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プレスリリース 発行No.1320 令和5年10月30日

海洋生物を運ぶのは海流か人か?
~大型甲殻類アナジャコの分布のルーツに迫る~

 東邦大学、千葉大学、国立環境研究所の研究グループは、東アジアの沿岸に広く分布する大型の十脚目甲殻類であるアナジャコUpogebia major(図1)が日本沿岸では遺伝的に4つのグループに分かれ、日本国内に韓国や中国を起源とする大陸沿岸部由来の遺伝子を持つ個体が分布することを発見しました。また、松川浦(福島県相馬市)で採集された1個体は、遺伝的にも形態的にも他個体と有意に異なっていたことから、本種では初報告となる亜種である可能性が示唆されました。アナジャコは約1か月間の長い浮遊幼生期(注1)をもつため、海流などの物理的要因によって大陸沿岸部由来の個体が日本に到達した可能性があります。一方、日本では1980年代から朝鮮半島及び中国産のアサリが移植されてきました。本研究ではアナジャコが輸入アサリに紛れて生きたまま日本に移入した可能性も示しました。

 この研究成果は2023年10月19日に動物分類学、系統発生学、生物地理に関する専門雑誌「Zookeys」に掲載されました。

発表者名

北畠 京祐(東邦大学大学院理学研究科環境科学専攻 博士後期課程3年)
泉 賢太郎(千葉大学教育学部理科教育講座 准教授)
今藤 夏子(国立環境研究所生物多様性領域 環境ゲノム研究推進室 室長)
大越 健嗣(東邦大学大学院理学研究科 教授)

発表のポイント

  • 日本沿岸のアナジャコは、明瞭に4つのグループに遺伝的分化していることを確認しました。
  • 能取湖(北海道網走市)と松川浦(福島県相馬市)では日本由来と大陸沿岸部由来のグループが共存し、特に松川浦には4つ全てが存在します。
  • 遺伝子解析、形態解析の結果から、松川浦にはアナジャコの亜種が存在する可能性が示唆されました。
  • アナジャコが輸入アサリに紛れて生きたまま日本に移入した可能性も示しました。

発表内容

 海洋ベントス(注2)の中でも浮遊幼生期を持つ生物は海流などを通じて広域に分散するため分布域は広く、地域間での遺伝的多様性は低くなる傾向があります。アナジャコUpogebia majorは約1か月の長い浮遊幼生期間を有する十脚目甲殻類であり、日本、韓国、中国及びロシアの日本海側の沿岸に広く分布しています。日本や韓国の一部では優占種であり、多いところでは1m2あたりの生息数が200個体を超えると推定されています。また、本種は深さ2 mを超える巨大な巣穴を形成することも特徴です。巣穴の内側は泥で硬く裏打ち補強されているため崩れにくく、生痕化石(注3)として地層中に残されることもあります。このように広範囲に分布する上、ユニークな巣穴が注目される本種ですが、採集が容易でないことから、遺伝子や形態の地域差については未解明でした。そこで本研究グループは全国各地からアナジャコを採集・入手し、GenBank(注4)に登録されている韓国及び中国産の個体の遺伝子情報も含めて、本種の遺伝的多様性の評価と系統地理の解析を行いました。
 2021~2022年の間、能取湖(北海道網走市)、厚岸湖(北海道厚岸郡厚岸町)、万石浦(宮城県石巻市)、松川浦(福島県相馬市)、三番瀬(千葉県船橋市)で現地調査を行いました。巣穴に筆を差し込んで生体をおびき寄せ、ヤビーポンプという機材を使用して堆積物ごと掘り出す方法で、各地点から複数個体のサンプルを採集しました。また、三河湾(愛知県)、児島湾(岡山県)、荒尾干潟(熊本県)の個体を入手し、合計53個体のサンプルを用いて、遺伝子解析と形態解析を実施しました。ミトコンドリアDNAの部分配列(シトクロムcオキシダーゼサブユニットI:COI)を対象とした遺伝学的集団構造の解析では、大きく4つのグループに分けられることが判明しました(図2)。一つは日本産を中心とする日本由来のグループ(Group 1)、もう一つは大陸沿岸部由来と日本由来の両方から分離されたグループ(Group 2)、さらに大陸沿岸部由来のグループ(Group 3, 4)が確認され、それぞれの中でGroup 4が遺伝的に最も離れていることが分かりました。能取湖と松川浦には日本由来と大陸沿岸部由来のグループが同所的に生息しており、特に松川浦には全てのグループが分布していることも明らかになりました。
 能取湖に大陸沿岸部由来のアナジャコが分布している要因は海流が関与している可能性があります。朝鮮半島沖から対馬海峡を通って日本海へ流入する対馬海流の流速は1.9 ~ 2.8 km/h程度であり、本種の浮遊幼生期間を考慮すると、幼生が朝鮮半島から能取湖まで到達することが可能です(図3)。海流を通じて松川浦へ到達するのは困難に見えますが、対馬海流は津軽海峡を通って太平洋に流出するため、太平洋側へも進出が可能です。また、能取湖に生息する大陸沿岸部由来の個体が親潮に乗って松川浦へ進入するルートも考えられます。一方、松川浦は1980年代から少なくとも2010年までの長期に渡って、大陸沿岸部産のアサリを移植してきた経緯があります。アサリは海水で濡れた麻袋に入った状態で日本へ持ち込まれますが、袋の中にはアサリ以外の貝類や甲殻類も多数含まれていたことが報告されています。これまでにアナジャコの混入は確認されていませんが、本種はアサリと同所的に生息しており、幼生は半透明な体色の上、その全長は5 mmにも満たないサイズです。小型個体がアサリと共に日本へ持ち込まれながらも発見を逃れていた可能性は否定できません。一方で、松川浦では尾節外縁部(図4)の形状が特徴的な個体が発見されました。一般的には直線型や緩やかな凸型が多いですが、該当の個体は明瞭な凸型を示します。この個体はGroup 4に属するため、その他の個体とは遺伝的にも有意差があります。したがって、これまでアナジャコでは報告がなかった“亜種”である可能性が示唆されました。
 アナジャコの遺伝子分散には海流などによる自然分散と人為的分散のルートが示唆され、アサリの輸入が始まって以来、この2つが共存して地域個体群を形成してきた可能性が出てきました。両者が複雑に関わっていることを示唆した本研究の成果は、意図的・非意図的に関わらず、近隣諸国から生体を持ち込み放流した場合、本種に限らずあらゆる生物に同様のことが起こる可能性を示しています。これらの知見はアナジャコの分布のルーツに迫ることはもちろん、「2つのルートが共存する分散様式」の評価という生物学さらには水産学にも大きく関与する新たな課題を私たちに突き付けています。

発表雑誌

雑誌名
「Zookeys」(2023年10月19日)

論文タイトル
Phylogeography and genetic diversity of the Japanese mud shrimp Upogebia major (Crustacea, Decapoda, Upogebiidae): Natural or Anthropogenic Dispersal?

著者
Kyosuke Kitabatake, Kentaro Izumi, Natsuko I. Kondo, Kenji Okoshi

DOI番号
10.3897/zookeys.1182.105030

論文URL
https://doi.org/10.3897/zookeys.1182.105030

GBIFデータセットDOI番号
https://doi.org/10.15468/wmdf6k

用語解説

(注1)浮遊幼生期
卵から幼生が孵化した後、海水中を浮遊する期間。プランクトン幼生期とも言われる。

(注2)海洋ベントス
海洋底生生物のこと。海底や岩場などに棲む海洋生物の総称。

(注3)生痕化石
生物の活動の痕跡が化石化したもの。例えば巣穴や糞、這い跡など。

(注4)GenBank
米国生物工学情報センターによって維持管理されている世界的な公共の塩基配列データベース。

添付資料

アナジャコ(オス)
図1.万石浦で採集されたアナジャコ(オス)
ハプロタイプネットワーク
図2.遺伝学的集団構造の解析で得られたハプロタイプネットワーク
円の大きさは個体数、線上の数字は塩基数を示す(数字がない場所は2塩基)。
Group 4が他のグループから離れていることが分かる。
能取湖・松川浦へ到達する可能性のあるルート
図3.大陸沿岸部由来のアナジャコが海流を介して能取湖・松川浦へ到達する可能性のあるルート(緑矢印)。
緑の円は韓国及び中国におけるアナジャコの分布域。
アナジャコの尾節外縁部の形状
図4.アナジャコの尾節外縁部(赤点線部)の形状
A:直線型、B:緩やかな凸型、C:凸型(亜種?)
以上

お問い合わせ先

【研究に関わるお問い合わせ先】
東邦大学大学院理学研究科
教授 大越 健嗣

〒274-8510 千葉県船橋市三山2-2-1
E-mail: kenji.okoshi[@]env.sci.toho-u.ac.jp

※E-mailはアドレスの[@]を@に替えてお送り下さい。

【報道に関わるお問い合わせ先】
学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

〒143-8540 東京都大田区大森西5-21-16
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E-mail: press[@]toho-u.ac.jp 
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