布拡大にも直結することから、保全や獣害を考える上でも重要です。新しい環境への分散は、採食効率の低下や捕食可能性の増加などのリスクがあるため、一部の動物では出生地に似た環境への分散が報告されています。また、分散の利益やコストは性によって異なるので、分散様式には性差があり、鳥類ではメスがより分散するのに対し、哺乳類ではオスがより分散することが知られています。このような分散の性差は、鳥類は一夫一妻、哺乳類は一夫多妻といった配偶システムとの関連が示唆されていました。

 ニホンカモシカは、単独生活をしており、基本的には一夫一妻の配偶システムであることが知られていました。しかし、最近の研究で、浅間山において、食物量が相対的に少ない中標高に位置する森林地域では単独で一夫一妻の配偶システムであるのに対し、食物量の多い高山草原地域では、メスが群れ化し、一夫多妻の配偶システムの割合が高いことが明らかにされました。そこで、研究グループは、浅間山の森林地域と高山草原地域から採取した糞や組織サンプルを用いてDNA解析を行い、ニホンカモシカの分散に与える環境と配偶システムの影響を調査しました。
 森林地域は、1200mから1600mに位置しており、カラマツやアカマツなどの針葉樹が優占しているのに対し、高山草原地域は1900mから2400mに位置し、草原が優占する地域です。両地域から採取した糞157サンプルに加え、自然死や交通事故死した個体からの組織7サンプルも用いて、研究グループが新たに開発した6領域を含む、マイクロサテライト(注5)と呼ばれる遺伝的多様性の高い23領域を対象にDNA解析を行いました。また、アメロゲニン遺伝子内でX染色体とY染色体で長さの異なる領域をPCRで増幅し、糞から抽出したDNAの性別を判定しました。まず、効率的に実験するために、複数座を同時に増幅するマルチプレックスPCRの実験系を確立させたのち、各領域の増幅断片長を特定しました。その結果をもとに、DNAによる個体識別を行った後、分散に関わるDNA解析を実施しました。
 
 解析の結果、157の糞サンプル中102サンプル(65%)で遺伝子型を決定することができ、組織からのDNA解析も統合した結果、森林地域でオス6個体、メス5個体の11個体、高山草原地域でオス5個体、メス14個体の19個体分の遺伝子型を同定できたことがわかりました。解析したマイクロサテライト領域の遺伝的多様性の値は高く、簡便な手法で糞から正確に個体及び性を同定できることが明らかとなりました。
 地域集団の遺伝構造を解析した結果、森林、高山草原間の遺伝的分化の係数は有意に0より大きく、血縁度(注6)も地域集団内の方が地域集団間よりも有意に高い値であることが明らかになりました。この結果は、両地域の個体間の移動が制限されていることを示唆しています。両地域は、直線距離で約2.7kmしか離れていなく、ニホンカモシカでは1km以上分散するとの報告があることを考えると、この結果は驚くべき結果であると言えます。森林と高山草原地域では大きく環境が異なり、森林では落葉広葉樹の葉を主に食べているのに対し、高山草原地域ではイネ科草本を主に食べていることが出生地と異なる環境への分散の抑制につながり、両地域での個体の移動が制限されたと考えられます。さらに、ベイジアンクラスタリング解析(注7)の結果、森林地域由来の個体はすべて森林タイプの遺伝子を持っているのに対し、高山草原地域由来の19個体のうち、3個体は森林タイプもしくは森林と高山草原地域の混合タイプの遺伝子を持っていることが明らかとなりました。この結果は、森林から高山草原地域へという一方向的な個体の移動を示唆しており、これは高山草原地域の食物が相対的に豊富であることと関連しているのかもしれません。

 次に、分散様式の性差に関わる分析をした結果、各集団に個体が割り振られる程度を示すassignment index(注8)や血縁度の値は、森林地域、高山草原地域とも雌雄で有意な違いはないことが明らかとなりました。この結果は、ニホンカモシカでは、分散様式に雌雄差がないことを示唆しています。一方で、assignment indexのばらつきの値は、森林地域、高山草原地域ともメスの方がオスより高くなっており、これはメスがより分散している可能性を示しています。以上の結果から、分散様式の性差の有無について断定することはできませんが、哺乳類一般にみられるオス分散ではないことが明らかとなりました。特に、高山草原地域ではオス分散と関連していると考えられている一夫多妻の配偶システムを示すにも関わらず、オス分散ではないことを示しており、配偶システムと分散様式の性差との関連を議論する上で重要な結果を示したと言えます。
 
 本研究では、糞も用いたDNA解析がニホンカモシカの生態の解明に有用であることを示し、生息環境の違いが分散の制限につながっていることを明らかにしました。一方で、両地域で見られた配偶システムの違いは雌雄の分散様式の違いに影響を与えていませんでした。今後、今回のような糞も用いたDNA解析を多様な環境、多様な哺乳類で行うことで、配偶システムや生息環境が分散様式に与える影響がより明らかになることが期待されます。

発表雑誌

    雑誌名
    「Zoological Science」(2024年2月14日)

    論文タイトル
    Genetic analysis reveals dispersal patterns of Japanese serow in two different habitats of a mountainous region

    著者
    Maiko Hori, Hayato Takada, Yuki Nakane, Masato Minami, Eiji Inoue* (*責任著者)

    DOI番号
    doi:10.2108/zs230055

    論文URL
    https://doi.org/10.2108/zs230055

用語解説

(注1)糞から抽出したDNA
糞には腸管の細胞など動物由来の細胞が含まれるので、糞から動物そのもののDNAを抽出することが可能です。

(注2)遺伝的交流
個体群(集団)間で、個体の遺伝子のやり取りがあること。

(注3)出生地からの分散
群れをつくる動物では群れから違う群れに移籍するという分散が、単独性の哺乳類では出生地から離れるという分散が起こります。多くの動物で、群れから分散する個体の割合や出生地からの分散距離に性差が生じることが報告されており、この報告ではオスに偏った分散を示す場合をオス分散と呼んでいます。

(注4)獣害
野生の哺乳類による農業被害などの被害のこと。
ニホンカモシカは、特別天然記念物に指定されている一方で、農作物被害の報告もあります。

(注5)マイクロサテライト
2から5塩基の単位で配列が繰り返されている反復領域のこと。
遺伝的多様性が高く、ヒトでもDNA鑑定に用いられている領域です。

(注6)血縁度
個体間の遺伝的な近さを示した指標のこと。

(注7)ベイジアンクラスタリング解析
この研究では、個体の遺伝情報に基づき、遺伝的な集団の数と、各個体がどの集団に属するのかを推定しています。

(注8)assignment index
各地域集団に個体が割り振られる程度を示す指標で、負の値を示す場合は移入してきた個体を、正の値を示す場合は地域に留まっている個体を示します。

添付資料

調査地である浅間山の森林地域と高山草原地域

図1. 本研究の調査地である浅間山の森林地域(A)と高山草原地域(B)
直線距離は約2.7kmと近いにも関わらず、写真にあるように植生が大きく異なります。

ベイズクラスタリング解析の結果

図2. ベイズクラスタリング解析の結果
1つの棒が1個体を示しています。森林地域では、すべての個体がほぼ薄い灰色であるのに対し、高山草原地域では、濃い灰色の個体が多いですが、一部、薄い灰色の割合が高い個体がいます。薄い灰色の割合が高い高山草原地域の個体は、森林タイプの遺伝子を持っていると推定されます。

血縁度の解析の結果

図3. 血縁度の解析の結果
nsは統計的に差がないことを、***は統計的に差があることを示しています。
メス間、オス間とも地域集団内の方が、地域集団間より血縁度が高いことを示しています。
また、メス間とオス間の血縁度は、高山草原地域、森林地域とも、差がないことを示しています。

以上

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
東邦大学理学部生物学科
准教授 井上 英治

〒274-8510 船橋市三山2-2-1
TEL/FAX: 047-472-5228
E-mail: eiji.inoue[@]sci.toho-u.ac.jp
URL:https://www.lab2.toho-u.ac.jp/sci/bio/behaveco_lab/

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